パワハラを「個人間の問題」と逃げる会社への責任追及方法

パワハラを「個人間の問題」と逃げる会社への責任追及方法 パワーハラスメント

会社の人事担当者や上司に「それは個人間のトラブルです」「当事者同士で解決してください」と言われた経験はありますか。この一言は、被害者にとって二重の苦しみです。ハラスメントそのものの苦痛に加え、助けを求めた会社に切り捨てられたという絶望感。しかし、この「個人間の問題」という主張は、法律的にほとんどのケースで通用しません。

会社が「個人間の問題」と責任回避する背景には、被害者が法的な対抗手段を知らないという事実があります。本記事では、会社が組織責任を回避しようとするときに、被害者がどのような法的根拠に基づき、どのような手順で会社責任を追及できるかを、証拠収集から労働基準監督署への申告・民事訴訟まで実務レベルで解説します。


「個人間の問題」という主張が法律的に通らない理由

会社が負う3つの法的義務

「個人間の問題」という言葉が口から出た瞬間、その会社はすでに法律違反の状態に足を踏み入れている可能性があります。なぜなら、会社には以下の3層にわたる義務が課されているからです。

① 安全配慮義務(労働契約法5条)

労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。ここで重要なのは「必要な配慮」の中に職場のハラスメント防止・対応が含まれるという点です。最高裁は安全配慮義務の範囲について、物理的な安全だけでなく精神的健康の維持も含むと解釈しています(例:川義事件・最判昭59.4.10)。

パワハラの被害を報告された時点で会社は「認識」を持ちます。認識を持ちながら何もしないことは、安全配慮義務違反そのものです。「個人間の問題」として放置することは、義務違反の証拠を自ら作っているようなものです。

② パワハラ防止措置義務(労働施策総合推進法30条の2)

2020年6月(中小企業は2022年4月)から施行されたいわゆる「パワハラ防止法」は、事業主に対して以下の措置を義務付けています。

  • 事業主としてパワハラを行ってはならない旨の方針の明確化・周知
  • パワハラの相談窓口の設置
  • 被害者への迅速かつ適切な対応
  • プライバシー保護と不利益取扱いの禁止

相談を受けたにもかかわらず「個人間の問題」として対応を拒否することは、この防止措置義務を正面から無視する行為です。全国の企業において2022年4月以降、この義務は中小企業を含むすべての事業主に課されています。

③ 使用者責任(民法715条)

民法715条1項は「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と定めています。業務上の優越的地位を利用したパワハラは「事業の執行について」行われた行為であり、会社は当然に使用者責任を負います。

「その従業員個人の問題だ」という言い訳は、使用者責任の前では成立しません。上司が職務上の権限を使って部下を攻撃した場合、それは会社の「事業の執行」の一部です。

「個人間の問題」と判断できないケース

実務上、以下のような要素が一つでも当てはまれば、裁判所は「個人間の問題」という会社の主張を認めません。

判断要素 具体例
職務関連性 上司が業務指示の延長で暴言・叱責を行っている
職場での発生 オフィス内・業務時間中に行為が行われている
職務上の地位利用 評価権・人事権・指揮命令権を背景にしている
反復・継続性 一回限りではなく繰り返されている
会社の認識 相談窓口・上位管理職に報告済み

証拠収集:責任追及のための準備

何をどう集めるか

会社責任を追及するうえで証拠は命綱です。「言った・言わない」の争いになったとき、客観的な記録だけが味方になります。以下の優先順位で収集してください。

最優先で保全すべき証拠

  • 業務メール・チャットのスクリーンショット:日時・送受信者・本文が映るよう撮影し、クラウドストレージや個人のメールアドレスに転送して保存する。会社支給PCのデータは退職やアカウント停止で消失するリスクがあるため、私物端末に保存することが重要です。
  • 音声録音:叱責・暴言の場面をスマートフォンで録音する。日本の法律では、会話の当事者が一方として録音することは原則として適法です(無断で第三者の会話を録音する盗聴とは異なります)。録音後は即座にクラウドにバックアップしてください。
  • 診断書・受診記録:心療内科・精神科でのうつ病・適応障害などの診断書は、精神的損害の証明として非常に重要です。受診した日付と「業務上のストレスが原因」という記載が得られると強力な証拠になります。

記録として残すべき情報

  • 被害記録ノート(日誌):日付・時間・場所・発言内容・証人(その場にいた人の名前)を記録します。「○月○日午後2時、会議室Aにて○○部長から『お前は使えない、辞めてしまえ』と約5分間怒鳴られた。その場には△△さんと□□さんがいた」というレベルで具体的に書いてください。
  • 会社の対応記録:「個人間の問題」と言われた際のやりとりも必ず記録します。誰が・いつ・どのような言葉で責任回避をしたかを記録しておくと、会社の不対応の証拠になります。
  • 就業規則・ハラスメント防止規程:会社のハラスメント対応手順が定められているにもかかわらず守られていないことを示すために、就業規則を入手・コピーしておきます。

証拠収集で絶対にやってはいけないこと

  • 会社のサーバーに不正アクセスして証拠を取得すること(電子計算機不正アクセス罪)
  • 他の従業員を無断で録音・盗撮すること
  • 証拠となるメールを自分で作成・改ざんすること

社内対応:まず「記録に残る形」で動く

書面で相談・申告する

口頭で相談すると「そんな話は聞いていない」と後から否定される可能性があります。社内のハラスメント相談窓口・人事部・コンプライアンス窓口には、必ず書面またはメールで申告してください。

メールで申告する場合の文例は以下の通りです。

件名:ハラスメント被害の申告について

人事部御中

私は○○部に所属する○○と申します。
○○部長から継続的なハラスメント行為を受けており、
労働施策総合推進法30条の2および当社就業規則第○条に基づき、
正式に調査・対応を申告いたします。

詳細については、別途面談の機会をご設定いただけますでしょうか。

(添付)被害記録一覧

送信後は送受信記録を保存します。返信がない場合や「個人間の問題」と回答された場合、その事実自体が会社の不対応の証拠になります。

内部通報制度・コンプライアンス窓口の活用

大企業では外部の法律事務所が運営する内部通報窓口を設けているケースがあります。外部窓口への通報は、報復を恐れずに申告できる手段として有効です。通報した記録と、通報後の会社の対応・不対応を記録しておきましょう。


労働基準監督署・行政機関への申告

総合労働相談コーナーへの相談

まず無料で相談できる窓口として、各都道府県労働局に設置されている総合労働相談コーナーがあります。全国に約380か所設置されており、予約なしで相談可能です(厚生労働省ウェブサイトで最寄りの窓口を検索できます)。

相談時に持参すべきもの:
– 被害記録ノート
– 証拠のプリントアウトまたは画面(録音ファイルは別途)
– 就業規則のコピー
– 会社からの不対応の証拠(メール等)

労働基準監督署への是正勧告申請

是正勧告とは、労働基準監督署が事業主に対して法律違反の是正を命じる行政指導です。民事訴訟と異なり費用がかかりません。

パワハラにおける是正勧告の根拠として主張できるのは以下の点です。

  • 労働施策総合推進法30条の2違反:防止措置義務を怠っている
  • 労働基準法89条違反:就業規則にハラスメント防止規定が設けられていない、または規定に反した運用がされている
  • 労働安全衛生法違反:ストレスチェック義務や健康確保措置の不履行

是正勧告は罰則を伴う強制力はないものの、会社に公的機関から「違反している」という記録が残ります。これは後の民事訴訟において会社の不対応を立証する強力な材料になります。

申告書の提出先と手順

  1. 事業所の所在地を管轄する労働基準監督署を確認(厚生労働省ウェブサイトで検索可)
  2. 「申告書」を窓口で入手または厚生労働省のサイトからダウンロード
  3. 申告書に事業主名・所在地・違反内容・証拠の概要を記載して提出
  4. 申告したことを示す受領証を必ず受け取る

申告後、監督署が調査を行い、違反が認められれば是正勧告・指導が行われます。申告者の匿名性は原則として保護されますが、調査の過程で情報が開示される可能性もあるため、弁護士に相談のうえ判断することを推奨します。

都道府県労働局のあっせん制度

総合労働相談コーナーでの相談の結果、「個別労働紛争解決促進法」に基づくあっせん制度を利用できます。労働局の紛争調整委員会が間に入り、双方の合意による解決を目指す手続きです。費用は無料で、訴訟に比べて短期間(1〜3か月程度)で手続きが進みます。


民事訴訟・労働審判:法的手続きで会社責任を問う

労働審判という選択肢

訴訟の前に労働審判を検討してください。労働審判は地方裁判所で行われる手続きで、原則3回以内の期日(通常3か月程度)で解決を目指します。裁判官1名と労働審判員2名(使用者側・労働者側の専門家)が審理し、調停または審判(決定)を行います。

訴訟と比較したメリット:
– 期間が短い(平均2〜3か月)
– 費用が比較的低額(申立手数料は請求額に応じて数千〜数万円程度)
– 非公開で進行するため、社外への情報漏えいリスクが低い

ただし、相手方が異議を申し立てると通常の訴訟に移行します。

民事訴訟で請求できる損害賠償

民事訴訟でパワハラの会社責任を追及する場合、以下の損害項目が認められる可能性があります。

損害項目 内容 証拠
慰謝料 精神的苦痛に対する賠償 診断書・被害記録
治療費 通院・投薬にかかった費用 領収書・明細書
休業損害 療養のため休業した期間の収入減 給与明細・源泉徴収票
逸失利益 将来の収入減(長期療養の場合) 診断書・収入証明
弁護士費用 認容額の1割程度が認められる場合あり 弁護士費用明細

請求の法的構成

訴訟では、以下の2つの請求を組み合わせることが一般的です。

行為者(加害上司等)への不法行為責任(民法709条)
パワハラ行為者個人に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求します。

会社への使用者責任(民法715条)+安全配慮義務違反(労働契約法5条)
会社に対しては、①使用者責任(行為者の行為について会社が責任を負う)と②安全配慮義務違反(会社として防止・対応義務を怠った)の両方を根拠に請求します。

この2本立ての構成が重要な理由は、行為者個人が「故意はなかった」「業務上の指導だった」と主張したとしても、会社の安全配慮義務違反の責任は別途追及できるためです。


弁護士への相談:いつ・どう動くか

弁護士に相談すべきタイミング

  • 会社が書面での申告に返答しない・「個人間の問題」と正式に回答した
  • 労働基準監督署への申告を検討している(申告文書の作成支援)
  • 労働審判または民事訴訟を検討している
  • 精神科・心療内科への受診記録と診断書がある(損害額の算定に専門知識が必要)
  • 解雇・降格・配置転換など、申告後の不利益取扱いを受けた

費用の目安と法律扶助制度

弁護士費用の目安(事務所・案件により異なります):
– 法律相談:30分あたり5,500円程度
– 着手金:20〜40万円程度(成功報酬型の場合は低額または無料)
– 成功報酬:獲得金額の15〜20%程度

費用が心配な場合は以下の制度を活用してください。

  • 法テラス(日本司法支援センター):収入・資産が一定以下の場合、弁護士費用の立替制度あり(0120-078374)
  • 都道府県労働組合:労働組合の無料法律相談
  • 弁護士会の労働相談:各都道府県弁護士会が定期的に実施する無料相談

申告後の報復を防ぐために

不利益取扱いの禁止と対抗手段

労働施策総合推進法30条の2第2項は、相談者・申告者への不利益取扱いを明確に禁じています。申告後に降格・減給・配置転換・解雇などの措置を受けた場合、それは別途の違法行為として追及できます。

申告後は以下の点を意識して記録を続けてください。

  • 申告前後の業務内容・評価・待遇の変化を日誌に記録する
  • 申告後の上司・会社からの発言・メールをすべて保存する
  • 報復と思われる措置を受けた場合、すぐに弁護士または労働局に相談する

対応フロー:今日から動くためのロードマップ

以下の順序で動くことを推奨します。

【STEP 1:今すぐ】
└── 証拠の初期保全(メール・録音・記録ノートの作成)
└── 診断書の取得(心療内科・精神科への受診)

【STEP 2:1週間以内】
└── 社内窓口への書面申告(メール)
└── 会社の対応を記録・保存

【STEP 3:会社が「個人間の問題」と回答・無視した場合】
└── 総合労働相談コーナーへの相談(無料)
└── 弁護士への初回相談(法テラス活用可)

【STEP 4:行政対応】
└── 労働基準監督署への是正勧告申請
└── 都道府県労働局のあっせん申請(希望する場合)

【STEP 5:法的対応】
└── 労働審判の申立て
└── 民事訴訟の提起(弁護士との協議のうえ)

まとめ:「個人間の問題」はもはや通用しない

2022年4月以降、すべての事業主(中小企業を含む)はパワハラ防止措置を講じる法的義務を負っています。「個人間の問題」という言葉は、この時代において法律的には通用しません。

会社が責任を回避しようとするとき、被害者には3つの武器があります。

  1. 労働契約法5条の安全配慮義務:認識しながら対応しないことは義務違反
  2. 民法715条の使用者責任:職務上の行為について会社は責任を負う
  3. 労働施策総合推進法30条の2の防止措置義務:相談を無視すること自体が違反

証拠を保全し、書面で申告し、行政機関を活用し、必要なら法的手続きを取る。この手順を一つひとつ踏むことで、「個人間の問題」という壁を崩すことができます。一人で抱え込まず、総合労働相談コーナーや弁護士への相談を早めに活用してください。

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各都道府県に約380か所の相談窓口があります。予約なしで利用できます。


よくある質問

Q1. 会社に申告したら逆に自分が責められました。これは違法ですか?

はい、違法です。労働施策総合推進法30条の2第2項は、相談または申告を理由とした不利益取扱いを明確に禁止しています。「申告したのに自分が責められた」という事実を記録し、同じ内容を労働局の相談窓口または弁護士に持ち込んでください。申告後の不利益取扱いは、パワハラとは別の独立した違法行為として会社責任を追及できます。

Q2. パワハラを受けた証拠がほとんどありません。それでも戦えますか?

直接的な物証が少なくても、戦えるケースは多くあります。まず、これからでも被害記録ノートの作成を始めてください。また、証人の存在(その場にいた同僚)は物証に匹敵する重要な証拠になります。さらに、心療内科・精神科の診断書は「業務起因の精神的損害」を証明する強力な証拠です。弁護士に相談すると、手元の証拠でどこまで主張できるかを専門的に評価してもらえます。

Q3. 退職後でもパワハラの会社責任を追及できますか?

できます。損害賠償請求権の消滅時効は、不法行為の場合「損害および加害者を知った時から3年」(民法724条1号)です。安全配慮義務違反(労働契約)の場合は「権利行使できる時から5年」(民法166条1項1号)です。退職後であっても時効が成立していなければ、労働審判・民事訴訟による請求が可能です。ただし時効のカウントは複雑なため、早めに弁護士に確認することを強く推奨します。

Q4. 労働基準監督署に申告しても会社が動かない場合はどうすればよいですか?

是正勧告は行政指導であり、会社が従わない場合でも直接的な強制執行はできません。しかし、「是正勧告を受けたにもかかわらず改善しなかった」という事実は、民事訴訟において会社の悪質性・不誠実さを示す証拠として使えます。是正勧告後も動かない場合は、労働審判または民事訴訟への移行を弁護士と協議してください。

Q5. 会社を訴えた場合、職場に居続けることは難しくなりますか?

報復的な措置(降格・配置転換・解雇)は違法ですが、現実問題として職場環境が悪化するリスクはゼロではありません。そのため、訴訟・労働審判の手続きと並行して、転職活動や傷病手当金・失業給付の申請準備をしておくことも重要な選択肢です。弁護士と相談しながら、法的請求と今後のキャリア計画を両立させる戦略を立てることをお勧めします。


免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法律相談・法的アドバイスではありません。具体的な対応については弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

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