「個人間の問題ですので、会社としては介入できません」
そう告げられた瞬間、どれほどの怒りと無力感を覚えたでしょうか。毎日職場に行くたびに繰り返される悪口・無視・仕事外しに苦しみながら、ようやく勇気を出して会社に相談したにもかかわらず、たった一言で突き返される。その対応は違法です。
会社には法律上、職場いじめ・パワハラを調査し対応する「強制義務」があります。「個人間の問題」という言葉は、使用者責任を逃れるための常套句に過ぎず、判例でも繰り返し否定されてきました。
この記事では以下のことを、具体的な行動手順とともに解説します。
- 会社の調査拒否がなぜ違法なのか(法的根拠を3分で理解)
- 強制調査を請求するための具体的な手順
- 会社が動かない場合の外部告発ルートと使い分け
- 証拠の収集・保全方法
- 費用・期間・成功率のリアルな見通し
「個人間の問題」という対応は違法――法的根拠を3分で理解する
会社側が「個人間の問題」と言って調査を拒否するとき、その論理は一見もっともらしく聞こえます。「当事者同士で解決してほしい」「プライベートなトラブルには関与できない」。しかし、この対応は複数の法律に正面から違反します。まずその根拠をしっかり理解してください。「自分は正しい」という確信が、次の行動への力になります。
労働施策総合推進法30条の2が定める「強制義務」とは
2020年6月に施行されたいわゆるパワハラ対策法(労働施策総合推進法30条の2)は、会社に対して以下の4つの措置を義務として課しています。任意ではなく強制義務です。
| 義務の種類 | 具体的内容 |
|---|---|
| ①方針明示義務 | パワハラを許さない方針を就業規則等で明示すること |
| ②相談窓口設置義務 | 相談を受け付ける窓口を設置し、周知すること |
| ③事実確認・対応義務 | 相談があった場合、速やかに事実を確認し、適切な対応をとること |
| ④プライバシー保護義務 | 被害者・行為者双方のプライバシーを保護すること |
③が最重要です。「相談があった場合、速やかに事実を確認し、適切な対応をとること」は任意ではなく強制義務であり、「個人間の問題」という理由での調査拒否はこの義務に直接違反します。
中小企業は2022年4月からこの義務の対象に加わりましたので、現在はすべての規模の会社に適用されます。
安全配慮義務・使用者責任という2つの民事責任
法律上の根拠はパワハラ対策法だけではありません。会社には古くから安全配慮義務(労働契約法5条・民法415条)が課されています。これは「使用者は労働者が安全に働けるよう、職場環境を整備しなければならない」という義務です。職場いじめはこの義務の典型的な侵害に当たります。
さらに、民法715条の使用者責任により、従業員が職務に関連して他の従業員に損害を与えた場合、会社もその責任を連帯して負います。「個人間のトラブルだから会社は無関係」という主張は、この使用者責任の観点からも成立しません。
「個人間の問題」を無効とした判例
判例も会社側の「個人間の問題」論を一貫して否定しています。
東京地裁平成21年2月23日判決(仙台放送事件)では、「使用者が他の従業員による嫌がらせを知りながら有効な対策を講じない場合、被害者に対して不法行為責任を負う」と明言されています。会社が放置したことそのものが不法行為と認定され、約550万円の損害賠償が命じられました。
東京地裁平成30年1月31日判決でも、「使用者は職場いじめについて相談を受けた場合、能動的かつ継続的に事実確認と改善対応を行う義務がある」とされています。調査拒否は義務違反です。
今すぐできるアクション①
会社から「個人間の問題」と言われた日付・場所・誰に言われたかをメモ帳や日記アプリに記録してください。この記録が後の交渉・申告の証拠になります。
会社への強制調査請求――内部手続きをやり尽くす
外部機関に告発する前に、会社内部での手続きを適切に踏んでおくことが重要です。これは単なる形式ではなく、後の労働局申告・労働審判・民事訴訟において「会社が対応しなかった事実」を積み上げるための重要な証拠作りでもあります。
内部告発・再申告の正しい進め方
口頭で「個人間の問題」と拒否された場合、次は書面で再申告してください。書面による申告には2つの効果があります。第一に、会社が拒否した事実を文書として残せます。第二に、書面を受け取った以上、会社側も「知らなかった」という言い訳ができなくなります。
書面申告のポイント
申告書には以下の内容を明記してください。
- 申告日付
- 宛先(人事部長・代表取締役など、できるだけ上位の役職者)
- いじめ・嫌がらせの具体的内容(日時・場所・行為者・内容)
- 以前に口頭申告した日付と、その際の会社の対応(「個人間の問題」と言われた旨)
- 労働施策総合推進法30条の2に基づく調査および対応を求める旨
- 回答期限(「〇月〇日までに書面にてご回答ください」と明記)
- 連絡先
書面はメールよりも郵便の内容証明が証拠価値が高く、受け取りの証明にもなります。メールの場合は送信履歴と開封確認を保存してください。
今すぐできるアクション②
申告書は2通作成し、1通を会社に提出、1通(または控え)を自分で保管してください。提出日時・方法も記録に残しましょう。
社内ハラスメント相談窓口・労働組合への並行申告
人事部や直属の上司が拒否した場合、社内ハラスメント相談窓口(コンプライアンス窓口・ホットライン)にも並行して申告してください。また、社内に労働組合がある場合は、組合への相談・団体交渉の申請も有効な手段です。
使用者は団体交渉の申し入れを正当な理由なく拒否することができません(労働組合法7条)。組合を通じて「職場いじめの調査と対応を求める」という団体交渉を申し入れることで、会社に対して法的プレッシャーをかけることができます。
「無視・拒否」された場合のタイムライン
| ステップ | 時期の目安 | 行動内容 |
|---|---|---|
| 書面申告 | 即時 | 内容証明郵便または記録付きメールで申告 |
| 回答期限 | 申告から2週間 | 回答がない場合、次の外部手続きへ移行 |
| 外部申告 | 期限翌日以降 | 労働局・労働基準監督署・弁護士への相談 |
外部告発の手順――会社が動かないときの4つのルート
会社内部での申告・交渉で解決しない場合、外部機関への申告(外部告発)に移行します。以下の4つのルートをケースに応じて使い分けてください。
都道府県労働局「雇用環境均等部」への申告
最初に使うべき外部機関は、都道府県労働局の雇用環境均等部(室)です。ここはパワハラ対策法の主管部署であり、会社に対して助言・指導・勧告を行う権限を持っています。
申告できること
– 会社がパワハラ対策法に定める措置義務を履行していないこと
– 会社が調査を拒否していること
手続きの流れ
- 管轄の都道府県労働局に電話または窓口で相談を申し込む
- 担当者に状況を説明し、「申告書」を提出する
- 労働局が会社に対して指導・勧告を行う
- 会社が改善しない場合、企業名の公表も法律上可能(30条の8)
費用は無料です。電話相談は「総合労働相談コーナー(0120-811-610)」から始めることもできます。
今すぐできるアクション③
都道府県労働局の電話番号は「厚生労働省 都道府県労働局 一覧」で検索してすぐに見つかります。相談の際は、いじめの内容・日時・会社が調査を拒否した経緯を時系列でまとめたメモを手元に用意しておくと話がスムーズです。
労働局の「あっせん」制度
労働局には調査・指導のほかに、個別労働紛争解決のためのあっせん制度(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律)があります。あっせんは労使双方の間に第三者(あっせん委員)が入り、話し合いによる解決を支援する手続きです。
裁判より簡易・迅速であり、費用は無料です。ただし、会社があっせんの参加を拒否することもあるため、会社が応じない場合は次の手段に移行することになります。
労働基準監督署への申告
職場いじめに伴って違法な時間外労働の強制・賃金未払い・就業規則違反などが生じている場合は、労働基準監督署への申告も有効です。
監督署には立入調査権・是正勧告権があり、会社への強制力は労働局の指導より強くなります。申告は書面(申告書)または口頭で行え、費用は無料です。
申告の際は「職場いじめに起因して〇〇の労働基準法違反が生じている」という形で、法律違反の事実と職場いじめの関連を明確に伝えてください。
公益通報・外部弁護士への相談
上記の行政機関への申告に加えて、または並行して、外部の弁護士への相談を強くお勧めします。弁護士は以下の対応が可能です。
- 内容証明郵便による会社への通知(調査・対応の法的要求)
- 労働審判の申立て(申立てから3回以内の期日で解決・迅速)
- 民事訴訟(損害賠償請求)
- 証拠保全の申立て(会社のメールや記録を保全)
弁護士費用は事務所によって異なりますが、法テラス(法律扶助制度)を利用すれば費用の立替制度が使えます。初回相談が無料の弁護士事務所も多くあります。
また、職場いじめが組織的なものであったり、公共性の高い事業者(行政機関・医療機関等)であったりする場合は、公益通報者保護法に基づく通報も検討できます。外部の行政機関等への通報は同法により保護されますが、要件(通報者が労働者であること等)を確認してから行動してください。
今すぐできるアクション④
弁護士への相談は「法テラス(0570-078374)」に電話すると、収入に応じた費用援助と弁護士の紹介を受けられます。また、各都道府県弁護士会の「労働問題相談窓口」でも相談を受け付けています。
証拠の収集と保全――行動する前に必ず準備すること
どんなに正当な主張であっても、証拠がなければ法的手続きで認められにくくなります。外部機関への申告や法的手続きを進める前に、証拠の収集・保全を確実に行ってください。
収集すべき証拠の種類と方法
記録(日時・内容・場所・目撃者)
いじめ・嫌がらせの行為があるたびに記録してください。メモアプリやプライベートのメールに送信する方法(タイムスタンプが残る)が有効です。
記録すべき項目:
– 日時(年月日・時刻)
– 場所(フロア・会議室など)
– 行為者の氏名・役職
– 発言内容(できるだけ一字一句)または行為の内容
– その場にいた第三者の名前
デジタル・物的証拠
- メール・チャット・SNSのスクリーンショット(日時が確認できるもの)
- 嫌がらせを示す書類(業務から外された辞令・無視を示す業務指示など)
- 音声録音(職場でのやり取りの録音は、会話の当事者である自分が録音する場合、一般的に違法にはなりません)
医療記録
精神的・身体的ダメージを受けている場合は、早めに医療機関(精神科・心療内科)を受診し、診断書を取得してください。診断書は損害賠償請求の根拠となるだけでなく、被害の深刻さを示す重要な証拠になります。
会社への申告記録
会社に申告した際の書面・メール・返答内容、そして「個人間の問題」と言われた記録を必ず保存してください。会社が調査を拒否した事実こそが、外部申告における最大の武器になります。
証拠保全の注意点
- 証拠はプライベートのデバイス(スマートフォン・個人のクラウドストレージ)に保存してください。会社の業務用PCやメールアカウントには保存しないでください。
- スクリーンショットはURLや日時が確認できる状態で保存してください。
- 録音データはバックアップを複数箇所に取っておきましょう。
- 証拠の改ざん・削除を防ぐため、重要なものは弁護士に早めに預けることを検討してください。
今すぐできるアクション⑤
今日から「いじめ記録ノート」を始めてください。日時・場所・内容・目撃者を書くだけで構いません。1週間続けるだけで、強力な証拠資料になります。
外部告発を進める際の注意点とリスク管理
外部機関への申告は強力な手段ですが、いくつかの注意点を押さえておかないと、思わぬ不利益を受ける可能性があります。
公益通報者保護法による保護の範囲を理解する
2022年6月改正の公益通報者保護法により、公益通報を行った労働者は解雇その他の不利益取扱いが禁止されています。ただし、保護を受けるためには以下の要件を満たす必要があります。
- 不正の目的(利益を得る目的など)ではないこと
- 通報内容が「不正の利益を得る目的や他人を傷つける目的ではない」こと
- 外部通報の場合は「通報先」が法定の通報先であること
労働局・労働基準監督署への通報は法定の通報先に該当します。通報前に弁護士に相談した上で、保護の要件を確認することを強くお勧めします。
報復行為への対処法
外部申告後に会社から「嫌がらせを受けた」「降格された」「仕事を取り上げられた」などの報復を受けた場合、それ自体が新たな違法行為になります。
- 報復行為は労働施策総合推進法(パワハラ対策法)および公益通報者保護法に違反します
- 報復行為の証拠も同様に記録・保全してください
- 報復行為を受けた場合は速やかに弁護士または労働局に報告してください
退職を急ぐべきではない理由
「もう限界だから今すぐ辞めたい」という気持ちは十分理解できます。しかし、申告・法的手続きの途中での退職は不利に働く場合があります。在籍中のほうが証拠収集がしやすく、会社への交渉力も維持できます。退職のタイミングは弁護士と相談した上で判断してください。
なお、体調が著しく悪化している場合は、医師の診断書を取得した上で休職制度を使うことを検討してください。
手続き別の費用・期間・現実的な見通し
どの手段を選ぶかを判断するために、各手続きの概要を整理します。
| 手続き | 費用 | 解決までの期間 | 強制力 | 向いているケース |
|---|---|---|---|---|
| 労働局への申告・指導 | 無料 | 1〜3ヶ月 | 弱(勧告まで) | まず動かしたいとき |
| 労働局あっせん | 無料 | 1〜3ヶ月 | なし(合意必要) | 話し合いで解決したいとき |
| 労働基準監督署申告 | 無料 | 1〜3ヶ月 | 中(是正勧告) | 労基法違反が伴うとき |
| 労働審判 | 申立費用数千円〜 | 1〜3ヶ月 | 強(審判に強制力) | 迅速な解決・金銭補償を求めるとき |
| 民事訴訟 | 訴額による | 1〜2年 | 最強(確定判決) | 高額の損害賠償を求めるとき |
行政機関への申告と法的手続きは、排他的ではなく並行して進めることも可能です。弁護士に相談しながら、戦略的に組み合わせてください。
チェックリスト――今すぐ確認すべき行動リスト
以下のチェックリストで、自分が今どのステップにいるかを確認してください。
STEP 1:証拠収集(今すぐ)
– [ ] いじめ記録ノートを開始した
– [ ] メール・チャットのスクリーンショットを個人デバイスに保存した
– [ ] 会社への申告記録(申告書の控え・返答)を保管した
– [ ] 医療機関を受診し診断書を取得した(または予約した)
STEP 2:内部手続き(1週間以内)
– [ ] 書面(内容証明郵便またはメール)で会社に再申告した
– [ ] 社内ハラスメント窓口・労働組合にも申告した
– [ ] 回答期限を明記し、回答を求めた
STEP 3:外部申告(回答期限後)
– [ ] 都道府県労働局に申告した(または相談した)
– [ ] 弁護士に相談した(法テラスを活用)
– [ ] 報復行為も記録している
よくある質問
Q1. 「個人間の問題」と言われたのは口頭だけです。証拠になりますか?
口頭でのやり取りは、できる限りその直後に日時・場所・発言内容・その場にいた人物をメモとして記録してください。日記アプリやプライベートのメールに記録しておくと、タイムスタンプが残り信頼性が高まります。その後、書面申告を行い「口頭で調査拒否された」旨を書面に記載することで、拒否の事実を文書化できます。
Q2. 加害者が上司や部長の場合、会社への申告に意味がありますか?
あります。むしろ上司・管理職が加害者である場合は、会社の管理監督責任が問われやすいため、法的手続きにおいて有利なケースが多いです。申告先は人事部や代表取締役宛てにするとよいでしょう。それでも動かない場合は、外部申告・法的手続きに移行してください。
Q3. 労働局に申告すると、会社に自分だとバレますか?
労働局は申告者の個人情報を保護する義務を負っていますが、会社側への指導・調査の過程で申告者が特定されてしまうケースは現実にあります。匿名での申告も可能ですが、匿名の場合は調査の精度が下がることがあります。弁護士に相談した上で、匿名申告か実名申告かを判断してください。
Q4. 小さな会社でも、パワハラ対策法は適用されますか?
はい。2022年4月以降は中小企業を含むすべての事業者に適用されています。会社の規模を問わず、調査義務・相談窓口設置義務等が課されています。
Q5. すでに体調を崩して休職中です。外部申告はできますか?
休職中でも申告・法的手続きを進めることは可能です。むしろ医師の診断書という強力な証拠がある状態ですので、弁護士との連携を優先してください。弁護士に委任すれば、ご自身が直接動く場面を最小限にしながら手続きを進めることができます。
まとめ――「個人間の問題」を突き付けられたあなたへ
会社が「個人間の問題」と言った瞬間から、その会社は法律に違反し始めています。あなたは泣き寝入りする必要はありません。
今日から取れる行動は明確です。
- 記録を始める(いじめ記録ノート・スクリーンショット)
- 書面で再申告する(内容証明郵便・メール)
- 都道府県労働局に電話する(0120-811-610)
- 弁護士に相談する(法テラス:0570-078374)
法律はあなたの味方です。一人で抱え込まず、外部の力を使ってください。この記事で紹介した手順を一つずつ踏んでいくことで、必ず状況を動かすことができます。
参考法令・制度
- 労働施策総合推進法30条の2(パワーハラスメント対策義務)
- 労働契約法5条(安全配慮義務)
- 民法415条(債務不履行責任)・民法715条(使用者責任)
- 公益通報者保護法(2022年6月改正)
- 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律
- 総合労働相談コーナー:0120-811-610(無料・全国共通)
- 法テラス:0570-078374(法律扶助制度)

