給与日に給与が振り込まれていない。その事実を確認した瞬間から、あなたは法律によって守られています。給与の不払いは労働基準法違反の中でも最も重大な犯罪であり、使用者には刑事罰が科される可能性があります。この記事では、給与日当日から動ける緊急対応手順を、証拠収集・申告・請求の順に体系的に解説します。
給与が支払われないのは「犯罪」です―法的根拠を確認する
労働基準法第24条が定める「賃金支払いの原則」
労働基準法第24条は、賃金支払いに関する4つの原則を定めています。
| 原則 | 内容 |
|---|---|
| 通貨払いの原則 | 現金(または銀行振込)で支払う |
| 直接払いの原則 | 労働者本人に直接支払う |
| 全額払いの原則 | 賃金の全額を支払う(控除は法令・協定に限定) |
| 定期払いの原則 | 毎月1回以上、一定の期日に支払う |
この4原則のいずれかに違反した使用者には、懲役6ヶ月以下または罰金30万円以下の刑事罰が適用されます(労働基準法第120条・第119条)。給与を支払わない行為は「会社の都合」でも「経営判断」でもなく、刑事事件として処罰されうる犯罪行為です。この認識を最初に持っておくことが重要です。
「パワハラ+給与不払い」はなぜ問題が複合するのか
パワハラと給与不払いが同時に発生する場合、法的な問題は単純な給与遅延より深刻になります。
適用される法令と交差点:
| 問題の側面 | 適用法令 | 違反内容 |
|---|---|---|
| 給与支払い義務の違反 | 労働基準法第24条 | 定期払い・全額払い違反(刑事罰対象) |
| パワハラ行為そのもの | パワハラ防止法(労働施策総合推進法第30条の2) | 雇用管理上の措置義務違反 |
| 人格権・財産権の侵害 | 民法第709条(不法行為) | 故意・過失による権利侵害 |
| 精神的苦痛への賠償 | 民法第710条(慰謝料) | 精神的損害の賠償義務 |
損害賠償請求において、パワハラ行為と給与不払いが一体として認定されると、慰謝料・未払い賃金・遅延損害金が合算されます。これが「複合ハラスメント」として問題が深刻化する理由です。
ポイント: 遅延損害金は年14.6%(商事法定利率)が適用されるケースもあります。放置するほど会社側の負担は増大します。
給与不払いの典型パターン5分類
自分のケースがどれに当たるかを確認してください。
| 分類 | 具体的な状況 | 法的性質 |
|---|---|---|
| A. 明示的な不払い | 「仕事が達成できていないから給与は出ない」と告知 | 労基法第24条違反(即刻申告可) |
| B. 部分的な減額 | 上司の一存で降給・減額(就業規則の根拠なし) | 不当な賃金減額・労基法違反の可能性 |
| C. 支払い遅延 | 「来月まとめて払う」と繰り返し先送り | 定期払い原則違反 |
| D. 明細提示拒否 | 給与明細を渡さず、金額の根拠を説明しない | 労基法第108条違反(明細交付義務) |
| E. 退職強要とセット | 「辞めるまで給与を払わない」と圧力をかける | 強要罪(刑法第223条)+労基法違反 |
どのパターンでも、労働者側に対抗する法的手段は存在します。
今すぐ動く―給与日当日〜48時間以内にやるべきこと
緊急性が高い理由:時効の起算点は給与日当日
時効の起算点は給与支払い予定日当日です。未払い賃金の請求権は現行法で3年(2020年4月改正後の労働基準法第115条)が適用されます。初動が早いほど証拠の鮮度が保たれ、申告の説得力が増します。給与日から48時間以内は「ホットな証拠」を確保できる最後の機会です。
【給与日当日の即実行チェックリスト】
□ 1. 通帳・口座の入金履歴を確認・スクリーンショット保存
└─ 給与日に振込がないことを記録(日時入りの画面)
└─ スマートフォン・パソコンの複数デバイスに保存
□ 2. 雇用契約書・労働条件通知書を手元に確認
└─ 給与日・金額・支払方法の記載を確認
└─ コピーをクラウド(Google Drive等)に保存
□ 3. 給与明細・賃金台帳のコピーを入手
└─ 会社に交付を求める(書面・メールで要求記録を残す)
└─ 過去分も含めて揃えておく(時効3年分が目安)
□ 4. パワハラ発言・不払い告知のメール・LINEをスクショ
└─ 日時・送信者が分かる状態で保存
└─ 複数デバイスとクラウドに二重保存
└─ 削除されないように注意
□ 5. 日時・内容を記したメモを作成
└─「〇月〇日 〇時、上司〇〇より『給与は払わない』と口頭で告げられた」
└─ 自分宛にメール送信し、タイムスタンプを記録(日時証拠になる)
└─ 目撃者がいた場合は氏名も記録
24〜48時間以内:会社への請求と記録
口頭での確認に加え、書面(メール)で会社への支払い請求を行います。メールは送受信記録が残るため、後の申告・訴訟で重要な証拠になります。
【会社へのメール文例】
件名:〇月〇日給与未払いに関する確認と支払い請求
〇〇株式会社 人事部(または代表者名)御中
いつもお疲れ様です。
私(氏名)の〇年〇月〇日(給与支払い予定日)分の給与
金〇〇〇,〇〇〇円が本日時点で未払いであることを確認しました。
雇用契約書(〇年〇月〇日締結)記載の支払い条件に基づき、
速やかな全額支払いを求めます。
7日以内にご対応いただけない場合、労働基準監督署への
申告を含む法的手段を検討いたします。
ご返答のほど、よろしくお願いします。
〇年〇月〇日
氏名・連絡先
注意: このメールを送信したことと、会社の返答(または無返答)も証拠として保存してください。返答がない場合のスクリーンショットも重要な証拠になります。
労基署への申告―手順と準備書類
申告先を選ぶ
労働基準監督署(労基署)は、給与不払いを申告する一次窓口です。全国に約321の労基署が設置されており、お住まいの地域に基づく管轄労基署への申告となります。
| 相談窓口 | 特徴 | 連絡先 |
|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 給与不払いの調査・是正勧告・司法警察権を持つ。最も効果的 | 厚生労働省HPで全国一覧から検索 |
| 総合労働相談コーナー | 全国379か所・無料・予約不要。初期相談向け | 都道府県労働局内に設置 |
| 労働組合 | 団体交渉権を行使して会社と直接交渉 | 地域合同労組(ユニオン)に加入可 |
| 法テラス | 無料法律相談・弁護士費用立替制度あり | 0120-007-110(無料) |
| 弁護士 | 訴訟・労働審判・仮払い仮処分まで対応 | 法テラス経由で無料紹介可 |
労基署申告に必要な書類
以下を揃えて窓口に持参、または郵送します。
【申告時に持参する書類リスト】
□ 申告書(窓口備え付け。または厚労省HPからダウンロード)
□ 雇用契約書または労働条件通知書のコピー
□ 給与明細(支払われた期間・未払い期間の両方)
□ 通帳の入出金履歴のコピー(未払いの事実を示す)
□ パワハラ発言のメール・LINEのスクリーンショット
□ 自作の被害記録メモ(日時・場所・発言者・内容)
□ 会社への請求メールと返答(または無返答)の記録
□ その他(録音記録、職場での目撃者の証言等があれば)
申告書には「労働基準法第24条違反(賃金不払い)」と明記し、具体的な未払い金額・期間を記載します。申告時に窓口スタッフが記入方法をサポートしてくれるため、不安でも大丈夫です。
申告後の流れ
申告受理
↓
労基署による調査(使用者への呼び出し・帳簿確認等)
↓
是正勧告(会社に対して支払い指導)
↓
是正報告(会社が支払い完了を労基署に報告)
↓
【未解決の場合】
検察官送致(書類送検)→刑事手続きへ進行
労基署の調査には数週間〜数か月かかる場合があります。緊急性が高い場合は、仮払い仮処分(裁判所への申立て)を弁護士と並行して進めることを検討してください。
給与保障請求の書き方と手順
「給与保障請求書」とは
労基署申告と並行して、会社に対して未払い賃金の支払いを正式に請求する書面を内容証明郵便で送付します。内容証明は「いつ・誰が・何を請求したか」を郵便局が証明する法的効力の高い文書です。会社が受け取ることで、法的請求であることが明確になり、支払い対応を促進します。
【内容証明郵便の基本構成】
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賃金支払い請求書(内容証明)
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〇年〇月〇日
〇〇株式会社
代表取締役 〇〇〇〇 殿
請求者:氏名・住所・連絡先
職務経歴:営業課長(入社〇年)
【請求内容】
1. 請求金額:金〇〇〇,〇〇〇円
内訳)〇年〇月分給与 〇〇〇,〇〇〇円
〇年〇月分給与 〇〇〇,〇〇〇円
計算根拠:雇用契約書記載の月給×未払い月数
2. 支払い期限:本書面到達後14日以内
振込先:〇〇銀行 〇〇支店 普通預金 口座番号〇〇
3. 法的根拠:労働基準法第24条(全額払いの原則)
および民法第540条(債務不履行)
4. 上記期限内に支払いがない場合、
労働基準監督署への申告(既に相談済み)
労働審判・少額訴訟その他法的手続きを
取ることを申し添えます。
一日も早いご対応をお願いいたします。
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実務メモ: 内容証明は郵便局の窓口、またはe内容証明(郵便局Webサービス)から送付できます。弁護士名義で送ると、会社側が迅速に対応するケースが多く見られます。費用は1,000円程度です。
少額訴訟・労働審判の活用
会社が支払いに応じない場合、以下の法的手段を選択します。
| 手段 | 特徴 | 費用 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 少額訴訟 | 60万円以下の請求に対応。原則1回の審理で判決 | 訴額の1%程度(印紙代) | 約1〜2か月 |
| 労働審判 | 労働専門の簡易手続き。3回以内の期日で解決 | 比較的低廉(弁護士費用別途) | 約2〜3か月 |
| 通常訴訟 | 高額請求・複雑事案に対応 | 訴額に応じた印紙代 | 半年〜1年以上 |
| 仮払い仮処分 | 判決前に給与相当額を仮払いさせる緊急手続き | 弁護士費用が必要 | 約1〜2か月 |
生活費が逼迫している場合、仮払い仮処分を優先的に検討し、弁護士(法テラス経由で費用立替制度あり、相談は無料)に相談することを強くすすめます。
パワハラ被害との並行手続き
労働局への「紛争解決援助申請」
給与不払いと同時にパワハラを受けている場合、都道府県労働局に対して「紛争解決援助申請」を行うことで、労働基準監督署での給与不払い申告と並行してパワハラ問題を解決できます。
申請に必要な書類:
– 紛争解決援助申請書(労働局備え付け)
– パワハラ行為の具体的記録(日時・内容・証言者等)
– メール・LINE等の証拠
– 診断書(精神的苦痛が明らかな場合)
労働局の「あっせん」という和解調整制度では、弁護士を立てずに迅速に問題解決することも可能です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 会社から「業績不振だから仕方ない」と言われました。これは正当な理由になりますか?
なりません。使用者の経営状況にかかわらず、労働者の賃金支払い義務は労働基準法によって保護されています。会社が倒産寸前であっても、給与不払いは違法です。倒産が近い場合は「未払賃金立替払制度(独立行政法人 労働者健康安全機構)」も利用でき、給与の80%相当額(上限320万円)の立替払いが受けられます。
Q2. 証拠を集めようとしたら、会社に気づかれました。問題ありますか?
証拠収集行為は労働者の正当な権利行使であり、それ自体を理由とした解雇・不利益取扱いは違法です(パワハラ防止法・労働契約法第16条)。気づかれた場合も、引き続き記録を継続してください。むしろ、その後の不当な扱いも「報復行為」として記録しておくと、損害賠償請求が強化されます。
Q3. 退職後でも未払い賃金を請求できますか?
できます。未払い賃金の請求権の時効は退職後3年(2020年4月以降の案件)です。退職していても内容証明・労基署申告・労働審判による請求が可能です。むしろ退職後の方が、会社側の報復を恐れず法的手段を取りやすくなります。
Q4. 労基署に申告したら、会社に名前がばれますか?
労基署には申告者の秘密保持義務があります(労働基準法第105条)。ただし、調査の過程で事実上特定されるケースもあるため、不安な場合は窓口で「匿名申告」の可否や秘密保持について確認してください。多くの場合、労基署は慎重に対応してくれます。
Q5. パワハラと給与不払いを同時に訴えることはできますか?
できます。労基署への給与不払い申告と、都道府県労働局への「紛争解決援助申請」(パワハラ対象)は並行して進められます。弁護士に依頼する場合は、両方をまとめて損害賠償請求として提起することも可能であり、慰謝料がより高額になる傾向があります。
Q6. 弁護士に依頼する場合、費用はどのくらいかかりますか?
法テラス(0120-007-110)経由で無料法律相談を受けられ、経済的困窮者には弁護士費用の立替払い制度(後払い可)があります。給与不払いの案件は着手金なし・回収額の20%を報酬とする成功報酬制の事務所も多く見られます。初期相談は無料ですので、まず法テラスに電話することをお勧めします。
まとめ:今日から動ける対応フロー
給与不払いに気づいたら、以下のフローで即座に行動してください。緊急対応の鍵は「スピード」と「記録」です。
【給与日 当日】
給与日に未払いを確認
↓
通帳履歴・雇用契約書・メール等の証拠を保存
(複数デバイス・クラウド保存)
↓
【24時間以内】
会社にメールで支払い請求
(記録を保存)
↓
【48時間以内】
労基署・総合労働相談コーナーに相談・申告
(管轄労基署を検索して訪問または郵送)
↓
【並行】
内容証明郵便で給与保障請求書を送付
(郵便局またはe内容証明で送信)
↓
【必要に応じて】
法テラス(0120-007-110)に無料相談
↓
弁護士依頼
↓
仮払い仮処分・労働審判・少額訴訟へ
給与が支払われないことは、あなたの責任ではありません。法律はあなたを守るために存在しています。一人で抱え込まず、まず最寄りの労基署または法テラス(0120-007-110)に相談することから始めてください。
厚生労働省が提供する「総合労働相談コーナー」も全国379か所に設置されており、無料・予約不要で相談できます。相談員の中には社会保険労務士や弁護士経験者も多く、初期対応の相談に最適です。
免責事項: 本記事は一般的な法的情報の提供を目的としており、個別の法律相談に代わるものではありません。具体的な状況については、労働基準監督署、総合労働相談コーナー、または弁護士にご相談ください。

