上司から「お前の転職先なんて見つからない」「転職してみろ、どうなっても知らないぞ」と繰り返し言われている——そのような状況に置かれているなら、あなたが感じている恐怖は正当な危機感です。この発言は、状況と内容によって脅迫罪(刑法222条)または強要罪(刑法223条)が成立する可能性があります。
本記事では、法的な判断基準から証拠の集め方、警察への被害届・告訴状の提出手順まで、今日から実行できる対応手順を具体的に解説します。
「転職先は見つからない」という発言は脅迫罪になるか?
脅迫罪(刑法222条)の成立要件を3点で確認する
脅迫罪は「言葉で相手を怖がらせれば何でも成立する」わけではありません。裁判所が判断する際には、以下の3つの要件すべてを満たす必要があります。
① 害悪の告知
相手に対して、不利益・損害が生じることを示すこと。「転職先は見つからない」は一見アドバイスのように聞こえますが、繰り返し言われたり、「だから辞めるな」「どうなっても知らないぞ」と組み合わさることで、職業選択の自由を奪う脅しとして機能します。
② 被害者の意思・自由への侵害
発言によって、被害者が「辞められない」「言うことを聞くしかない」と感じるほどの心理的強制状態に置かれること。継続的・反復的な発言は、この要件を満たしやすくなります。
③ 発言の具体性・現実性
単なる感情的な言葉の暴言(「バカ野郎」など)とは異なり、「転職を阻害する」という具体的な害悪の内容が含まれていること。上司という立場の権力を背景にした発言は、現実性の評価においてプラスに働きます。
今すぐできるアクション:上記3点を自分のケースに当てはめ、メモ帳に「いつ・どこで・何と言われたか」を書き出してください。この記録が後の証拠になります。
発言パターン別・脅迫該当性チェック表
自分のケースがどのパターンに近いか確認してください。
| 発言パターン | 脅迫該当性 | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 「転職は難しいよ」(1回だけ、世間話的に) | ✗ 低い | 一般的なアドバイスと解釈される可能性が高い |
| 「転職先なんか見つからんぞ」(複数回・圧力的なトーン) | △ 中程度 | 文脈・反復性・上司の態度次第で該当の可能性 |
| 「転職先は見つからない。だから辞めるな」(命令と組み合わせ) | ◎ 高い | 強要罪(刑法223条)との併合犯になる可能性 |
| 「転職したら報復する」「業界に話を回す」(明示的な報復予告) | ◎ 非常に高い | 脅迫罪の典型パターン。警察への相談を強く推奨 |
◎に当てはまる場合は、この記事の後半の警察対応手順に直接進んでください。
△のケースでも、積み重なることで◎に変わります。記録を残し続けることが最重要です。
強要罪(刑法223条)との違いと「併合犯」になるケース
脅迫罪と強要罪は混同されがちですが、核心の違いは「行動を強制しているかどうか」です。
- 脅迫罪:怖がらせる発言それ自体が犯罪。「どうなっても知らないぞ」と言うだけで成立しうる
- 強要罪:脅しを使って特定の行動(辞めない・残業する・謝罪するなど)を強制したときに成立
「転職先は見つからないから、辞表は出すな」という発言は、「脅し(脅迫)」+「行動の強制(強要)」が合わさっており、強要罪が成立します。強要罪の法定刑は3年以下の懲役(刑法223条)で、脅迫罪の2年以下よりも重い罪です。
両方が成立する場合は併合罪として処理され、より重い刑事責任が問われます。
証拠の集め方:警察と労基署に有効な4種類
警察や労働基準監督署への申告・相談で重要なのは「言った言わない」の水掛け論を避けることです。証拠は質よりも量と多様性を意識して集めましょう。
録音による証拠確保
最も強力な証拠は会話の録音です。日本では、会話の当事者が録音することは違法ではありません(相手の同意なしでも問題なし)。
録音の実践手順
- スマートフォンのボイスレコーダーアプリを常時起動できるよう準備する(バックグラウンド録音対応のアプリを選ぶ)
- 上司との1対1の面談・口頭指示の場面でポケットに入れたまま録音する
- 録音ファイルはクラウドストレージ(Google Drive・iCloud等)に即日バックアップする
- ファイル名に「2024年○月○日_部長との面談」と日付を入れて整理する
注意点:録音した内容を第三者(SNS・社内)に無断で公開すると名誉毀損や秘密漏洩の問題が生じます。証拠として使う場合は弁護士・警察・労基署への提示にとどめましょう。
書面・デジタル記録の保全
言葉だけでなく、文字として残っているものもすべて保全します。
保全すべきデータの一覧
- メール・チャット(Slack、Teams等)のスクリーンショット+PDF保存
- 退職勧奨・業務命令が書かれた書類の写し
- 不当な人事評価・降格通知のコピー
- 上司から受け取ったメモや指示書
スクリーンショットは送受信日時・送信者名が写り込むように撮影してください。日時の改ざん防止のため、撮影後すぐに自分の個人メールアドレスに転送しておくと、より証拠力が高まります。
被害日記(ハラスメント記録ノート)の作成
録音や書面が残っていない発言も、継続的な記録として価値があります。
記録する項目(テンプレート)
【日時】2024年○月○日(月)午後3時頃
【場所】第2会議室(2人きり)
【発言者】営業部長 ○○(氏名)
【発言内容】「お前みたいな成績で転職なんかできるか。
辞めたら業界中に言いふらすからな」
【自分の状態】恐怖感で声が出なかった。その後1時間、
業務が手につかなかった
【目撃者】なし(2人きりだった)
記録は事後ではなく当日中に書くことが重要です。日時の具体性と自分の心理状態の記述が、脅迫による精神的苦痛の立証につながります。
医療記録と専門家の意見書
脅迫・ハラスメントにより精神的な健康被害が出ている場合、精神科・心療内科の診断書は非常に強力な証拠になります。
- 受診時に「職場での上司の発言が原因で体調不良になっている」と医師に具体的に伝える
- 診断書には「業務上のストレスによる適応障害」「抑うつ状態」等の記載を求める
- 診断書はコピーを3部以上とって保管する(警察・労基署・弁護士用)
今すぐできるアクション:今日から「被害日記」を書き始めてください。スマートフォンのメモアプリで構いません。記録を積み上げることが、あなたの身を守る最大の武器になります。
警察への被害届・告訴状の提出手順
「警察に行く」というのは、多くの方にとって心理的なハードルが高い行動です。しかし、脅迫罪は刑事事件です。証拠が揃っていれば、警察は対応する義務があります。
警察への相談・被害届の流れ
ステップ1:最寄りの警察署に電話相談(110番ではなく代表番号に)
まずは「#9110(警察相談専用電話)」に電話し、「職場の上司から脅迫を受けている。相談したい」と伝えます。110番は緊急通報用ですので、命の危険がない場合は代表番号か相談窓口を使いましょう。
ステップ2:警察署の「生活安全課」を訪問
電話相談の結果、直接来署するよう案内されたら、最寄りの警察署の生活安全課を訪問します。
持参するもの:
– 本人確認書類(運転免許証・マイナンバーカード)
– 録音データ(スマートフォンごと、またはUSBメモリ)
– 被害日記・スクリーンショットをプリントアウトしたもの
– 診断書(ある場合)
ステップ3:被害届を提出する
被害届は「被害の事実を警察に報告する書類」です。告訴状とは異なり、処罰を求める意思表示は含まないため、比較的受理されやすいです。警察署の窓口で「脅迫被害について被害届を出したい」と申し出れば、書式を用意してもらえます。
被害届に記載する内容:
– 被害の日時・場所
– 加害者(上司)の氏名・所属・年齢(分かる範囲で)
– 具体的な発言内容
– 被害を受けた経緯(前後の文脈)
告訴状の書き方と提出手順
被害届より強力な手段が告訴状です。告訴状は「加害者を処罰してほしい」という意思表示を含む法的文書で、警察・検察は受理後に捜査を開始する義務(捜査義務)を負います。
告訴状の基本構成(テンプレート)
告 訴 状
令和○年○月○日
○○警察署長 殿
告訴人:[あなたの住所・氏名・生年月日・職業・電話番号]
被告訴人:[上司の住所(不明の場合は勤務先)・氏名・年齢・職業]
第1 告訴の趣旨
被告訴人の下記行為は刑法第222条(脅迫罪)・
第223条(強要罪)に該当するものと思料しますので、
厳重な処罰を求め、告訴いたします。
第2 告訴の事実
[日時・場所・発言内容・状況を時系列で記述]
例:令和○年○月○日午後3時頃、○○株式会社第2会議室において、
被告訴人は告訴人に対し「転職先なんて見つからない。
業界中に言いふらす」と繰り返し発言し、告訴人の
職業選択の自由を侵害するとともに、精神的苦痛を与えた。
第3 証拠
1. 録音データ(CD-R添付)
2. 被害日記(別紙)
3. 診断書(写し)
以上
告訴状提出の重要ポイント
- 書留郵便で警察署長宛てに郵送するか、直接持参する
- 提出時に受理番号をもらい、控えに押印してもらうこと
- 警察が受理を渋る場合は、弁護士同行での再提出が有効
今すぐできるアクション:まず「#9110」に電話し、「職場の上司から脅迫を受けている」と伝えてください。相談だけでも構いません。一人で抱え込まないことが最初の一歩です。
警察が動かない場合の対処法
残念ながら、労働問題絡みの脅迫事案では警察が「民事不介入」を理由に被害届受理を渋るケースがあります。その場合の対処法を段階的に示します。
労働基準監督署への申告
脅迫・強要が「退職強要」として行われている場合、労働基準監督署への申告も有効です。
申告先と手順
- 最寄りの労働基準監督署の窓口を訪問(事前予約不要)
- 「パワーハラスメントおよび退職強要について申告したい」と伝える
- 証拠(録音・記録ノート)を提示する
- 申告受理後、監督官が会社への指導・調査を実施
労働基準監督署は行政機関として会社に対して是正勧告を出す権限を持っています。刑事罰には直接つながりませんが、会社全体への圧力として機能します。
都道府県労働局への「あっせん」申請
労使間のトラブル解決として、都道府県労働局の総合労働相談コーナーを活用できます。
- 費用は無料
- 弁護士不要で申請可能
- 「あっせん」により、会社側と話し合いの場を設けることができる
- 損害賠償・謝罪・職場環境改善などを求めることが可能
弁護士への相談と民事訴訟
刑事告訴と並行して、民事上の損害賠償請求も可能です。
- 脅迫による精神的苦痛に対する慰謝料請求
- 上司個人への請求と、会社(使用者責任)への請求が可能
- 弁護士費用が心配な場合は法テラス(日本司法支援センター)を利用(収入が一定以下なら無料相談・立替制度あり)
相談先一覧
| 機関 | 連絡先 | 費用 | 対応内容 |
|---|---|---|---|
| 警察相談専用電話 | #9110 | 無料 | 刑事事件相談・被害届受理 |
| 労働基準監督署 | 各都道府県に設置 | 無料 | 是正勧告・申告受理 |
| 都道府県労働局 | 各都道府県に設置 | 無料 | あっせん・相談 |
| 法テラス | 0570-078374 | 要確認(援助制度あり) | 弁護士紹介・費用立替 |
| 弁護士会 | 各都道府県弁護士会 | 初回30分無料が多い | 法的アドバイス・訴訟代理 |
会社への対応:内部手続と人事部への申告
警察・行政への申告と並行して、社内手続きも行うことで、会社側に「組織として知っていた」という記録を作ることができます。これは後の民事訴訟で会社の使用者責任を問う際に重要になります。
人事部・コンプライアンス窓口への書面申告
口頭ではなく書面で申告することが重要です。書面を提出することで「会社が認識していた」という証拠になります。
申告書の基本項目
件名:パワーハラスメント・脅迫行為に関する申告書
申告日:令和○年○月○日
申告者:所属・氏名
1. 申告の内容
[上司の氏名・発言内容・日時・場所を具体的に記述]
2. 求める対応
・加害者との接触の回避措置
・社内調査の実施
・再発防止策の策定
3. 添付証拠
・録音記録(CD-R)
・被害日記(写し)
申告書は2部用意し、受け取り印をもらった1部を手元に保管してください。
会社がハラスメント対応を怠った場合の法的責任
2020年6月施行の労働施策総合推進法(パワハラ防止法)により、事業主にはパワーハラスメント防止措置の実施が義務付けられています(大企業は2020年6月、中小企業は2022年4月から適用)。
会社がハラスメントの申告を無視・隠蔽した場合、会社自体が民事上の損害賠償責任を問われる可能性があります。また、都道府県労働局への申告により、会社への行政指導が行われます。
今すぐできるアクション:人事部またはコンプライアンス窓口に書面申告を行い、受け取り印をもらってください。「言った言わない」ではなく「申告した・受理された」という記録を必ず残しましょう。
被害者自身のメンタルヘルス対策
法的手続きと並行して、自分自身の心身の健康を守ることが最も重要です。脅迫・ハラスメントによる精神的ダメージは、放置すると深刻な精神疾患につながります。
今すぐ相談できる窓口
- こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556(各都道府県の精神保健福祉センターにつながる)
- よりそいホットライン:0120-279-338(24時間対応)
- 産業カウンセラー:職場に産業医・カウンセラーがいる場合は活用する(ただし会社への報告義務がある場合もあるため、事前に確認)
医療機関への受診は証拠作りでもあります。「職場の上司の言動が原因」と医師に明確に伝え、診断書を取得しておくことが、後の法的手続きで大きな力を持ちます。
よくある質問
Q1. 「転職先は見つからない」と1回だけ言われた場合でも警察に相談できますか?
はい、相談することは可能です。ただし1回の発言だけでは脅迫罪の成立は難しい場合が多いです。重要なのは今後も続く可能性です。今日から記録を始め、繰り返し発言があった場合にすぐ証拠として提出できるよう準備しておきましょう。警察相談(#9110)は証拠が揃う前でも利用できます。
Q2. 録音は相手の同意なしにしても問題ありませんか?
会話の当事者(あなた自身)が録音する場合は、相手の同意がなくても違法にはなりません(判例でも認められています)。ただし、その録音を第三者に無断で公開したり、SNSに投稿したりすると別の問題が生じるため、証拠として法的機関に提示する目的にのみ使用してください。
Q3. 被害届と告訴状の違いは何ですか?どちらを出すべきですか?
被害届は「被害の事実を警察に伝える」書類、告訴状は「加害者を処罰してほしいと意思表示する」法的文書です。告訴状の方が警察の捜査義務が生じるため効力は強いですが、内容の正確性が求められます。まずは被害届から始め、弁護士に相談しながら告訴状の準備を進める方法が現実的です。
Q4. 会社の人事部に申告したら、上司に情報が漏れて報復されないか心配です。
正当な懸念です。申告書には「申告内容と申告者の情報を、調査目的以外で開示しないよう求める」旨を明記しておくことを推奨します。また、申告と同時に「加害者との接触を避けるための配慮(部署異動・在宅勤務等)」を求めることも有効です。会社が報復を許した場合は、その行為自体がさらなる法的責任の根拠になります。
Q5. 弁護士費用が払えない場合はどうすればよいですか?
法テラス(日本司法支援センター、電話:0570-078374)に相談してください。収入・資産が一定基準以下の方には、弁護士費用の立替制度があります。また、弁護士会の「法律相談センター」では初回30分無料相談を実施しているところが多くあります。最初の一歩として、まず無料相談を活用することをお勧めします。
Q6. 上司ではなく、会社全体を訴えることはできますか?
はい、可能です。民法715条の使用者責任に基づき、従業員(上司)の不法行為について会社も損害賠償責任を負います。また、パワハラ防止法に基づく対応義務を会社が怠っていた場合、その点でも会社の責任を問えます。上司個人と会社の両方を被告とする訴訟が一般的です。
まとめ:今日から始める5つのアクション
職場での脅迫的な発言は、あなたが感じている通り「おかしい」ことです。「これくらい我慢しなければ」と思う必要はありません。脅迫罪・強要罪は立派な刑事犯罪であり、あなたには法的に守られる権利があります。
今日から始められる5つのアクションを改めて確認しましょう。
- 被害日記を書き始める:日時・場所・発言内容・自分の状態を当日中に記録
- スマートフォンで録音の準備をする:ボイスレコーダーアプリを設定し、次の機会に備える
- #9110に電話する:警察相談専用電話に「職場で脅迫を受けている」と相談する
- 精神科・心療内科を受診する:心身の症状がある場合は診断書を取得する
- 法テラスまたは弁護士会に無料相談を申し込む:法的手続きの方針を専門家と決める
あなたは一人ではありません。証拠を積み上げ、専門機関に相談することで、必ず状況を変えることができます。
記事で紹介した相談窓口のうち、警察相談(#9110)と法テラス(0570-078374)は、今この瞬間からでも連絡することができます。躊躇する必要はありません。まずは「話を聞いてもらう」だけでも大きな第一歩になります。

