「退職金規程がないから払えない」——そう会社に言われて途方に暮れていませんか?
実は、就業規則に退職金規程が存在しない場合でも、一定の条件を満たせば退職金を請求できるケースがあります。口頭での約束、過去の支払い実績、慣行の積み重ねといった事実があれば、法的な請求権を主張できる可能性があるのです。
この記事では、退職金の法的な性質から始まり、賃金性を認めさせるための具体的な立証方法、計算の根拠となる証拠の集め方、そして実際に申告・請求するための手順まで、今まさに退職金問題に直面している方が行動できるよう詳しく解説します。
退職金は法律で必ず払う義務があるのか?まず知るべき前提
まず大前提として押さえておいてほしいことがあります。日本の労働法では、退職金の支払い義務を企業に一律に課す規定は存在しません。
「退職金があって当然」という感覚を持っている方も多いですが、退職金制度を設けるかどうかは、原則として会社の任意です。したがって「規程がない=絶対もらえない」とは言えませんが、「規程や合意が何もなければ請求は難しい」という現実もあります。
重要なのは、「規程・合意・慣行」のいずれかが存在するかどうかです。この三つのいずれかが認められれば、退職金は法的保護を受ける「賃金」として扱われ、会社は支払い義務を負います。
労働基準法が退職金について定めていること(89条・11条)
労働基準法11条は、賃金について次のように定義しています。
「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」
退職金が「労働の対償」として認められれば、この11条が適用され、賃金として保護されます。賃金に該当すると、賃金全額払いの原則(労働基準法24条) が働き、会社は一方的に減額や不払いをすることができなくなります。
また労働基準法89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成を義務づけており、退職金に関する規定を設ける場合はその額の決定・計算・支払方法・支払時期に関する事項を絶対的必要記載事項として記載しなければならないとされています。
つまり、退職金制度があるのに就業規則に明記していない会社は、そもそも労働基準法に違反している可能性があります。
今すぐできるアクション
– 手元にある就業規則を確認し、退職金に関する記載を探す
– 就業規則が手元にない場合は、人事部・総務部に開示請求をする(労働基準法106条により労働者には周知義務があり、開示を断ることは許されない)
「賃金後払い説」と「功労報償説」——退職金の法的性質の二つの考え方
退職金がなぜ支払われるのかについては、法的に二つの考え方があります。
賃金後払い説は、退職金とは在職中の労働の対価を退職時にまとめて後払いするものだという考え方です。この説に立つと、退職金は労働基準法11条の「賃金」そのものであり、労働者が稼ぎ続けてきた権利として保護されます。
功労報償説は、長年会社に貢献した労働者への報奨として会社が恩恵的に支払うものだという考え方です。この説に立つと、退職金は会社の裁量の範囲内となり、規程がなければ請求できないことになります。
裁判所は事案ごとにどちらの性質が強いかを判断しますが、現代の労働法解釈では賃金後払い説が強く反映されており、規程・合意・慣行が存在する場合には「賃金」として保護するという方向性が定着しています。
退職金の請求権はどのような根拠で発生するのか
退職金規程が存在しない・曖昧な場合でも、以下の三つの根拠から請求権が発生する可能性があります。それぞれを丁寧に確認してください。
就業規則・雇用契約書・労働協約による明示の合意
最もシンプルな根拠は、書面に退職金の支払いが明記されている場合です。
- 就業規則に退職金規程がある:退職金の算定方法・支払時期が記載されていれば、それがそのまま請求権の根拠になります
- 雇用契約書に退職金条項がある:「勤続○年以上で退職金を支給する」などの記載があれば個別の労働契約として有効です
- 労働協約(組合との協定)に記載がある:組合員であれば労働協約の規定が適用されます
また、就業規則に「退職金規程に別途定める」とだけ記載されているケースもあります。この場合、別規程の存在と内容が請求の根拠になります。別規程が存在するのに開示されていない場合は、直ちに開示を請求してください。
今すぐできるアクション
– 採用時・在職中に受け取った書類をすべて確認する
– 「退職金」「退職慰労金」「退職手当」などのキーワードで雇用契約書・就業規則を検索する
– 会社から就業規則の開示を拒否された場合、労働基準監督署に申告できる(労働基準法106条違反)
口頭約束・黙示の合意による請求権
書面がなくても、採用時や在職中に口頭で退職金支払いの約束があった場合、黙示の合意として請求権が認められる場合があります。
例えば、以下のような事実が認められれば有力な根拠になります。
- 採用面接で「勤続5年以上なら退職金が出る」と説明された
- 上司や社長から「長く働いてくれたら退職金はちゃんと出す」と言われた
- 求人票・採用パンフレットに「退職金制度あり」と記載されていた
- 会社説明会の資料に退職金制度の説明があった
これらは証拠として残りにくいのが難点ですが、当時のメール・チャット・メモ・録音があれば立証の可能性が大幅に高まります。
今すぐできるアクション
– 採用時に渡された求人票・会社案内・説明資料を探す
– 退職金に関するメール・チャット履歴をすべてバックアップする
– 口頭でのやり取りがあった場合は、日時・場所・発言内容を紙にメモしておく
労働慣行(過去の支払い実績)による請求権
書面も口頭の約束も明確でない場合でも、「過去に同じ条件の退職者に退職金が支払われてきた」という事実の積み重ね(労働慣行) があれば、請求権が認められることがあります。
判例上、労働慣行が法的拘束力を持つと認められるには、一般に以下の三つの条件が必要とされています。
- 継続性:長期にわたって繰り返し行われてきた事実がある
- 一般性:一部の例外ではなく、一般的に行われてきた
- 労使双方の認識:労使双方がその慣行を当然のものとして受け入れていた
過去の退職者が退職金を受け取っていたという事実は、元同僚の証言・社内の引継ぎ文書・経理書類などから立証できる場合があります。
今すぐできるアクション
– 自分より先に退職した同僚・先輩に連絡し、退職金を受け取ったかどうか確認する
– 社内で「退職金」に関する案内・通知・メールが送られた記録がないか確認する
– 給与明細・会社の決算書に「退職給付引当金」「退職金引当金」の記載がないか確認する
退職金の賃金性を立証するための証拠収集ガイド
請求権の根拠を主張するためには、それを裏付ける証拠が必要です。証拠は退職前・退職直後が最も集めやすいタイミングです。退職後は社内システムへのアクセスが失われるため、できる限り在職中に確保してください。
絶対に保全すべき書類・記録
以下のものを優先的に収集・保全してください。
書面・文書類
| 証拠の種類 | 何を確認するか | 入手方法 |
|---|---|---|
| 就業規則(全文) | 退職金規程の有無・内容 | 人事部への開示請求(コピー取得) |
| 雇用契約書 | 退職金条項の有無 | 自分の手元のものを確認 |
| 採用時の求人票・会社案内 | 「退職金制度あり」の記載 | ハローワーク・求人サイトのキャッシュも確認 |
| 給与明細(過去3年分) | 退職金引当金の記載 | 自分で保管しているもの |
| 源泉徴収票 | 退職金支払いの有無 | 自分で保管しているもの |
| 退職金に言及した社内通達・メール | 退職金制度の存在の認識 | 退職前にダウンロード・印刷 |
電子記録・通信記録
- 採用・在職中の退職金に関するメール(送受信すべて)
- 社内チャット(Slack、Teams等)での退職金に関するやり取り
- 退職交渉時の録音(相手の同意不要・秘密録音は違法ではない)
- 退職面談の議事録・メモ
第三者の証言
- 退職金を受け取った元同僚の証言(氏名・連絡先を記録)
- 退職金の約束を聞いた第三者の証言
今すぐできるアクション
– 就業規則の全文コピーを取得する(断られた場合は後述の申告手順へ)
– 会社PCや社用メールにアクセスできる間に、関連する通信記録をすべてダウンロードする
– スマートフォンで書類を写真撮影して保存する
「退職金引当金」が決算書にある場合の意味
会社の決算書(貸借対照表)や法人税の申告書に「退職給付引当金」または「退職金引当金」の計上がある場合、これは会社が将来の退職金支払いを見越して費用を積み立てていることを示します。
これは退職金制度が実質的に存在することを示す有力な証拠となります。会社に開示を求めるか、中小企業の場合は税理士や中退共(中小企業退職金共済)への加入状況を確認することも有効です。
退職金の計算方法——規程がない場合の算定根拠
退職金の計算方法は本来、就業規則や退職金規程に定められた算定式に従います。しかし規程がない・曖昧な場合、どのように金額を算出すればよいでしょうか。
就業規則に規程がある場合の基本計算式
退職金規程が存在する場合は、通常以下の計算式が用いられます。
退職金 = 基本給 × 勤続年数別支給率 × 退職事由係数
退職事由係数は、自己都合退職(係数が低い)か会社都合退職・定年退職(係数が高い)かで異なります。不当解雇・ハラスメントによる退職の場合、「会社都合退職」として高い係数を主張できる場合があります。
規程がない場合の金額算定の考え方
退職金規程が存在しない場合でも、以下の方法で請求金額の根拠を作ることができます。
① 業界水準・同規模企業の相場を根拠にする
厚生労働省「就労条件総合調査」や各業界団体が公表している退職金の相場を参照し、「少なくともこの水準が払われるべき」という主張の補強材料にします。
② 過去の退職者への支払い実績から算定する
過去に退職した同僚が受け取った退職金の金額と勤続年数・基本給などを元に、暗黙の計算式を推定します。複数のケースがあれば算定式の精度が上がります。
③ 口頭約束の具体的な内容から算定する
「基本給の○ヶ月分」「勤続年数×○万円」などの約束があった場合は、その内容に従って計算します。
今すぐできるアクション
– 厚生労働省「就労条件総合調査」(最新版)で自分の業種・規模・勤続年数に対応する退職金相場を確認する
– 過去の退職者に対して支払われた退職金の金額・条件を把握できる情報を集める
時効に注意——退職金請求権の消滅時効
退職金を請求できる期間は、2020年民法改正により原則5年とされています(旧法では2年)。ただし、労働基準法115条の「2年の短期消滅時効」との関係については、退職金については5年が適用されるとの見解が有力です(労働基準法143条により当面の経過措置として3年とする解釈もあります)。
いずれにせよ、退職後できるだけ早く行動することが原則です。時間が経つほど証拠も集めにくくなります。
退職金を請求する手順——申告・交渉・法的手続き
証拠が揃ったら、以下のステップで請求を進めてください。
ステップ1:内容証明郵便で会社に請求する
まず、内容証明郵便で会社に退職金の支払いを請求します。内容証明は送付した日時・内容が法的に証明される郵便形式であり、後の法的手続きでも「請求した事実」を証明するために重要です。
内容証明に記載すべき事項
・自分の氏名・住所・退職日
・退職金が発生する根拠(就業規則○条・口頭約束・慣行)
・請求金額の計算根拠
・支払期限(通常は到達後2週間以内)
・支払われない場合は法的手続きを取る旨
内容証明郵便は郵便局の窓口から送るほか、「e内容証明」サービスを使えばオンラインでも送付できます。
今すぐできるアクション
– 内容証明の文書を作成する(弁護士・社労士に依頼するとより確実)
– 郵便局または「e内容証明」サービスを利用して送付する
ステップ2:労働基準監督署への申告
内容証明を送っても会社が無視・拒否した場合、労働基準監督署(労基署) に申告します。
退職金が「賃金」として認められる場合(就業規則・規程に記載がある場合)、未払い賃金として労働基準法違反の申告が可能です。労基署は調査権限を持ち、会社に是正勧告を出すことができます。
申告に必要な書類・情報
- 申告書(窓口でもらえる)
- 自分の氏名・住所・退職日・会社名
- 退職金が支払われないことの説明
- 収集した証拠(就業規則・雇用契約書・メール等のコピー)
申告は最寄りの労働基準監督署の窓口または電話(総合労働相談コーナー:0120-811-610) で行えます。
今すぐできるアクション
– 会社の所在地を管轄する労働基準監督署を確認する(厚生労働省HPで検索可能)
– 申告に持参する証拠をコピーして整理しておく
ステップ3:労働局のあっせん制度を活用する
退職金の支払い義務が明確でない・金額に争いがある場合は、都道府県労働局の「個別労働紛争解決制度(あっせん)」 を利用することができます。
あっせんは、労働局の調停委員が当事者の間に入って話し合いを促す制度です。訴訟より費用・時間がかからず、合意できれば法的に有効な和解が成立します。ただし、会社があっせん参加を拒否した場合は手続きが進まないという限界もあります。
申請は都道府県労働局雇用環境・均等部(室) に「あっせん申請書」を提出することで行います。
ステップ4:労働審判・民事訴訟
あっせんで解決しない場合や、会社があっせんに応じない場合は、労働審判または民事訴訟に移行します。
労働審判は、地方裁判所で行われる、裁判官と労働審判員2名からなる審判委員会が審理する手続きです。通常3回以内の期日で解決を目指すため、訴訟より迅速です。審判に異議があれば自動的に訴訟に移行します。
退職金が賃金と認められる場合、付加金(労働基準法114条)の請求も可能です。未払い賃金と同額の付加金を会社に追加で支払わせることができるため、実質2倍の金額を請求できる場合があります。
今すぐできるアクション
– 弁護士または社会保険労務士に無料相談を申し込む(法テラスで費用の立替制度あり)
– 労働審判申立書のひな形は裁判所HPで入手可能
会社が「退職金はない」と主張するパターンと反論方法
会社側がよく持ち出す主張と、それに対する反論を整理しておきます。
パターン①「就業規則に退職金規程はない」
反論: 就業規則に記載がなくても、口頭約束・慣行・雇用契約書の記載があれば請求権は発生します。また、「退職金規程がない」こと自体を証明するために就業規則の全文開示を求め、それを精査してください。「別規程に定める」という記載が隠れている場合があります。
パターン②「自己都合退職だから退職金はゼロ」
反論: 自己都合退職係数が「ゼロ」になることは、余程の非行がない限り合理性がありません。また、会社のハラスメントや違法行為が原因で退職を余儀なくされた場合は「会社都合退職」として扱うべきです。
パターン③「業績悪化だから払えない」
反論: 退職金が賃金である以上、会社の業績は支払い義務の免除理由になりません(賃金全額払いの原則)。会社が倒産寸前の場合は、未払い賃金立替払制度(独立行政法人労働者健康安全機構) を活用することで、国が退職金の一部を立替払いしてもらえる場合があります。
パターン④「懲戒事由があるから不支給」
反論: 退職金の不支給・減額は、労働者のそれまでの功績を帳消しにするほどの重大な背信行為がなければ認められないとするのが判例の立場です(最高裁平成18年10月26日判決等)。軽微な服務規律違反を理由とする全額不支給は認められません。
相談先・支援機関一覧
問題が複雑な場合や、一人での対応が難しい場合は、以下の機関に相談してください。
| 相談先 | 主な役割 | 連絡先・方法 |
|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 未払い賃金の調査・是正勧告 | 管轄署の窓口(厚労省HPで検索) |
| 総合労働相談コーナー | 労働問題全般の相談 | 0120-811-610(無料) |
| 都道府県労働局 | あっせん・紛争調整 | 各都道府県の労働局 |
| 法テラス(日本司法支援センター) | 弁護士費用の立替・無料法律相談 | 0570-078374 |
| 社会保険労務士(社労士) | 就業規則・労働契約の確認・書類作成 | 都道府県社労士会 |
| 弁護士(労働専門) | 交渉・審判・訴訟の代理 | 各地の弁護士会・法テラス |
| 連合(日本労働組合総連合会) | 労働相談・組合サポート | 0120-154-052(無料) |
| 未払賃金立替払制度 | 倒産企業の未払い退職金の立替 | 労働者健康安全機構(各都道府県) |
よくある質問
Q1. 退職金規程が「ある」のに金額の計算式が不明確な場合はどうなりますか?
規程は存在するものの算定式が曖昧・空白な場合、まず会社に計算の根拠を書面で説明するよう求めてください。説明が得られない場合や計算結果に納得できない場合は、過去の支払い実績・業界相場を根拠として適正額を主張できます。計算方法の不明確さは使用者側の問題であり、労働者に不利に解釈されることは原則ありません。
Q2. 口頭約束しか証拠がない場合、請求は難しいですか?
難易度は上がりますが、不可能ではありません。当時のメール・チャット・メモ、第三者の証言、求人票の記載などを組み合わせることで立証できる場合があります。また、会社側が「約束した事実はない」と主張するためには、それを裏付ける証拠が必要になるため、交渉段階で一定の圧力をかけることは可能です。弁護士に相談することをお勧めします。
Q3. 退職金の請求時効は何年ですか?
退職金請求権の消滅時効は、民法改正後の現行法では原則5年とされています。ただし労働基準法143条の経過措置として当面は3年との解釈もあります。いずれにせよ、退職後できるだけ早期に行動することが重要です。
Q4. 会社が倒産しそうな場合、退職金は諦めるしかありませんか?
諦める必要はありません。未払賃金立替払制度を利用することで、独立行政法人労働者健康安全機構が退職金を含む未払い賃金の一部を立替払いしてくれます。対象は企業が倒産(法律上の倒産・事実上の倒産)した場合で、退職日の6ヶ月前から立替払い申請日の前日までに支払期日が来た未払い賃金・退職金が対象となります。上限はありますが、最低限の保護を受けられます。
Q5. 退職金は賃金なのに、なぜ「賃金性の立証」が必要なのですか?
退職金が労働基準法11条の「賃金」として保護されるためには、その退職金が労使間の取り決め(規程・合意・慣行)に基づくものである必要があります。何の取り決めもなく純粋に会社の自由意思で支払う「見舞金」的なものは賃金に該当しません。「賃金性の立証」とは、自分が受け取るべき退職金が「取り決めに基づく労働の対償」であることを証明する作業です。これが認められることで、労基署への申告・付加金請求・時効の適用といった労働法上の強力な保護を受けられるようになります。
退職金の問題は、証拠収集と法的根拠の整理が勝負を決める典型的な労働トラブルです。「規程がないから諦めるしかない」という思い込みを捨て、まずは本記事で紹介した証拠集めから始めてください。一人で抱え込まず、労基署・労働局・弁護士といった専門機関を積極的に活用することが、権利を実現するための最短ルートです。
退職金請求の進行状況に応じて、迷いが生じた場合や判断が難しくなった場合は、本記事で紹介した相談先の利用も検討してください。無料相談窓口も複数あり、あなたの状況にあった専門家からのアドバイスを受けられます。

