会社から健康診断を受けさせてもらえない――そんな状況に置かれていても、「これが普通なのかも」と我慢してしまう労働者は少なくありません。しかし、会社が健康診断を実施しないことは明確な違法行為です。違反した事業者には刑事罰(6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金)が科される可能性があります。
この記事では、健康診断未実施問題の法的根拠から、証拠収集の具体的な方法、労働基準監督署への申告手順まで、今日から実行できる対処法を徹底解説します。
健康診断を受けさせない会社は「違法」|法的根拠を解説
全労働者対象|年1回の健康診断は法的義務
労働安全衛生法第66条第1項は、すべての事業者に対して次のとおり定めています。
「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行なわなければならない。」
この義務には例外がありません。会社の規模が小さくても、パート・アルバイトであっても(週30時間以上勤務の場合など一定要件あり)、業種を問わず適用されます。「うちは小さい会社だから」「正社員じゃないから対象外」という言い訳は法的に通用しません。
一般健康診断は年1回の実施が義務付けられており、これを怠った場合は50万円以下の罰金(労働安全衛生法第120条)または6ヶ月以下の懲役(同法第119条)の対象となります。
今すぐできるアクション: 自分の最後の健康診断受診日を確認してください。1年以上前であれば、会社は既に違反状態にある可能性があります。
深夜業務・有害業務従事者|6ヶ月〜3年ごとの健康診断
労働安全衛生法第66条第2項・第3項では、特定業務に従事する労働者についてより高い頻度での健康診断が義務付けられています。
| 業務区分 | 根拠条文 | 健康診断の頻度 | 具体的な対象例 |
|---|---|---|---|
| 深夜業務従事者 | 66条2項 | 6ヶ月に1回 | 夜間シフト勤務、コンビニ深夜勤務者など |
| 有害業務従事者(特殊健康診断) | 66条2項・3項 | 6ヶ月に1回 | 有機溶剤・鉛・放射線取扱い者など |
| 特定化学物質等取扱い者 | 66条2項・3項 | 6ヶ月に1回〜3年に1回 | 業種・物質により異なる |
深夜業務に就いていながら1年以上健康診断を受けていない場合、通常の倍の頻度での違反が積み重なっていることになります。自分が「特殊健康診断」の対象かどうかは、厚生労働省の「特殊健康診断の種類」リストで確認できます。
今すぐできるアクション: 深夜シフトの勤務記録(シフト表・タイムカード)を保存しておきましょう。健康診断未実施の証拠として後から活用できます。
妊産婦・特例対象者への健康診断義務
労働基準法第66条に基づき、妊娠中および産後1年以内の女性労働者(妊産婦)については、特別な健康管理措置が義務付けられています。妊娠中は医師の指導に従い、通常よりも高い頻度での受診が求められる場合もあります。
この対象者は「自分には特別な権利がある」と認識しにくいこともあり、見落とされがちです。妊娠を会社に報告した後も健康診断の案内がない場合は、明確な義務違反の可能性があります。
会社が負う具体的な健康診断関連義務(6つの義務)
「健康診断を受けさせること」だけが会社の義務ではありません。以下の6つの義務をすべて果たして初めて、会社は法律を遵守していることになります。
| # | 義務の内容 | 根拠法令 | 違反した場合のリスク |
|---|---|---|---|
| ① | 健康診断の実施 | 安衛法66条 | 6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金 |
| ② | 費用の全額会社負担 | 安衛法66条・行政通達 | 労働者への費用請求は違法 |
| ③ | 受診に必要な時間の確保(有給扱い) | 安衛法66条・行政通達 | 受診時間を欠勤扱いにすることは問題あり |
| ④ | 結果の通知と健康指導 | 安衛法66条の6 | 結果を教えないことは義務違反 |
| ⑤ | 健康診断記録の5年間保存 | 安衛則51条 | 労基署の調査で証拠隐滅とみなされる場合あり |
| ⑥ | 異常所見がある場合の就業制限等の措置 | 安衛法66条の5 | 措置を怠り疾病が悪化した場合は損害賠償リスク |
費用を「自己負担で受けてきて」と言われた場合も、実質的に受診を阻害する行為として問題になりえます。健康診断はすべて会社負担が原則です。
今すぐできるアクション: 「健康診断の費用を自己負担で」と言われた場合は、その指示をメールやLINEで書面に残すよう依頼するか、発言の日時・内容をメモしておきましょう。
健康診断未実施を証明する証拠収集の手順
労基署への申告や損害賠償請求を行う際、証拠があるかどうかが結果を大きく左右します。以下の手順で証拠を収集・保存してください。
ステップ1|未受診期間の記録
まず、自分がいつから健康診断を受けていないかを明確にします。
- 入社日・雇用契約書のコピーを手元に用意する
- 過去に受診したことがある場合は、その結果通知書を探す
- 「一度も案内がなかった」のか「拒否された」のかを整理する
ステップ2|会社の対応を記録する
会社がどのような対応をとったかの記録が、違法性の証明に直結します。
記録すべき内容チェックリスト:
– 健康診断の案内・通知が届いたことがあるか
– 受診を希望した日時と、会社の返答内容(誰が・何と言ったか)
– 「後でやる」「今は忙しい」などの引き延ばし発言の日時・内容
– 上司・人事担当者からのメール・チャット・書面
– 会社の就業規則・労働条件通知書に健康診断の記載があるか
今すぐできるアクション: 上司や人事担当者に「健康診断の実施予定を教えてください」とメールで問い合わせましょう。返信内容(または無視)そのものが証拠になります。
ステップ3|同僚の証言を確保する
同僚が同様に健康診断を受けていない場合、その証言は「会社全体として義務を怠っている」ことを示す有力な証拠になります。
- 同僚のLINEやメッセージで「みんな受けてないよね」などのやり取りを保存
- 口頭で証言してくれる同僚がいれば、名前と連絡先を控えておく
ステップ4|業務内容と勤務記録の保存
- 深夜シフトが証明できるシフト表・タイムカードのコピー
- 有害物質取扱いを示す作業日報・材料リスト
- 勤務場所や業務内容が記載された雇用契約書・業務指示書
社内での申し入れ手順(申告前の必須ステップ)
労基署への申告前に、社内での解決を試みることが推奨されます(ただし、報復を恐れる場合は直接申告も可能です)。
ステップ1|書面による受診申し入れ
口頭ではなく、必ずメールや書面で健康診断の実施を求めます。
書面申し入れ例(メール文面)
件名:健康診断の実施について(申し入れ)
○○部長 / 人事担当者様
お疲れ様です。[氏名]です。
労働安全衛生法第66条に基づき、事業者には年1回の健康診断実施義務があると
理解しております。入社より[○年○ヶ月]が経過しておりますが、
現時点で健康診断の実施案内を受け取っておりません。
つきましては、健康診断の実施予定日時をご連絡いただけますでしょうか。
本メールをもって正式な申し入れとさせていただきます。
[氏名・日付]
ステップ2|返答・対応の記録
- 返信があれば保存、返信がなければ「○日時点で回答なし」と記録
- 口頭で説明があった場合もメモを残し、「先ほどのお話を確認のためメールします」と書面化する
労働基準監督署への申告手順
社内申し入れで解決しない場合、または報復リスクがある場合は、労働基準監督署(労基署) に申告します。
申告先の確認
管轄の労基署は、会社の所在地を管轄する労基署です。
- 確認方法: 厚生労働省ウェブサイト「都道府県労働局・労働基準監督署所在地一覧」で検索
- 電話相談窓口: 労働条件相談ほっとライン 0120-811-610(無料・平日17時〜22時、土日10時〜17時)
申告書類の準備
| 書類 | 内容 |
|---|---|
| 申告書(様式第23号) | 労基署窓口または厚労省HPからダウンロード可能 |
| 雇用契約書のコピー | 雇用関係を証明するため |
| 未受診を示す記録 | メール・メモ・シフト表など |
| 社内申し入れのメール | 会社の対応(または不対応)を示すため |
申告の流れ
【STEP 1】管轄労基署へ電話または来署
↓
【STEP 2】申告書を提出(匿名申告も可能)
↓
【STEP 3】労基署が調査・立入検査を実施
↓
【STEP 4】違反が確認された場合→是正勧告書を交付
↓
【STEP 5】会社が是正しない場合→検察官送致(場合により)
重要: 申告者の情報は、原則として会社に開示されません。「申告したことがバレる」と心配な方も、匿名での相談・申告が可能です。
申告後に期待できる結果
- 是正勧告: 会社に健康診断の実施を命じる行政指導
- 企業名の公表: 重大・悪質な違反と判断された場合、厚生労働省が企業名を公表するケースあり
- 刑事告発: 是正勧告後も違反が続く場合、検察官への送致(書類送検)
労基署以外の相談先・申告先
状況によっては、労基署以外のルートが有効な場合もあります。
| 相談先 | 特徴 | 連絡先 |
|---|---|---|
| 都道府県労働局 雇用環境・均等部 | 妊産婦関連の相談に対応 | 各都道府県労働局 |
| 産業保健総合支援センター | 健康管理・産業医に関する専門相談 | 各都道府県に設置 |
| 労働組合・ユニオン | 会社との交渉を代行してもらえる | 地域ユニオン等 |
| 弁護士・社会保険労務士 | 損害賠償請求・法的交渉 | 法テラス(0570-078374)で紹介可能 |
| 総合労働相談コーナー | まず気軽に相談したい場合の入口 | 全国の労働局・ハローワーク内 |
健康診断を受けられなかった期間中に疾病が発症・悪化した場合、民事上の損害賠償請求が可能なケースもあります。弁護士への相談も検討しましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. パートタイムやアルバイトも健康診断の対象になりますか?
A. はい、条件を満たす場合は対象です。具体的には、週30時間以上(正規労働者の4分の3以上) の所定労働時間で働いている場合、一般健康診断の対象となります。週20〜30時間程度(2分の1以上)の場合も、会社が実施することが望ましいとされています。
Q2. 「費用は自己負担で受けてきて」と言われました。これは違法ですか?
A. 一般健康診断の費用は会社が全額負担するのが原則です(行政通達:昭和47年9月18日基発第602号)。ただし、特殊健康診断(法定)は費用負担が明確に義務付けられています。いずれにせよ、費用の自己負担を強要された場合は、その証拠を残した上で労基署に相談することをお勧めします。
Q3. 申告すると会社に報復されませんか?
A. 労基署への申告を理由とした不利益取扱い(解雇・降格など)は法律で禁止されています(労働安全衛生法第97条第2項)。違反した場合、会社はさらに重い処罰を受ける可能性があります。また、申告は匿名でも行えるため、身元が会社に知られないようにすることも可能です。
Q4. 健康診断の結果を会社に見せたくない場合はどうすればいいですか?
A. 健康診断の結果(個票)は、まず労働者本人に通知される権利があります(安衛法66条の6)。会社が保持する健康診断の記録は安全配慮義務の目的に限定されており、本人の同意なく第三者に提供することは認められていません。
Q5. 健康診断を「受けない」と自分で拒否した場合はどうなりますか?
A. 一般健康診断は労働者にも受診義務があります(安衛法66条5項)。ただし、会社が実施していない場合の責任は会社側にあります。「受けたくない」と言っても会社が適切な説明・働きかけをせずに放置していれば、会社の義務違反は免れません。
まとめ|今日からできる3つのアクション
健康診断を受けさせない会社は、労働安全衛生法違反として6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金という刑事罰の対象になります。あなたが「おかしい」と感じたことは、法律的にも正しい感覚です。
今日から始める3ステップ:
- 記録する — 最終受診日・会社とのやり取り・業務内容をメモ・スクリーンショットで保存する
- 書面で申し入れる — 上司や人事担当者に、メールで健康診断の実施を求める(証拠になる)
- 相談する — 労働条件相談ほっとライン(0120-811-610)や管轄の労基署に匿名で相談する
健康は、お金と時間が経ってから取り戻すことはできません。法律があなたを守っています。一人で抱え込まず、まず今日一歩踏み出してください。
本記事は2024年時点の法令に基づいて作成しています。最新の情報は厚生労働省ウェブサイトまたは専門家にご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q. パート・アルバイトも健康診断を受ける権利がありますか?
A. はい。週30時間以上勤務であれば、労働安全衛生法66条により会社は健康診断を実施する義務があります。雇用形態は関係ありません。
Q. 健康診断を受けさせない会社には罰則がありますか?
A. あります。6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。労働基準監督署への申告で調査が進みます。
Q. 健康診断の費用を自己負担するよう言われました。払わなければならないですか?
A. いいえ。健康診断費用は会社が全額負担する義務があります。自己負担の強制は違法です。
Q. 受診に必要な時間が欠勤扱いにされています。これは合法ですか?
A. いいえ。受診時間は有給扱いが原則です。欠勤扱いや給与減額は違法行為に該当します。
Q. 健康診断を受けさせない会社に対し、どこに申告すればいいですか?
A. 管轄の労働基準監督署に申告できます。証拠(シフト表・メール等)を整理して相談することをお勧めします。

