労災給付は過失相殺で減額されない|会社の違法対応と正しい申請法

労災給付は過失相殺で減額されない|会社の違法対応と正しい申請法 労働災害申請

業務中にケガをした後、会社から「あなたの不注意が原因だから、労災給付は使えない」「過失があるから減額する」と言われて困っていませんか?

結論から言います。会社のその主張は、法律的に誤りです。

労災保険による給付は、労働者に軽過失(通常の不注意)があっても減額されません。これは労災保険法に明記されている原則であり、会社が「過失相殺」を理由に労災給付を操作する権限は存在しません。

この記事では、なぜ労災給付に過失相殺が適用されないのかという法的根拠から、会社の不当対応に対する具体的な反論材料、そして今すぐ動ける申請手順まで、実務レベルで解説します。


労災給付と過失相殺は「完全に別の問題」である

給付の種類 過失相殺の適用 法的根拠 給付額への影響
労災保険給付
(社会保険)
適用されない 労災保険法12条
社会保険の原則
軽過失では減額なし
民事損害賠償
(会社への請求)
適用される 民法418条
過失相殺の規定
過失割合に応じて減額
重大な過失による給付制限 例外的に制限 労災保険法12条1項
(重大な過失に限定)
給付の20%まで削減可

会社が労働者に言いがちな「過失があるから労災は減額できる」という主張の根底には、労災保険制度と民事損害賠償制度を混同しているという大きな誤解があります。

この2つは法律的に独立した制度であり、それぞれまったく異なるルールで動いています。

過失相殺が適用される「民事損害賠償」とは何か

「過失相殺」という概念は、民法722条2項に定められた民事上のルールです。

民法722条2項:「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」

つまり過失相殺とは、交通事故や不法行為による損害賠償訴訟において、被害者側にも落ち度があった場合に賠償額を調整するための民事法上の仕組みです。

たとえば、会社が安全配慮義務を怠ったために労働者がケガをした場合、労働者も多少の注意を怠っていたとすれば、その民事訴訟において過失相殺が適用されることはあります。

しかし、これはあくまで会社と労働者の間の民事上の金銭交渉・訴訟の話です。

労災保険給付は「社会保険」であり別のルールで動く

労災保険制度は、労働者災害補償保険法(以下、労災保険法)に基づく社会保険制度です。

この制度の目的は、「業務上または通勤中に発生した傷病・障害・死亡について、労働者とその遺族を保護すること」にあります(労災保険法1条)。

そして、給付の可否を左右するのは業務起因性(その傷病が業務に起因するかどうか)という基準であり、労働者の過失の有無ではありません。

制度 根拠法 判断基準 過失の影響
労災保険給付 労災保険法7条1項 業務起因性の有無 軽過失では影響なし
民事損害賠償 民法722条2項 不法行為・安全配慮義務違反 過失相殺で減額あり

この表が示す通り、労災保険給付と民事損害賠償は判断の根拠も、判断基準も、まったく異なる制度です。

会社が「過失相殺だから労災を減額できる」と言うのは、民事のルールを労災保険に無断で持ち込もうとする行為であり、法律上の根拠がありません。


労災保険法12条が明確に定める「給付制限の条件」

労災保険において給付が制限(不支給)されるケースは、労災保険法12条の2の2に厳格に定められています。

労災保険法12条の2の2第1項:「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡またはその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わないことができる。」

さらに同条2項では「重大な過失」による場合は給付の一部停止(最大40%)が可能と定められています。

この2つの規定から導かれる法的な結論は明確です。

給付制限が認められる唯一のケース

労働者の状態 給付への影響 具体例
故意による自傷 給付なし(全額不支給) 自分でケガをして労災を装う
重大な過失 給付の一部制限(最大40%) 酩酊状態で危険な機械を操作するなど
軽過失(通常の不注意) 給付への影響なし(全額支給) 少し不注意だった、手順を省略したなど

注意すべきは「重大な過失」のハードルです。これは「通常の注意を著しく欠く」という高い基準であり、単に「もっと気をつければよかった」「マニュアル通りに動かなかった」といった日常的な不注意は含まれません。

「重大な過失」の判断基準(裁判所・行政の解釈)
– 泥酔状態・薬物使用状態で危険な業務を行った
– 明らかに禁止されていた行為を故意に無視して作業した
– 複数の安全装置をすべて意図的に解除した

こうした極端なケース以外は「軽過失」であり、給付制限は適用されません。現場での通常業務中のケガ・転倒・機械との接触などは、ほぼ確実に軽過失の範囲内です。

会社には給付を「減額・拒否」する権限がそもそも存在しない

もう一点、非常に重要な事実があります。

労災保険給付の支給決定を行う権限は、労働基準監督署(政府)にあります。会社にはありません。

労働者が労働基準監督署に直接申請を行い、監督署が業務起因性を審査して給付を決定します。会社は「労災保険の使用を妨害する」ことも「給付額を決める」こともできません。

会社が「うちでは労災を使わせない」「自分の過失だから手続きしない」などと言っても、労働者は会社を通さずに労働基準監督署に直接申請することができます(労災保険法施行規則12条等)。


判例が示す「業務起因性と過失は独立して判断する」という原則

この法理は、最高裁判例によっても明確に支持されています。

最高裁判例の示す方向性

最高裁昭和59年12月20日判決では、業務上の傷病に対する労災給付の判断において、「労働者の行為が業務の遂行に起因するかどうか」が独立した判断基準であることが確認されています。

業務起因性の認定は「その傷病が業務に内在する危険が現実化したものかどうか」で判断されます。たとえ労働者に何らかの不注意があったとしても、それは業務起因性の判断に直接影響しません。

最高裁平成24年3月22日判決でも、業務上の出来事と傷病の間の相当因果関係の判断において、被災労働者の行動の過失は業務起因性の否定理由にならないことが改めて示されています。

「業務起因性」はこのように判断される

業務起因性が認められるには、次の2点が確認されれば十分です。

  1. 業務遂行性:業務中(使用者の支配・管理下)に事故が起きたか
  2. 業務起因性:業務に内在するリスクが事故の原因になっているか

たとえば、製造ラインで機械を操作中に指を切った場合、「少し不注意だった」という事情があっても、機械という業務上のリスクが現実化したわけですから業務起因性は認められます。

会社が「不注意があったから業務起因性がない」と主張するのも法的に誤りです。業務起因性と過失は、それぞれ独立した、別の法的判断です。


事故直後から始める証拠収集の実践手順

会社が不当な主張をしてきたとき、最終的に労働者を守る武器になるのが証拠です。事故後できるだけ早く、以下の手順で証拠を確保してください。

医療機関での初診時に必ず確認すること

事故後は早急に(できれば当日、遅くとも3日以内に)医療機関を受診してください。受診の際には以下の点を医師に伝えてください。

  • 「業務中に発生した事故によるケガであること」
  • 「事故の発生状況(どこで、どんな作業中に、どのようにケガをしたか)」

診断書には必ず「業務中の事故による」という旨の記載を入れてもらいます。この記載が、後の労災認定において業務起因性を示す重要な証拠になります。

また、初診時の診療録(カルテ)のコピーを取り寄せ、手元に保管しておきましょう。

事故現場の記録(事故直後が勝負)

事故現場の状況は時間が経つと変わってしまいます。可能であれば事故直後に以下を記録してください。

現場の写真・動画
– 転倒・接触した箇所
– 壊れていた設備・器具
– 濡れていた床、欠けていた手すりなど安全管理上の問題箇所
– 通路の状態(狭い、暗い、整理されていないなど)

証人の確保
– 事故を目撃した同僚の氏名・連絡先を記録する
– 後から声をかけられなくなる前に、簡単でも状況をメモしてもらう

事故時の衣類・装備品の保管
– 破れた作業着、損傷した安全靴などは廃棄せず保管する

会社とのやり取りはすべて書面・記録で残す

会社の担当者との会話で「過失だから労災は使えない」「減額になる」などの発言があった場合、それ自体が会社の違法対応を示す重要な証拠になります。

  • 口頭で言われた内容はその日のうちにメモに残す(日時・相手の氏名・発言内容)
  • 可能な限りメール・書面でのやり取りに切り替える
  • 「○月○日の話し合いで聞いた内容の確認です」と題したメールを送り、発言内容を文字で記録に残す

事故報告書の写しを必ず取得・保管してください。 会社が作成する事故報告書の内容が事実と異なる場合は、書面で訂正を申し入れてください。


労災申請の具体的な手順と書類の書き方

会社が非協力的であっても、労働者は労働基準監督署に直接申請することができます。

申請に必要な書類

療養補償給付(医療費)の申請

  • 様式第5号:「療養補償給付たる療養の給付請求書」(医療機関提出用)
  • 会社欄の記入が得られない場合は、その旨を申請書に記載すれば受理してもらえる

休業補償給付(休業中の賃金補填)の申請

  • 様式第8号:「休業補償給付支給請求書」
  • 休業4日目から申請可能(最初の3日間は会社が補償する義務あり)

これらの書類は、最寄りの労働基準監督署で入手できるほか、厚生労働省のウェブサイトからダウンロードも可能です。

申請書の記載で特に重要なポイント

申請書には「災害の原因及び発生状況」を記載する欄があります。ここには以下の内容を具体的に書きましょう。

  • 発生した日時・場所
  • 当時行っていた作業の内容
  • 事故の発生状況(何が原因でどうなったか)
  • ケガの部位・症状

この欄には過失があったかどうかを自ら書く必要はありません。 あくまで「業務中の事故によるケガ」という事実を客観的に記述します。

会社が「自己の過失と書け」などと指示してきた場合は、その旨を労働基準監督署に相談してください。

申請先:最寄りの労働基準監督署

申請窓口は、事業場(会社の事業所)を管轄する労働基準監督署です。

労働基準監督署が行う審査
1. 申請書類の確認
2. 会社への調査(事故報告書・勤怠記録・業務内容の確認)
3. 医療機関への照会
4. 業務起因性の認定判断

会社の協力が得られない状況でも、監督署は独自に調査を行います。「会社が書類に判を押してくれない」「事故報告書を書いてもらえない」という場合でも、諦めずに申請してください。

申請が不受理・不認定になった場合の不服申立て

万が一、労働基準監督署から不認定(業務起因性なし)の決定が出た場合も、以下の手順で争うことができます。

  1. 審査請求:処分を知った日から3ヶ月以内に、都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に対して申請
  2. 再審査請求:審査請求の決定に不服がある場合、さらに労働保険審査会に申請
  3. 行政訴訟:再審査請求後も不服の場合、行政訴訟として裁判所に提起

会社の「違法対応」に対して取れる法的手段

会社が労災申請を妨害した場合、それ自体が法律違反になります。

労災申請妨害は刑事罰の対象

労働基準法120条では、労働基準法違反(安全配慮義務違反など)に対する罰則が定められています。また、労災保険法に基づく申請への妨害行為は行政上の問題として取り扱われます。

会社が「労災を申請するな」「申請したら解雇する」などと言った場合、これは労働者の権利行使を妨害する違法行為です。すぐに労働基準監督署に申告してください。

安全配慮義務違反による民事請求

ケガの原因が会社の安全管理の不備(設備の欠陥、危険作業への安全教育の不足など)にある場合、労災給付とは別に会社に対する民事損害賠償請求も可能です。

この場合、会社が過失相殺を主張してくることはあります(民法722条2項の領域)。ただし、会社側に安全配慮義務違反(労働契約法5条)があれば、裁判所は会社側の責任を重く見て過失相殺の割合を低く認定する傾向があります。

民事請求で取れる補填の例(労災給付では補われないもの)
– 慰謝料(精神的苦痛)
– 逸失利益(減収した給与の全額補填)
– 後遺症による将来収入の損失

相談先一覧

相談内容 相談先 連絡先
労災申請・給付内容 労働基準監督署 各都道府県の管轄署
会社の違法対応・申請妨害 労働基準監督署(申告) 同上
総合的な労働問題の相談 総合労働相談コーナー 0120-811-610(厚労省)
法的手続き・民事請求 弁護士(労働問題専門) 法テラス:0570-078374
組合的サポート 合同労組・地域ユニオン 各地域の連合加盟組織

今すぐ取れる行動チェックリスト

事故に遭った後の行動を優先順位順に確認してください。

【事故直後〜当日】
– [ ] 医療機関を受診し、「業務中の事故によるケガ」と記録してもらう
– [ ] 事故現場の写真・動画を撮影する
– [ ] 証人の氏名・連絡先を確保する
– [ ] 事故の状況を詳細にメモする(日時・場所・状況・ケガの内容)

【事故翌日〜1週間以内】
– [ ] 会社への事故報告をメールまたは書面で行う
– [ ] 会社から「過失相殺」「減額」の言葉が出た場合はその内容を書面・メモで記録する
– [ ] 事故報告書の写しを会社に求める

【申請準備】
– [ ] 最寄りの労働基準監督署の場所・受付時間を確認する
– [ ] 様式第5号または様式第8号を入手する
– [ ] 医師に診断書・療養証明書を依頼する
– [ ] 会社が協力しない場合、その旨を監督署に相談する

【会社が申請妨害している場合】
– [ ] 妨害・圧力の内容を記録する
– [ ] 労働基準監督署に申告する
– [ ] 総合労働相談コーナーまたは弁護士に相談する


よくある質問

Q1. 会社が「労災の書類に印鑑を押さない」と言っています。申請できませんか?

申請できます。会社の協力が得られない場合は、会社欄を空欄にしたまま(または「会社の協力が得られない」と付記して)労働基準監督署に提出することが認められています。監督署は独自に調査を行いますので、諦めずに提出してください。

Q2. 事故から1ヶ月以上経ってしまいました。今からでも申請できますか?

申請できます。労災保険の療養補償給付は時効2年、休業補償給付も時効2年です(障害・遺族給付は5年)。時効内であれば申請可能ですので、医療記録や事故当時のメモなどをできる限り集めて申請してください。

Q3. 会社から「示談書にサインすれば治療費を払う」と言われました。サインしていいですか?

サインしてはいけません。示談書に「一切の請求権を放棄する」という条項が入っていれば、後から民事損害賠償を請求できなくなる可能性があります。示談の内容は労働問題専門の弁護士に必ず確認してから判断してください。

Q4. 軽いケガだと労災にならないと聞きました。本当ですか?

誤りです。業務中のケガであれば、軽傷でも労災保険の対象になります。通院が1〜2回で終わる程度のケガでも、療養補償給付として医療費の支給が受けられます(休業が4日未満であれば休業補償は対象外ですが、療養給付は受けられます)。

Q5. 労災を使うと会社の保険料が上がると聞きました。だから会社が嫌がっていると思います。会社の立場も考えるべきですか?

労働者が労災申請を控える義務は一切ありません。労災保険料の問題は会社側の経営問題であり、労働者の権利行使を妨げる理由にはなりません。むしろ「保険料が上がるから労災を使わせない」という会社の行為自体が問題であり、そのような圧力があれば労働基準監督署に申告することが適切です。


まとめ

本記事の要点を整理します。

法律の原則として覚えておくべきこと

  1. 労災給付と過失相殺は別の制度:過失相殺(民法722条2項)は民事損害賠償の話であり、労災保険給付(労災保険法)には適用されない
  2. 軽過失では給付は減額されない:給付制限が可能なのは「故意」または「重大な過失」の場合のみ(労災保険法12条の2の2)
  3. 給付の決定権は労働基準監督署にある:会社に給付を減額・拒否する権限はない

会社の「過失相殺で減額する」という主張は法律的に根拠がありません。 業務中のケガで困っている場合は、今すぐ証拠を確保し、労働基準監督署に相談・申請することをためらわないでください。

あなたの権利を守るために、制度は存在しています。もし対応に困ったら、労働基準監督署や弁護士といった専門家の力を借りることは決して恥ずかしいことではなく、正当な選択です。

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