時給制で働いているのに、給与明細を見ると「固定残業代」まで差し引かれている——そんな経験はありませんか?「時給で残業代は払っているはずなのに、さらに固定残業代を控除するのはおかしい」という直感は正しいです。これは二重取りと呼ばれる違法状態に該当する可能性が高く、未払い残業代として請求できます。
この記事では、固定残業代と時給の二重請求が違法と判断される基準、証拠収集の手順、会社への質問状の書き方、労基署への申告方法、弁護士相談の判断基準まで、今すぐ使える実務知識を完全解説します。
目次
- 時給制+固定残業代「二重取り」の仕組みと違法性
- 違法判断の4要件チェックリスト
- 今すぐやるべき証拠保全の手順
- 会社への質問状テンプレートと送付方法
- 労基署申告・弁護士相談の判断基準と手順
- 未払い残業代の計算方法と請求額の試算
- よくある質問
1. 時給制+固定残業代「二重取り」の仕組みと違法性
1-1. 「二重取り」の実例:給与明細から判定する方法
まず、典型的な二重取りのパターンを具体的な数字で確認しましょう。
【ケース例】時給1,000円・固定残業代40時間・実際の残業80時間
| 項目 | 会社の主張 | 法的に正しい計算 |
|---|---|---|
| 基本給(所定内) | 時給1,000円×所定時間 | 時給1,000円×所定時間 |
| 固定残業代(40時間分) | 「時給に含む」と主張しながら別途控除 | 割増率込みで別途支払い |
| 実残業80時間のうち超過40時間分 | 「固定残業代で精算済み」と不支給 | 追加で全額支払い義務あり |
二重取りの構造:
時給1,000円(残業代を含む、と会社が主張)
↓
さらに固定残業代を「別途控除」または「不支給」
↓
実残業80時間のうち40時間超過分も支払われない
↓
❌ 残業代が「時給側」と「固定残業代側」の両方で二重に吸収される違法状態
給与明細で以下の記載が同時に存在する場合は要注意です。
- 「時給○○円(固定残業代を含む)」という記載がある
- 別欄に「固定残業代」「みなし残業代」「定額残業手当」などがある
- 実際の残業時間が固定残業代の想定時間を超えても追加支払いがない
1-2. 労働基準法37条違反:なぜ違法なのか
労働基準法第37条は、使用者に対して「時間外労働・深夜労働・休日労働に対して、通常賃金の25%以上(月60時間超は50%以上)を割増して支払うこと」を義務付けています。
固定残業代制度自体は、最高裁判例(イズミ事件・2019年)が示す要件を満たせば適法です。しかし、時給制に固定残業代を組み合わせる場合、次の2点が同時に存在すると違法になります。
- 「時給に残業代が含まれる」という曖昧な主張で残業代の個別支払いを拒否する
- さらに別名目の固定残業代を控除・不支給にして残業代を二重に吸収する
最高裁は「残業代が基本給に含まれるためには、①通常の労働時間の賃金と残業代部分が明確に区別されており、②労働者が明示的に合意していること」を要求しています(イズミ事件判旨)。この要件を満たさない「曖昧な組み込み」は無効です。
2. 違法判断の4要件チェックリスト
以下の4つをチェックして、二重取りが違法かどうかを自己診断してください。
✅ チェック①:「明確な区別」があるか
雇用契約書や労働条件通知書に「時給○○円のうち△△円が固定残業代○時間分に相当する」という具体的な金額・時間の内訳が記載されているか?
- ある → 区別の明確性はある(ただし後述の要件も確認)
- ない・曖昧 → 違法の可能性大
✅ チェック②:「超過分の清算」があるか
実際の残業時間が固定残業代の想定時間を超えた月に、差額が追加支払いされているか?
- されている → 適法な運用
- されていない → 労基法37条違反の可能性大(厚労省通達確認)
✅ チェック③:「二重控除」の有無
給与明細で「時給(残業代込み)」と「固定残業代」の2つの名目で残業代が計上・控除されていないか?
- 2つの名目で重複 → 二重取りの典型パターン・違法の可能性大
- どちらか一方のみ → 計算の正確性をさらに確認
✅ チェック④:「有給休暇取得時の減額」があるか
有給休暇を取得した月に、固定残業代が減額または不支給になっていないか?
- 減額されている → 労働基準法39条違反の可能性大
- 減額なし → この点では問題なし
4つのうち1つでも該当 → 専門家への相談を強く推奨します。
3. 今すぐやるべき証拠保全の手順
証拠は時間が経つほど消えるリスクがあります。特に退職後や会社側が問題を察知した後は、タイムカードや勤務記録が破棄・改ざんされる事例もあります。今日中に以下を実行してください。
3-1. 緊急保全(即日)
| 証拠 | 収集方法 | 保存先 |
|---|---|---|
| タイムカード・打刻記録 | スマートフォンで撮影(複数枚) | 個人クラウド(Google Drive等) |
| 給与明細(直近2年分) | 紙は写真撮影、Web明細はPDF保存 | 個人メールにも転送 |
| 雇用契約書・労働条件通知書 | 手元にない場合は「写しを交付してください」と書面で会社に請求 | USB+クラウドの二重保存 |
| 業務連絡(残業を示すメール・チャット) | スクリーンショット保存 | 個人クラウド |
⚠️ 絶対にNGな保存方法:会社支給のパソコン・スマートフォンのみへの保存。退職や解雇と同時にアクセスできなくなります。
3-2. 1週間以内に揃えるもの
- 残業時間の自己記録(メモ・日記・手帳に記録していた場合は写真撮影)
- 固定残業代に関する説明資料(採用時の説明メモ、募集求人票など)
- 就業規則のコピー(社内掲示板・イントラネットに掲載されている場合はPDF保存または写真撮影)
💡 就業規則の開示請求:労働基準法第106条により、使用者は就業規則を労働者がいつでも確認できる状態にする義務があります。請求して断られた場合、それ自体が労基署への申告事由になります。
4. 会社への質問状テンプレートと送付方法
いきなり法的手続きに入る前に、書面による質問状の送付が有効です。会社の回答(または無回答)が後の証拠になります。
4-1. 質問状テンプレート
○年○月○日
株式会社○○
代表取締役 ○○○○ 殿
(または:人事部長 ○○○○ 殿)
氏名:○○○○
所属:○○部門
(元従業員の場合は「元従業員」と記載)
給与計算方法に関する質問書
私は貴社に○年○月から雇用されており(または「雇用されていた者であり」)、
時給制にて勤務しておりました。
このたび、給与明細および雇用契約書の内容を確認したところ、
以下の点について疑義が生じましたので、書面にて確認させていただきます。
【質問事項】
1. 私の雇用契約において「時給○○円(固定残業代○時間分を含む)」
との説明を受けましたが、この説明に基づく場合、
時給のうち固定残業代に相当する具体的な金額はいくらでしょうか。
2. 給与明細に「固定残業代」として別途○○円が計上(または控除)されていますが、
この固定残業代は上記1の残業代とは別のものでしょうか。
その場合、計算根拠をご説明ください。
3. ○年○月〜○年○月の間、私の実際の月間残業時間が
固定残業代の想定時間を超えていた月がありますが、
超過分の残業代はどのように精算されているのでしょうか。
以上について、本書面到着後**14日以内**に書面(郵送またはメール)で
ご回答くださいますよう、お願い申し上げます。
なお、回答が得られない場合または回答内容に納得できない場合は、
労働基準監督署への申告、その他法的手段を検討することをお伝えします。
以上
4-2. 送付方法(証拠力の高い順)
- 内容証明郵便(最優先):郵便局で「いつ・どんな内容の手紙を出したか」が公的に証明される。費用約1,000~1,500円。
- 配達記録付き普通郵便:到達の証拠は残るが内容は証明されない。
- メール:送信記録を必ずスクリーンショット保存。開封確認機能を使う。
- 直接手渡し:受領印またはサインをもらう。
💡 内容証明郵便の書き方は郵便局窓口でも案内してもらえます。e内容証明(Web申込)も利用可能です。
5. 労基署申告・弁護士相談の判断基準と手順
5-1. 労働基準監督署への申告
申告先:会社の所在地を管轄する労働基準監督署
申告が適切なケース:
– 質問状を送っても14日以内に回答がない
– 回答はあったが「問題ない」と一方的に言われた
– 今も在職中で、是正させたい
申告の手順:
Step1:管轄の労働基準監督署を確認
└→ 厚労省「全国の労働局・労働基準監督署」ページで検索
Step2:申告に持参するもの
├ 給与明細(直近2年分)
├ 雇用契約書・労働条件通知書
├ タイムカードのコピー・写真
├ 質問状と会社の回答(あれば)
└ 残業時間の自己記録
Step3:窓口で「賃金不払いの申告をしたい」と申し出る
└→ 申告書の書式は窓口でもらえる
Step4:調査開始
└→ 監督官が会社に出頭・書類提出を命令し調査
⚠️ 重要:労基署は申告者の氏名を会社に開示しない運用が原則ですが、内容から特定される可能性はゼロではありません。在職中の申告に不安がある場合は、先に弁護士に相談することを検討してください。
時効に注意:未払い残業代の請求権は2020年4月以降の分は3年(改正前は2年)で時効消滅します。時効が近い分があれば、内容証明郵便送付や労基署申告を急いでください。
5-2. 弁護士・社労士への相談タイミング
以下のケースでは、専門家への相談を労基署申告より先に行うことを強く推奨します。
| ケース | 理由 |
|---|---|
| 未払い額が30万円以上と試算される | 費用対効果から弁護士費用を回収できる可能性が高い |
| 報復・解雇・シフト削減のリスクがある | 法的保護の戦略を事前に組む必要がある |
| すでに退職済みで会社が交渉に応じない | 法的請求(小額訴訟・労働審判)が有効 |
| 証拠が少なく立証に不安がある | 証拠収集の合法的手段を専門家と検討 |
無料相談先:
– 法テラス(日本司法支援センター):TEL 0570-078374(収入要件あり)
– 都道府県労働局・総合労働相談コーナー:全国各地に設置、無料
– 弁護士会の法律相談:30分5,500円程度(初回無料の場合も)
6. 未払い残業代の計算方法と請求額の試算
6-1. 基本計算式
固定残業代と時給の二重取りが違法と確認できた場合の請求額は次の式で算出します。
【1時間あたりの残業単価】
= 時給 × 割増率(通常残業は1.25倍、深夜は1.5倍、休日は1.35倍)
【月あたりの未払い残業代】
= 残業単価 × 実際の残業時間 - 実際に支払われた残業代相当額
【請求総額(時効範囲内)】
= 月あたりの未払い額 × 対象月数(最大3年・36か月分)
+ 付加金(労基法114条:裁判で認められた場合、同額上乗せ)
6-2. 具体的な試算例
条件:時給1,000円・所定労働時間160時間/月・実残業80時間/月・固定残業代として支払われた額:月30,000円(40時間分として)
| 計算ステップ | 計算内容 | 金額 |
|---|---|---|
| 正当な残業単価 | 1,000円 × 1.25 | 1,250円/時間 |
| 正当な残業代(80時間) | 1,250円 × 80時間 | 100,000円 |
| 実際に支払われた残業代 | 30,000円 | 30,000円 |
| 月あたり未払い額 | 100,000円 − 30,000円 | 70,000円 |
| 3年分(36か月)の請求総額 | 70,000円 × 36か月 | 2,520,000円 |
⚠️ 上記はあくまで試算例です。実際の請求額は残業時間の証拠、固定残業代の契約内容、時効の範囲などによって変わります。正確な算定は専門家に依頼してください。
7. よくある質問
Q1. 在職中でも申告・請求できますか?
A. できます。在職中であっても、未払い賃金は請求権を持ちます。ただし、報復・不利益取扱いのリスクを考慮して、労基署申告前に弁護士に相談することを推奨します。不利益取扱い自体も労働基準法第104条第2項で禁止されており、それ自体が違法です。
Q2. 退職してから請求できますか?
A. できます。退職後も3年以内(2020年4月以降分)であれば未払い残業代を請求できます。退職後は会社との関係を気にせず動きやすいため、むしろ請求しやすい場合もあります。内容証明郵便による請求書送付から始めてください。
Q3. 固定残業代制度は全部違法ですか?
A. いいえ。固定残業代制度そのものは適法です。最高裁(イズミ事件)が示す「明確な区別」「超過分の清算義務の履行」の2要件を満たしていれば有効です。問題になるのは、時給制との組み合わせで残業代を二重に吸収している場合や、超過分の清算をしていない場合です。
Q4. タイムカードがない場合、証拠はどうすればいいですか?
A. タイムカードがなくても、以下が残業時間の証拠になります。①業務メール・チャットの送受信時刻ログ、②交通系ICカードの乗降記録、③スマートフォンの位置情報・通話記録、④手帳・日記の残業記録(本人作成でも一定の証拠力あり)。これらを組み合わせて証拠を積み上げてください。
Q5. 会社が「合意済みだ」と言ってきたらどうすればいいですか?
A. 「合意があれば二重取りが合法」にはなりません。最高裁は、残業代を基本給や時給に組み込む合意が有効であるためには「明確な区別」が必要と判断しており、曖昧な合意は無効です。会社の主張に対して「合意内容を書面で示してください」と書面で求め、その回答を証拠として保全してください。
Q6. 少額すぎて弁護士に頼めないと思うのですが…
A. 未払い残業代の請求は、小額訴訟(60万円以下・1日で審理)や労働審判(3回以内で解決・弁護士なしも可)を使えば自分でも手続きできます。また、弁護士費用を成功報酬型(回収できた場合のみ報酬支払い)で対応する事務所も多く、初期費用ゼロで依頼できるケースもあります。まず無料相談だけでも活用してください。
まとめ:今日やるべき3つのアクション
固定残業代と時給の二重請求は、法的に明確に違法となり得る問題です。記事のポイントを整理すると:
- 今日中に証拠を保全する(タイムカード・給与明細・雇用契約書をクラウド保存)
- 4要件チェックリストで自己診断する(明確な区別・超過清算・二重控除・有給減額)
- 2週間以内に質問状を内容証明で送付する(会社の回答が重要な証拠になる)
時効(3年)があるため、問題に気づいたら早めの行動が最大の武器です。一人で抱え込まず、労基署や弁護士への相談を積極的に活用してください。
免責事項:本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別事案への法的アドバイスではありません。具体的な判断は、必ず弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 時給制なのに固定残業代が給与から引かれています。これは違法ですか?
A. 時給に残業代が含まれるのか別かが明確でなく、さらに固定残業代が控除されている場合は、二重取りとして違法の可能性が高いです。給与明細で確認してください。
Q. 固定残業代制度自体は適法ですか?
A. はい、制度自体は適法です。ただし最高裁判例の要件として、①通常賃金と残業代の区別が明確で、②労働者の明示的合意があり、③超過分は追加支払いされることが必須です。
Q. 実際の残業が固定残業代の想定時間を超えた場合、どうなりますか?
A. 差額は必ず追加支払いされるべきです。されていなければ労働基準法37条違反で未払い残業代として請求できます。
Q. 給与明細のどこを見れば二重取りを判定できますか?
A. 「時給○○円(残業代含む)」という記載と「固定残業代」の別欄が同時にある場合は要注意です。2つの名目で残業代が重複計上されていないか確認してください。
Q. 証拠がない場合、どうやって未払い残業代を請求しますか?
A. 給与明細・雇用契約書・労働条件通知書の保全が重要です。これらがなければ、まず労基署に申告し、調査権を活用することも選択肢になります。

