「残業代は基本給に含まれているから、別途支払いはしていない」——そう会社から説明されたことはありませんか?
実はこの説明、労働基準法に違反している可能性が非常に高いです。給与明細に「残業代」の文字が一切なく、内訳も不明なまま働き続けている労働者は少なくありません。しかし、泣き寝入りする必要はありません。
本記事では、給与明細の内訳確認から差分請求・行政申告まで、今すぐ実行できる手順を法的根拠とともに詳しく解説します。
「基本給に残業代が含まれている」は法的に問題がある可能性が高い
| 項目 | 基本給に残業代を含める(違法) | 固定残業代制(みなし残業) |
|---|---|---|
| 給与明細への表示 | 残業代の記載がない、または不明確 | 基本給とは別に「固定残業代」と明記される |
| 実労働時間の確認 | 実際の残業時間を確認していない | 残業時間を確認し、超過分は別途支払い |
| 法的効力 | 労働基準法違反(無効) | 適切な手続きがあれば有効 |
| 超過残業時間への対応 | 対応なし(問題あり) | 超過分を時間単価で追加支払い |
| 差分請求の可能性 | 請求可能(高い確度) | 超過分のみ請求可能 |
まず最初に明確にしておきたいのは、「基本給に残業代が含まれている」という口頭での説明だけでは、法律上の残業代支払いとして認められないという点です。
労働基準法37条は、時間外労働(残業)・休日労働・深夜労働に対して、通常の賃金とは別に割増賃金を支払うことを使用者に義務づけています。「基本給に込み」という説明はこの義務を果たしていることにはなりません。
さらに、労働基準法89条は就業規則に賃金の計算方法・支払い方法を明記する義務を課しており、賃金の内訳が就業規則上も不明確であれば、それ自体が法律違反となります。
また、2024年4月施行の改正により、給与明細への内訳記載義務が強化されました。残業代が基本給と分離して明示されていない場合、この義務に違反している可能性があります。
| 法的根拠 | 内容 | 違反時の効果 |
|---|---|---|
| 労働基準法37条 | 時間外労働の割増賃金は別途支払い義務 | 割増賃金債務不履行 |
| 労働基準法89条 | 賃金計算方法は就業規則に明記義務 | 就業規則違反 |
| 労働基準法108条 | 賃金台帳への時間外労働時間数の記載義務 | 記載義務違反 |
| 賃金支払確保法2条 | 残業代は「割増賃金」として明確表示 | 強制執行対象 |
残業代を基本給に含める「固定残業代(みなし残業)」との違い
「基本給に残業代が含まれている」という説明の中には、合法的な固定残業代(みなし残業代)制度と混同されているケースも存在します。しかし、両者はまったく別物です。
合法的な固定残業代が成立する条件(最高裁判例・医療法人社団康心会事件ほか)は、以下のすべてを満たす必要があります。
- 給与明細や雇用契約書に「固定残業代○○円(○○時間相当)」と明示されている
- 固定残業代と基本給が金額・時間数ともに明確に区別されている
- 固定時間を超えた残業分は追加で支払われている
- 就業規則にその旨が明記されている
これらの条件を1つでも欠いていれば、「固定残業代だ」という会社の主張は法的に無効となり、残業代は全額別途請求できます。
「基本給に含まれている」と言われただけで、給与明細に金額も時間数も記載がない場合は、合法的な固定残業代制度とは呼べません。これは単なる「残業代の未払い」です。
あなたの会社の説明が「違法かどうか」を判定するチェックリスト
以下のチェックリストで、自分の状況を確認してください。
給与明細の確認
– [ ] 給与明細に「残業代」「時間外手当」「固定残業代」などの項目がない
– [ ] 固定残業代の金額が記載されているが、何時間分に相当するか書かれていない
– [ ] 残業時間数が給与明細に一切記載されていない
雇用契約書・就業規則の確認
– [ ] 雇用契約書に残業代についての記載が一切ない
– [ ] 「基本給に残業代を含む」と記載されているが、金額・時間数の内訳がない
– [ ] 就業規則を見たことがない・見せてもらえない
実態の確認
– [ ] 毎月一定時間を超えて残業しているが、追加の残業代が支払われたことがない
– [ ] タイムカードや勤怠システムで打刻しているが、給与明細と残業時間が一致しない
– [ ] 「うちは裁量労働制だから」と言われているが、書面での合意書がない
1つでもチェックが入った場合、残業代未払いの可能性があります。 以降のステップを必ず確認してください。
証拠収集:今日から始める記録と保全の手順
法的手続きを進める上で最も重要なのが証拠です。会社が証拠を隠滅・改ざんする前に、今日中に行動することが求められます。
最優先で確保すべき証拠5種類
① 給与明細(全期間分)
過去の給与明細はすべて手元に保管してください。電子明細の場合は、PDFダウンロードとスクリーンショットの両方で保存します。時効は原則3年(2020年4月以降に発生した賃金請求権)のため、3年分をさかのぼって収集してください。
紙の明細が手元にない場合は、会社の給与担当部門に「過去3年分の給与明細の再発行を請求する」旨を書面で伝えてください。
② 勤怠記録・タイムカード・打刻ログ
タイムカードや勤怠システムの記録は、実際の労働時間を示す直接証拠です。システムにアクセスできる間に、スマートフォンで画面を撮影し、日時入りで保存してください。
会社が独自の勤怠管理システムを使用している場合、退職後はアクセスできなくなることがあります。在職中に必ず取得してください。
③ 残業の指示・承認記録
メール、Slack、LINE、ChatWork、Teamsなどのやり取りで「今日中に仕上げてほしい」「残ってもらえますか」といった残業指示・承認の証拠をスクリーンショットで保存します。日時が確認できる形式で保存することが重要です。
④ 業務記録・自作メモ
今この瞬間から、毎日の労働時間を手書きのメモ帳またはスマートフォンのメモアプリに記録してください。記載内容は「日付・出勤時刻・退勤時刻・残業の理由・業務内容の概要」です。
手書きの場合は後から改ざんされないよう、ページを飛ばさず連続して記録することをおすすめします。
⑤ 就業規則・雇用契約書
就業規則は、労働基準法106条により労働者が閲覧を請求できる権利があります。会社が「見せられない」と拒否した場合、それ自体が労基法違反です。コピーを入手するか、スマートフォンで撮影しておいてください。
自分で残業代を計算する方法
証拠が揃ったら、未払い残業代の金額を自分で計算しましょう。計算式は以下の通りです。
ステップ1:1時間あたりの賃金(時給)を算出する
月給制の場合:
1時間あたりの賃金 = 月給 ÷ 月の所定労働時間
月の所定労働時間の計算式:
(365日 − 年間休日数) ÷ 12ヶ月 × 1日の所定労働時間
例:月給25万円、年間休日120日、1日8時間勤務の場合
– 月の所定労働時間 =(365−120)÷ 12 × 8 = 163.3時間
– 1時間あたりの賃金 = 250,000 ÷ 163.3 = 約1,530円
ステップ2:割増率を確認する
| 労働の種類 | 割増率 |
|---|---|
| 時間外労働(月60時間以内) | 1.25倍 |
| 時間外労働(月60時間超) | 1.50倍 |
| 休日労働(法定休日) | 1.35倍 |
| 深夜労働(22時〜5時) | 1.25倍 |
| 時間外+深夜の重複 | 1.50倍 |
ステップ3:未払い残業代の総額を計算する
1ヶ月の未払い残業代 = 時給 × 割増率 × 未払い残業時間数
3年分の総額 = 各月の未払い残業代の合計
例:時給1,530円、月20時間の残業(全額未払い)の場合
– 月の未払い残業代 = 1,530 × 1.25 × 20 = 38,250円
– 3年分の総額 = 38,250 × 36 = 約137万7,000円
注意: 固定残業代が雇用契約書に記載されている場合は、その金額・時間数を差し引いた差分が請求対象となります。ただし、固定残業代が法的要件を満たしていない場合は全額が未払い対象です。
会社への内訳開示請求と差分請求の進め方
証拠収集と計算が終わったら、会社に対して正式に行動を起こします。段階を踏んで進めることで、法的証拠を積み重ねることができます。
口頭での確認から始める(任意段階)
まず、給与担当者または直属の上司に「残業代の計算方法と内訳を書面で教えてほしい」と依頼することから始めましょう。
口頭での依頼の際には、以下の点を確認してください。
- 基本給のうち残業代に相当する金額はいくらか
- 何時間分の残業代を想定した金額か
- 固定残業時間を超えた場合の取り扱いはどうなっているか
- 就業規則のどの条文に記載されているか
この段階で誠実な回答が得られた場合は、書面での確認(メール等)を求め、内容を記録に残します。
配達証明郵便による正式な内訳開示請求書の送付
口頭での確認で誠実な対応が得られない場合、または最初から正式手続きで臨む場合は、配達証明郵便(内容証明郵便も可)で内訳開示請求書を送付します。
配達証明は「いつ、誰が、誰に対して送ったか」を郵便局が証明するもので、会社が「受け取っていない」と言い逃れするのを防ぎます。
内訳開示請求書の記載事項:
【残業代内訳開示請求書の構成】
1. 差出人(労働者)の氏名・住所
2. 宛先(会社の正式名称・代表者名・住所)
3. 請求の趣旨:
「貴社において私が受領している賃金のうち、
時間外労働に対する割増賃金(残業代)の
計算根拠・金額・対象時間数の内訳を
書面にて開示することを請求します。」
4. 根拠法令:労働基準法37条、108条
5. 回答期限:本書面到達後14日以内
6. 回答がない場合の対応:
「労働基準監督署への申告及び
法的手続きを検討する旨」を明記
7. 日付・署名
差分請求書(未払い残業代請求書)の送付
内訳開示請求への回答が不十分であった場合、または計算の結果として差分が確認できた場合は、未払い残業代請求書を送付します。
請求書に盛り込む内容:
- 請求期間(例:○年○月〜○年○月の残業代)
- 月別の残業時間数と計算根拠
- 請求金額の総額
- 支払い期限(通常14日〜30日以内)
- 支払先口座情報
- 支払いがない場合に法的手続きをとる旨の予告
実務上のポイント: 請求書は感情的な表現を一切排除し、事実と数字のみで構成します。弁護士や社会保険労務士に文書の確認を依頼すると、より強い証拠になります。
会社が応じない場合の強制開示と行政・法的手段
会社が内訳開示・残業代支払いに応じない場合は、行政機関・司法機関を活用した強制的な手段を取ることができます。
労働基準監督署への申告(行政ルート)
労働基準監督署(労基署)は、労働基準法違反を取り締まる厚生労働省の機関です。申告は無料で、労働者が単独で行えます。
申告の流れ:
- 最寄りの労基署に電話または窓口で相談の予約を入れる
- 証拠資料(給与明細・勤怠記録・雇用契約書など)を持参する
- 「残業代未払いの申告をしたい」と明確に伝える(相談ではなく申告)
- 申告書を作成・提出する
- 労基署が会社に対して是正勧告・行政指導を行う
申告のメリット:
– 費用がかからない
– 匿名申告(申告者の氏名を伏せる)も可能
– 労基署が会社の賃金台帳・タイムカードを強制調査できる(これが「強制開示」の手段となる)
申告の限界:
– 労基署は行政指導はできるが、未払い金を直接回収する権限はない
– 会社が是正勧告に従わない場合も、直接的な支払いを強制できない
– この場合は司法手続きに移行する必要がある
都道府県労働局のあっせん制度
労基署の申告と並行して、または先行して、都道府県労働局の「総合労働相談コーナー」への相談→あっせん申請を活用することもできます。
あっせんは、第三者(あっせん委員)が間に入って労使双方の合意を促す制度で、費用無料・申請から解決まで比較的短期間というメリットがあります。ただし、会社がある側の都道府県労働局に申請する必要があります。
少額訴訟・通常訴訟・労働審判(司法ルート)
行政ルートで解決しない場合は、裁判所を通じた手続きに移ります。
| 手続き | 請求金額上限 | 特徴 | 弁護士 |
|---|---|---|---|
| 少額訴訟 | 60万円以下 | 原則1回の期日で判決。本人申請可能 | 不要(推奨) |
| 労働審判 | 上限なし | 3回以内の期日で解決。会社に出席義務 | 推奨 |
| 通常訴訟 | 上限なし | 時間がかかるが確実な権利回収が可能 | 推奨 |
労働審判は特に有効な手段です。申立から3ヶ月程度での解決が見込まれ、会社は必ず出頭しなければならないため、証拠開示にも有効に機能します。
また、労働基準法114条に基づき、裁判で未払い残業代が認められた場合には付加金(未払い額と同額)の支払いを命じる制度があります。つまり、悪質な未払いの場合は、請求額の最大2倍を回収できる可能性があります。
弁護士・社会保険労務士への相談
未払い残業代の金額が大きい場合(目安として50万円以上)や、会社が明らかに違法行為を認識しながら対応している場合は、弁護士への相談・依頼を強くおすすめします。
多くの弁護士事務所が成功報酬型を採用しており、初期費用なしで依頼できるケースも多くあります。回収できた金額の一定割合(20〜30%程度)が成功報酬となります。
相談できる機関:
- 法テラス(日本司法支援センター):0570-078374。収入要件を満たせば無料法律相談・弁護士費用の立替制度あり
- 各地の弁護士会の法律相談センター:有料(30分5,500円程度)だが質の高い相談が可能
- 社会保険労務士(SR)への相談:給与計算・労務管理に詳しく、計算の確認や書類作成支援に有効
- 労働組合・ユニオン:個人加盟できる合同労組に加入することで、団体交渉権を活用できる
時効と急ぐべき理由
残業代の請求権には時効があります。2020年4月以降に発生した賃金については3年(改正前は2年)です。つまり、3年以上前の残業代は時効が成立しており、原則として請求できません。
毎月、時効によって請求できる残業代が消えていきます。 「いつか対応しよう」と先送りにすることは、自ら回収できる金額を減らすことと同義です。
今日確認できること、今日保存できる証拠は、今日のうちに対処してください。
今すぐ取るべき行動のまとめ
以下のアクションリストを参考に、優先度の高い順に実行してください。
今日中(最優先)
– [ ] 手元にある給与明細を全件スキャン・撮影して保存
– [ ] 勤怠システムにアクセスし、打刻記録を撮影・保存
– [ ] 残業指示のメール・チャットをスクリーンショット保存
– [ ] 今日から自分の労働時間をメモ帳に記録開始
今週中
– [ ] 雇用契約書・就業規則の内容を確認・コピー取得
– [ ] 計算式に基づき過去3年分の未払い額を試算
– [ ] 労基署または法テラスへ電話相談の予約を入れる
来週以降
– [ ] 給与担当者に書面での内訳説明を依頼
– [ ] 回答がなければ配達証明郵便で内訳開示請求書を送付
– [ ] 弁護士・社会保険労務士への相談
よくある質問(FAQ)
Q1. 「固定残業代だから残業代は払わない」と言われました。これは合法ですか?
固定残業代制度自体は合法ですが、「給与明細に金額と時間数が明示されている」「基本給と明確に区別されている」「規定時間超の残業は別途支払われている」という要件をすべて満たす必要があります。これらを欠く場合、固定残業代としての効力は認められず、残業代は全額未払いとなる可能性があります。
Q2. タイムカードがなく、自己申告制の会社です。証拠はどうすればいいですか?
タイムカードがなくても、出退勤時のメール送信時刻・PCのログイン・ログオフ記録・社内システムの操作ログ・入退室セキュリティカードの記録なども証拠として有効です。また、自分で毎日記録した手書きのメモも証拠として認められます(裁判例あり)。とにかく今日から記録を始めることが最重要です。
Q3. 残業代を請求したら解雇されませんか?
残業代請求を理由とした解雇は、不当解雇として無効となります(労働基準法19条・20条、労働契約法16条)。また、申告を理由とした不利益取扱いは労働基準法104条2項で禁止されています。もし解雇・降格・嫌がらせなどの報復があった場合は、それ自体が新たな法律違反となり、追加の損害賠償請求が可能です。
Q4. 会社が「残業代はゼロだった」と主張して記録を改ざんした場合はどうなりますか?
会社による賃金台帳・タイムカードの改ざんは、労働基準法120条違反(罰則あり)です。また、改ざんの事実が明らかになった場合、裁判では会社側の主張が著しく不利になります。労働者が自分で保存した記録(スクリーンショット・手書きメモ)が証拠として採用されるケースも多くあります。これが事前の証拠保全が重要な理由です。
Q5. 退職した会社にも残業代を請求できますか?
はい、退職後も時効が完成していない範囲(原則3年以内)であれば請求できます。退職していても、在職中の証拠が手元にあれば手続きを進めることができます。退職後の労基署申告も可能です。ただし、退職から時間が経つほど証拠収集が難しくなるため、できるだけ早期に行動することをおすすめします。
Q6. 会社が賃金台帳を「開示できない」と言っています。強制的に見せさせる方法はありますか?
労働者には就業規則の閲覧権(労働基準法106条)がありますが、賃金台帳そのものについては個人情報を理由に一部が開示されないことがあります。ただし、労基署が申告を受理した場合は、立入調査によって賃金台帳・タイムカードの強制提出を会社に命じることができます。これが最も確実な強制開示の方法です。弁護士を通じた文書提出命令(民事訴訟法221条)も有効な手段です。
本記事は情報提供を目的としており、個別の法律相談ではありません。具体的な対応については、弁護士・社会保険労務士・労働基準監督署にご相談ください。

