「給与の振込がない…しかも残業代も出ていない」という二重の未払いに直面したとき、焦りから行動が後手に回ると時効・証拠滅失・会社の資産隠しという三重のリスクが生じます。本記事では、給与未払いと残業代請求を同時進行で進める優先順位と具体的な手続きを、申告先・書類・法的根拠とともに体系的に解説します。
給与未払いと残業代未払いは「別の問題」として扱う必要がある理由
「給与が振り込まれていない」と「残業代が出ていない」は、日常語では同じ「未払い」でも、法的な根拠・申告先・時効・対応の緊急度がそれぞれ異なります。両者を混同したまま動くと、手続きが遅れたり、せっかく集めた証拠が無駄になることがあります。まずここを整理しておきましょう。
法的根拠と時効の違いを整理する
| 区分 | 主な根拠法 | 時効 | 違反の性質 |
|---|---|---|---|
| 給与未払い | 労働基準法第24条(賃金全額払いの原則) | 3年 | 債務不履行+労基法違反 |
| 残業代未払い | 労働基準法第37条(割増賃金規定) | 3年 | 労基法違反(刑事罰あり) |
時効の起算点は権利を行使できるときからです。給与未払いは「支払日の翌日」から、残業代未払いは「各月の賃金支払日の翌日」からカウントが始まります。
なお、2020年3月31日以前に発生した未払い賃金は旧法の2年時効が適用されるため、古い期間の残業代がある場合は特に急いでください。
申告先・解決手段の違いを把握する
| 問題 | 行政申告先 | 民事的手段 |
|---|---|---|
| 給与未払い | 労働基準監督署・都道府県労働局 | 内容証明→労働審判→訴訟→強制執行 |
| 残業代未払い | 労働基準監督署(労基法37条違反として告発) | 同上+付加金請求(労基法114条) |
残業代には付加金という制度があります。裁判所が認めれば、未払い残業代と同額の付加金を会社に追加で支払わせることができます(労働基準法第114条)。給与未払いにはこの制度はありません。この差を知っているかどうかで、最終的な回収額が大きく変わります。
給与未払い発覚直後72時間以内にやるべきこと
時間との戦いです。会社が資産を移動したり、証拠を廃棄したりするリスクは、未払いが発覚してから日数が経つほど高まります。以下の優先順位で動いてください。
まず「事実の記録」を固める(発覚当日)
次の情報を当日中に記録・保存してください。
- 銀行口座の入金履歴のスクリーンショット(支払予定日に入金がないことの証明)
- 雇用契約書または労働条件通知書のコピー(約束した給与額・支払日の確認)
- 給与明細書(過去分も含めてすべて)
- タイムカード・勤怠記録のスクリーンショットまたは写真撮影
- 会社からの給与支払いに関するメール・チャット履歴のスクリーンショット
今すぐできるアクション: スマートフォンで通帳アプリの「支払予定日の残高・明細画面」を撮影し、クラウドストレージ(Google ドライブ等)にバックアップする。会社のシステムにアクセスできる間に、タイムカードや勤怠管理画面も記録する。
口頭・メールでの確認を会社に送る(24時間以内)
まず書面で事実確認を行います。この記録が後の証拠になります。
件名:給与未払いに関する確認について
○○株式会社 代表取締役 ○○○○ 様
私、[氏名]は、[支払予定日]を支払期日として支払われるべき
[年月]分の給与[金額]円が、本日現在振込を確認できておりません。
速やかにご説明とともに、支払期日をお知らせください。
このメールは送信日時の記録が残るメールで送ること。LINEのスクリーンショットも証拠になりますが、既読無視のリスクがあるため、メールを正とすることを推奨します。
配達証明郵便で「支払催告書」を送る(48時間以内)
メールで反応がない・または故意の未払いが疑われる場合は、配達証明付き内容証明郵便で「支払催告書」を送付します。
支払催告書に記載すべき内容:
- 未払い給与の対象期間と金額
- 支払期限(「本書面到達後7日以内」が一般的)
- 支払先口座情報
- 支払われない場合は労働基準監督署への申告・法的手続きを行う旨
今すぐできるアクション: 郵便局の窓口で「内容証明郵便・配達証明付き」を依頼する。料金は通常郵便料金+内容証明料金(440円)+配達証明料金(320円)で合計1,000円前後。コピーを必ず3部作成し(郵便局用・相手方用・自分用)保管する。
残業代請求の証拠を同時並行で集める手順
給与未払いへの対応を進めながら、残業代の証拠収集も同時に行うことが重要です。残業代は「労働時間の実態」を立証する側(労働者側)に証明責任が生じるため、証拠が命綱です。
収集すべき証拠の種類と優先度
| 証拠の種類 | 優先度 | 入手方法 |
|---|---|---|
| タイムカード・打刻記録 | ★★★最高 | 写真撮影・CSV出力・システムキャプチャ |
| 入退館記録・セキュリティログ | ★★★最高 | 会社に開示請求 or 管理組合に確認 |
| PC起動・シャットダウンログ | ★★★最高 | 個人PCなら自分で確認可能 |
| メール・チャットの送受信記録 | ★★☆高 | スクリーンショット保存 |
| 上司からの業務指示記録 | ★★☆高 | メール・LINE・Slack等をスクリーンショット |
| 手書き日報・業務記録 | ★★☆高 | コピー・スキャン保存 |
| 自作の労働時間記録ノート | ★☆☆中 | 今からでも作成可(記憶で過去分を再現) |
| 同僚の証言 | ★☆☆中 | 後日の任意陳述書として活用 |
残業代の計算方法を押さえておく
証拠を集める前に、何時間分・いくらが請求できるかを自分で把握しておきましょう。計算式は以下のとおりです。
法定時間外労働(1日8時間・週40時間超):
残業代 = 基本時給 × 1.25 × 残業時間数
深夜労働(午後10時〜午前5時):
残業代 = 基本時給 × 1.25(または1.5)× 深夜残業時間数
法定休日労働(週1回の法定休日):
残業代 = 基本時給 × 1.35 × 休日労働時間数
基本時給の計算(月給制の場合):
基本時給 = 月給 ÷ 月所定労働時間数(例:170〜173時間)
今すぐできるアクション: 厚生労働省の「確かめよう労働条件」サイトや、無料の残業代計算ツールで概算額を算出する。金額の目安を把握しておくことで、弁護士相談時の説明や、請求書の作成がスムーズになる。
労働基準監督署への告発・申告の具体的手順
証拠と計算が揃ったら、労働基準監督署(労基署)への申告を行います。給与未払いも残業代未払いも、どちらも労基署が管轄する行政申告の対象です。
労基署申告で何が起きるか
労基署に申告すると、労働基準監督官が会社に対して調査・是正勧告・指導を行います。使用者が是正しない場合は、検察への送致(刑事告発)も可能です。
- 給与未払いは労働基準法第24条違反として、30万円以下の罰金(第120条)
- 残業代未払いは労働基準法第37条違反として、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(第119条)
ただし、労基署の是正勧告は行政指導にすぎず、会社が従わなくても強制的に支払わせる力はありません。あくまでプレッシャーをかける手段と位置づけ、民事手続きと並行して進めることが重要です。
申告書の書き方と提出先
提出先: 会社の所在地を管轄する労働基準監督署
申告書に記載する内容:
- 申告者の氏名・住所・電話番号
- 申告する事業所の名称・所在地・代表者名
- 申告の内容(「給与未払い」「残業代未払い」を明記)
- 未払い金額・対象期間
- 証拠書類の一覧(添付資料として一緒に持参)
今すぐできるアクション: 管轄の労基署に電話で「申告書の様式を送ってほしい」または「相談の予約をしたい」と伝える。厚生労働省の「都道府県労働局所在地一覧」から最寄りの署を確認できる。持参物:証拠書類一式・雇用契約書・給与明細・タイムカードのコピー。
給与未払いと残業代請求の「同時進行」手続きマップ
複数の手続きを正しく並走させることが、最速・最大回収への道です。以下のフローを参考にしてください。
全体の手続きフロー
【発生直後〜1週間】
├─ 証拠収集(タイムカード・給与明細・メール等)
├─ 配達証明郵便で支払催告書送付
└─ 残業代の概算計算
【1週間〜1ヶ月】
├─ 労基署への申告(給与未払い+残業代未払いを同時申告)
├─ 都道府県労働局のあっせん申請(任意)
└─ 弁護士・社労士への相談開始
【1ヶ月〜3ヶ月】
├─ 労働審判申立て(地方裁判所)
│ └─ 原則3回以内の期日で解決(平均40〜50日)
└─ 少額訴訟(60万円以下・1日で判決)
【会社が支払わない場合】
└─ 強制執行申立て
├─ 給与・預金口座の差押え
└─ 動産・不動産の差押え
各手続きの特徴と向き不向き
| 手続き | 費用 | 期間 | 強制力 | 向き不向き |
|---|---|---|---|---|
| 労基署申告 | 無料 | 数週間〜数ヶ月 | なし(行政指導のみ) | 証拠を揃えたい・プレッシャーをかけたい |
| あっせん(労働局) | 無料 | 1〜2ヶ月 | なし(合意が必要) | 穏便に解決したい・弁護士費用を抑えたい |
| 労働審判 | 申立費用1万円程度 | 40〜50日 | あり(審判は確定すれば強制執行可) | 早期解決・50〜100万円程度の請求 |
| 少額訴訟 | 数千円〜1万円程度 | 1日(即日判決) | あり | 60万円以下・証拠が明確 |
| 通常訴訟 | 請求額に応じた印紙代 | 6ヶ月〜1年以上 | あり | 高額請求・複雑な事案 |
| 強制執行 | 数千円〜 | 即時〜数週間 | 最強 | 判決・審判確定後の回収 |
強制執行の申立て方法と「優先権」の考え方
会社が支払いに応じない場合の最終手段が強制執行です。労働者の賃金債権には、一般の債権よりも優先して回収できる「優先権」が一部認められています。
賃金債権の優先権とは
賃金の支払の確保等に関する法律(賃確法)第8条により、退職した労働者の最後の2ヶ月分の賃金は、会社の財産に対して一般債権者より優先して回収できます(先取特権)。
ただし、会社が倒産して破産手続きに入った場合は、この先取特権の効力が制限されることがあります。倒産の兆候がある場合は、早急に法的手続きを進めることが重要です。
強制執行の申立て手順
強制執行を申し立てるには、まず「債務名義」が必要です。
| 債務名義の種類 | 入手方法 |
|---|---|
| 確定判決 | 通常訴訟・少額訴訟で勝訴 |
| 労働審判の審判・調停調書 | 労働審判手続きで確定 |
| 公正証書(強制執行認諾条項付き) | 合意書を公正証書で作成 |
債務名義を得たら、裁判所に強制執行の申立書を提出します。差押えの主な対象は以下のとおりです。
- 銀行預金口座の差押え(会社名・口座番号が分かれば可)
- 売掛金・取引先への請求権の差押え
- 不動産・動産の差押え
今すぐできるアクション: 会社の銀行口座情報が分からない場合でも、弁護士に依頼することで「財産開示手続き」(民事執行法196条)を利用し、会社の資産情報を開示させることが可能。この制度は2020年の改正で強化された。
会社が倒産しそうな場合:未払賃金立替払制度を使う
会社が倒産した・または倒産の危機にある場合、労働者健康安全機構(JOHAS)の未払賃金立替払制度を活用できます。
制度の概要
- 対象: 倒産した会社(法的倒産・事実上の倒産)に勤めていた労働者
- 立替範囲: 退職前6ヶ月分の未払い賃金・退職手当の80%(上限あり)
- 上限額(年齢別): 45歳以上は最大370万円
なお、立替払を受けるには「退職していること」が条件です。在職中の未払い賃金には適用されません。在職中であっても会社の倒産危機が明らかであれば、早期退職→立替払申請という選択肢を弁護士と相談の上で検討してください。
今すぐできるアクション: 「未払賃金立替払制度 申請」と検索し、独立行政法人労働者健康安全機構(JOHAS)の公式サイトから申請要件と必要書類を確認する。
相談先と費用の目安:どこに頼ればよいか
無料相談先一覧
| 相談先 | 対応内容 | 費用 | 電話番号 |
|---|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 申告・是正勧告 | 無料 | 各都道府県労働局に確認 |
| 総合労働相談コーナー | 総合的な労働相談 | 無料 | 0120-811-610(労働条件相談ほっとライン) |
| 法テラス | 弁護士紹介・費用立替 | 条件による | 0570-078374 |
| 弁護士会法律相談センター | 法的アドバイス | 30分5,500円程度 | 各都道府県弁護士会に確認 |
| 社会保険労務士 | 労基署申告補佐・書類作成 | 有料(相談のみ無料の場合も) | 各都道府県社労士会 |
弁護士に依頼する場合の費用目安
- 着手金: 0〜30万円程度(残業代請求額に応じて変動)
- 成功報酬: 回収額の20〜30%程度
- 労働審判のみ: 着手金10〜20万円程度
弁護士費用が心配な場合は、成功報酬型(着手金ゼロ) で対応する弁護士事務所を選ぶか、法テラスの民事法律扶助制度(収入要件あり)を利用することで費用を抑えられます。
消滅時効と「時効の中断」を知っておく
未払い残業代・給与には3年の消滅時効があります(労働基準法第115条)。ただし、以下のいずれかの行動を取ることで時効の完成を阻止(中断・更新)できます。
時効を止める主な方法
| 方法 | 根拠 | 効果 |
|---|---|---|
| 内容証明郵便による催告 | 民法150条 | 催告から6ヶ月間、時効の完成が猶予される |
| 訴訟・労働審判の申立て | 民法147条 | 手続き終了まで時効が止まり、確定後に新たな時効が始まる |
| 強制執行の申立て | 民法148条 | 同上 |
| 会社が支払いを認める(承認) | 民法152条 | 承認時から時効が新たにスタート |
今すぐできるアクション: 最も古い未払い月から3年が近い場合は、今すぐ配達証明郵便を送付することで6ヶ月間の猶予を得られる。その間に弁護士・労基署への相談を完了させる。
チェックリスト:今日から動くための確認事項
記事のまとめとして、今日から実行できるアクションをチェックリスト形式で整理します。
証拠収集チェックリスト
- [ ] 銀行口座の入金履歴(支払予定日前後)をスクリーンショット保存済み
- [ ] 雇用契約書・労働条件通知書のコピーを確保済み
- [ ] 過去6ヶ月〜3年分の給与明細書を保管済み
- [ ] タイムカード・勤怠記録を写真またはデータで保存済み
- [ ] 上司からの業務指示メール・チャットをスクリーンショット保存済み
- [ ] 入退館記録・PCログのコピーを取得済み(または請求予定)
手続き開始チェックリスト
- [ ] 配達証明付き内容証明郵便で支払催告書を送付済み
- [ ] 残業代の概算計算を完了済み
- [ ] 管轄の労働基準監督署の所在地と電話番号を確認済み
- [ ] 無料相談(法テラス・弁護士会・労基署)の予約を入れた
- [ ] 時効の期限を確認し、必要であれば催告を送付済み
よくある質問
Q1. 給与未払いと残業代未払いを労基署に申告するとき、別々に書類を出す必要がありますか?
いいえ、一枚の申告書に「給与未払い(労基法24条違反)」と「残業代未払い(労基法37条違反)」をまとめて記載することができます。ただし、それぞれの金額・期間・証拠を明確に区別して記載するほうが、調査がスムーズに進みます。申告前に監督署に電話で書き方を確認するとよいでしょう。
Q2. 会社が「来月まとめて払う」と口頭で言っています。それを信用してよいですか?
口頭の約束だけでは法的な保護が弱くなります。必ずメールやLINEで文書化し、「いつまでに」「いくらを」支払うかを明確に約束させてください。また、その約束を取り付けた上でも、労基署への相談は並行して進めることを強く推奨します。約束が守られなかった場合の手続きをあらかじめ準備しておくためです。
Q3. 在職中でも残業代を請求できますか?
はい、在職中でも請求できます。退職しなければ請求できないという決まりはありません。ただし、会社との関係が悪化するリスクがあるため、証拠の保全を先行させてから動くことを推奨します。弁護士に間に入ってもらうことで、在職中でも安全に請求できるケースが多くあります。
Q4. 残業代の消滅時効は「3年」と聞きましたが、古い分は諦めるしかないですか?
2020年3月31日以前に発生した残業代は旧法の2年時効が適用されます。ただし、会社が支払いを認める発言をした記録があれば「時効の承認」として時効がリセットされる可能性があります。また、内容証明郵便の送付によって6ヶ月間の猶予を得ることができるため、まず催告を送って時間を稼ぎながら弁護士に相談してください。
Q5. 弁護士費用が払えない場合、どうすればよいですか?
法テラス(日本司法支援センター)の民事法律扶助制度を利用できます。収入・資産が一定以下であれば、弁護士費用の立替払いを受けられます(分割返済可)。また、残業代請求は成功報酬型で受ける弁護士事務所も多く、着手金ゼロで依頼できる場合があります。まずは法テラスに電話(0570-078374)して相談することをお勧めします。
Q6. 強制執行をするには会社の口座番号が必要ですか?
原則として必要ですが、わからない場合でも財産開示手続き(民事執行法196条)を利用することで、会社に財産情報を開示させることができます。また、2020年の改正で、銀行や登記所、市区町村からの情報取得手続きも新設されました。弁護士に依頼すれば、これらの手続きを代行してもらえます。



