「来月から給与を出せない」と突然告げられたとき、多くの人は「どうすればいいのかわかからない」と頭が真っ白になります。しかし、この通告は法律上の解雇に相当する可能性が非常に高く、会社側には明確な法的義務が発生しています。
泣き寝入りは絶対に不要です。給与請求権の行使・解雇無効の主張・未払い賃金の回収まで、この記事で正確な対応手順をすべて解説します。
「来月から給与なし」は法的に何を意味するか
事実上の解雇(建設的解雇)とは何か
「解雇」というと「解雇通知書を渡される」というイメージを持つ方が多いですが、法律の世界では明示的な解雇通知がなくても解雇と同視される行為が存在します。それが「事実上の解雇」あるいは「建設的解雇(constructive dismissal)」と呼ばれる概念です。
具体的には、次のような行為が「事実上の解雇」に該当すると判断されます。
- 給与の支払いを一方的に停止する・「来月から払えない」と予告する
- 給与を50%以上大幅にカットして、労働継続を事実上不可能にする
- 「給与は出せないが会社には来てよい」と無給での就労を強要する
- 退職を前提とした扱いを繰り返す(席を撤去する、業務から外すなど)
これらの行為は、表向きは「解雇通知」ではなくても、労働者が自ら辞めざるを得ない状況に追い込むという点で解雇と実質的に同一です。日本の裁判所もこの実態を重視し、形式ではなく実質で判断する姿勢を一貫してとっています。
重要なのは、「辞めてください」という言葉がなくても、会社が給与を払わない意思を示した時点で、あなたには解雇に対して争う権利が生じるということです。
適用される法律の条文
「来月から給与なし」という通告には、複数の法律が直接適用されます。
労働基準法第20条:解雇予告義務
使用者が労働者を解雇するときは、少なくとも30日前に予告しなければなりません。予告なしに即時解雇する場合は、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う義務があります。
「来月から給与がない」という通告が解雇予告と認定された場合、仮に翌月1日付の解雇であれば、今日から数えて30日に満たない期間の予告では、不足分の解雇予告手当を請求できます。
労働契約法第16条:解雇権濫用法理
解雇は、客観的に合理的な理由があり、かつ社会通念上相当と認められなければ、無効となります。これを「解雇権濫用法理」といいます。
「経営が苦しいから」という理由だけで解雇が認められるわけではありません。経営難を理由とした整理解雇には、後述する整理解雇4要件を満たすことが求められており、これを欠く解雇は違法・無効となります。
労働基準法第24条:賃金支払いの原則
賃金は、毎月一定の期日に、全額を、直接本人に支払わなければなりません。「経営難だから来月は給与がない」という一方的な通告は、この条文にも正面から反します。使用者の都合で賃金を支払わないことは、賃金不払い(労基法違反)として刑事罰の対象にもなりえます。
民法第536条第2項:危険負担(使用者帰責の場合)
使用者側の事情(経営判断・事業上の都合)で労働者が働けなくなった場合は、使用者は賃金の支払義務を免れないと定めています。「仕事がないから給与は払えない」という主張も、法律上は認められません。
「経営難」だけでは解雇できない―整理解雇4要件
経営難を理由とした解雇は「整理解雇」と呼ばれ、裁判所は次の4要件をすべて検討して解雇の有効性を判断します。いずれか一つでも欠けると、解雇は違法・無効となる可能性が高まります。
| 要件 | 内容 | チェックポイント |
|---|---|---|
| 人員削減の必要性 | 解雇しなければ企業存続が困難な状態か | 「赤字」だけでは不十分。深刻な経営危機が必要 |
| 解雇回避努力 | 役員報酬カット・残業禁止・希望退職募集など先に試みたか | これを怠った解雇は無効になりやすい |
| 人選の合理性 | 解雇対象者の選定基準が客観的・合理的か | 特定の人物を狙い打ちにした解雇は無効 |
| 手続きの妥当性 | 労働者・組合への説明・協議を行ったか | 一方的な通告のみでは手続き要件を欠く |
「来月から給与なし」という突然の通告は、この4要件のうち「解雇回避努力」「手続きの妥当性」を明らかに欠いており、整理解雇の要件を満たしていない可能性が極めて高いです。
給与カット50%以上は解雇と同視される―主要判例
裁判所は、以下のような事案で「給与支払いの事実上の停止・大幅削減」を解雇と同視しています。
サンポット事件(東京地裁)
使用者が一方的に賃金を50%以上カットしたケースで、裁判所は「これは事実上の解雇予告に該当する」と判断し、解雇権濫用法理を適用しました。
イデアホーム事件(東京地裁)
「給与支払い能力がない」という会社側の申し出を裁判所は解雇予告と解釈し、解雇の有効性審査(合理的理由・社会的相当性)を行った事案です。
京都生協事件(最高裁)
経営難を理由とした整理解雇においても、厳格な4要件を満たさなければ解雇は無効であるという判断を示した先例です。
これらの判例が示すように、「給与なし」という通告は法的に空白地帯ではなく、既存の解雇法理がそのまま適用されるのです。
通告から48時間以内にやるべき証拠保全
法的手続きを進めるうえで最も重要なのが証拠です。後から「そんなことは言っていない」と会社側に否認されても反論できるよう、今すぐ行動してください。
まず確保すべき証拠の種類と方法
書面・メールの保全
- 給与停止を通告するメール・LINEのスクリーンショットを撮影する
- Gmailの場合は「▼」マークから「メッセージのソースを表示」で送信者情報ごと保存する
- 紙の通知書・書面はスキャンまたは写真撮影し、クラウドにアップロードする
- 就業規則・雇用契約書・給与明細(直近3か月分)をコピーまたは撮影する
口頭通告の記録
口頭で「来月から給与はない」と言われた場合は、発言日時・場所・発言者・内容を詳細にメモしてください。個人スマホのメモアプリやGoogleKeepにタイムスタンプつきで記録すると改ざんが困難になります。
今後の会話はすべて録音してください。日本では自分が会話の当事者であれば録音は合法です(相手に無断でも問題ありません)。スマホの標準ボイスメモアプリを使い、上司や経営者と話す前に録音を開始しましょう。
保存・管理方法
✓ GoogleDriveまたはOneDriveにアップロード(自動バックアップ設定ON)
✓ 自分の私用メールアドレスに証拠ファイルを送付しておく
✓ USBメモリ・外付けHDDへのコピー(会社PCからはログアウト後に実施)
✓ 信頼できる家族に証拠の存在を伝え、内容を確認してもらう
会社のメールアカウントやサーバーに保存した証拠は、解雇後にアクセスできなくなる可能性があります。すべて個人の端末・クラウドに移すことが鉄則です。
書面による回答要求を送る
口頭での通告しかない場合は、会社に対して書面での説明を求めることが重要です。これには二重の効果があります。①会社が事実を認めた返答を証拠化できる、②会社側に「この件は記録されている」と認識させる。
以下のテンプレートをメールで送付してください。
件名:労働条件に関する確認のお願い
株式会社○○
代表取締役 ○○ 様
いつもお世話になっております。
○○部 ○○(氏名)です。
〇月〇日(日付)に、「来月から給与がない」とのお話を
口頭でお伺いしました。
労働契約に係る重要事項ですので、以下の点について
書面にてご回答いただけますよう、お願い申し上げます。
①給与停止の開始時期
②給与停止の理由・根拠
③今後の雇用継続の有無とその予定
本件は労働基準法・労働契約法に関わる事項であり、
書面での確認が必要と判断しております。
〇月〇日(1週間後)までにご回答をいただけますと幸いです。
以上、よろしくお願いいたします。
返答がなければ「無視した」という事実が記録され、後の交渉・申告で有利に働きます。
解雇無効を主張する手順
まず「退職届は絶対に出さない」
最も重要な注意事項です。「どうせ給与が出ないなら辞める」と思って退職届を提出してはいけません。退職届を出した瞬間に、それは「自己都合退職」となり、解雇の問題として争う根拠を失います。
会社が「退職届を書いてほしい」「退職合意書にサインしてほしい」と求めてきた場合も、その場でサインせず「持ち帰って確認します」と伝えてください。後日弁護士や労働局に相談してから判断しても遅くありません。
内容証明郵便で給与請求・地位確認を通知する
書面確認への回答がない・または「やはり払えない」という返答が来た場合は、内容証明郵便を送付します。内容証明郵便は「いつ・どのような内容の文書を送ったか」が郵便局に記録されるため、法的証拠として非常に有効です。
内容証明に記載すべき内容
- 「○月○日の給与停止通告は解雇予告と認識している」という意思表示
- 「当該解雇は労働契約法第16条により無効である」という主張
- 「○月分給与○○円を○月○日(支払日)までに支払うよう」請求
- 「30日前の予告がない場合は解雇予告手当の支払いを求める」旨
- 「従業員としての地位を継続して保有する」という意思確認
内容証明郵便は全国の郵便局(一部を除く)で作成できます。料金は1,000〜2,000円程度です。弁護士に依頼して弁護士名で送付すると、会社側へのプレッシャーがより高まります。
申告先と相談先の選び方
労働基準監督署(賃金不払いの申告)
賃金が実際に支払われなかった段階で、最寄りの労働基準監督署に申告してください。賃金不払いは労働基準法第24条違反として刑事罰(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となるため、監督署は強い権限を持って会社に是正を求めます。
申告に必要なもの:
– 雇用契約書・給与明細(直近3か月分)
– 給与停止通告の書面・メール・録音
– 申告書(監督署窓口でもらえます)
総合労働相談コーナー(まず無料相談)
各都道府県労働局に設置されており、予約不要・無料で相談できます。法的アドバイスではなく手続き案内が中心ですが、方向性を確認するための第一歩として有用です。
弁護士・社会保険労務士(法的対応)
解雇無効の主張・未払い賃金請求・労働審判申立を本格的に進める場合は、弁護士への相談が不可欠です。初回相談は多くの事務所で30分無料〜5,000円程度です。法テラス(日本司法支援センター)を利用すれば、収入基準を満たせば弁護士費用の立替制度を使えます。
未払い給与を回収する具体的な手続き
労働審判(最も実効的な手続き)
労働審判は、地方裁判所に申し立てる手続きで、通常3回以内の期日で原則3か月以内に解決を図る制度です。通常の民事訴訟より大幅に短期間で結論が出るため、未払い賃金・解雇トラブルに非常に適しています。
申立に必要な書類と費用:
– 申立書(書式は裁判所HPからダウンロード可)
– 証拠書類(雇用契約書・給与明細・解雇通告の証拠)
– 申立手数料(請求額により変動。10万円請求の場合は1,000円程度)
申立人(労働者)は弁護士なしでも申立できますが、弁護士に依頼することで請求内容の組み立てが精緻になり、認容額が増えることが多いです。
労働審判の結果に不服がある場合は2週間以内に「異議申立」ができ、通常の民事訴訟に移行します。
少額訴訟(60万円以下の請求に有効)
請求額が60万円以下であれば、少額訴訟も選択肢です。1回の期日で審理が終わり、簡易裁判所に申し立てます。弁護士なしでも対応しやすく、申立費用も数千円〜1万円程度です。
ただし会社側から通常訴訟への移行を申し立てられる可能性があります。
給与仮払い仮処分(緊急時)
解雇が無効であるとして地位確認を求めながら、判決が出るまでの間も給与相当額を支払わせるという強力な手段が「賃金仮払い仮処分」です。
生活が困窮している場合は、労働審判・本訴訟と並行して申立することで、裁判期間中も給与相当額を受け取れる可能性があります。弁護士と相談のうえ活用を検討してください。
請求できる金額の内訳
| 請求項目 | 内容 |
|---|---|
| 未払い賃金 | 給与停止後に実際に支払われなかった全額 |
| 解雇予告手当 | 30日前予告がない場合、不足日数分の平均賃金 |
| バックペイ | 解雇が無効と認定された場合、解雇日から復職日までの賃金全額 |
| 付加金 | 解雇予告手当の不払い等に裁判所が命じる付加的金額(最大同額) |
| 遅延損害金 | 支払い期日翌日から年3%(民法所定利率) |
未払い賃金の請求権の消滅時効は3年(2020年4月以降の分)です。時間が経つほど証拠が散逸するリスクがあるため、できるだけ早く手続きを開始してください。
「退職強要」との違いと対処法
「給与なし」通告に加えて、「さっさと辞めてくれ」「あなたの居場所はもうない」といった発言が重なる場合は、退職強要(ハラスメント)としても問題になります。
退職強要は、民法上の不法行為となり、慰謝料請求の対象になります。また、脅迫・強要が伴う場合は刑事上の問題にもなりえます。
退職強要への対処:
- 会話はすべて録音する(上記「証拠保全」参照)
- 「退職を強要された」という事実をメモに残す(日時・発言内容・場所)
- 「退職する意思はありません」と明確に(口頭でも可)伝え、それも録音する
- 証拠を持って労働基準監督署または弁護士に相談する
「辞めなければ給与をなくす」という発言は、脅迫を伴う退職強要であり、悪質性が高いと判断される可能性があります。泣き寝入りする必要はまったくありません。
経営難・倒産リスクがある場合の対応
会社が本当に経営危機にある場合、単に解雇無効を主張しても実質的な回収が難しくなる可能性があります。この場合は以下の手段を組み合わせます。
未払い賃金立替払制度(独立行政法人 労働者健康安全機構)
会社が倒産した場合、国(労働者健康安全機構)が未払い賃金の最大80%を立替払いする制度があります。対象は退職から2年以内の未払い賃金・退職金です。
ただし立替払いには上限額があり(退職時の年齢・賃金による)、また会社が法的手続きによる倒産(破産・特別清算等)か、事実上の倒産(監督署の認定)が条件です。
会社が経営危機の場合は、早めに弁護士・司法書士に相談し、自社が「事実上の倒産」要件を満たすか確認してください。
財産保全の検討
会社が資産を隠匿・移転するリスクがある場合は、弁護士を通じて仮差押え(財産保全)を申立することも有効です。会社の銀行口座・不動産等を仮差押えすることで、判決前に資産が逃げることを防げます。
よくある質問
Q1. 「給与は出せないが解雇ではない」と会社に言われました。どう対応すれば?
給与を支払わないまま「在籍」させることは、労働契約の本質的義務(賃金支払い)を果たしていない点で違法です。「解雇でない」という主張は会社側の都合であり、あなたには①給与請求権の行使、②事実上の解雇として争う権利、の両方があります。まず内容証明郵便で給与請求を行い、それでも支払われなければ労働基準監督署への申告または労働審判の申立を進めてください。
Q2. 給与なし通告を口頭で言われただけで、書面がありません。証拠になりますか?
口頭での通告でも、録音・メモ・日記・目撃者の証言などで証明できます。今後の会話をすべて録音すること、そして本記事で紹介した「書面確認を求めるメール」を送付することで、会社側の返答・沈黙自体も証拠になります。まず録音を開始し、メールを送ることを今日中に実行してください。
Q3. 会社が「経営難だから仕方ない」と主張してきます。これは認められますか?
経営難は解雇の理由として認められる場合がありますが、「整理解雇4要件」を満たさない限り解雇は無効です。特に「解雇回避努力(役員報酬カット・希望退職募集等)」と「手続きの妥当性(労働者への説明・協議)」を欠く突然の給与停止通告は、裁判所が無効と判断する可能性が高いです。
Q4. 解雇無効が認められたら、どんな権利が回復しますか?
解雇が無効と認定されると、①従業員としての地位が回復する(復職できる)、②解雇日から復職日までの賃金全額(バックペイ)を受け取れる、という2つの権利が生じます。実際には復職ではなく、バックペイ+一定の解決金で和解するケースも多いです。
Q5. 失業給付はもらえますか?
解雇(会社都合退職)の場合、自己都合退職と比べて給付開始が早く(待機期間なし)、給付期間も長くなります。ただし退職届を自ら出してしまうと「自己都合退職」になるため、会社都合であることを確認したうえでハローワークで手続きを行ってください。会社が離職票に「自己都合」と記載しても、ハローワークに申し出れば「会社都合」に訂正できます。
Q6. 弁護士費用が払えません。どうすればいいですか?
法テラス(日本司法支援センター、0570-078374)に相談してください。収入・資産が一定基準以下であれば、弁護士費用を立替えてもらえる「審査なし無料法律相談」と「法的援助制度」を利用できます。また多くの弁護士は「成功報酬型」(回収できた金額から費用を差し引く)で対応しているため、費用の初期負担なしで依頼できるケースもあります。
今日からできるアクションリスト
「来月から給与なし」という通告は、決してあなたが受け入れなければならない現実ではありません。法律はあなたの側に立っています。
以下のアクションリストを今日から実行してください。
□ 給与停止通告の証拠(メール・書面・録音)を今すぐ保存する
□ 個人のクラウドストレージに証拠をアップロードする
□ 今後の会話は全件録音する(スマホのボイスメモをON)
□ 「書面での説明を求めるメール」を会社に送付する
□ 退職届・退職合意書には絶対にサインしない
□ 総合労働相談コーナー または 弁護士に相談予約を入れる
□ 給与が実際に不払いになったら労働基準監督署に申告する
□ 必要に応じて内容証明郵便・労働審判の申立を進める
一人で抱え込まず、今日中に相談の第一歩を踏み出してください。あなたの給与請求権と雇用の権利は、法律によって守られています。
今すぐ相談できる窓口一覧
| 機関名 | 連絡先・方法 | 費用 | 対応内容 |
|---|---|---|---|
| 総合労働相談コーナー | 各都道府県労働局に設置、予約不要 | 無料 | 労働問題全般の相談・あっせん |
| 労働基準監督署 | 全国の労基署、電話・来署 | 無料 | 賃金不払いの申告・是正勧告 |
| 法テラス(日本司法支援センター) | 0570-078374 | 無料(収入要件あり) | 弁護士費用の立替・無料法律相談 |
| 都道府県労働委員会 | 各都道府県に設置 | 無料 | 不当労働行為・あっせん申請 |
| 弁護士会法律相談センター | 各弁護士会に設置 | 30分5,500円程度 | 労働審判・民事訴訟の方針相談 |

