パワハラを受けながら、給料まで一方的に減らされている――そんな二重の被害に苦しんでいる方のために、この記事では違法な給与控除の判断基準・証拠収集・返還請求・損害賠償の全手順を実務レベルで解説します。
「これって違法なの?」という疑問から、「明日から何をすればいい?」という行動指針まで、順を追って確認してください。 給与の不正控除は労働基準法違反であり、返還請求と損害賠償の対象となります。本記事を読むことで、法的根拠の理解から具体的な請求手続きまで、実践的な対応が可能になります。
目次
- 給与の不正控除とは?パワハラとの関係を整理する
- 「これは違法」と判断できる控除の具体例
- 最優先でやるべき証拠収集のチェックリスト
- 返還請求書(内容証明)の書き方と送り方
- 労基署・公的機関への申告手順
- 損害賠償・慰謝料を請求する方法
- 時効と「いつまでに動くべきか」
- 相談先一覧と費用の目安
- よくある質問(FAQ)
1. 給与の不正控除とは?パワハラとの関係を整理する
法的根拠:労働基準法24条「賃金全額払いの原則」
労働基準法24条1項は、使用者が賃金を支払う際のルールとして、以下の原則を定めています。
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。
この「賃金全額払いの原則」により、使用者が法律に定めのない理由・労使協定のない理由で賃金を控除することは原則禁止されています。違反した使用者は30万円以下の罰金の対象となります(労働基準法120条)。
パワハラとの「二重の違法性」
給与の不正控除がパワハラと結びつくケースでは、二層の違法性が生じます。
| 違法行為 | 根拠法令 | 請求できる権利 |
|---|---|---|
| 賃金の不正控除(財産的侵害) | 労働基準法24条1項 | 未払い賃金の返還請求 |
| パワハラによる人格権侵害 | パワハラ防止法・民法709条・710条 | 慰謝料・損害賠償請求 |
| 使用者の安全配慮義務違反 | 民法415条・労働契約法5条 | 債務不履行に基づく損害賠償 |
つまり、パワハラを受けながら給与も不正に減額された場合、「減らされた給料をそのまま取り戻す」だけでなく、「精神的苦痛への慰謝料」も別途請求できるということです。
2. 「これは違法」と判断できる控除の具体例
❌ 違法な控除(不正控除)の典型例
以下に当てはまる場合、労働基準法24条に違反する可能性が高いです。
- 経営赤字や業績悪化を理由とした一方的な給与減額(本人の同意なし)
- 備品破損・ミスに対して「弁償」名目で給料から天引き(損害賠償の事前控除)
- 「罰金」「違約金」名目での控除(労働基準法16条でも禁止)
- 上司の指示に従わないことへの「制裁」として行われる減額
- パワハラ被害を訴えた報復として、給料を一方的に下げる
- 残業代・手当を理由なくカットする
✅ 適法な控除(違法にならないもの)
一方、以下は法律上認められた控除です。
- 所得税・住民税・社会保険料などの法定控除
- 労使協定(36協定など)に基づく控除(貯蓄金積立、組合費など)で、かつ本人が事前に同意している
- 労働基準法89条に基づく就業規則に明記された懲戒処分(ただし適正な手続きが必要)
判断に迷ったら: 給与明細の「控除欄」に記載された項目を確認し、「法定控除(税・保険)以外の控除」があれば、それが適法かどうかを次のセクションで収集する証拠と照らし合わせてください。
3. 最優先でやるべき証拠収集のチェックリスト
証拠は「なるべく早く・複数の場所に保存する」が鉄則です。会社が記録を削除・改ざんする前に手を打ちましょう。
【第1週以内】財産的証拠の確保
□ 給与明細の全期間分を保存
├─ 紙の原本をスキャンしてPDF化
├─ クラウドストレージ(Google Drive等)に保存
└─ 減額前・減額後の明細を並べて「差額」を一覧表に記録
□ 銀行口座の入金記録を保全
├─ 通帳をスキャン or 画面スクリーンショット(日時表示あり)
├─ 「いつから・いくら減ったか」を月別に数値化
└─ 振込名義・振込元の記録も保存
□ 雇用契約書・労働条件通知書を確保
├─ 本来の給与額・手当が明記されているページをコピー
├─ 「控除について合意した」記載がないか確認
└─ 手元にない場合は会社に交付請求(開示義務あり)
□ 就業規則を入手
├─ 控除・罰則に関する規定の記載を確認
├─ コピー持ち帰りが難しい場合は写真撮影
└─ 「変更日」「周知されていたか」も確認
【第2週以内】パワハラとの関連証拠を収集
□ 上司・会社からの指示・通知の記録
├─ 給与減額を告げるメール・Slack・LINEのスクリーンショット
├─ 口頭で告げられた場合は「日付・発言内容・場所」をメモ
└─ 「理由を書面で説明してほしい」と請求し、その返答も保存
□ パワハラ行為の記録
├─ 暴言・叱責の録音(スマートフォンを机に置くだけでOK)
├─ ハラスメント発生日時・内容・目撃者をメモ帳に記録
└─ 体調不良があれば医療機関を受診し、診断書を取得
□ 自分の異議申し立ての記録
├─ 会社へ「減額に同意していない」と伝えたメールを送信・保存
├─ 口頭で伝えた場合は直後に議事録メールを相手に送付
└─ 「異議を述べた日」を明確にしておくことが重要
⚠️ 注意: 録音は自分も参加している会話であれば違法にはなりません。ただし第三者の会話を無断で録音する場合はリスクが伴います。
4. 返還請求書(内容証明)の書き方と送り方
証拠が揃ったら、会社に対して書面で正式に返還請求を行います。内容証明郵便で送ることで、「いつ・何を請求したか」が公的に記録されます。
内容証明郵便に記載すべき項目
① 差出人(あなた)の氏名・住所
② 宛先(会社名・代表者名・所在地)
③ 件名:未払い賃金の返還請求について
④ 控除された期間・金額の明細(月別一覧)
⑤ 返還を求める合計金額
⑥ 請求の根拠(労働基準法24条違反)
⑦ 支払い期限(通常は「本書到達後2週間以内」)
⑧ 支払い先の銀行口座
⑨ 期限内に支払いがない場合は法的手続きを取る旨の予告
請求書の記載例(テンプレート)
○○年○月○日
株式会社○○
代表取締役 ○○ ○○ 殿
○○県○○市○○番地
氏名:○○ ○○
未払い賃金返還請求書
私は貴社に○○年○月より勤務する従業員です。
貴社は、○○年○月分給与より、事前の合意なく、
かつ労使協定に基づかない控除を行い、合計金額○○万円の
賃金を支払っておりません。
これは労働基準法第24条第1項(賃金全額払いの原則)に
明確に違反するものです。
つきましては、本書到達後14日以内に、下記口座へ
未払い賃金合計○○万円をお支払いいただくよう、
厳重に請求いたします。
【振込先】
金融機関:○○銀行 ○○支店
口座種別:普通
口座番号:○○○○○○○
口座名義:○○ ○○
期限内にご対応いただけない場合は、労働基準監督署への
申告および法的手続きを躊躇なく取ることをお知らせします。
以上
送付方法
- 郵便局の窓口で「内容証明郵便」として差し出す
- 同じ文書を3部用意(会社用・郵便局保管用・自分の控え用)
- 「配達証明」も同時に付けると、相手が受け取った証拠も残る
- 費用目安:約1,500〜2,000円
5. 労基署・公的機関への申告手順
会社が返還に応じない場合、または最初から公的機関を活用したい場合は、以下のルートを使います。
ルート①:労働基準監督署への申告
最も基本的な公的手続きです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申告先 | 会社の所在地を管轄する労働基準監督署 |
| 持参物 | 給与明細・雇用契約書・銀行記録・就業規則コピー |
| 費用 | 無料 |
| 効果 | 監督官による会社への是正勧告・立入調査 |
申告のステップ:
- 事前に電話で「賃金不払いの相談をしたい」と予約を入れる
- 持参書類を整理し、「いつ・いくら減額されたか」の一覧表を作成
- 窓口で「申告書」を記入し提出
- 監督官が会社に対して調査・是正勧告を行う
- 会社が是正しない場合、検察庁への送検も可能
📌 ポイント: 「相談」ではなく「申告」として提出することで、監督官の調査義務が生じます。「相談したい」と言うだけでは記録が残らない場合があるため、「申告したい」と明確に伝えましょう。
ルート②:都道府県労働局のあっせん制度
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申請先 | 都道府県労働局(雇用環境・均等部) |
| 費用 | 無料 |
| 効果 | 第三者が会社と話し合いを調整・和解合意を目指す |
| 限界 | 会社が拒否すると進まない |
ルート③:労働審判(裁判所)
会社が申告・交渉に応じない場合、労働審判という裁判所の手続きを使えます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申請先 | 地方裁判所 |
| 費用 | 数万円〜(弁護士費用は別途) |
| 効果 | 原則3回の期日で審判・強制力あり |
| 期間 | 約3〜6ヶ月 |
6. 損害賠償・慰謝料を請求する方法
給与の返還に加え、パワハラによる精神的苦痛に対する慰謝料も請求できます。
請求できる損害の種類
| 損害の種類 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 未払い賃金 | 控除された給与の全額 | 労働基準法24条 |
| 遅延損害金 | 支払いが遅れた分の利息(年3%) | 民法419条・賃金支払確保法6条 |
| 慰謝料 | パワハラによる精神的苦痛への賠償 | 民法710条 |
| 休業損害 | 体調不良で働けなくなった場合の損失 | 民法709条 |
| 弁護士費用の一部 | 裁判で認められた場合 | 損害賠償の一部として算入可 |
会社(法人)と個人(上司)両方を訴えられる
- 会社への請求: 使用者責任(民法715条)または債務不履行(民法415条)
- 加害者個人への請求: 不法行為(民法709条)
両方を被告として損害賠償請求できるため、どちらかが資力不足でも回収できる可能性が高まります。
7. 時効と「いつまでに動くべきか」
未払い賃金の請求には時効があります。「まだ大丈夫」と思っていると権利を失います。
未払い賃金の時効(2020年4月改正後)
| 発生時期 | 時効期間 |
|---|---|
| 2020年4月1日以降に発生した賃金 | 3年間(当面の措置として) |
| 2020年3月31日以前に発生した賃金 | 2年間 |
⚠️ 将来的に5年への延長も検討中ですが、現時点では3年が適用されます。「3年前まで遡れる」と覚えておいてください。
損害賠償(慰謝料)の時効
| 種別 | 時効 |
|---|---|
| 不法行為に基づく損害賠償 | 損害と加害者を知った時から3年 |
| 債務不履行に基づく損害賠償 | 権利行使できる時から5年 |
今日が起算点になる可能性があります。証拠収集と並行して、相談だけでも早急に動き出してください。
8. 相談先一覧と費用の目安
公的・無料相談窓口
| 相談先 | 特徴 | 費用 | 連絡先 |
|---|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 労働基準法違反の申告・是正勧告 | 無料 | 最寄り署へ電話 |
| 総合労働相談コーナー | 都道府県労働局が設置・全般相談 | 無料 | 0570-200-173 |
| 労働組合(ユニオン) | 会社との交渉を代行 | 低額〜無料 | 地域合同労組を検索 |
| 法テラス | 弁護士費用の立替・無料法律相談 | 条件付き無料 | 0570-078374 |
| 弁護士会の法律相談 | 30分単位での個別相談 | 5,500円〜 | 各都道府県弁護士会 |
弁護士に依頼する場合の費用目安
| 手続き | 費用目安 |
|---|---|
| 内容証明郵便の作成代行 | 3万〜5万円 |
| 労働審判の代理 | 着手金15万〜30万円+成功報酬 |
| 民事訴訟の代理 | 着手金20万〜50万円+成功報酬 |
| 成功報酬の相場 | 回収額の15〜25%程度 |
💡 費用が心配な方へ: 法テラス(日本司法支援センター)では、収入が一定以下の場合、弁護士費用の立替制度(審査あり)が利用できます。まず無料電話相談(0570-078374)に電話してください。
9. よくある質問(FAQ)
Q1. 「自分でサインした同意書がある」場合でも返還請求できますか?
A. 請求できる可能性があります。パワハラ・脅迫・強制のもとでサインさせられた同意は、民法96条の「強迫による意思表示」として取り消せる場合があります。また、就業規則の不利益変更に関する同意も、「合理的な理由がない変更への同意」として無効と判断されることがあります。必ず弁護士に状況を説明してください。
Q2. 口頭で「承諾した」と言ってしまいました。それでも取り戻せますか?
A. 口頭での承諾だけでは法的な有効性は限定的です。賃金の不利益変更には書面による明確な合意が求められるとする裁判例が多く、「言った・言わない」の問題に帰着します。その後に異議を申し立てた記録(メールなど)があれば、さらに有利です。
Q3. 在職中でも申告・請求できますか?報復が怖いです。
A. 在職中でも申告・請求は可能です。また、労働基準法104条2項は「申告したことを理由とした解雇その他の不利益取扱いを禁止」しています。報復解雇は違法であり、それ自体が新たな損害賠償請求の根拠になります。ただし、現実的に不安な場合は労働組合や弁護士を通じた代理申告が有効です。
Q4. 会社が「業績悪化で全員減額した」と主張しています。これは合法ですか?
A. 会社が一方的に行う場合は原則として違法です。就業規則の不利益変更として有効になるためには、①変更の必要性、②変更内容の相当性、③労働組合への説明・協議、④個別同意の取得など、複数の要件を満たす必要があります(労働契約法10条)。「全員だから」という理由だけで適法にはなりません。
Q5. 給与を減らされてから2年以上経ちます。もう手遅れですか?
A. 2020年4月以降に発生した賃金については時効が3年に延長されています。ただし、時効に近い場合はすぐに内容証明を送ることで「時効の中断(更新)」を行うことが重要です。また、パワハラに対する慰謝料請求の時効(不法行為を知った時から3年)とは別に計算されます。一日でも早く専門家に相談してください。
まとめ:今日から動ける行動チェックリスト
給与の不正控除は、黙って受け入れる必要はありません。労働基準法はあなたを守るために存在します。以下のチェックリストに従い、優先順位をつけて行動してください。
| 優先度 | アクション | 期限の目安 |
|---|---|---|
| ⭐⭐⭐ | 給与明細・銀行記録・雇用契約書を今すぐ保存 | 今日中 |
| ⭐⭐⭐ | 減額された金額・時期を一覧表に整理 | 3日以内 |
| ⭐⭐ | 会社に対して「異議あり」のメールを送信 | 1週間以内 |
| ⭐⭐ | 労働基準監督署 or 法テラスに相談予約 | 2週間以内 |
| ⭐⭐ | 内容証明郵便で返還請求書を送付 | 1ヶ月以内 |
| ⭐ | 弁護士・ユニオンに依頼して交渉・申告 | 状況に応じて |
一人で抱え込まず、今日から証拠を集め、相談窓口に連絡する一歩を踏み出してください。 無料の相談窓口(労働基準監督署・法テラス・総合労働相談コーナー)を積極的に活用することで、あなたの権利を守ることができます。
本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別の法律相談には該当しません。具体的な対応については、弁護士または労働基準監督署にご相談ください。

