「相談窓口に報告したら給与を出さない」——そう言われたとき、あなたはどうすれば良いのでしょうか。
この言葉は単なる脅し文句ではなく、複数の法律に触れる重大な違法行為です。脅された側には明確な法的保護があり、適切な手順を踏めば会社に対して強力な対抗手段を取ることができます。
この記事では、今まさに脅されている方が24時間以内に何をすべきかから、法的申告・損害賠償請求まで、実務的な対処法を一通り解説します。焦らず、一つひとつ確認していきましょう。
「給与を出さない」は違法か?法的な位置づけを3分で理解する
結論から言えば、違法です。しかも、一つの違法行為ではなく、最大で4つの法律に同時に違反する可能性があります。
4層の法的違反構造
| 違反類型 | 法的根拠 | 何が問題か |
|---|---|---|
| 脅迫罪 | 刑法222条 | 相談行為を妨害するために害悪(給与不払い)を告知している |
| 給与全額払い原則の侵害 | 労働基準法24条 | 正当な理由なく給与を支払わないことは違法 |
| 相談権・通報者保護の侵害 | 労働施策総合推進法75条 | パワハラ相談者に不利益取扱いをすることは禁止 |
| 報復行為の禁止 | 労働基準法104条2項 | 行政機関への申告を理由とした不利益取扱いの禁止 |
これらは「どれか一つが成立する」のではなく、同時に複数が重なって成立し得るという点が重要です。会社側の立場は法的に非常に弱く、あなたには手厚い保護が与えられています。
脅迫罪(刑法222条)の成立要件を具体的に確認する
刑法222条は「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者」を処罰すると規定しています。
「給与を出さない」という告知は、財産(給与)に対する害悪の告知に該当します。そして、その条件が「相談窓口への報告をやめること」という相談権の行使と結びついている場合、脅迫罪の構成要件を充足する可能性が高いと考えられています。
【脅迫罪の成立ライン(本件への当てはめ)】
① 害悪の告知 =「給与を出さない」という財産的損害の示唆
② 条件の提示 =「相談窓口に報告したら」という条件
③ 告知の相手方 = 相談を検討・実行しようとしている労働者
④ 畏怖の惹起 = 相談をためらわせる心理的強制
→ これらが揃えば脅迫罪の成立を主張できる
刑事立件は捜査機関の判断によりますが、民事での損害賠償請求や行政申告と並行して進めることが実務上は有効です。
「相談権」は基本的人権に根ざす権利である
労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)第75条は、事業主がパワハラに関する相談に応じ、相談者・行為者の情報を適切に取り扱い、相談したことを理由として不利益な取扱いをしてはならないことを明確に定めています。
厚生労働省が定める「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(パワハラ防止指針)にも、相談者への不利益取扱いの禁止が明記されており、これに違反する事業主は都道府県労働局長の助言・指導・勧告の対象となります。
今すぐできる確認アクション: 脅された言葉が口頭だったか、メール・チャットだったかを思い出し、証拠として残っているかどうかを確認してください。次のセクションで保全方法を詳しく説明します。
今すぐ動く:24時間以内の証拠保全マニュアル
どれほど強力な法的保護があっても、証拠がなければ申告・訴訟で主張を裏付けることができません。証拠収集は時間との勝負です。脅迫が行われた直後から記憶・記録が薄れていくため、まず証拠保全を最優先に行います。
音声・動画の録音・録画
日本では、会話の当事者の一方が自分の判断で録音することは合法です。電話での脅迫、面談室での発言など、あなたが直接話しかけられた場面では、スマートフォンのボイスメモアプリやレコーダーアプリを使って録音することができます。これは盗聴ではなく、訴訟・行政申告で有力な証拠として認められています。
【録音の実践ポイント】
✓ スマートフォンを胸ポケットやカバンに入れたまま録音可能
✓ 「○年○月○日 ○時○分 ○○部長から」と日時・発言者を冒頭に記録
✓ 相手の名前・役職を会話中に引き出すと証拠価値が上がる
例:「△△部長がおっしゃっているのはどういう意味でしょうか」
✓ 録音ファイルはクラウドストレージ(Google Drive等)に即時バックアップ
メール・チャット・SNSのスクリーンショット
脅迫がメール・LINE・Slack・Teamsなどテキスト形式で行われた場合は、スクリーンショットを撮影し、送信者名・日時・本文が全て映っているかを確認してください。
【スクリーンショットの保全チェックリスト】
✓ 送信者のアカウント名・メールアドレスが確認できるか
✓ 送信日時(可能であれば秒単位まで)が写っているか
✓ 脅迫の文言全体が切れずに写っているか
✓ 画像をクラウド・外付けHDD・自宅PCなど会社管理外の場所に保存したか
✓ 元のメッセージは削除しないこと(改ざんとみなされる場合がある)
記憶録(時系列メモ)の作成
音声・テキストの証拠がない場合、あるいは補強のために、できる限り詳細な記憶録を手書きまたはメモアプリに残してください。裁判や行政申告において、具体性・一貫性のある記憶録は証拠として一定の価値を持ちます。
記憶録に含めるべき情報:
- 発生日時・場所(会議室名、オフィスフロアなど)
- 発言した人物の氏名・役職
- 発言の内容(できるだけ一字一句、引用形式で)
- その場にいた第三者の氏名
- 自分がどのような感情・反応をしたか
- 脅迫の前後に起きた出来事
証人の確保
脅迫の場面を目撃した同僚がいれば、その人の氏名と連絡先を記録し、後日証言協力を依頼できる関係を維持してください。証言の強要は不要ですが、「もし必要になったときに話を聞いてもらえますか」という打診を早期にしておくことが重要です。
今すぐできるアクション: この記事を読んでいる今この瞬間、スマートフォンのボイスメモアプリを開き、録音できる状態にしてください。次に脅された場面に備えます。また、すでに証拠がある場合は直ちにクラウドへバックアップしてください。
相談先の選び方と連絡手順:機関別の役割と使い分け
証拠を保全したら、次はどこに・どの順番で相談するかを決めます。相談機関にはそれぞれ異なる役割と権限があるため、状況に合わせて使い分けることが重要です。
都道府県労働局・総合労働相談コーナー(最初の相談先として最適)
受付時間: 平日 8:30〜17:15(各都道府県労働局で確認可能)
総合労働相談コーナーは、パワハラ・賃金不払いなどの労働問題について、無料で初回の法的説明と対応方針の助言を行っています。相談内容が労働施策総合推進法に違反する場合、労働局は紛争調整委員会によるあっせん(双方が同意すれば調停に移行)を行うことができます。
また、パワハラ相談者への不利益取扱いが確認された場合、都道府県労働局長による事業主への助言・指導・勧告という行政上の措置が取られます。この勧告に従わない事業主の名前は公表される場合があります(労働施策総合推進法33条)。
検索方法: 「(お住まいの都道府県名)労働局 総合労働相談コーナー」で検索すると電話番号が表示されます。
労働基準監督署(賃金不払い・報復行為の申告先)
全国共通労働条件相談ほっとライン: 0120-811-610
受付時間: 平日17:00〜22:00、土日祝10:00〜17:00
「給与を出さない」という脅しが実行に移され、実際に給与が支払われなかった場合は、労働基準法24条(全額払い原則)違反として労働基準監督署に申告することができます。
また、労働基準法104条2項は「労働者が労働基準監督署への申告を行ったことを理由に不利益取扱いをした使用者」を罰則付きで禁止しています。報復が行われた場合には、この条文に基づく申告も可能です。
【労基署への申告フロー】
① 管轄の労働基準監督署を確認(厚生労働省サイトで検索)
② 「申告書」に被害内容・証拠を整理して持参または郵送
③ 監督官が調査を開始(任意調査または立入調査)
④ 違反が確認されれば是正勧告・罰則適用(最高30万円以下の罰金、懲役等)
弁護士(損害賠償・労働審判・仮処分の申立て)
脅迫が悪質で、損害賠償の請求や仮処分(給与仮払い命令など)を検討する場合は、弁護士への相談が不可欠です。
費用の目安:
– 法テラス(日本司法支援センター):収入要件を満たせば弁護士費用の立替制度あり(電話:0570-078374)
– 弁護士費用特約(火災保険・自動車保険付帯):加入中の保険を確認してください。多くの場合、労働問題にも適用できます
– 初回無料相談:多くの法律事務所が30〜60分の無料相談を提供
労働審判は申立てから約3ヶ月で解決できる迅速な手続きであり、証拠が揃っている場合は非常に有効な手段です。
警察(脅迫罪の刑事告訴)
脅迫罪での刑事告訴は、最寄りの警察署の生活安全課や相談窓口で受け付けています。証拠(録音・スクリーンショット)を持参し、「業務上の脅迫を受けた」として相談してください。
刑事告訴は民事・行政の手続きと並行して行うことが可能です。告訴状を警察署に提出する場合、弁護士に作成を依頼するとよりスムーズです。
今すぐできるアクション: スマートフォンで「(お住まいの都道府県)労働局 総合労働相談コーナー 電話番号」と検索し、番号を連絡先に登録してください。翌平日の朝一番に電話する準備をしておきましょう。
申告書・相談用書類の作成ガイド:何を・どう書くか
申告・相談の場で最も重要なのは、事実を時系列で整理した書面です。口頭だけの説明では担当者も対応が難しくなります。以下のテンプレートを参考に、事前に書面を準備してください。
申告・相談書の基本構成
【被害申告書(記載例)】
申告日:○年○月○日
申告者:氏名・住所・連絡先・所属部署
■ 被害の概要
○年○月○日(○曜日)○時頃、○○部長(氏名:○○○○)より、
「パワハラの相談窓口に報告したら、今月の給与は出さない」と
直接口頭で告げられました。場所は○階○番会議室です。
■ 発言の詳細(引用形式で記載)
「お前が内部通報窓口に話を持ち込んだら、今月分の給料は払わない。
そういうことをする社員を守る気はない」
(上記は可能な限り正確に再現したものです)
■ 証拠の有無
① 音声録音あり(○年○月○日○時○分〜○分、スマートフォンで録音)
② 録音ファイルはクラウドに保存済み
■ 目撃者
○○部(氏名:○○○○)が同席していた可能性あり
■ 現在の状況
脅迫後も就労中。給与未払いは現時点では発生していないが、
申告を行った後の報復を強く懸念している。
■ 求める対応
・相談権行使に対する不利益取扱いの禁止命令
・給与全額支払いの確保
・加害者への適切な処分
給与が実際に支払われなかった場合の追加書類
給与未払いが実際に発生した場合は、以下の書類も合わせて準備してください。
- 給与明細(直近3ヶ月分):通常の支払い額を示すため
- 雇用契約書・労働条件通知書:給与額の合意を証明するため
- 賃金台帳(開示請求可能):支払い記録の確認
- 銀行口座の入出金履歴:不払いの事実を数字で証明するため
今すぐできるアクション: メモ帳アプリまたは紙に、被害の日時・場所・発言内容を今すぐ書き出してください。記憶は時間とともに薄れます。5分でも構いません、今すぐ記録することが重要です。
会社内の相談窓口への報告:リスクと進め方
「会社の相談窓口に報告することが問題の発端なのに、その窓口に報告する意味があるのか」——そう思う方もいるでしょう。
社内窓口を使う場合の注意点
社内窓口には法的に相談者を保護する義務があります(労働施策総合推進法30条の2)。ただし、脅迫を行っている上司が組織内で影響力を持っている場合、以下のリスクがあります。
- 報告内容が加害者に漏洩するリスク
- 形式的な調査で不問に付されるリスク
- 二次被害(報告したことを責められるなど)のリスク
このため、社内窓口への申告と外部機関(労働局・弁護士)への相談を並行して進めることを強くおすすめします。社内窓口に報告したという記録(メール送信記録など)を残しつつ、外部の保護も確保するという戦略です。
社内窓口への報告メールの書き方
件名:ハラスメント相談窓口への申告(○年○月○日発生)
ハラスメント相談窓口 ご担当者様
○○部の○○(氏名)と申します。
○年○月○日、○○部長より「相談窓口に報告したら給与を出さない」という
趣旨の発言を受けました。
本件を正式に申告するとともに、申告を理由とした不利益取扱いが
行われないよう、適切な対応をお願いします。
詳細については別途面談にてご説明します。
本メールの受領確認をご返信いただけますと幸いです。
以上
このメールを送ることで、申告日時の記録が残ります。返信がない場合もメール自体が証拠になります。
脅迫が実行されたとき:給与が実際に支払われなかった場合の対処
万が一、脅迫が現実になり給与が支払われなかった場合には、即座に複数の機関に対して並行して動くことが重要です。
賃金仮払いの仮処分申立て
弁護士を通じて裁判所に賃金仮払いの仮処分を申立てることができます。これは、本裁判の前に暫定的に給与の支払いを命じる制度で、生活の維持という観点から緊急性が認められれば短期間で決定が出ることがあります。
労働審判と合わせて利用することで、給与の早期回収と法的解決を同時に目指すことが可能です。
労働基準監督署への賃金不払い申告
労基法24条違反として、労働基準監督署に申告します。監督官は使用者に対して是正勧告を出す権限を持ち、これに応じない場合は送検・罰則(労基法120条、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となります。
【申告から解決までの一般的な流れ】
① 申告書提出(証拠一式を添付)
↓
② 監督官による任意調査(会社への事実確認)
↓
③ 是正勧告(支払い期限を定めた勧告書の交付)
↓(応じなければ)
④ 強制調査・書類送検
↓
⑤ 検察による起訴・略式命令
緊急避難的な選択肢:転職・退職の判断基準
脅迫が継続し、精神的・経済的に追い詰められている場合は、退職・転職を「逃げ」ではなく「戦略的な選択」として検討することも重要です。
退職前に確保すべきもの
- 在職証明書・退職証明書の取得(退職後も請求可能)
- 失業給付の受給資格の確認(ハラスメントを理由にした退職は「特定理由離職者」として給付制限なしの早期受給が可能)
- 未払い賃金の請求権保全(退職後も3年間は請求可能。労基法115条)
- 証拠一式の持ち出し(退職後はアクセスできなくなる社内システムのデータに注意)
「在職中に申告する」か「退職後に申告する」か
多くの専門家は、在職中に申告する方が証拠収集・交渉力の面で有利としています。退職後では会社側に「和解条件を下げる」交渉の余地を与えることがあります。ただし、心身の健康を最優先にすることが大前提です。弁護士と相談しながら判断してください。
精神的なダメージへの対処:二次被害を防ぐ
脅迫を受けた後、多くの方が「自分が悪いのか」「大げさなのか」という自己否定に陥ります。これはガスライティング(現実認識を歪める心理的操作)の典型的な影響です。
あなたが受けた行為は明確に違法です。相談権を行使することは基本的な権利であり、それを妨害する脅迫は犯罪行為です。
専門的なサポートリソース
- よりそいホットライン(24時間):0120-279-338
- 産業カウンセラーへの相談:職場のEAP(従業員支援プログラム)を利用
- かかりつけ医への受診:脅迫による精神的苦痛は「診断書」として損害賠償請求の証拠になります
医療機関を受診する際は、「職場の上司から、相談窓口に申告したら給与を支払わないと脅迫され、強いストレスと不安を感じている」という事実を医師に正確に伝えてください。診断書の記載内容が後の裁判で重要な証拠になります。
よくある疑問:Q&A
Q1. 録音するとき、相手に「録音しています」と伝える必要はありますか?
日本の法律では、会話の当事者が相手に告知せずに録音しても違法ではありません。刑事訴訟法や民事訴訟法の証拠能力の観点でも、当事者による一方的録音は有効な証拠として広く認められています。告知の義務はありません。
Q2. 「給与を出さない」と口頭で言われただけで、実際には払われています。それでも申告できますか?
はい、できます。実際に給与が不払いになっていなくても、脅迫罪は「害悪を告知した時点で成立します。また、労働施策総合推進法上の「相談権侵害・不利益取扱い」も、告知された時点での申告が可能です。被害が現実化する前に手を打つことが重要です。
Q3. 相談窓口が社長直属の部署で、社長自身が加害者です。どこに申告すればいいですか?
社内窓口が機能しない場合(または機能しないと判断される場合)は、外部機関への申告を直接行うことが適切です。都道府県労働局・労働基準監督署・弁護士への相談を最初のステップとしてください。社内窓口の利用義務はありません。
Q4. 申告したことで解雇されることはありませんか?
労働施策総合推進法75条が相談者への不利益取扱いを禁止しており、解雇を行った場合は同法違反になります。また、このような解雇は客観的合理的理由を欠く不当解雇として労働契約法16条に違反するため、解雇の無効を主張できます。万一解雇通知を受けた場合は直ちに弁護士に相談してください。
Q5. 証拠が録音だけで、文書の証拠がありません。申告は難しいですか?
音声録音は非常に強力な証拠です。文書がなくても、録音内容が明瞭であれば申告・訴訟において十分な証拠になります。加えて、記憶録・医療記録・証人証言を組み合わせることで、証拠の厚みをさらに増すことができます。まず録音を安全な場所に保管し、専門家に相談することをおすすめします。
まとめ:今日取るべき行動チェックリスト
【今日中に必ず実行すること】
□ 証拠(録音・スクリーンショット)をクラウドにバックアップ
□ 被害の日時・場所・発言内容をメモアプリに記録
□ 都道府県労働局の電話番号を連絡先に登録
□ 法テラスまたは弁護士の無料相談を予約
【今週中に行うこと】
□ 都道府県労働局・総合労働相談コーナーに電話相談
□ 社内相談窓口へのメール送信(返信確認も含め記録保存)
□ 加入保険の弁護士費用特約の確認
□ かかりつけ医への受診(精神的ダメージの診断書取得)
【状況に応じて検討すること】
□ 労働基準監督署への賃金不払い申告(未払い発生時)
□ 警察への脅迫罪告訴
□ 弁護士を通じた労働審判・損害賠償請求
「相談したら給与を出さない」という言葉は、法律が明確に禁じる複合的な違法行為です。あなたには相談する権利があり、その権利を守るための制度と機関が存在します。
まずは今日、一つだけアクションを取ることから始めてください。証拠のバックアップ、電話番号の登録——どんな小さな一歩でも構いません。動き始めることが、状況を変える第一歩です。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法律相談の代替となるものではありません。具体的な対応については、弁護士または労働局の専門家にご相談ください。

