労災認定を受けたにもかかわらず、会社から「労災保険で補償されているから」と言われ給与が突然打ち切られた——そのような状況に直面している方へ、この記事では法的根拠に基づいた給与請求の手順と、損害賠償における「調整給」の仕組みを徹底解説します。
労災認定後に給与が支払われなくなるのはなぜか【問題の実態】
労災保険の給付が始まると、会社が「もう補償は済んでいる」と判断して給与の支払いを停止するケースが後を絶ちません。しかしこれは法律上の重大な誤りであり、場合によっては違法行為に該当します。まず、なぜこのような問題が起きるのかを正確に理解しましょう。
労災保険給付では給与補償にならない理由
労災保険から支給される休業補償給付は、あくまでも「給付基礎日額の60%」が基本です(労働者災害補償保険法第14条)。さらに、特別支給金を加算しても最大で給付基礎日額の80%にとどまります。
ここで重要なのが、「給付基礎日額」の計算方式です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 給付基礎日額の算定対象 | 直前3ヶ月の賃金総額 ÷ 総日数 |
| 算定から除外されるもの | 賞与・通勤手当・深夜手当(一部) |
| 給付上限 | 最大80%(特別支給金含む) |
つまり、残りの20%(最低限)は給与としてカバーされない部分が存在します。また、残業代や諸手当が算定基礎から外れるケースでは、実収入との乖離がさらに大きくなります。労災保険給付は「治療や生活の補助」であり、給与の全額代替にはなりません。
会社が給与を打ち切る3つの誤った判断
実務上、会社が給与を打ち切る背景には次の3つのパターンが見られます。
① 「労災保険でカバー済み」という誤認
労災保険給付が始まると、会社が「国が補償しているのだから自社負担は不要」と誤解するケースです。しかし、労基法上の補償義務と保険給付は別の法的制度であり、一方が存在しても他方が消えるわけではありません。
② 経営悪化を理由にした一方的な給与カット
業績悪化を理由に、在籍中の社員の給与を無断で減額・停止するケースです。これは労基法第24条(賃金全額払いの原則)にも反します。
③ 退職強要の前置行為
給与を意図的に打ち切ることで、労働者に経済的プレッシャーをかけ、退職届の提出を促すという悪質なケースです。この場合は、ハラスメントや不当解雇の問題とも連動します。
労基法26条による給与支払い義務【法的根拠】
労働基準法第26条は、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」については、平均賃金の100分の60以上を支払わなければならないと定めています。業務上の労災は原則として「使用者の責に帰すべき事由」に該当するため、会社には給与支払い義務が発生します。
📌 ポイント:労基法26条は「最低基準」です。就業規則や雇用契約でより有利な条件(例:100%補償)が定められていれば、その内容が優先されます。必ず自分の就業規則を確認してください。
給与支払い義務の発生時期と終了時期
| フェーズ | 期間 | 会社の義務 |
|---|---|---|
| 労災発生〜労災申請・認定まで | 申請手続き中 | 給与100%支払いが原則 |
| 労災認定後・休業補償給付受給中 | 給付支給期間 | 労基法上は60%以上。給付との調整で実質減額可(後述) |
| 症状固定・復職後 | 復職〜 | 通常の給与支払い |
特に労災認定前の空白期間(申請から認定まで数週間〜数ヶ月かかるケースも)は、会社が給与を100%支払わなければなりません。この期間の給与を未払いのまま放置している会社は、労基法違反の状態にあります。
「調整給」の仕組みと計算方法
「調整給」とは、労災保険給付と会社からの給与を合算した金額が、本来の実損害(給与相当額)を超えないよう調整する仕組みです(労働者災害補償保険法第22条の2)。これは「二重補償の禁止」の原則に基づいています。
具体的な計算例
■ 前提条件
月給(実収入) :300,000円
給付基礎日額 :8,000円
1ヶ月の休業補償給付:8,000円 × 60% × 30日 = 144,000円
特別支給金 :8,000円 × 20% × 30日 = 48,000円
給付合計 :192,000円
■ 調整計算
実損害(月給) :300,000円
給付合計 :192,000円
会社が補填すべき額:300,000円 - 192,000円 = 108,000円
→ 会社は最低でも「108,000円(調整給)」を支払う義務がある
※ただし労基法26条の「60%以上」の基準も満たす必要あり
⚠️ 一方的な打ち切りとの違い:調整給は「法的ルールに従って減額する」ものです。計算式も根拠も示さずに「給与はもう払わない」と告げることは違法であり、この2つは明確に区別されなければなりません。
会社への給与支払い請求【具体的手順】
給与の支払いが止まったら、まず書面による請求を行いましょう。口頭での交渉は証拠が残らないため、法的手続きの第一歩として内容証明郵便の利用を強くお勧めします。
STEP1:証拠の収集と整理(1週間以内)
請求を進める前に、以下の証拠を揃えます。
- [ ] 労災認定通知書(コピー)
- [ ] 給与明細(労災前3ヶ月分 + 打ち切り後のもの)
- [ ] 雇用契約書・就業規則(給与条件が確認できるもの)
- [ ] 労災保険給付の支給決定通知書
- [ ] 会社との交渉記録(メール・LINE・メモ等)
- [ ] 銀行通帳(給与未入金の確認)
💡 今すぐできるアクション:通帳の記帳・スクリーンショットを今日中に保存してください。給与の未払いが「いつから始まったか」を明確にすることが、後の請求計算の基礎になります。
STEP2:内容証明郵便の作成と送付
内容証明郵便は、いつ・どんな内容の請求をしたかを公的に記録するための手段です。以下のテンプレートを参考に作成してください。
令和○年○月○日
株式会社○○○○
代表取締役 ○○○○ 殿
○○市○○町○丁目○番○号
氏名:○○ ○○ 印
給与支払い請求書
私は、令和○年○月○日に業務上の事故(労働災害)に遭い、
同年○月○日付で労働基準監督署より労災認定を受けました。
ところが、貴社は令和○年○月分以降の給与を
支払っておらず、現在までに合計○○○,○○○円の
未払いが生じています。
労働基準法第26条に基づき、使用者は業務上の休業中も
平均賃金の100分の60以上を支払う義務を負います。
つきましては、令和○年○月○日までに、
下記未払い給与全額をご指定口座へ
お振込みいただくよう請求いたします。
記
1.未払い給与総額:○○○,○○○円
(内訳:令和○年○月〜令和○年○月分)
2.振込期限:令和○年○月○日
3.振込先:○○銀行 ○○支店 普通 口座番号○○○○○○○
上記期日までにご対応いただけない場合は、
労働基準監督署への申告および法的措置(賃金未払いによる
損害賠償請求)も検討していることをお伝えします。
以上
STEP3:労働基準監督署への申告
内容証明を送っても会社が応じない場合は、管轄の労働基準監督署に申告します。
- 申告できる内容:賃金未払い(労基法24・26条違反)
- 申告者:労働者本人
- 費用:無料
- 調査結果:監督官が会社に是正を命じる「是正勧告」が出ることもある
💡 今すぐできるアクション:厚生労働省のWebサイトで「全国労働基準監督署の所在案内」を検索し、最寄りの監督署の電話番号を今日中にメモしておきましょう。
損害賠償請求【会社に過失がある場合】
会社の安全配慮義務違反(設備不良・過重労働・指導不足など)が労災の原因にある場合、民法第709条の不法行為責任または労働契約法第5条の安全配慮義務違反を根拠に、損害賠償請求が可能です。
請求できる損害の種類
| 損害の種類 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 休業損害 | 休業中の収入減少分 | 給与との差額、残業代の逸失分 |
| 治療費・通院費 | 労災保険でカバーされない費用 | 差額ベッド代・交通費 |
| 後遺障害による逸失利益 | 後遺症によって失われた将来収入 | 等級に応じた計算 |
| 慰謝料 | 精神的苦痛に対する賠償 | 入通院慰謝料・後遺障害慰謝料 |
損害賠償と労災給付の「調整(控除)」
損害賠償請求をする際、すでに受け取った労災保険給付は損害賠償額から控除(相殺)されるのが原則です(労働者災害補償保険法第22条の2)。
損害賠償で受け取れる金額
= 実損害の全額
ー 受領済みの労災保険給付額(同一の損害項目のみ)
ただし、慰謝料は控除の対象外です。また、労災保険給付でカバーされない費用(差額ベッド代・交通費・逸失利益の一部)についても控除されません。
⚠️ 時効に注意:不法行為による損害賠償請求権の時効は、損害および加害者を知った時から3年(民法第724条)です。安全配慮義務違反の場合は債務不履行として5年になる場合もあります。早期に弁護士へ相談することを強くお勧めします。
過失相殺に備える
会社側は「被災者にも不注意があった」として過失相殺を主張することがあります。これに対抗するためには、以下の証拠が有効です。
- 労災発生時の現場写真・動画
- 安全教育の未実施を示す記録
- 危険な作業環境を報告していた記録(メール・報告書)
- 同様のヒヤリハット事例の記録
相談先一覧【無料で使える窓口】
| 相談先 | 対応内容 | 費用 | 連絡方法 |
|---|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 賃金未払い申告・是正勧告 | 無料 | 電話・来所 |
| 都道府県労働局(総合労働相談コーナー) | あっせん・調停 | 無料 | 電話・来所 |
| 法テラス(日本司法支援センター) | 弁護士費用の立替・紹介 | 条件付き無料 | 0570-078374 |
| 労働組合・ユニオン | 団体交渉による解決 | 一部有料 | 各組合へ |
| 弁護士(労働専門) | 損害賠償請求・訴訟 | 有料(相談のみ無料も) | 各法律事務所 |
よくある質問(FAQ)
Q1. 労災認定前から給与が止まっています。遡って請求できますか?
はい、請求可能です。労災申請の準備期間中も会社には給与支払い義務があります。未払い開始月まで遡って、給与の全額(または調整後の差額)を請求できます。内容証明に「○月分から」と明記して請求してください。
Q2. 「労災保険で補償されているから給与は出ない」と会社に言われました。これは正しいですか?
正しくありません。労災保険給付(最大80%)では実損害のすべてをカバーできず、残りは会社が補填する義務があります。会社の主張は労基法第26条に反しており、違法となる可能性が高いです。
Q3. 損害賠償請求をすると労災給付が減額されますか?
逆です。損害賠償を受けると、同じ損害項目については労災給付が調整(控除)される場合があります(労災保険法第22条の2)。ただし慰謝料はこの対象外です。二重に損をしないよう、弁護士に計算を依頼することをお勧めします。
Q4. 会社が内容証明に無回答でした。次の手順は?
労働基準監督署への申告が次のステップです。申告後も改善がなければ、労働審判(迅速・低コスト)または民事訴訟による賃金請求が選択肢になります。法テラスを利用すれば弁護士費用の立替制度も使えます。
Q5. 時効が心配です。何年以内に請求すればいいですか?
未払い賃金の請求権は3年(労基法第115条)です。損害賠償請求権(不法行為)も損害を知った時から3年(民法第724条)、安全配慮義務違反(債務不履行)は5年(民法第166条)です。いずれも時間が経つほど証拠が散逸し不利になるため、今すぐ行動することが最優先です。
まとめ:今日から始める3つのアクション
- 証拠を保全する:給与明細・労災認定通知・通帳記録を今日中にコピー・保存
- 内容証明を準備する:本記事のテンプレートを参考に、未払い給与の請求書を作成
- 相談窓口に連絡する:最寄りの労働基準監督署または法テラス(0570-078374)に今週中に電話
給与の未払いは、放置するほど回収が困難になり、精神的・経済的ダメージも蓄積されます。法律はあなたの側にあります。一人で抱え込まず、専門機関を積極的に活用してください。
免責事項:本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別の法律相談に代わるものではありません。具体的な対応については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 労災認定後、会社が給与を打ち切りました。法的に請求できますか?
A. はい、請求できます。労働基準法第26条により、業務上の労災による休業中は平均賃金の60%以上の支払いが会社の義務です。労災保険給付とは別に給与支払い義務が存在します。
Q. 労災保険給付を受けているのに、なぜ会社から給与をもらう必要があるのですか?
A. 労災保険給付は給付基礎日額の60~80%です。残りの20%以上は補償されないため、会社が給与で補填する法的義務があります。給付と給与は別制度です。
Q. 給与と労災保険給付の「調整給」とはどういう意味ですか?
A. 実損害を超えないよう、給付と給与の合計が本来の給与額を超えないように調整する仕組みです。二重補償を防ぐための制度で、この範囲内での減額は合法です。
Q. 労災認定前の申請期間中、給与が支払われていません。請求できますか?
A. はい、請求できます。労災申請中は会社が給与100%を支払うのが原則です。未払い期間があれば、全額請求が可能です。
Q. 給与を打ち切られて困っています。まず何をすべきですか?
A. 就業規則と雇用契約書を確認し、会社に書面で給与支払いを請求してください。応じない場合は、労働基準監督署への相談や法的請求も検討してください。
