労災申請中に会社から「医師の診察に行くな」「治療を続けるな」と言われたとき、あなたはどうすればいいのでしょうか。結論からお伝えします。会社にあなたの治療を禁止する権限は一切ありません。
労働基準法第75条が定める療養権は、会社との合意や就業規則によっても制限できない「強行規定」です。会社の禁止指示に従う必要はなく、むしろその指示自体が複数の法律に違反する可能性があります。
この記事では、会社から治療妨害を受けた労働者が「その日のうちにすべきこと」から「会社の法的責任を追及する手順」まで、実務的な対応を段階別に解説します。
会社が「労災の治療を禁止する」のは違法行為です
療養権とは何か|労基法75条が定める「絶対的権利」
労働基準法第75条は、業務上の負傷・疾病に対して使用者(会社)が療養の給付を行う義務を定めています。この規定は、労働者が実際に治療を受ける権利——すなわち「療養権」——の根拠となる条文です。
| 法的性質 | 意味 |
|---|---|
| 強行規定 | 当事者の合意があっても効力が優先される |
| 就業規則による制限 → 無効 | 「診察禁止」を定めた規定は法的効力なし |
| 会社命令による制限 → 無効 | 業務命令で療養権を制限することは不可 |
| 離職・退職後も継続 | 雇用関係終了後も給付請求権は存続する |
療養権が強行規定である理由は、業務上の怪我や病気を「労働者が使用者の指揮下で働いた結果」として使用者責任を明確化しているからです。会社が「うちの社員には診察に行かせない」と取り決めることは、法律上はじめから許されていません。
労災保険制度との関係でいえば、労災保険法第12条の5も、保険給付を受ける権利を「譲渡・担保・差押え」から保護しています。会社が労働者の給付請求権そのものを妨害する行為は、この条文にも抵触します。
📌 今すぐ確認: 会社から受けた禁止指示が「口頭」「メール」「LINEメッセージ」いずれの形でも、すべて証拠になります。今すぐスクリーンショットを保存し、信頼できる外部ストレージ(個人のクラウドなど)に退避してください。
会社が「診察禁止」を指示するのは具体的にどんな違反になるか
会社の治療妨害行為は、単一の問題ではなく複数の法律に同時に違反する複合的な違法行為です。
| 違反の類型 | 根拠法令 | 法的性質・制裁 |
|---|---|---|
| 療養権侵害 | 労基法第75条 | 強行規定違反・損害賠償責任 |
| 休業補償権侵害 | 労基法第76条 | 使用者の補償義務違反 |
| 給付請求権の妨害 | 労災保険法第12条の5 | 給付受給権の侵害 |
| 申告・申請への不利益取扱い | 労基法第104条第2項 | 刑事罰対象(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金) |
| 職場のパワーハラスメント | パワハラ防止法(労働施策総合推進法第30条の2) | 職場環境配慮義務違反 |
特に注意すべきは労基法104条2項です。労働者が労働基準監督署への申告を行ったこと、または申告しようとしていることを理由に会社が不利益な取扱いをすることは、刑事罰の対象となります。労災申請を理由に治療を妨害する行為は、この規定に直接抵触する可能性があります。
具体的な治療妨害行為の例:
❌ 「医者に行くなら欠勤扱いにする」
❌ 「労災申請を取り下げなければ解雇する」
❌ 「病院に行く時間は有給休暇の申請を認めない」
❌ 「医師から診断書をもらうことを禁止する」
❌ 「会社指定の医師以外には行くな」(選択の強制)
❌ 「もう治っているはずだ。診察に行く必要はない」(医学的判断の否定)
これらの言動はすべて、法的には「療養権の侵害」として位置づけられます。会社の担当者がどれほど強い口調で言ったとしても、それに従う法的義務はありません。
会社の禁止指示が来たら「その日のうち」にやること
【ステップ1】会社の指示は無視し、医師の診察を続ける
最初に、そして最も重要なことをお伝えします。治療を中断しないでください。
医師の診察を受けるかどうかを判断するのは、あなたと医師です。会社ではありません。
「会社が禁止している」「会社に言われた」という理由で治療を中断してしまうと、以下のリスクが発生します。
- 症状の悪化・後遺症のリスク
- 因果関係が立証しにくくなる(治療のブランクが生じる)
- 労災給付の範囲が制限される可能性
- 「もう治った」とみなされる口実を会社に与える
医療の現場において、治療の必要性・継続の判断は医師の医学的判断によるものであり、これは会社の業務命令が及ぶ領域の外にあります。就業規則や雇用契約がどのような内容であっても、医学的判断を否定する条項は法的効力を持ちません。
診察を継続する際の実践チェックリスト:
✅ 労災指定病院または現在の主治医への受診を継続する
✅ 診察のたびに「いつ・どの病院を受診したか」を記録する
✅ 医師に「会社から診察禁止の指示を受けている」と伝える
✅ 医師にカルテへの記録を依頼する(下記ステップ3で詳述)
✅ 労災保険の療養給付(7号様式)は自分で請求できることを覚えておく
📌 重要: 会社が「指定医師以外への受診禁止」と言ってきた場合も、法的に従う義務はありません。会社指定の医師への受診強制が常に許されるわけではなく、あなた自身が信頼する医師に診てもらう権利があります。
【ステップ2】証拠を即日保全する|メール・録音・メモの残し方
治療を継続しながら、並行して証拠の保全を行います。証拠は「新鮮なうちに」保全することが原則です。記憶は薄れ、データは削除されます。
証拠の種類別・保全手順:
メール・LINEなどテキスト形式の証拠
【保全手順】
1. スクリーンショットを撮影(日時が表示されるよう設定を確認)
2. 個人のメールアドレスに転送(会社メールのみに保存しない)
3. 個人のクラウドストレージ(Google Drive等)にバックアップ
4. プリントアウトして保管(紙の証拠は削除されない)
口頭で言われた場合(最重要:即日対応が必要)
【保全手順】
1. 発言直後に「業務記録メモ」として記録する
- 日時:○年○月○日 ○時○分ごろ
- 場所:○○会社 ○○部長室
- 発言者:部長○○(氏名・役職)
- 発言の内容:「病院に行くのをやめろ」「次に診察に行ったら欠勤扱いにする」等、
できる限り正確な言葉で記録
- 自分の応答:「わかりました」と言ったか、何も言わなかったか等も記録
2. そのメモを自分宛にメール送信(タイムスタンプが残る)
3. 次回の同様の発言はボイスレコーダーで録音する
※ 自分が会話の当事者である場合、相手の同意なく録音しても違法にはなりません
診察記録・医師の記録
【保全手順】
1. 毎回の診察時に受診記録(受付票・領収書)を保管
2. 医師から「療養の要否・期間」が記載された書類を入手
3. カルテの開示請求権(医療法施行規則第1条の10の2)を活用し、
必要であればカルテの写しを取得
【ステップ3】医師に会社の妨害行為を告知し、カルテに記録させる
これは多くの被害者が見落とす重要なステップです。医師のカルテへの記録は、最も客観性が高い証拠のひとつです。
次の診察時に、医師に対して以下を伝えてください。
医師への伝達内容(そのまま使えるテンプレート):
「先生にご報告したいことがあります。
会社から『医師の診察に行くな』という指示を受けています。
具体的には[○月○日に○○から○○という言葉で言われました]。
この事実を診察記録(カルテ)に残していただくことは可能でしょうか。
労働基準監督署への申告を検討しており、医師の記録が重要な証拠になると
伺っています。」
多くの医師は、患者の訴えを「患者申告」としてカルテに記録することを受け入れてくれます。カルテには「患者は使用者から診察禁止の指示を受けている旨を申告」といった記録が残ります。これは、後日の労基署調査や裁判において、「会社が治療を妨害していた事実」を示す客観的証拠として機能します。
労働基準監督署への申告手順と伝え方
申告前に準備するもの
労基署への申告は、証拠が揃っていれば揃っているほど対応が早く・的確になります。以下を可能な限り準備した上で相談してください。
持参・準備するもの一覧:
【必ず用意するもの】
□ 労災の発生状況がわかる書類(事故報告書など)
□ 会社からの禁止指示の証拠(メールのプリントアウト、録音のコピー等)
□ 口頭指示の場合:自分が作成したメモ(日時・発言者・内容)
□ 現在の治療状況がわかる書類(診察受付票、領収書等)
【あれば強化される書類】
□ 医師の診断書(就労不能・療養の必要を明記したもの)
□ カルテに「会社の妨害申告」が記録されていることの確認(医師に相談)
□ 禁止指示を受けた後に治療継続を選んだ経緯のメモ
□ 労災保険の請求書(7号様式)の控え
労基署への申告の流れ
Step 1:管轄労基署に電話で一報を入れる
まず電話相談から始めます。「労災申請中に会社から医師診察を禁止されています」と端的に伝え、担当者の指示を仰ぎます。
管轄労基署は「○○県 労働基準監督署 所在地」で検索するか、労働基準監督署の一覧(厚生労働省ウェブサイト)から確認してください。
Step 2:来署して「申告書」を提出する
電話相談後は、証拠を持って直接来署します。窓口で「労基法104条に基づく申告をしたい」と伝えると、担当官が対応します。
申告書に記載すべき事項:
□ 申告者の氏名・住所・連絡先
□ 会社名・所在地・代表者氏名
□ 違反行為の具体的内容(日時・発言者・内容)
□ 根拠法令(労基法75条・76条・104条等)
□ 証拠の種類と状況(添付物)
□ 求める対応(是正指導・調査等)
Step 3:「申告人の秘密保持」を確認する
労基法104条1項は、申告者の秘密が守られることを規定しています。申告したことを会社に知らせないよう、担当官に明確に伝えてください。
「申告の事実および申告者の氏名を会社に開示しないよう求めます」と明示的に伝えることが重要です。
Step 4:申告後も状況を記録し続ける
申告後に会社が報復行為(降格・減給・解雇など)を行った場合、それ自体が新たな法律違反(労基法104条2項)となります。申告後の会社の言動も継続して記録してください。
会社への法的責任追及|内容証明から損害賠償請求まで
内容証明郵便で会社に「通知」を送る
会社の治療妨害行為に対し、正式な抗議と是正要求を行う手段として内容証明郵便があります。内容証明は「いつ・どのような内容の文書を送ったか」が公的に証明されるため、後の法的手続きにおいて重要な証拠になります。
内容証明に記載する事項:
1. 事実関係の明示
「○年○月○日、貴社○○(役職・氏名)から、
療養中の医師診察を禁止する旨の指示を受けました」
2. 法的根拠の明示
「当該行為は労働基準法第75条が定める療養権を侵害するものであり、
強行規定違反として法的効力を持ちません」
3. 是正要求
「直ちに上記禁止指示を撤回し、治療の継続を妨害しないよう求めます」
4. 損害賠償の予告
「今後も妨害行為が継続する場合、民事上の損害賠償請求を
検討することをお知らせします」
5. 回答期限の設定
「本書面到達後2週間以内に書面にてご回答ください」
内容証明郵便の作成は、弁護士や司法書士に依頼することを推奨します。費用はかかりますが、法的に正確な文書が作成でき、会社への抑止効果も高まります。
損害賠償請求の根拠と対象となる損害
会社の治療妨害行為が原因で損害が生じた場合、民事上の損害賠償請求が可能です。
請求根拠:
| 根拠 | 条文 | 内容 |
|---|---|---|
| 不法行為責任 | 民法709条 | 故意・過失による権利侵害への賠償 |
| 使用者責任 | 民法715条 | 従業員の行為による損害への使用者責任 |
| 債務不履行責任 | 民法415条 | 安全配慮義務違反(最高裁判例で認められた義務) |
請求対象となりうる損害の例:
✓ 治療費の実損(労災給付で補われなかった分)
✓ 治療の中断・遅延による症状悪化の損害
✓ 精神的苦痛に対する慰謝料
✓ 弁護士費用
✓ 妨害行為期間中に受け取れなかった休業補償相当額
損害賠償請求を進める際は、弁護士への相談が不可欠です。特に「治療妨害と症状悪化の因果関係」の立証は専門的知識が必要となります。
労働審判・民事訴訟という選択肢
会社との交渉が決裂した場合、または会社が無視を決め込む場合には、法的手続きに移行します。
労働審判(まず検討すべき手続き):
– 地方裁判所に申立てを行う
– 原則3回以内の期日で審判が下される迅速な手続き
– 労働問題専門の審判官が関与する
– 弁護士なしでも申立て可能だが、弁護士への依頼を強く推奨
民事訴訟(損害賠償請求):
– 損害額が大きい場合や、労働審判で解決しなかった場合に選択
– 判決には強制執行力がある
– 証拠の準備と弁護士への依頼が実質的に必須
相談先一覧|一人で抱え込まないために
| 相談先 | 対応内容 | 費用 | 連絡方法 |
|---|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 申告・是正指導・労災給付の相談 | 無料 | 電話・来署 |
| 都道府県労働局(総合労働相談コーナー) | 総合的な労働相談・あっせん | 無料 | 電話・来署 |
| 法テラス(日本司法支援センター) | 弁護士費用の立替・法律相談の紹介 | 収入要件あり・無料〜 | 0120-078-374 |
| 弁護士(労働問題専門) | 内容証明作成・損害賠償請求・代理交渉 | 有料(初回無料あり) | 各法律事務所 |
| 労働組合・ユニオン | 団体交渉・会社への申し入れ | 組合による | 地域ユニオンに問い合わせ |
| 社会保険労務士 | 労災申請手続きのサポート | 有料 | 都道府県社労士会 |
📌 迷ったらまず「労働基準監督署」か「法テラス」へ。 どちらも無料で相談できます。法テラスは電話で相談先を紹介してくれるため、「何から始めればいいかわからない」という段階でも対応してもらえます。
会社がよく使う「言い訳」への反論
会社が治療妨害を正当化しようとする際、よく使われる言い訳があります。それぞれへの法的な反論を確認しておきましょう。
「業務上の怪我ではないから労災ではない」という主張:
→ 業務上か否かの認定権限は労働基準監督署(行政機関)にあります。会社が「労災ではない」と主張しても、労災申請自体を妨害することはできません。申請は労働者の権利です。
「会社指定の医師に診てもらわなければならない」という主張:
→ 労災保険の療養給付は「労災指定医療機関」での受診が原則ですが、会社が特定の個人医師への受診を強制する根拠はありません。また、緊急の場合や指定医療機関が近くにない場合は他の医療機関でも受診できます。
「もう十分に治ったはずだ」という主張:
→ 治癒・症状固定の判断は医師が行うものです。会社が医学的根拠なく「治った」と判断し治療継続を禁止することは、医師の医学的判断を否定するものであり許されません。
「診察に行くなら有給を使え」という主張:
→ 業務上の負傷・疾病の療養のために休業する場合、休業補償(労基法76条)の対象となります。有給休暇の消化を強制することは、休業補償権の侵害にあたる可能性があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 会社に「診察禁止」と言われた後に診察を受けたら、何か不利益を受けますか?
受けません。療養権は強行規定であり、会社の禁止指示自体が違法です。もし診察を受けたことを理由に不利益な取扱い(降格・減給・解雇等)を受けた場合、それは新たな法律違反(労基法104条2項)となり、あなたはその行為を労基署に申告できます。
Q2. 録音は証拠として使えますか?合法ですか?
自分が会話の当事者(その場にいる当事者)として録音する場合、相手の同意なく行っても日本の法律上は違法ではありません(最高裁判例)。録音データは労基署への申告や裁判において証拠として提出できます。ただし、自分が当事者でない会話の無断録音(いわゆる盗聴)は違法ですのでご注意ください。
Q3. 労基署に申告したら会社にバレますか?
労働基準法104条1項により、申告者の秘密は守られます。労基署は申告者の氏名を会社に開示しないことが義務づけられています。ただし、申告内容によっては会社が「誰が申告したか」を推測できる場合もありますので、申告時に担当官に秘密保持の徹底を求めることを推奨します。
Q4. 会社が労災申請書類を提出してくれません。どうすればいいですか?
会社が「事業主証明」を拒否したり、労基署への提出を怠っている場合でも、労働者本人が直接労基署に申請することが可能です(会社経由でなく直接申請できる)。また、会社が申請書類の提出を拒否している事実自体を労基署に申告することもできます。
Q5. 労災申請中に会社を退職した(させられた)場合、療養権はなくなりますか?
なりません。労災保険の給付請求権は、雇用関係の終了後も継続します。退職後も療養給付・休業補償給付の請求は可能です。また、退職が治療妨害と関連している場合(治療を続けるなら辞めろ等)、不当解雇・強要として別途法的問題となります。
Q6. 弁護士費用が払えない場合でも対応できますか?
法テラスの「審査なし法律相談」または「立替払い制度」を活用してください。収入・資産が一定以下の場合、弁護士費用を法テラスが立て替え、分割払いで返済できる制度があります。また、労働問題専門の弁護士は「成功報酬型」(解決した場合のみ費用が発生)の事務所も多いため、初回無料相談で確認してください。
まとめ|あなたの療養権は必ず守られます
会社から治療を禁止されたとき、多くの労働者は「会社に言われたから仕方ない」「逆らうともっと悪くなるかも」と感じてしまいます。しかしその感覚は、会社側の違法な圧力によって生じるものです。
法律の立場は明確です。療養権は絶対的な権利であり、会社には一切制限する権限がありません。
今日からできる行動を、もう一度整理します。
✅ 今日:診察を継続する・証拠を保全する・医師に告知する
✅ 今週中:労基署に電話相談する
✅ 今月中:弁護士または法テラスに相談する・必要なら申告書を提出する
一人で抱え込まないでください。労基署・法テラス・弁護士は、あなたの味方です。まず一本の電話から始めてください。
本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別の法律相談に代わるものではありません。具体的な対応については、弁護士・社会保険労務士または労働基準監督署にご相談ください。

