「雇用契約書がないから、あなたはうちの従業員ではない」——そう言われ、突然解雇された方へ。これは違法である可能性が極めて高いです。日本の法律では、口頭だけでも雇用契約は成立します。「書面がない=雇用関係がない」という会社側の主張は法的に誤りであり、あなたには解雇無効の申し立てや未払い給与の請求を行う権利があります。この記事では、口頭契約の雇用関係を守るための法律知識と、今日から取れる具体的な行動を優先順位とともに順番に解説します。
雇用契約書がなくても雇用は成立する【法律の根拠】
口頭契約が有効とされる民法の原則
日本の民法では、契約は「当事者の意思が合致すれば成立する」と定められています(民法第627条)。これは雇用契約でも同じです。
たとえば、採用面接で「来週から週5日、時給1,200円で働いてください」「わかりました、よろしくお願いします」というやり取りがあれば、それだけで雇用契約は法律上成立しています。書面に署名・押印する行為は契約成立の「証拠を残す手続き」に過ぎず、書面がなければ契約が無効になるわけではありません。
口頭での採用通知に応じて実際に出勤し、業務を行い、給与を受け取っていた——この事実がある以上、雇用関係は確実に存在しています。会社が後から「契約書がないから関係ない」と言っても、法的にはまったく通用しない主張です。
書面がなくても違法にならない理由(労基法15条の誤解)
労働基準法第15条は「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定め、この明示は原則として書面で行わなければならないとされています。
しかしここで注意が必要です。この条文が定めているのは使用者の義務であり、書面を交付しなかった場合に罰せられるのは会社側です。書面がないことで「雇用契約が無効になる」とは一切書かれていません。
つまり、雇用契約書や労働条件通知書を交付していなかった会社は、労基法違反を犯している側であり、その違法状態を逆手に取って「書面がないから従業員ではない」と主張することは、法律の趣旨に真っ向から反します。
解雇に必要な「合理的理由」と予告義務
仮に雇用関係が認められたとしても、会社は自由に解雇できるわけではありません。
労働契約法第16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています。いわゆる解雇権濫用法理です。
さらに労働基準法第20条により、解雇する場合は原則として30日前までに予告しなければなりません。予告なしに即日解雇する場合は、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う義務があります。「契約書がないから今日付けで終わり」という一方的な通告は、この点でも明確に違法です。
今すぐ集めるべき「雇用の証拠」一覧
口頭契約の雇用を証明するうえで最大の課題は「証拠」です。書面契約がない分、雇用の実態を示す客観的な証拠を多角的に集める必要があります。解雇を告げられた直後から、以下の証拠を可能な限り速やかに確保してください。
金銭の流れを示す証拠
給与の授受は雇用関係の存在を示す最も強力な証拠です。
- 給与明細:これまで受け取ったものをすべて確保・複写してください。会社名・氏名・支給額・控除項目が記載されているものが理想です。
- 銀行口座の振込記録:通帳のコピーまたはネットバンキングの取引明細を保存してください。振込元の会社名が記録されていれば非常に有効です。
- 現金払いの場合:受取を証明するものが難しい場合でも、他の証拠と組み合わせることで補強できます。
勤務の実態を示す証拠
- タイムカード・打刻記録:可能であればコピーを取得してください。スマホで写真を撮るだけでも構いません。
- シフト表:自分の名前が記載されたシフト表は雇用の実態を示す有力な証拠です。
- 出勤簿への署名記録:出勤簿に自署がある場合は記録を残してください。
- 勤務日誌・自作メモ:記憶がある範囲で「〇〇年〇月〇日から△△職で勤務開始」と記録を作成してください。後から追加するより今すぐ記録することが重要です。
業務上のやり取りを示す証拠
- メール・チャットの指示記録:上司からの業務指示メール、LINEやSlackのメッセージは証拠として非常に有効です。スクリーンショットを撮って保存してください。
- 社内連絡・回覧の受領記録:会社名義の連絡事項に自分の名前が含まれているものを保存してください。
- 名刺・社員証・入館証:会社名・氏名が記載された身分証明は雇用関係の強い証拠になります。
社会保険・雇用保険の加入記録
- 健康保険証:会社が社会保険に加入させていた場合、保険証の存在は雇用事実の確実な証明になります。
- 雇用保険被保険者証:ハローワークで「雇用保険被保険者資格取得等確認通知書」を確認することもできます。
- 年金記録(ねんきんネット):厚生年金の加入記録は雇用事実を裏付けます。日本年金機構の「ねんきんネット」で確認してください。
同僚・第三者の証言
一緒に働いていた同僚が「一緒に業務をしていた」と証言してくれる場合は、氏名・連絡先を記録しておいてください。取引先や顧客とのやり取りがある場合も、業務従事の証拠になります。
解雇を告げられた直後の対応手順(3日以内)
解雇を告げられた直後の行動が、後の交渉や申告の結果を大きく左右します。以下の手順を優先順位の高い順に実行してください。
解雇の事実を書面で残す
口頭で解雇を告げられた場合、その事実を記録に残すことが最初のステップです。
今すぐできるアクション:
1. 解雇を告げられた日時・場所・言葉の内容・立会人の有無をその日のうちにメモに書き留める
2. 会社の担当者(上司・人事)に対して、メールで次のような文書を送付する
件名:本日の解雇通知に関する確認のお願い
〇〇部長
本日(〇月〇日)、口頭にて「雇用契約書がないため今日付けで雇用を終了する」
旨のご連絡を受けました。
つきましては、解雇の理由および解雇予告手当の取り扱いについて、
書面にてご回答いただけますでしょうか。
労働基準法第22条に基づき、解雇理由証明書の交付もあわせてお願いいたします。
〇〇(氏名)
このメール送付により、①解雇事実の記録、②会社の対応姿勢の確認、③後の申告における証拠作成、の3つが同時に達成できます。
解雇理由証明書を請求する
労働基準法第22条は、解雇された労働者が解雇理由証明書の交付を求めた場合、会社は遅滞なく交付しなければならないと義務付けています。この書類は後の手続きで非常に重要になりますので、必ず請求してください。
会社が「書面は出さない」「契約書がないから関係ない」と拒否した場合でも、その拒否事実自体が会社側に不利な状況を作ります。
給与・解雇予告手当の請求権を確認する
解雇告知時点で未払いの給与がある場合、それは解雇の有効・無効に関わらず支払い義務があります。また、30日前の予告なしに即日解雇された場合、解雇予告手当(30日分以上の平均賃金)を請求できます。
これらの金銭請求権は解雇から2年間(未払い賃金の場合は3年間)の時効がありますが、早期に動くほど有利です。
労働基準監督署への申告手順
証拠が揃ったら、または証拠収集と並行して、労働基準監督署(労基署)へ相談・申告を行いましょう。
相談前の準備
労基署への相談前に、以下の書類・情報を整理しておくと手続きがスムーズです。
- 雇用開始日・終了日(解雇日)
- 業務内容・勤務場所・勤務時間
- 給与額(月給・時給・日給)と支払い方法
- 解雇を告げられた状況のメモ
- 収集できた証拠一覧(給与明細・通帳・メール等)
- 会社の正式名称・所在地・代表者名
労基署への申告ステップ
Step 1:管轄の労基署に電話で予約する
会社の所在地を管轄する労働基準監督署に電話し、「不当解雇および給与未払いの相談をしたい」と伝えて予約を入れてください。「総合労働相談コーナー(都道府県労働局内)」を最初の窓口にすることもできます。
Step 2:初回相談で状況を説明する
担当の監督官または相談員に、時系列で状況を説明してください。この段階では「申告」ではなく「相談」として臨むことで、必要な書類や追加証拠についてアドバイスを受けられます。
Step 3:申告書を提出する
相談の結果、会社に是正を求めたい場合は「申告書」を提出します。労基署は申告を受けた場合、会社に対して調査・是正勧告を行う権限を持っています。
Step 4:是正勧告後の対応を確認する
会社が是正勧告に応じて解雇予告手当や未払い給与を支払った場合は解決です。応じない場合は、後述の法的手続きに移行します。
解雇の有効性そのものを争う場合の選択肢
「解雇を無効にして職場に戻りたい」「地位確認と未払い賃金をまとめて請求したい」という場合は、労基署での申告に加えて以下の手続きも視野に入れてください。
都道府県労働委員会・労働局のあっせん制度
費用がかからず、比較的短期間で和解を目指せる手続きです。弁護士なしでも利用できます。
労働審判(地方裁判所)
原則3回以内の審理で解決を目指す手続きです。弁護士への依頼が望ましいですが、本人申立ても可能です。解雇の有効性や未払い賃金を一括して争えます。
通常訴訟(地位確認請求)
解雇無効・地位確認・バックペイ(解雇日以降の賃金相当額)の支払いを求める訴訟です。時間・費用がかかりますが、最も強力な手段です。
給与請求の具体的な手順と書式
内容証明郵便による未払い給与請求
会社に対して未払い給与の支払いを求める場合、内容証明郵便を使用することで「いつ・誰が・何を請求したか」を公的に記録できます。
内容証明の記載事項:
1. 差出人(あなた)の氏名・住所
2. 受取人(会社)の名称・住所
3. 雇用期間・業務内容・給与額の記載
4. 未払い金額と内訳(〇月〇日分の賃金〇円、解雇予告手当〇円等)
5. 支払い期限(通常は「本書到達後〇日以内」と設定)
6. 振込先口座情報
内容証明郵便は郵便局の窓口またはインターネットの「e内容証明」サービスから送付できます。
小額訴訟の活用
請求額が60万円以下の場合、少額訴訟(地方裁判所)を活用できます。原則として1回の審理で判決が出るため、迅速に解決できます。弁護士なしでも申立てが可能で、裁判所の書記官室で手続きの説明を受けることができます。
申告・交渉を有利に進めるための実務ポイント
証拠は「複数の種類」を組み合わせる
1種類の証拠だけでは不十分な場合があります。金銭記録・勤務記録・業務上のやり取り・社会保険記録、これら複数の証拠が揃えば揃うほど、雇用事実の認定は確実になります。
会社との連絡はすべてメールまたは書面で行う
解雇後の会社とのやり取りは、口頭でなくメールや書面で残してください。電話で話す必要がある場合は、通話内容をメモし、後からメールで内容を確認する文書を送付しておくと安全です。
時効に注意する
| 請求の種類 | 時効 |
|---|---|
| 賃金・解雇予告手当の請求 | 退職から3年(2020年民法改正後) |
| 不当解雇の地位確認請求 | 特段の制限なし(ただし早期行動が原則) |
| 雇用保険の受給 | 離職から1年以内に申請 |
解雇を告げられたら、できる限り早く行動を開始することが重要です。
労働組合・支援団体の活用
一人での交渉が難しい場合、個人加盟の労働組合(地域ユニオン)に加入する方法があります。ユニオンに加入すれば、会社に対して団体交渉を申し入れることができ、会社は正当な理由なくこれを拒否できません。弁護士費用をかけずに交渉力を高める有効な手段です。
相談先・支援機関の一覧
| 機関 | 連絡先・方法 | 対応内容 |
|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 各都道府県に設置・電話予約 | 解雇手続き違反・未払い賃金の申告 |
| 総合労働相談コーナー | 都道府県労働局内・0120-811-610 | 初回相談・あっせん手続き |
| ハローワーク | 全国各地・来所 | 雇用保険の受給・加入記録の確認 |
| 法テラス(日本司法支援センター) | 0570-078374 | 弁護士費用立替え・無料相談 |
| 地域ユニオン | 各地の合同労組 | 団体交渉・交渉サポート |
| 弁護士(労働専門) | 法テラス・弁護士会相談 | 労働審判・訴訟の代理 |
よくある質問
Q1. 給与は現金で手渡しされていたため振込記録がありません。雇用を証明できますか?
現金払いの場合でも、タイムカード・シフト表・業務メール・同僚の証言・社会保険の加入記録など、他の証拠を組み合わせることで雇用事実を証明することは十分可能です。「振込記録がない=証明できない」ではありません。複数の証拠を揃えることを最優先にしてください。
Q2. 試用期間中でも解雇予告手当の請求はできますか?
試用期間中であっても、採用後14日を超えて勤務している場合は、労働基準法第20条の解雇予告規定が適用されます。14日以内であれば予告なし解雇が認められますが、それ以降は30日前の予告または解雇予告手当の支払いが必要です。試用期間中だからといって権利がなくなるわけではありません。
Q3. 会社が「業務委託契約だった」と言い張っています。どうすればいいですか?
形式上「業務委託」と呼ばれていても、実態が指揮命令下での労働であれば、労働者として保護されます。これを「偽装請負」といいます。会社から仕事の内容・時間・場所を指定されていた、会社の設備・ツールを使用していた、他社の仕事を自由に受けられなかった、といった事実があれば、労働者性が認められる可能性があります。労基署または弁護士に相談し、実態に基づく判断を求めてください。
Q4. 雇用保険に入っていなかった場合、失業給付は受けられませんか?
会社が雇用保険に加入させていなかった場合でも、雇用保険の加入要件(週20時間以上・31日以上の雇用見込み)を満たしていれば、ハローワークに申告することで過去2年間にさかのぼって加入手続きが可能です。この場合、会社には保険料の追徴が行われますが、あなたの受給権は保護されます。
Q5. 解雇されたのが1ヶ月前ですが、今から申告できますか?
はい、申告できます。賃金請求権の時効は退職から3年ですし、解雇予告手当の請求も同様です。1ヶ月程度であれば時効の問題は生じません。ただし、時間が経つほど証拠が散逸しやすく、記憶も薄れるため、今すぐ行動を開始することを強くお勧めします。
まとめ:口頭契約の解雇に対して今日取るべき3つの行動
口頭契約での雇用は、日本の法律のもとで確実に保護されます。「契約書がない」という会社側の主張は法的根拠を持たず、予告なし解雇・未払い給与はいずれも違法となりえます。
今日すぐに取るべき3つの行動をまとめます。
-
証拠を確保する:給与明細・通帳記録・業務メール・タイムカードのコピーを今すぐ手元に集めてください。会社から持ち出せる書類は今が最後のチャンスです。
-
解雇の事実をメールで会社に確認する:「解雇理由証明書の交付を求める」メールを会社に送り、記録を残してください。
-
労基署または総合労働相談コーナーに今週中に相談する:電話一本から始められます。相談は無料であり、あなたの権利を守るための専門的なアドバイスが受けられます。
一人で抱え込まず、専門機関を積極的に活用することが、早期解決への最短ルートです。

