営業の移動時間は労働時間?帰路も含めた残業代請求方法

営業の移動時間は労働時間?帰路も含めた残業代請求方法 未払い残業代

毎朝会社を出発して営業先を回っているのに、「帰社時間はカウントしない」と言われ、帰路の移動時間だけ給与に含まれない——そんな扱いを受けていませんか?実はこの慣行、法的に問題がある可能性が高く、未払い残業代を請求できるケースが多数あります。

本記事では、営業職の移動時間(特に帰路)の労働性を判断する法的基準から、証拠収集・計算方法・請求手順まで、実際に行動できるよう具体的に解説します。「言われるがままになっていた」という方も、今日から対処できます。


移動時間が「労働時間」かどうかを決める法的基準

労働基準法が定める「労働時間」の本質

労働時間を規定するのは労働基準法第32条(使用者は労働者を週40時間・1日8時間を超えて働かせてはならない)であり、それを超えた分には同第37条に基づく割増賃金(残業代)が発生します。

ただし、「どこからどこまでが労働時間か」について、法律は明文で定義していません。この点に関して最高裁は、「使用者の指揮命令下に置かれている時間を労働時間とする」という基準を確立しています(三菱重工業長崎造船所事件・最高裁1994年9月22日判決)。

この「指揮命令下」という基準をそのまま営業職の移動時間に当てはめると、次のような結論が導かれます。

状況 指揮命令下か 労働時間性
会社が指定した営業先へ向かう往路移動 ◎ 高い 認められやすい
営業先間の移動(外回り中) ◎ 高い 認められやすい
最終訪問先から帰社するための帰路移動 ○ 十分あり 認められやすい
帰社後に直帰を命じられた場合の帰宅移動 △ 状況次第 判断が分かれる

往路移動が労働時間と認定される5つの要件

裁判例・行政解釈を総合すると、以下の要素が揃うほど往路移動の労働時間性は高まります。

① 出発地点・出発時刻が会社に指定されている

「9時に本社集合」「9時30分に○○駅改札集合」など、会社が出発地と時刻を定めている場合は、その時点から指揮命令下に入っていると評価されます。

② 訪問先・訪問ルートが会社の指示に基づいている

上司から「今日は△△社→□□社→××社の順に回れ」と指示されている場合、移動経路そのものが業務命令の一部です。

③ 移動中に業務遂行が求められている

移動中にメール確認・電話対応・資料確認などを求められていれば、より強く労働時間と認定されます。ただし、これがなくても移動自体が労働時間になり得ます。

④ 移動手段が会社に指定・制限されている

「公共交通機関を使うこと」「社用車で行くこと」など、手段を会社が定めている場合は自由度が制限されており、指揮命令下の度合いが高まります。

⑤ 帰社(報告)義務がある

「戻ったら日報を出せ」「帰社後にミーティングがある」など、帰社が業務上の義務として課されている場合、帰路移動も当然に指揮命令下の行動と判断されます。


「帰路はカウントしない」が認められにくい法的理由

会社は「帰り道は自由に使える時間だから労働時間ではない」と主張することがありますが、この論理には重大な欠陥があります。

往路と帰路を区別できない理由を整理すると、次のとおりです。

【会社の主張】帰路は「自由移動」だから労働時間外

【法的反論①】帰社そのものが業務命令
  → 「直行直帰」が許可されていない限り、帰社は命令に基づく行動

【法的反論②】帰社後に報告・事務処理がある
  → 帰路は報告業務への連続した行動であり、業務の一部

【法的反論③】往路と帰路で指揮命令の性質は変わらない
  → 「行きは仕事、帰りは自由」とする合理的根拠がない

【法的反論④】移動ルートの選択肢は限られている
  → 会社から遠い営業先から帰るルートは事実上決まっており、「自由」とは言えない

この点について、東京地裁2008年1月25日判決(日本マクドナルド事件)は、営業職の移動時間全般(往路・帰路を含む)について、目的地の指定と出発時刻の拘束がある限り、労働時間と認定すべき旨を示しています。また、仙台高裁2012年の判決では、帰路移動について「使用者の支配下から解放されたとは言えない」として労働時間性を肯定しています。


今すぐ始める証拠収集の手順

なぜ「今すぐ」でなければならないのか

未払い残業代請求には時効があります。

  • 2020年4月以前に発生した賃金債権:時効2年
  • 2020年4月以降に発生した賃金債権:時効3年(当面の間)

時効は毎月の賃金支払日から起算されます。つまり、今この瞬間も過去の請求権が少しずつ消えていっています。証拠も時間が経つほど入手しにくくなります。今日中に、以下の証拠収集を開始してください。


必ず確保すべき証拠一覧

勤怠・時間に関する証拠

□ タイムカード・打刻記録のコピーまたは写真撮影
  → 出社・退社時刻だけでなく、外出・帰社打刻があるか確認

□ 営業日報・訪問先記録のコピー
  → 「何時に○○社に到着」「何時に出発」が記録されていれば有力な証拠

□ スケジュール管理アプリ・グループウェアのスクリーンショット
  → Googleカレンダー、kintone、Salesforceなどの訪問記録を保存

□ 社用携帯・スマホのGPSログ(移動記録)
  → 位置情報履歴が残っている場合は証拠として非常に有力

給与・賃金に関する証拠

□ 給与明細(直近3年分)のコピー・写真
  → 「移動手当」「交通費」などの項目と基本給・残業代の内訳を確認

□ 雇用契約書・労働条件通知書
  → 「移動時間は労働時間に含まない」という記載がないか確認
  → そのような記載があっても、法的に無効な場合があります

□ 就業規則(特に「労働時間の定義」の章)
  → 会社内に掲示されているものを写真で撮影

会社の指示を示す証拠

□ 上司からの指示メール・チャット(LINE、Slack、Teams等)のスクリーンショット
  → 「今日は○時に○○社へ」「帰社後に報告して」など

□ 営業ルート・訪問先の指示書・資料
  → 会社が訪問先を指定していたことを示す

□ 「帰路はカウントしない」と言われた証拠
  → 口頭で言われた場合は、録音・または後日確認メールを送る
  (例:「先日おっしゃっていた帰社後の移動時間の取り扱いについて確認させてください」)

証拠収集で注意すること

自分のスマホで写真を撮ること自体は基本的に合法ですが、以下の点に気をつけてください。

  • 第三者のプライバシー情報(他の社員の個人情報など)が映り込む場合は注意が必要
  • 会社のシステムからデータをダウンロードする行為は就業規則違反になる可能性があるため、印刷物のコピーや画面の写真撮影にとどめる
  • 録音については一方が当事者である場合(あなた自身が会話に参加している場合)は適法です

未払い残業代の計算方法

基本となる計算式

未払い残業代の計算には、次の式を使います。

未払い残業代(1時間あたり)
= 基礎時給 × 割増率(1.25倍以上) × 未払い時間数

基礎時給の計算式:
月給 ÷ 月所定労働時間数
(例:月給25万円、月所定160時間の場合 → 250,000 ÷ 160 = 1,562.5円)

割増率は以下のとおりです。

残業の種類 割増率
法定時間外労働(1日8時間超) 1.25倍以上
法定休日労働 1.35倍以上
深夜労働(22時〜5時) 0.25倍加算
月60時間超の時間外労働 1.50倍以上(大企業は即時、中小企業は2023年4月〜)

移動時間の未払い残業代を具体的に計算する

【計算例】

  • 月給:30万円(固定残業代なし)
  • 月所定労働時間:160時間
  • 基礎時給:300,000 ÷ 160 = 1,875円
  • 帰路移動時間(カウントされていなかった分):平均1.5時間/日
  • 稼働日数:月20日
  • 1ヶ月あたりの未計上時間:1.5時間 × 20日 = 30時間
1ヶ月の未払い残業代
= 1,875円 × 1.25 × 30時間
= 1,875 × 1.25 × 30
= 70,312円

2年分の未払い総額(概算)
= 70,312円 × 24ヶ月
= 約168万円

3年分(2020年4月以降分)の場合
= 70,312円 × 36ヶ月
= 約253万円

この計算はあくまで概算です。実際には「固定残業代がある場合の控除」「みなし労働時間制が適用されているか」など、個別の事情によって金額が変わります。労働基準監督署や弁護士への相談時に、具体的な計算を確認してください。


注意が必要な「みなし労働時間制」

営業職では「事業場外みなし労働時間制」(労働基準法第38条の2)が適用されているケースがあります。これは、「外出中は労働時間を把握できないため、あらかじめ決めた時間を働いたものとみなす」制度です。

ただし、この制度が適法に運用されているためには次の条件が必要です。

【みなし労働時間制が有効に機能する要件】
① 労働者が事業場外で業務を行っていること
② 労働時間の算定が困難であること
③ 労使協定または就業規則で「みなし時間」が定められていること

【みなし制が無効になるケース】
・スマホやGPSで常に居場所・活動が把握されている
・上司がリアルタイムで指示を出している
・帰社後に打刻が義務付けられている

もし会社が「みなし労働時間制だから残業代は出ない」と言っている場合でも、上記の要件を満たしていなければその主張は認められません


未払い残業代の請求手順

まず社内で請求する(任意交渉)

いきなり外部機関に申告する前に、まず社内での請求を試みることが一般的です。ただし、ハラスメントが予想される、または既に交渉が決裂している場合はスキップして外部機関への相談に進んでもかまいません。

手順:

  1. 上司または人事部門に口頭で申し入れる(この段階で録音することを推奨)
  2. 書面(内容証明郵便)で請求書を送付する
  3. 内容証明は「言った・言わない」を防ぎ、時効の完成猶予(催告)の効果もある
  4. 請求書には「移動時間を労働時間として算定し、未払い残業代を支払うよう求める」旨を明記

内容証明郵便の基本構成

【未払い賃金請求書】

令和○年○月○日

○○株式会社
代表取締役 ○○○○ 殿

(送付者)
○○県○○市○○町○-○-○
○○ ○○(氏名)

拝啓 私は、貴社の営業職として勤務している○○と申します。
以下の通り、未払い賃金の支払いを請求いたします。

【請求の根拠】
私は毎日、会社の指示に基づき営業先への往路・帰路の移動を行っています。
この移動は、使用者の指揮命令下にある行動であり、
労働基準法第32条に定める「労働時間」に該当します。
しかしながら、貴社は帰路移動時間を労働時間に算入しておらず、
労働基準法第37条に基づく割増賃金が未払いとなっています。

【請求金額】
令和○年○月分〜令和○年○月分
未払い残業代 合計 ○○○,○○○円

本書面到達後2週間以内に、上記金額をご入金くださいますよう
請求申し上げます。

                              以上

社内交渉が決裂したら:外部機関への申告・申し立て

社内での解決が難しい場合は、以下の外部機関を活用します。

労働基準監督署への申告

特徴: 無料・匿名申告可・行政機関が会社を調査・指導する

手順:

① 最寄りの労働基準監督署を確認
  → 都道府県労働局ウェブサイトまたは「労基署 ○○市」で検索

② 申告書を持参または郵送
  → 「労働基準法違反申告書」に事実関係を記載し、証拠のコピーを添付

③ 監督官による調査
  → 会社に是正勧告が出される場合がある

④ 是正がなければ刑事告訴も可能
  → 労基法違反は刑事罰の対象(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)

注意点: 労基署はあくまで「行政指導」であり、未払い金を直接回収してくれるわけではありません。民事的な回収には次のステップが必要です。


労働審判(地方裁判所)

特徴: 迅速(原則3回以内の期日で解決)・費用が比較的安い・強制力がある

手順:

① 申立書を地方裁判所に提出
  → 「労働審判申立書」に請求の趣旨・原因を記載

② 第1回期日(申立から約40日以内)
  → 審判官1名+労働審判員2名の合議体

③ 調停成立 or 審判
  → 調停が成立すれば和解として終了
  → 成立しない場合は審判が下され、2週間以内に異議がなければ確定

④ 強制執行
  → 相手方が支払わない場合は財産の差し押さえが可能

少額訴訟・通常訴訟

種類 対象金額 特徴
少額訴訟 60万円以下 1回の期日で判決、費用安い
通常訴訟 制限なし 時間がかかるが高額請求に対応

付加金請求を忘れずに

未払い残業代を請求する際には、付加金も同時に請求できます。

付加金とは: 裁判所が命じる場合に、未払い残業代と同額以下の額を会社にさらに支払わせるペナルティです(労働基準法第114条)。

例:未払い残業代が200万円の場合
→ 最大で200万円の付加金が加わり、合計400万円の支払い命令が出る可能性がある

付加金は裁判(訴訟・労働審判)でのみ請求可能です。労基署への申告では請求できません。


相談窓口と弁護士費用の目安

無料で使える相談窓口

窓口 連絡先 特徴
総合労働相談コーナー 各都道府県労働局内 無料・予約不要・全国設置
労働基準監督署 全国各地 申告・相談無料
法テラス(日本司法支援センター) 0570-078374 収入要件あり、弁護士費用の立替制度あり
弁護士会の法律相談 各都道府県弁護士会 初回30分無料または5,500円程度
社会保険労務士(SR)の労働相談 各都道府県SR会 無料相談窓口を設けているところも多い

弁護士に依頼した場合の費用目安

多くの労働問題専門弁護士は、「完全成功報酬型」または「着手金+成功報酬型」を採用しています。

【一般的な費用目安】
着手金:0〜10万円程度(成功報酬型の場合は無料)
成功報酬:回収額の15〜30%程度
実費(印紙代・郵送費等):別途数千円〜数万円

【例】100万円を回収した場合(成功報酬20%の場合)
→ 弁護士費用:20万円
→ 手元に残る金額:80万円

相談前に「成功報酬の計算方法」「着手金の有無」を必ず確認してください。


会社の報復(解雇・嫌がらせ)への対処法

未払い残業代を請求すると、会社が報復的な対応をとる場合があります。しかし、労働基準法第104条は、労基署への申告を理由とした解雇・不利益取り扱いを明確に禁止しています。

もし報復があった場合:

① 報復行為を記録・証拠化(日時・内容・発言者を記録)
② 労働基準監督署に「不利益取り扱い」として申告
③ 弁護士に相談し、不当解雇・ハラスメントとしての追加請求を検討

また、労働組合に加入することも有効な防衛手段です。一人で加入できる「合同労組(ユニオン)」は全国各地にあり、会社との団体交渉を代行してもらえます。


よくある質問(FAQ)

Q1. 「みなし労働時間制だから移動時間は関係ない」と言われました。本当に請求できないのですか?

みなし労働時間制は、一定の要件を満たす場合にのみ有効です。スマートフォンやGPSで行動が管理されていたり、上司がリアルタイムで指示を出していたりする場合、みなし制の要件を満たさないと判断される可能性があります。「みなし制を適用していると言われた」だけで諦めず、実態を専門家に確認してもらうことをお勧めします。

Q2. 雇用契約書に「移動時間は労働時間に含まない」と書いてありました。請求できますか?

労働基準法に反する労働契約の条件は、その部分が無効となります(労働基準法第13条)。たとえ契約書に記載があっても、実態として指揮命令下の移動であれば、労働時間として認められる可能性があります。この点は弁護士か労働基準監督署に確認することを強くお勧めします。

Q3. 退職後でも請求できますか?

はい、請求できます。退職後も時効(2020年4月以降発生分は3年)が経過していなければ、未払い残業代を請求する権利は有効です。退職後の方が会社との関係を気にせず請求しやすい面もあります。

Q4. 証拠がほとんど手元にない場合でも請求できますか?

証拠が少ない状態でも、弁護士や労働審判を通じて会社に証拠開示を求める(文書提出命令など)ことが可能です。また、スマートフォンの移動履歴、クレジットカードの交通費明細、メールのタイムスタンプなども補足証拠として活用できます。まずは手元にあるものを整理して専門家に相談してください。

Q5. 帰路だけでなく、訪問先間の移動時間もカウントされていません。これも請求できますか?

はい、同様の論理で請求できます。会社の指示に基づいて訪問先間を移動している時間は、往路・帰路と同じく「指揮命令下の移動」であり、労働時間として認定される可能性が高いです。計算の際は訪問先間の移動時間も含めて試算することをお勧めします。

Q6. 会社が「移動は自由な時間だから休憩扱いだ」と主張しています。

「休憩時間」として扱うためには、その時間が完全に労働者の自由に使える時間でなければなりません(労働基準法第34条)。会社が指定した移動先へ向かっている時間や、帰社義務がある中での帰路移動は、自由に使える時間ではなく「休憩」には該当しません。この主張は法的に認められにくいと言えます。


まとめ:今日から動ける3つのアクション

「帰社時間はカウントしない」という会社の慣行は、法的根拠を欠く可能性が高く、往路・帰路を含む移動時間全体が労働時間として認められるケースは多数存在します。

今日から始める3ステップ:

【Step 1】証拠を集める(今日中)
→ タイムカード・日報・メール・スマホの移動履歴を保存

【Step 2】金額を概算する(今週中)
→ 基礎時給 × 1.25 × 未計上時間数 × 月数で概算を出す

【Step 3】専門家に相談する(今月中)
→ 労働基準監督署または弁護士の無料相談を予約する

時効は今この瞬間も進んでいます。「自分の場合はどうなのか」を確認するだけでも、専門家への相談には大きな意味があります。一人で抱え込まず、今日から動き出してください。


本記事の情報は執筆時点(2025年)の法令・判例に基づいています。個別の事情によって判断が異なる場合がありますので、具体的な対応については必ず専門家(弁護士・社会保険労務士・労働基準監督署)にご相談ください。

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