「会社から『返却物を返すまで給与を払わない』と言われた」「退職したのに振込口座を凍結すると脅された」——そんな状況に直面している方は、今すぐ読み進めてください。
結論から言います。これは違法行為です。
返却物の有無に関係なく、会社はあなたに給与・退職金を支払う法的義務を負っています。焦りや怒りを感じていても、正しい手順を踏めば必ず回収できます。この記事では、法的根拠から証拠収集・請求書の書き方・行政機関への申告まで、今日から実行できる手順をすべて解説します。
「返却物があるから給与を払えない」は違法行為です
まず最初に押さえておくべき事実があります。「返却物」と「給与・退職金の支払い」は、法律上まったく別の問題です。会社がこの2つを結びつけて支払いを拒むのは、労働基準法の複数の条文に違反するれっきとした違法行為です。
「でも会社がそう言っているんだから…」と躊躇する必要はありません。会社の担当者が法律を知らないケースも多く、指摘することで即日解決するケースも珍しくありません。
なぜ違法なのか?3つの根拠法令を確認する
① 労働基準法24条(全額払いの原則)
労働基準法24条1項は、賃金支払いの5原則を定めています。そのひとつが「全額払いの原則」です。
「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」
ここで重要なのは「全額」という文言です。会社が返却物を理由に一部でも差し引いたり、支払いそのものを保留したりすることは、この全額払いの原則に真っ向から違反します。控除が許されるのは、法律に定めがある場合(所得税・社会保険料など)と、労使協定に基づく場合のみです。「返却物がない」は、どちらにも該当しません。
② 労働基準法17条(前借金との相殺禁止)
労働基準法17条は次のように定めています。
「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」
この条文の趣旨は広く解釈されており、会社が主張する「返却物の弁償費用」「備品の損害賠償」を給与から一方的に差し引くことも、この規定の精神に反します。会社が本当に損害賠償を請求したいのであれば、給与支払いとは完全に分けて、別の民事手続きによって行う必要があります。
③ 労働基準法23条・25条(支払い義務と期日のルール)
労働基準法24条2項は、賃金を「毎月1回以上、一定の期日」に支払うよう義務付けています。退職した場合でも、この原則は変わりません。さらに労働基準法23条は、退職者が請求した場合に会社が「7日以内」に金品を返還する義務を定めています。
まとめると、以下の表のとおりです。
| 行為 | 根拠法令 | 違反内容 |
|---|---|---|
| 給与の支払い遅延・保留 | 労働基準法24条・23条 | 全額払い・期日払い義務の違反 |
| 返却物を理由とした差し引き | 労働基準法17条・24条 | 相殺禁止・不当控除の禁止 |
| 退職金の支払い拒否 | 就業規則・労働基準法24条 | 退職金も「賃金」に該当する場合は全額払い義務 |
「返却物を返さなければ損害賠償請求する」という脅しも根拠がない
会社から「返却物を返さないなら損害賠償を請求する」と言われた方も多いかもしれません。しかし、仮に会社に損害賠償請求権が発生したとしても、それはあなたの給与・退職金とは別の請求権です。
会社がその損害賠償を給与から引くためには、あなた自身の書面による同意が必要であり(それも要件が厳しい)、一方的に相殺することは法律上できません。「払いたくないから脅している」というケースが非常に多いのが実態です。
まず確認すべきこと:あなたの状況を整理する
感情的にならず、冷静に手順を踏むことが最短で解決につながります。行動を起こす前に、以下の点を確認・整理しておきましょう。
給与・退職金の未払い状況を記録する
まず手元にある書類や記録をすべてまとめます。
- 雇用契約書・労働条件通知書:雇用形態・給与額・支払い日・退職金規程の有無を確認
- 就業規則・退職金規程:退職金の支給条件・支払い期日を確認(会社の義務として明記されているか)
- 給与明細(過去数ヶ月分):毎月の給与額の基準となる
- 退職届・退職合意書のコピー:退職日が確定していることの証明
- 会社から受け取った文書・メール・LINE:「払わない」「凍結する」などの発言や通知はすべて保存
特に、会社側が「返却物を返すまで払わない」と伝えたメッセージ・メール・録音があれば、それは決定的な証拠になります。
未払い金額を計算しておく
請求する際は、具体的な金額を明示できるようにしておきます。
- 未払い給与:日割り計算が必要な場合は「月給 ÷ 所定労働日数 × 未払い日数」で算出
- 退職金:就業規則の退職金規程に基づき算出
- 未払い残業代:発生している場合は別途計算(タイムカードのコピーなどを確保)
証拠収集:今すぐ行動すべき5つのこと
法的手続きを進める上で、証拠の有無が結果を大きく左右します。退職直後のこの時期に、取れる証拠はすべて取っておきましょう。
会社からのメッセージ・連絡をすべてスクリーンショットで保存する
メール、LINE、Chatwork、Slack、SMSなど、あらゆる連絡ツールの内容を保存します。「返却物を返さないと振り込まない」「口座を止める」などの発言は、後の労働基準監督署への申告や訴訟において直接的な証拠になります。
✅ 今すぐできるアクション:スマートフォンの画面録画機能やスクリーンショットで保存し、クラウドやメールに転送してバックアップを取る
電話・口頭でのやり取りを録音する
会社の担当者と電話や対面で話す際は、スマートフォンで録音しておきましょう。自分が参加している会話の録音は、日本の法律上問題ありません(いわゆる「一方的録音」は合法です)。
✅ 今すぐできるアクション:録音アプリをインストールしておき、会社から電話がくる前に準備しておく
給与振込履歴・通帳記録を保存する
過去の給与が振り込まれた通帳の記録をコピーまたは写真で保存します。今回の未払いが「通常とは異なる異常な状態」であることを示す証拠になります。
返却物に関する記録を残す
返却物が何であるかを会社から書面で確認しておくことも重要です。「何を返せばよいか」を明確にするだけでなく、「返却物がないから払わない」という主張の根拠が曖昧であることを露わにする効果もあります。
✅ 今すぐできるアクション:会社に「返却が必要なものをリストアップして書面(メール)で送ってほしい」と伝える
就業規則・退職金規程を取得する
就業規則の閲覧は、在職中・退職後を問わず労働者の権利です(労働基準法106条)。退職金規程が退職金の支払い義務と条件を明記していれば、強力な請求根拠になります。
内容証明郵便による給与支払い請求:書き方と送り方
証拠が揃ったら、次は会社に対して書面で正式に支払いを請求します。この段階では内容証明郵便を使うことが最重要です。内容証明郵便は「いつ・誰が・誰に・どんな内容を送ったか」が郵便局によって証明される公的な書類で、法的手続きにおいて強力な証拠力を持ちます。
内容証明郵便の書き方
以下のテンプレートを参考に作成してください。
内容証明郵便
令和○年○月○日
〒○○○-○○○○
○○県○○市○○町○丁目○番○号
○○株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
〒○○○-○○○○
(あなたの住所)
(あなたの氏名)
件名:未払い給与・退職金の支払い請求書
第1 請求の趣旨
私は、令和○年○月○日をもって貴社を退職いたしました。
しかしながら、本日現在、以下の金員が支払われておりません。
① 令和○年○月分給与(○月○日〜○月○日分):金○○,○○○円
② 退職金:金○○○,○○○円
合計:金○○○,○○○円
第2 請求の根拠
貴社は「会社備品の返却がないため支払えない」旨を通知してまいりましたが、
労働基準法第24条(全額払いの原則)および第17条(相殺禁止)の規定により、
返却物の有無と賃金の支払い義務は法律上切り離されており、
返却物を理由に賃金の支払いを拒否することは違法です。
第3 請求の内容
つきましては、本書面到達後7日以内(令和○年○月○日まで)に、
下記口座へ上記合計金員をお振込みいただくよう請求いたします。
【振込先口座】
金融機関名:○○銀行 ○○支店
口座種別:普通預金
口座番号:○○○○○○○
口座名義:○○ ○○
第4 不払いの場合の対応
上記期日までにお支払いがない場合には、
・労働基準監督署への申告
・未払い賃金に対する付加金(同額)の請求
・少額訴訟または通常訴訟による法的手続き
を躊躇なく実施することをあらかじめ通知いたします。
以上
内容証明郵便の送り方
- 郵便局の窓口で手続きする:「内容証明郵便+配達証明」でセットで依頼します。配達証明を付けることで、相手が受け取った日時も証明できます
- e内容証明(電子内容証明)を使う:郵便局のオンラインサービスを使えば自宅からでも送れます(https://www.post.japanpost.jp/)
- 控えを必ず手元に保管する:郵便局が謄本(写し)を保管しますが、自分の手元にもコピーを置いておく
✅ 今すぐできるアクション:近くの郵便局に「内容証明郵便を送りたい」と伝えれば、窓口で書き方を教えてもらえます。費用は通常1,000〜1,500円程度です。
労働基準監督署への申告:手順と注意点
内容証明を送っても支払いがない場合、または並行して行うべきなのが、労働基準監督署(労基署)への申告です。労基署は賃金未払いの問題を扱う行政機関であり、申告を受けると会社に対して調査・是正指導を行います。費用は一切かかりません。
申告前に準備するもの
- 申告書(労基署の窓口でもらえます。書式は自由でも可)
- 雇用契約書または労働条件通知書のコピー
- 給与明細(直近数ヶ月分)
- 会社とのやり取りの記録(メール・LINE・録音など)
- 内容証明郵便の控えと配達証明
- 退職届・退職合意書のコピー
- 未払い金額の計算メモ
申告の手順
ステップ1:管轄の労働基準監督署を調べる
勤務していた会社の所在地を管轄する労基署に申告します。厚生労働省の公式サイト(https://www.mhlw.go.jp/)から都道府県・市区町村で検索できます。
ステップ2:窓口に出向いて申告書を提出する
事前に電話で予約するとスムーズです。「賃金未払いの申告をしたい」と伝えるだけで手続きを案内してもらえます。
ステップ3:申告後のフロー
申告を受けた労基署は、会社に対して任意調査・是正勧告・指導票の交付などを行います。会社がそれでも従わない場合は、労働基準監督官が送検(刑事事件化)することもあります。
✅ 今すぐできるアクション:労働基準監督署の全国共通電話番号「0120-811-610(労働条件相談ほっとライン)」に電話して相談するだけでも構いません。平日・土日の夜間も対応しています。
付加金請求という強力な武器
裁判所に未払い賃金を請求する際、労働基準法114条に基づき、裁判所は未払い賃金と同額の付加金の支払いを会社に命じることができます。つまり、未払い50万円なら、最大で100万円を受け取れる可能性があるということです。この制度の存在を知っておくだけで、会社との交渉力が大きく変わります。
法的手続き:裁判所を使った回収方法
労基署への申告でも解決しない場合や、迅速に回収したい場合は、裁判所を使った法的手続きが有効です。
少額訴訟(60万円以下の場合)
請求額が60万円以下であれば、少額訴訟が利用できます。通常の裁判と異なり、原則1回の審理で判決が出るため、迅速な解決が期待できます。
- 費用:収入印紙代(請求額に応じて数千円〜)+郵便切手代
- 手続き先:相手方の住所地または自分の住所地を管轄する簡易裁判所
- 難易度:専門知識なしで自分一人でも申立て可能(裁判所窓口でも案内あり)
支払督促
少額訴訟よりもさらに簡易な手続きです。裁判所が相手方に「支払いなさい」という督促状を送り、相手が異議を申し立てなければ強制執行が可能になります。
弁護士・社労士への相談
金額が大きい場合、または交渉が複雑になる場合は、弁護士への相談が最短経路になることがあります。初回相談無料の弁護士事務所も多く、労働問題専門の弁護士は費用対効果が高い解決を提案してくれます。
また、社会保険労務士(社労士)も労働トラブルの相談窓口として有効です。
無料相談窓口一覧
| 機関名 | 電話番号 | 特徴 |
|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 各都道府県に設置 | 賃金未払いの行政申告・指導 |
| 労働条件相談ほっとライン | 0120-811-610 | 無料・夜間・土日対応 |
| 総合労働相談コーナー | 各都道府県労働局 | あらゆる労働相談を受付 |
| 法テラス | 0570-078374 | 弁護士費用立替制度あり |
| 日本司法支援センター | 同上 | 経済的に困難な方向け |
退職金未払いの場合の追加対応
給与だけでなく退職金も未払いになっている場合、追加で確認すべき点があります。
退職金は「賃金」にあたるか確認する
退職金が賃金として保護されるかどうかは、就業規則や退職金規程に支給条件が明記されているかで決まります。「支給することがある」という任意規定ではなく、「支給する」と明記されていれば、退職金は賃金として労働基準法の保護対象になります。
未払い賃金立替払制度を知っておく
会社が倒産状態にある場合は、独立行政法人労働者健康安全機構の「未払い賃金立替払制度」を利用できます。一定要件を満たせば、未払い賃金の最大80%を国が立て替えて支払ってくれます。退職金も対象になる場合があります。
- 問い合わせ先:各都道府県の労働局または労働基準監督署
やってはいけないこと:対応を誤ると損をする
焦りや怒りから、次のような行動を取ってしまう方がいます。しかし、これらは状況を悪化させる可能性があります。
- SNSへの実名投稿や会社批判の拡散:名誉毀損・業務妨害で逆に訴えられるリスクがある
- 返却物を「人質」にすること:会社側に損害賠償の口実を与えてしまう
- 感情的な電話・メッセージ:脅迫や恐喝と解釈されるリスクがある
- 証拠を捨てる・削除する:後になって必要になることが多い
- 「どうせ無理」と諦める:法律は明確にあなたの側にあります
特に返却物については速やかに返すことが得策です。返却物問題を先に解決してしまえば、会社の口実をなくし、未払い給与の請求に専念できます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 退職後に給与の支払い日が過ぎてもまだ振り込まれていません。いつから「未払い」になりますか?
雇用契約書や就業規則に定められた「給与支払い日」を過ぎた時点から未払いです。退職者であっても、支払い期日のルールは在職者と同じです。なお、退職者から請求があった場合、会社は労働基準法23条により7日以内に賃金を支払う義務があります。まず書面で請求し、7日以内の支払いを求めましょう。
Q2. 「返却物の損害分を給与から差し引く」と言われました。応じる必要はありますか?
応じる必要はありません。会社が損害賠償を請求したい場合は、給与支払いとは別の民事手続きが必要です。労働基準法24条・17条により、あなたの書面による明確な同意なしに、会社が一方的に給与から控除することはできません。口頭での同意は、法的拘束力が非常に弱いとされています。
Q3. 返却物をまだ手元に持っています。返さなくてもいいですか?
返却物は速やかに返却することを強く推奨します。返却物を手元に置き続けることは、会社側に「業務上横領」や「損害賠償請求」の口実を与えかねません。返却した証拠(配送の追跡番号・受取確認書など)を必ず残した上で返却し、その後に給与の請求を行うのが最も得策です。
Q4. 労働基準監督署に申告したら会社に「チクった」とばれますか?
原則として、申告者の情報は行政機関として保護されます。ただし、申告内容から申告者が特定される可能性が全くないとは言えません。匿名での相談も受け付けているため、まずは相談という形で労基署に連絡し、情報管理について確認してみましょう。
Q5. 退職金規程がない会社の場合、退職金は請求できませんか?
就業規則や雇用契約書に退職金に関する明記が一切ない場合、退職金支払いの法的義務は原則として発生しません。ただし、「慣行」として毎回退職金が支払われてきた実績があれば、労働慣行として認められる可能性があります。過去の退職者への支払い実績を確認してみましょう。
Q6. 内容証明を送るのが怖いです。いきなりそんな手段を使うと関係が悪化しませんか?
退職後の関係性をそれほど気にする必要はありません。むしろ、書面で正式に請求することは、感情的な口論を防ぐ冷静な手段です。内容証明は「攻撃」ではなく「記録と通知」です。また、内容証明を送ることで会社側が法的リスクを理解し、即座に支払いに応じるケースも多くあります。
まとめ:今日できることからはじめましょう
「返却物を返すまで給与を払わない」という会社の行為は、労働基準法24条・17条・23条に明確に違反する違法行為です。あなたには法律が味方についています。
改めて、今すぐ取るべき行動を整理します。
- 証拠を集める:メール・LINE・録音など、会社とのやり取りをすべて保存する
- 金額を計算する:未払い給与・退職金の額を具体的に算出しておく
- 内容証明郵便を送る:書面で正式に「7日以内の支払い」を請求する
- 労働基準監督署に申告する:無料・匿名相談から始められる
- 弁護士・法テラスに相談する:状況が複雑なら専門家に依頼する
一人で抱え込まず、公的機関や専門家を積極的に活用してください。あなたの労働の対価は、必ず受け取る権利があります。

