労災中でも給与は支払われる?拒否された時の対応手順

労災中でも給与は支払われる?拒否された時の対応手順 労働災害申請

労災認定中に会社から「労災給付があるんだから、給与は払えない」と言われた——そんな状況に直面している方へ、まず一つの事実をお伝えします。

これは、労働基準法違反です。

労災給付と給与は、まったく別の制度です。会社が労災給付の存在を理由に給与の支払いを拒否することは、法的根拠のない違法行為にあたります。にもかかわらず、この誤解は会社側に根強く残っており、被害に遭う労働者が後を絶ちません。

本記事では、なぜ給与支払い拒否が違法なのか、法的根拠を明示したうえで、証拠の残し方・内容証明郵便の書き方・労基署への申告手順まで、今日からすぐに行動できる実務レベルの対応手順を解説します。


「労災給付があるから給与は払わない」は違法なのか?

結論から言います。違法です。 「労災給付を受けているのだから給与は不要だ」という会社の主張は、労災保険の仕組みを根本的に誤解したものです。この誤解を放置したまま給与の支払いを止めることは、労働基準法が明確に禁じる「給与の不払い」に該当します。

なぜそう言えるのか。その理由を制度の仕組みから整理します。

労災給付と給与は「まったく別の制度」

労災保険は、労災保険法に基づく国の保険制度です。労働者が業務上の災害に遭った場合、労働者を保護するために国(労働者災害補償保険)が給付を行う仕組みです。

一方、給与は労働契約に基づく使用者(会社)の支払い義務です。労働者が働いた対価、または休業中であっても使用者の都合により休業させた場合の補償として支払われるものです。

この二つは、支払い主体も法的根拠もまったく異なります。

項目 労災給付 給与
支払い主体 国(労災保険) 会社(使用者)
根拠法令 労災保険法 労働基準法・労働契約
目的 業務災害からの保護・社会復帰支援 労働の対価・休業補償
給付の性質 社会保険給付 契約上の債務履行

労災保険法第8条は、休業補償給付の算定基準(給付基礎日額=平均賃金)を定めていますが、この規定はあくまで「いくら給付するか」の話であり、「給与支払い義務が消える」とはどこにも書かれていません。

今すぐできるアクション: 会社に「労災給付があれば給与を払わなくてよい根拠条文を書面で示してください」と要求してみましょう。根拠条文は存在しないため、会社側は答えられないはずです。

会社が混同しやすい「損害賠償との二重取得禁止」との違い

会社が「労災給付と給与の二重取得はできない」と主張する場合、往々にして損害賠償との調整規定と給与支払い義務を混同しています。

確かに、「二重取得の禁止」という考え方は存在します。ただしこれは、損害賠償請求(民法上の不法行為・安全配慮義務違反に基づく請求)と労災給付の間で問題となるルールです。

具体的には、会社の安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求する場合、労災給付で補塡された部分については賠償額から控除される(最高裁昭和52年10月25日判決等)、という話です。

これは「損害賠償額の調整」の話であり、給与支払い義務とはまったく無関係です。

会社が「二重取得禁止」を持ち出して給与を止めようとするのは、法律の異なる話を意図的または無知によって混同している状態です。この主張自体が、後述する労基署への申告の際の重要な証拠になります。


会社が給与を拒否することで違反する法律一覧

会社が「労災給付があるから給与は払わない」と主張することで、複数の法律に同時に違反する可能性があります。以下に、関係する主要な条文と内容を整理します。

法律 条項 内容 罰則
労働基準法 第24条 賃金全額払いの原則 30万円以下の罰金(第120条)
労働基準法 第25条 非常時払い(正当事由なき控除禁止) 30万円以下の罰金(第120条)
労働基準法 第26条 休業手当の支払い義務(平均賃金60%以上) 30万円以下の罰金(第120条)
労働基準法 第91条 制裁規定の制限(減給制限)

労基法第26条「休業手当の支払い義務」とは

労働基準法第26条は次のように定めています。

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

ここで重要なのが「使用者の責に帰すべき事由」という部分です。

業務上の災害が発生した場合、それが会社の施設・設備・管理体制に起因するもの、または業務遂行中に生じたものであれば、使用者側の責任が認められます。そのような場合の休業に対して、会社は平均賃金の60%以上の休業手当を支払う義務を負います。

さらに言えば、この60%というのは最低ラインです。労働契約や就業規則で「休業中も給与を100%支払う」と定めていれば、その約束が優先されます。

今すぐできるアクション: 自社の就業規則・労働契約書を確認し、「休業中の給与」に関する定めがないかチェックしてください。

労基法第24条「全額払いの原則」が保護するもの

労働基準法第24条は、賃金支払いの原則として以下の四原則を定めています。

  1. 通貨払いの原則(現金で支払う)
  2. 直接払いの原則(労働者本人に直接支払う)
  3. 全額払いの原則(控除なく全額を支払う)
  4. 毎月払いの原則(毎月1回以上、一定の期日に支払う)

この「全額払いの原則」により、会社が労働者の同意なく一方的に給与から任意の額を控除することは禁じられています。「労災給付を受けているから」という理由での控除は、この原則に真っ向から違反します。

会社が「労災給付分を差し引く」「労災期間中は給与を停止する」などの対応をとった場合、第24条違反として労基署に申告できます。

「損害賠償との調整」は会社が勝手にできない

先ほど触れた「損害賠償と労災給付の調整」についても補足します。仮に損害賠償との調整が行われる場面であっても、それは裁判所が判断する事項です。会社が一方的に「労災給付で調整済み」として給与を支払わないことは、法的手続きをすっとばした自力救済であり、これ自体も問題のある行為です。


今すぐ始める証拠収集の方法

給与支払い拒否への対応において、証拠収集は最も重要なステップです。後から労基署に申告する際も、弁護士に相談する際も、証拠がなければ動きが鈍くなります。以下の手順を今日から実行してください。

給与支払い拒否を「書面で」残す

口頭でのやりとりは証拠になりません。次の方法で書面化してください。

メールによる記録

会社の担当者(上司・人事部)に対して、メールで以下の内容を送信します。

件名:労災認定期間中の給与支払いについての確認

○○部長(または人事担当者名)

お疲れ様です。○○(自分の名前)です。

先日、「労災給付を受けているため、○月分の給与は支払えない」とのご説明をいただきました。

つきましては、給与支払いが行われない場合の法的根拠について、
書面にてご回答いただけますでしょうか。

私の理解では、労災保険給付と給与は別制度であり、
一方を受給していても他方の支払い義務は消滅しないと認識しています。

○月○日までにご回答をいただけますと幸いです。

(氏名・連絡先)

このメールに対して「労災があるから払えない」という回答が返ってきた場合、それ自体が違法行為の証拠になります。

録音による記録

上司や人事部との面談・電話での会話は、可能であれば録音してください。日本では自分が当事者として参加している会話を録音することは合法です。スマートフォンのボイスレコーダーアプリを活用してください。

録音した内容はすぐに文字起こしし、日付・場所・参加者名とともに記録しておきます。

給与明細・賃金台帳のコピーを保管

毎月の給与明細は必ず保管してください。支払い額が減った月・支払いがなかった月の明細は特に重要な証拠になります。

また、可能であれば会社の賃金台帳(労基法第108条で保存義務あり)の閲覧・コピーを求めることも有効です。

タイムラインの記録

出来事を時系列で記録したメモを作成してください。

【記録例】
○年○月○日:業務中に負傷(○○の状況で)
○年○月○日:病院受診・診断書取得
○年○月○日:会社に労災申請の意向を伝える
○年○月○日:上司より「労災があるから給与は払えない」と口頭で告げられる
○年○月○日:メールで書面回答を要求
○年○月○日:メールにて「労災があるので給与支払いは不要」と返信あり

このタイムラインは、労基署への申告書・弁護士への相談・民事訴訟のいずれの場面でも役立ちます。


内容証明郵便で給与支払いを請求する方法

証拠を収集したら、次のステップとして内容証明郵便で正式な給与支払い要求を行います。

内容証明郵便とは

内容証明郵便とは、郵便局が「いつ・誰から誰に・どんな内容の郵便を送ったか」を公的に証明する郵便サービスです。送った事実・内容が公的に記録されるため、「そんな請求は受け取っていない」という言い逃れを防ぐことができます。

法律的な効果として、期日を設定した内容証明郵便を送付することで、支払いが遅延した場合に遅延損害金(年3%、民法第419条)を請求できる時点が明確化されるという意味もあります。

内容証明郵便の書き方(テンプレート)

以下は実際に使用できるテンプレートです。


令和○年○月○日

通知書

〒○○○-○○○○
(会社所在地)
(会社名)
代表取締役 ○○○○ 殿

〒○○○-○○○○
(自分の住所)
(自分の氏名)

私は、貴社に○年○月から○職として雇用されている者です。

令和○年○月○日、業務遂行中に(負傷の概要を簡潔に)を負い、現在も療養・休業中です。

貴社は令和○年○月○日以降、「労災保険給付を受けているため給与は支払えない」との理由により、給与の支払いを停止しています。

しかしながら、労災保険給付と給与は別個の法律制度に基づくものであり(労災保険法第8条)、労災保険給付の受給は使用者の賃金支払い義務を消滅させるものではありません。
貴社の対応は、労働基準法第24条(全額払いの原則)および第26条(休業手当支払い義務)に違反するものと解されます。

よって、令和○年○月○日までに、未払いとなっている令和○年○月分から令和○年○月分までの給与(合計○○円)を下記口座に振り込むよう、本書をもって請求します。

期日までにお支払いいただけない場合は、所轄労働基準監督署への申告および法的手段を講じることをあらかじめ申し添えます。

(振込先口座情報)

以上


内容証明郵便は、郵便局の窓口に持参するか、インターネットサービス「e内容証明」(日本郵便)からオンラインで送付できます。

今すぐできるアクション: 上記テンプレートを自分の状況に合わせて作成し、期限を「送付日から2週間後」に設定して発送してください。


労働基準監督署への申告手順

内容証明を送っても給与が支払われない場合、または会社との話し合いが進まない場合は、労働基準監督署(労基署)への申告が有効です。

申告できる内容

  • 労基法第24条違反(給与全額が支払われていない)
  • 労基法第26条違反(休業手当が支払われていない)
  • 労基法第15条違反(労働条件の変更を一方的に行った)

申告の手順

STEP 1:所轄労基署を確認する

申告先は、会社の所在地を管轄する労働基準監督署です。「○○(市区町村名) 労働基準監督署」で検索するか、厚生労働省ウェブサイトの「全国労働基準監督署の所在案内」で確認できます。

STEP 2:申告書を作成する

申告書は労基署の窓口でもらえますが、事前に手書きまたはワードで「申告書」として以下を整理しておくと話がスムーズです。

【申告書の記載事項】
1. 申告者氏名・住所・連絡先
2. 申告対象の会社名・所在地・代表者名
3. 違反している法律・条文(労基法第24条、第26条 等)
4. 事実経緯(時系列で)
5. 被害金額(未払い給与の総額)
6. 添付証拠の一覧

STEP 3:証拠を添付して提出する

以下の書類を持参または郵送します。

  • 給与明細(未払い期間分)
  • 労働契約書・雇用条件通知書のコピー
  • 会社とのメールのやりとり(プリントアウト)
  • 内容証明郵便の控えと配達証明
  • タイムラインの記録(メモ)
  • 録音データ(あれば)

STEP 4:監督官との面談

申告を受けた監督官が事実確認のためにヒアリングを行います。このとき、具体的な事実と証拠に基づいた説明をすることが重要です。感情的な訴えより、「いつ・誰が・何を言った/しなかった」という客観的な事実を伝えてください。

STEP 5:是正勧告・捜査

申告内容が違法と判断された場合、労基署は会社に対して是正勧告を行います。是正勧告に会社が応じない場合は、書類送検に発展することもあります。

申告後の注意点

申告したことを理由に解雇・降格・不利益な取扱いをすることは、労基法第104条第2項で禁じられています。万が一そのような報復行為があった場合は、それ自体をすぐに記録し、改めて申告の対象としてください。

今すぐできるアクション: 所轄労基署の電話番号を調べ、まず電話で「給与不払いについて相談したい」と事前連絡を入れてください。予約を入れることで窓口での待ち時間を減らせます。


相談先まとめ:一人で抱え込まないために

労災中の給与拒否問題は、一人で解決しようとすると精神的・時間的に消耗します。以下の機関・専門家を積極的に活用してください。

公的相談窓口

機関名 連絡先 対応内容
労働基準監督署 各都道府県に設置(厚労省HPで検索) 労基法違反の申告・是正勧告
総合労働相談コーナー 各都道府県労働局に設置 無料相談(申告の前段階)
労働者健康安全機構 各都道府県に産業保健総合支援センター 労災・職場復帰の相談
法テラス(日本司法支援センター) 0570-078374 無料法律相談・弁護士費用の立替

専門家への相談

社会保険労務士(社労士)は、労災申請・給与未払い交渉の実務に精通しています。「労働問題専門」を掲げる社労士事務所に相談するのが効果的です。

弁護士は、損害賠償請求・民事訴訟・仮処分(給与仮払い命令)を検討する段階で必要です。着手金が心配な方は、成功報酬型の弁護士や法テラスを通じた弁護士費用立替制度を活用してください。

労働組合・ユニオンへの加盟も有効な手段です。個人でも加盟できる「合同労組(ユニオン)」は全国各地にあり、会社との団体交渉(労使交渉)を代行してくれます。


未払い給与の請求権消滅時効に注意

労働基準法の2020年改正により、賃金請求権の消滅時効は5年(当面は3年の経過措置) とされました(労基法第143条)。

つまり、未払い給与が発生した時点から3年以内(当面)に請求しなければ、法的に請求できなくなる可能性があります。「問題が落ち着いてから対応しよう」と時間をおくことは、請求できる金額を減らすリスクがあります。

給与支払いが停止された月から時効は進行しています。早期に行動することが重要です。


よくある質問(FAQ)

Q1. 労災給付と給与を両方もらっても「二重取得」にはならないのですか?

なりません。「二重取得禁止」は損害賠償請求と労災給付の間で問題となるルールです。給与と労災給付はそれぞれ独立した法律制度に基づくものであり、同時に受け取っても問題ありません。

Q2. 休業補償給付(労災)は給与の代わりになりますか?

なりません。休業補償給付は「国の保険給付」であり、「会社が支払うべき給与」とは支払い主体も法的根拠もまったく異なります。休業補償給付を受けていても、会社の給与支払い義務は消えません。

Q3. 会社が「就業規則に労災期間中は給与を支払わない」と定めている場合はどうなりますか?

就業規則の規定が労働基準法に反する場合、その規定は無効です(労基法第13条)。労基法第26条は最低基準を定めており、就業規則でその水準を下回ることはできません。

Q4. 労基署に申告すると会社に報復されませんか?

労基法第104条第2項により、申告を理由とする解雇・不利益取扱いは明確に禁止されています。万が一報復があった場合、その行為自体が新たな違法行為となります。報復行為があればすぐに記録し、再度労基署または弁護士に相談してください。

Q5. 内容証明を送る前に弁護士に依頼すべきですか?

必須ではありませんが、弁護士名義で送付することで会社側への法的プレッシャーが高まる効果があります。費用面が心配な方は、初回無料相談を実施している弁護士事務所や法テラスを活用してください。

Q6. 労災申請中(認定前)の段階でも給与を請求できますか?

はい、できます。労災認定の有無にかかわらず、業務上の休業であれば労基法第26条の休業手当支払い義務は発生します。また、給与支払い義務も労働契約に基づくものであり、認定の結果を待たずに請求できます。


まとめ:まず今日できる3つのこと

労災認定中に給与支払いを拒否されたとき、多くの方が「会社が言うんだから仕方ない」と諦めてしまいます。しかしその判断は、あなたが受け取るべき給与を失わせる行為です。

法律はあなたの側にあります。 労基法第24条・第26条の規定に基づき、あなたは給与支払いを受ける完全な権利を有しています。

今日からできる行動を三つにまとめます。

  1. 記録を始める: 給与支払い拒否の事実をメール・録音・メモで残す
  2. 書面で請求する: 内容証明郵便で期日を設定した給与支払い要求を行う
  3. 専門家に相談する: 労基署・法テラス・弁護士・ユニオンに連絡する

特に時効の問題があるため、「いつか対応しよう」ではなく今日電話一本かけることから始めてください。

あなたの権利は、あなたが行動することで守られます。

タイトルとURLをコピーしました