「固定残業代が20時間分込みと言われたのに、毎月30時間は残業している。差額は払ってもらえないの?」
この疑問は正当です。固定残業代で定められた時間を超えた分は、会社が必ず別途支払わなければなりません。これは法律で定められた義務であり、雇用契約書や就業規則がどう書かれていても、超過分の請求権はあなたにあります。
この記事では、固定残業代20時間固定・実際の残業30時間というケースを例に、差分計算の方法・証拠の集め方・請求手順を実務レベルで解説します。
固定残業代の仕組みと「超過分」が発生する理由
| 比較項目 | 固定残業代の上限内 | 固定残業代の超過分 |
|---|---|---|
| 時間数(例) | 0~20時間 | 21時間以上(例:30時間) |
| 支払い方法 | 固定額に含まれる | 別途支払い義務あり |
| 計算方法 | 月給に含まれている | (実績時間数-固定時間数)×時給 |
| 法的根拠 | 労働基準法に基づき適法 | 労働基準法37条の支払い義務 |
| 請求可否 | 請求不可 | 請求可能(2年分) |
固定残業代(みなし残業代)とは何か
固定残業代とは、あらかじめ一定時間分の残業代を毎月の給与に含めて支払う制度です。「みなし残業代」「定額残業代」とも呼ばれます。たとえば「基本給25万円(うち固定残業代20時間分3万円含む)」という形で設定されます。
制度自体は違法ではありません。しかし含まれている時間を超えた部分については、一切免責されません。
なぜ超過分の支払い義務が生じるのか
根拠は労働基準法第37条です。同条は「時間外労働に対しては、通常の賃金の25%以上の割増賃金を支払わなければならない」と定めています。固定残業代が認められるのは、あくまで「あらかじめ一定時間分を払っておく」という前払い的な意味に過ぎず、それを超えた時間外労働の対価を免除する効力はありません。
月次賃金の構成イメージ
基本給(固定部分)
↓
+ 固定残業代(20時間分)← ここまでは給与に含まれている
↓
+ 超過分残業代(10時間分)← 会社が別途支払う義務がある
↓
法的に正しい月次賃金
20時間固定で30時間働いた場合、超過10時間分は未払い残業代として請求できます。これは会社の規定に関係なく、法律上の権利です。
あなたの会社の固定残業代が「違法」になるケース(チェックリスト)
固定残業代は要件を満たさない場合、制度そのものが無効となり、支払った固定残業代が「基本給の一部」とみなされ、全残業時間分を改めて請求できるケースもあります。まず自社の状況を確認してください。
違法判断チェックリスト
| # | チェック項目 | 法的根拠 | 違反時のリスク |
|---|---|---|---|
| ☐ | 雇用契約書または労働条件通知書に「何時間分の固定残業代か」が明記されているか | 労基法15条1項 | 固定残業代制度が無効になる可能性 |
| ☐ | 給与明細で「基本給」と「固定残業代」が分離して記載されているか | 厚労省通達(H20.9.8基発0908001号) | 制度全体が無効とみなされる可能性 |
| ☐ | 固定時間を超えた残業に対して、超過分が別途支払われているか | 労基法37条 | 超過分の未払い残業代として全額請求可能 |
| ☐ | 設定時間(20時間)が実態と大きく乖離していないか | 判例法理(最高裁H29.7.7等) | 「不合理な設定」として制度無効のリスク |
よくある違法パターン
パターン①「基本給に含む」と口頭で言われただけ
書面での明示がなければ、明示義務(労基法15条)に違反します。制度が無効になる可能性が高く、全残業時間分を請求できるケースです。
パターン②給与明細に「固定残業代」の記載がない
基本給と残業代の区別が給与明細上でできない場合、厚労省通達の要件を満たさず無効となります。
パターン③「就業規則には書いてある」が採用時に説明なし
就業規則への記載だけでは不十分です。採用時に個別に書面で明示することが必要です(労基法15条、施行規則5条)。
パターン④実際の残業が固定時間を大きく超えている
毎月固定時間の3倍以上の残業が常態化している場合、「そもそも実現不可能な設定」として制度全体が無効と判断される可能性があります。
今すぐできるアクション①
雇用契約書・労働条件通知書・給与明細の3点を手元に出し、固定残業代の「時間数」が書面に記載されているか確認してください。記載がない場合は、制度無効を主張できる可能性があります。
固定残業代20時間固定で30時間働いた場合の「差分計算」と金額例
差分計算の基本フロー
超過分の残業代は以下の式で計算します。
1時間あたりの基礎賃金
= 基本給 ÷ 月所定労働時間
超過分残業代
= 1時間あたりの基礎賃金 × 割増率(25%以上)× 超過時間数
注意点:計算に使う「基本給」は、固定残業代を含む前の純粋な基本給です。固定残業代分をいったん除いた額を使います。
具体的な計算例
| 項目 | 金額・数値 |
|---|---|
| 基本給(固定残業代除く) | 200,000円 |
| 月所定労働時間 | 160時間 |
| 1時間あたり基礎賃金 | 200,000円 ÷ 160時間 = 1,250円 |
| 固定残業代の時間 | 20時間 |
| 実際の残業時間 | 30時間 |
| 超過時間数 | 30時間 − 20時間 = 10時間 |
| 割増率 | 1.25(25%増し) |
| 超過分残業代 | 1,250円 × 1.25 × 10時間 = 15,625円/月 |
月15,625円の未払いが1年間続いた場合、187,500円の未払い残業代になります。3年分(時効期間)では562,500円に達します。
手取り額との混同に注意
上記の計算結果は税引き前・社会保険料控除前の金額です。実際に支払われる際は、所得税・住民税・社会保険料が控除されます。ただし請求する際は税引き前の全額を請求してください。使用者側が控除対応します。
今すぐできるアクション②
自分の雇用契約書で固定残業代の「時間数」と「金額」を確認し、上記の計算式に当てはめて未払い額の概算を出してみましょう。
証拠の集め方と保存方法
請求を成功させるには、「何時間残業したか」を証明できる証拠が必要です。以下を優先順位の高い順に確保してください。
優先度別・証拠収集リスト
【最優先】勤務記録の確保
会社のシステム・タイムカード・ICカードの入退館記録はあなた自身の労働時間を示す直接証拠です。
- タイムカードのコピーまたは写真撮影
- PCログオン・ログオフ記録(ITシステム管理者に問い合わせ、または自分でスクリーンショット)
- 入退館記録(セキュリティゲートのICカード記録)
- 勤怠管理アプリの画面(スクリーンショット)
これらが入手困難な場合は、自分でつけた日々の業務記録メモ(日付・出退勤時刻・業務内容)も有効です。後から作成したものは証拠力が下がるため、今日からすぐに記録を始めてください。
【高優先】給与明細の一式保存
過去3年分(時効が3年のため)の給与明細を保存します。紙の場合はスキャンまたは写真、電子給与明細の場合はPDFでダウンロードして保存。
給与明細から確認すべき項目:
– 「固定残業代」「みなし残業代」などの記載の有無
– 記載されている時間数・金額
– 超過分の支払いが発生しているかどうか
【高優先】雇用契約書・就業規則の確保
- 署名した雇用契約書(または労働条件通知書)のコピー
- 就業規則(会社には閲覧・交付義務があります:労基法106条)
就業規則の閲覧を拒否された場合、それ自体が労基法違反になります。
【中優先】社内コミュニケーション記録
- 残業を命じるメール・チャット(Slack、Teams等)のスクリーンショット
- 「残業してほしい」という上司の指示記録
- 業務完了報告のメール・タイムスタンプ
今すぐできるアクション③
今日の退勤時刻から記録を開始してください。ノートアプリやGoogleスプレッドシートに「日付・出勤時刻・退勤時刻・休憩時間・実労働時間」を記録する習慣をつけましょう。
差分請求の手順と進め方
ステップ1:未払い額の計算と請求書の作成
「差分計算と金額例」で示した計算式を使い、過去3年分の未払い残業代を月別に算出します。Excelや表形式でまとめると、後の交渉・申告で活用しやすくなります。
【請求書に記載する項目】
・対象期間(例:2022年4月〜2025年3月)
・月別の残業時間と超過時間
・月別の未払い額(計算根拠を明記)
・合計未払い額
・支払期限(例:本書面到達後14日以内)
・支払先口座
ステップ2:会社への申し入れ(口頭または書面)
まず直属の上司または人事部門に、固定残業代の超過分が未払いであることを口頭で申し入れます。その際、必ずメモを残してください(日時・相手・発言内容)。
会社が「そんな義務はない」「就業規則通りだ」と拒否した場合、次のステップに進みます。
ステップ3:内容証明郵便による正式請求
口頭での申し入れが無視・拒否された場合、内容証明郵便で正式な支払い請求書を送付します。
内容証明郵便の効果:
– 発送日・内容が郵便局により公的に証明される
– 会社に「法的請求があった」という事実を記録に残せる
– 時効の完成猶予(6か月間)が認められる(民法150条)
内容証明は全国の郵便局またはe内容証明(日本郵便の公式サービス)から送付できます。弁護士に依頼して送付すると、より強い心理的・法的効果があります。
ステップ4:行政機関・専門家への相談
| 相談先 | 対応内容 | 費用 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 労基法違反の申告・是正勧告 | 無料 | 会社への行政指導ができる |
| 総合労働相談コーナー(労働局) | 労働問題全般の相談・あっせん | 無料 | 当事者間の調整を行う |
| 法テラス | 弁護士費用の立替制度・相談紹介 | 無料〜低額 | 経済的に困難な場合に対応 |
| 弁護士(労働専門) | 代理交渉・訴訟提起 | 有料(成功報酬型も) | 法的強制力を持つ請求ができる |
時効に注意:請求できる期間は最大3年
未払い賃金の請求権の時効は、賃金の支払日から3年間です(労基法115条、2020年4月改正)。ただし、改正前の事案は2年が適用されるケースもあるため、早めに行動することが重要です。
時効を止めるには、内容証明郵便の送付・労基署への申告・訴訟提起などの方法があります。
今すぐできるアクション④
最初の未払いが発生した月を確認してください。そこから3年以内に行動しないと、時効で請求権が消滅します。今日の日付から逆算して、優先的に動くべき期間を確認しましょう。
請求時によくある会社の反論と対処法
反論①「就業規則に書いてある通りで問題ない」
対処法: 就業規則の定めが法律に反する場合、就業規則の当該部分は無効です(労働契約法12条)。「就業規則に書いてある=合法」ではありません。「超過分を支払わなくてよい」という就業規則の定めは、労基法37条に反し無効です。
反論②「固定残業代があれば超過分は払わなくていい」
対処法: これは法律の誤解です。固定残業代はあくまで「あらかじめ一定時間分を払う」ものであり、超過分の免除効果はありません(最高裁判例・H29.7.7、H24.3.8等多数)。法的根拠を明示して反論してください。
反論③「証拠がないから払えない」
対処法: 会社には賃金台帳・出勤簿を3年間保存する義務があります(労基法109条)。「証拠がない」は会社の主張としては通りません。また、労基署に申告すれば、署が会社に対して記録の提出を求めることができます。
FAQ:固定残業代超過請求でよくある疑問
Q1. 残業代を請求したら解雇されませんか?
A. 未払い賃金の請求を理由とした解雇は不当解雇であり、無効です(労働契約法16条)。また、請求したこと自体を理由とした不利益取扱いは違法です。請求前に証拠を保全しておくことで、解雇された場合も対応できます。
Q2. 固定残業代の時間数が雇用契約書に書いていません。どうすればいいですか?
A. 書面への明示がない場合、固定残業代制度そのものが無効になる可能性があります。この場合、全残業時間分を別途請求できる可能性があります。まず労働局または弁護士に相談してください。
Q3. 会社が「勤怠記録を持っていない」と言います。それでも請求できますか?
A. 会社の勤怠記録がなくても、あなた自身の記録(手書きメモ、スマートフォンのGPS記録、メールのタイムスタンプなど)が証拠になります。また、会社に出勤簿・賃金台帳の保存義務(労基法108条・109条)があるため、「記録がない」という主張自体が法律違反の可能性があります。
Q4. 自分で計算した金額が正しいか自信がありません。
A. まず概算で構いません。労働局の総合労働相談コーナー(無料)や法テラスでも計算のアドバイスを受けられます。正確な計算は弁護士または社会保険労務士に依頼するのが確実です。
Q5. 少額(月1〜2万円程度)でも請求できますか?
A. 金額の大小に関係なく請求権はあります。少額訴訟(60万円以下、手数料1,000円程度〜)を使えば、弁護士なしでも裁判所に申し立てができます。また、複数月分をまとめて請求すれば、まとまった金額になる場合が多いです。
まとめ:今すぐ動き始めるための5ステップ
| ステップ | アクション | 期限の目安 |
|---|---|---|
| ① | 今日から勤務記録をつけ始める | 今日から |
| ② | 過去の給与明細・雇用契約書をまとめる | 今週中 |
| ③ | 差分計算で未払い総額の概算を出す | 今週中 |
| ④ | 労働局または弁護士に無料相談する | 今月中 |
| ⑤ | 内容証明郵便で正式請求、または労基署に申告 | 来月中 |
固定残業代の超過分請求は、法律があなたに認めた正当な権利です。「どうせ払ってもらえない」「会社と揉めたくない」という気持ちはわかりますが、時効があるため放置は損失につながります。
まず証拠を確保し、専門家に相談することが第一歩です。一人で抱え込まず、労働局・法テラス・弁護士などの無料相談窓口を積極的に活用してください。
参考法令・通達
- 労働基準法第15条(労働条件の明示)
- 労働基準法第37条(割増賃金)
- 労働基準法第108条(賃金台帳)
- 労働基準法第109条(記録の保存)
- 労働基準法第115条(時効)
- 労働基準法第106条(就業規則の周知)
- 労働契約法第12条(就業規則違反の労働契約)
- 労働契約法第16条(解雇の有効要件)
- 厚生労働省通達基発0908001号(平成20年9月8日)
- 民法第150条(催告による時効の完成猶予)
- 最高裁判決平成29年7月7日(テックジャパン事件)
- 最高裁判決平成24年3月8日
よくある質問(FAQ)
Q. 固定残業代20時間で30時間働かされた場合、差分の10時間分は必ず請求できますか?
A. はい。労働基準法37条により、固定残業代で定められた時間を超えた分は必ず別途支払う義務があります。会社の規定や雇用契約がどう書かれていても、超過分の請求権はあなたにあります。
Q. 固定残業代制度自体が違法になるケースはありますか?
A. あります。雇用契約書に時間数が明記されていない、給与明細で基本給と分離記載されていない、実際の残業が設定時間の3倍以上など、要件を満たさない場合は制度全体が無効になる可能性があります。
Q. 固定残業代の超過分を計算するには何が必要ですか?
A. 基本給を月所定労働時間で割り、1時間あたりの基礎賃金を算出します。その額に割増率(25%以上)を掛けて超過時間分を計算します。残業時間の証拠が重要です。
Q. 固定残業代の超過分請求の証拠として何を集めるべきですか?
A. タイムカード、勤務記録、メール送付時刻、業務日誌、給与明細、雇用契約書が有効です。スマートフォンの位置情報やスクリーンショットも補助証拠になります。
Q. 固定残業代制度が違法と判断された場合、どうなりますか?
A. 制度全体が無効になり、支払われた固定残業代が「基本給の一部」とみなされます。実際の全残業時間分を改めて請求できるため、より大きな金額を請求できる可能性があります。

