「あなたは○○という不正行為を行った」――そう告げられ、懲戒解雇通知を突きつけられた。しかし、その「非違行為」は完全な事実無根だ。
身に覚えのない罪を着せられ、職と名誉を同時に奪われる。こうした「冤罪解雇」は、単なる不当解雇をはるかに超えた深刻な人格権侵害です。解雇通知の内容が社内外に伝われば、あなたの評判・信用・将来のキャリアにまで取り返しのつかないダメージを与えます。
しかし、法律はこの状況に対して複数の救済手段を用意しています。刑事告訴(名誉毀損)と民事損害賠償を並行して進めることで、冤罪を晰らしながら経済的損害も回収できる可能性があります。
この記事では、弁護士監修のもと、証拠保全から告訴状の作成方法、民事請求の進め方まで、今日から動き出せる実務手順を体系的に解説します。
事実無根の懲戒解雇が「二重の違法行為」である理由
事実無根の非違行為を理由とした懲戒解雇は、法的に二層の違法性を持ちます。この二重構造を理解することが、対応戦略の出発点になります。
解雇権濫用としての違法性
労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています。
解雇理由となった非違行為が「事実無根」であるということは、合理的理由の根拠そのものが存在しないことを意味します。裁判例においても、虚偽の非違行為を理由とした懲戒解雇は解雇権の濫用として無効とされており、地位確認と未払い賃金の請求が認められています。
さらに労働基準法20条は、解雇の30日前予告または予告手当の支払いを義務付けており、即日解雇の場合は予告手当の請求権も発生します。
名誉毀損としての違法性
解雇通知書に記載された虚偽の非違行為の内容が「第三者に伝わりうる形で示された」場合、刑法230条の名誉毀損罪が成立する可能性があります。刑法230条は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」と定めています。
「公然性」とは不特定または多数人が認識しうる状態を指し、社内への通知・掲示、人事部門や上長への共有、ハローワークへの離職票記載なども対象となります。
民事では民法709条(不法行為による損害賠償)および民法710条(精神的損害を含む損害賠償)に基づき、財産的損害(逸失利益・弁護士費用等)と非財産的損害(慰謝料)の両方を請求できます。使用者が法人の場合、民法715条(使用者責任)により会社自体を被告とすることも可能です。
解雇直後1週間が勝負――今すぐ行う証拠保全
冤罪解雇において、初動の証拠保全は「後から取り戻せない」最重要作業です。時間が経つにつれ、会社はデータを消去し、関係者の記憶は薄れ、書類は廃棄されます。解雇を告げられた当日から行動してください。
今すぐ確保すべき証拠リスト
書類・文書類
解雇通知書(解雇理由を記載したもの)の原本またはコピーを必ず確保してください。「懲戒解雇理由書」「非違行為の事実認定書」など会社が作成した書類はすべて対象です。雇用契約書、就業規則(懲戒規定のページ)、給与明細3か月分以上、人事評価書なども合わせて保全します。
電子データ類
会社メール(送受信すべて)、社内チャット(Slack・LINE WORKS等)のスクリーンショット、業務上の連絡記録を保存します。クラウドストレージ(Google Drive・iCloud)に日付付きフォルダを作成し暗号化保存してください。私用スマートフォンやUSBメモリにも二重バックアップをとります。
自己記録(日時・場所・発言内容)
解雇を告知された場面を詳細に記録します。具体的には「いつ(年月日・時刻)」「どこで(場所・部屋名)」「誰が(氏名・役職)」「何を言ったか(できる限り正確な発言)」「自分はどう反論したか」「その場にいた第三者は誰か」を時系列でWordやメモアプリに書き出します。この記録は後に証人申請や供述調書の根拠となります。
「事実無根である」根拠の整理
最も重要な作業です。会社が主張する非違行為の「どの部分」が「なぜ」事実に反するのかを具体的に書き出します。アリバイ、作業記録、別の担当者の存在、システムログ、受発注記録など、虚偽を証明する反証材料をすべて列挙します。
証拠保全の法的手段(弁護士と連携)
弁護士に依頼すれば、民事保全法上の証拠保全(民事保全法35条) を申請できます。裁判所が会社の事業所に立ち入り、帳票・メールサーバ・監視カメラ映像などを保全する手続きです。会社が証拠隠滅を図る恐れがある場合は早急に相談してください。
刑事告訴の準備――告訴状の作成方法と提出先
名誉毀損罪(刑法230条)での刑事告訴は、「冤罪を公的に認定させる」という意味で強力な手段です。捜査機関が動くことで会社に対するプレッシャーとなり、民事交渉を有利に進める効果もあります。
告訴状に記載すべき必須事項
告訴状は書式自由ですが、以下の要素を必ず盛り込みます。
①告訴人の情報
氏名、住所、電話番号、メールアドレス、職業。
②被告訴人の情報
会社名・代表者名・所在地(法人として告訴する場合)および、虚偽を申告した具体的な個人(人事担当役員・直属上司等)の氏名・役職・住所。
③犯罪事実(最重要部分)
「いつ」「どこで」「誰が」「どのような方法で」「どのような事実を摘示したか」を具体的に記載します。
記載例:
令和○年○月○日、○○株式会社人事部内において、被告訴人○○(役職:人事部長、住所:△△)は、同社社員である告訴人に対し、告訴人が同社金銭を横領したとの虚偽の事実を口頭および書面で告知した。さらに同日付けの解雇通知書にその旨を明記し、同年○月○日、ハローワークに提出する離職票の離職理由欄に記載することで、不特定多数の者に対し当該虚偽の事実を公然と摘示し、告訴人の名誉を毀損した。これは刑法230条に規定する名誉毀損罪に該当する。
④証拠の概要
解雇通知書、関連書類、証人の氏名等を列挙します(証拠の現物は別途添付)。
⑤告訴の趣旨
「被告訴人を名誉毀損罪として厳重に処罰されたく、告訴する」という文言で締めくくります。
⑥作成日・署名・押印
告訴状の提出先と手続きの流れ
告訴状は警察署(被疑者の住所地または犯罪発生地を管轄する署) または検察庁に提出します。実務上は警察署への提出が一般的です。
提出の際は必ず「受理番号」を確認してください。警察が受理を渋った場合(残念ながらよくあります)は、検察庁に直接提出するか、弁護士経由で提出すると受理されやすくなります。
提出後の流れは「受理→捜査→送検or不起訴」です。不起訴となった場合も検察審査会への申立てが可能です。また刑事告訴が不起訴に終わっても、その捜査記録は民事訴訟で活用できる場合があります。
告訴状作成における重要な注意点
虚偽告訴罪(刑法172条)のリスクを避けるため、告訴状に記載する事実は「確実に証明できること」のみに絞ることが鉄則です。確証のない憶測を記載することは避け、弁護士に必ずレビューを依頼してください。
また名誉毀損罪の告訴期限(公訴時効)は3年(刑事訴訟法250条)ですが、証拠が新鮮なうちに早期提出することを強く推奨します。
民事損害賠償請求の進め方
刑事告訴と並行して、民事での損害賠償請求を進めます。民事は「損害を金銭で回収する」手続きであり、刑事の結果に左右されず独立して進められます。
請求できる損害の内訳
財産的損害(実損)
- 解雇から再就職までの間の逸失賃金(解雇無効が認められた場合の未払い賃金)
- 弁護士費用の一部(損害として認められるケースあり)
- 再就職活動費用
- 解雇通知後に取引先・顧客を失った場合の営業損失(自営業者等)
非財産的損害(慰謝料)
事実無根の非違行為を公表されたことによる精神的苦痛に対する慰謝料です。名誉毀損の慰謝料は事案により数十万円から数百万円の幅があります。解雇理由の悪質性(犯罪行為を捏造した等)や、伝達範囲の広さ(全社掲示・取引先への通知等)が金額を左右します。
解雇無効に伴う地位確認と賃金支払い請求
解雇無効を主張し、労働者としての地位確認と解雇日以降の賃金全額の支払いを求めることが民事請求の柱となります。
民事手続きの選択肢と使い分け
労働審判(最初の選択肢として推奨)
申立てから原則3回の期日で解決する迅速な手続きです(労働審判法1条)。費用が比較的低廉で、平均審理期間は約70日。合意による解決(審判)が成立しない場合は自動的に訴訟に移行します。「早期に解決金を得たい」場合に適しています。
申立先:相手方(会社)の所在地を管轄する地方裁判所
地位確認訴訟(解雇無効を正面から争う場合)
解雇無効の判決を求める正式な民事訴訟です。審理期間は1~2年程度かかりますが、判決に既判力があるため、会社への抑止力が高く、再発防止の観点からも有効です。
内容証明郵便による事前請求
訴訟提起前に、弁護士名義の内容証明郵便で「解雇無効・損害賠償請求」を通知することが実務上の標準手順です。これにより時効中断効果が生じ(民法147条)、会社が任意に和解に応じるケースもあります。
刑事と民事を「並行」させる戦略的メリット
刑事告訴と民事請求を同時進行させる最大の理由は、相互に圧力を高め合う相乗効果にあります。
刑事捜査が開始されると、会社は証拠隠滅や口裏合わせへの法的リスクを意識し、民事交渉での姿勢が軟化するケースがあります。逆に民事の証拠開示(文書提出命令)で得た証拠が、刑事告訴の補強材料になることもあります。
また、名誉毀損で告訴状が受理されたという事実自体が、労働審判や民事訴訟での交渉において「会社の行為の違法性」を裏付ける材料として機能します。
ただし並行対応は弁護士なしでは現実的に難しい側面があります。刑事・民事それぞれで一貫した主張を維持しながら、証拠や陳述が矛盾しないよう管理する必要があるからです。労働事件と刑事事件の両方に精通した弁護士への依頼が不可欠です。
各相談窓口と弁護士の選び方
最初に相談すべき窓口(優先順位付き)
第1位:労働事件専門の弁護士(必須)
並行対応の全体戦略を立案できるのは弁護士のみです。法テラス(0570-078374)では収入要件を満たせば無料法律相談・費用立替制度が利用できます。弁護士費用の目安は着手金10~30万円+成功報酬(回収額の15~20%程度)が一般的ですが、事務所により異なります。
弁護士を選ぶ際のポイントは「労働事件の実績」「刑事事件も扱うかどうか」「初回相談の対応の丁寧さ」です。労働事件に専門特化した弁護士であれば、懲戒解雇の事例判例に精通しており、より有利な主張立証が期待できます。
第2位:労働基準監督署
解雇予告手当の未払い、解雇理由証明書の不交付など、労働基準法違反の申告窓口です。相談した記録が残るため、時効管理の観点からも早期に相談することを推奨します。全国の労働基準監督署は厚生労働省ウェブサイトで検索可能です。
第3位:都道府県労働局の総合労働相談コーナー
無料で労働問題全般の相談ができ、「あっせん」制度(裁判外紛争解決手続き)を利用することも可能です。ただし法的拘束力はないため、あくまで補助的窓口として位置づけてください。
第4位:労働組合(ユニオン)
個人で加入できる合同労組(地域ユニオン等)に加入すれば、団体交渉権が生じ会社に対して交渉を求めることができます。弁護士費用をかけずに初期交渉を進めたい場合の選択肢として有効です。
離職票・ハローワーク対応――見落としがちな重要手続き
事実無根の懲戒解雇の場合、離職票の「離職理由」欄の記載内容に注意が必要です。会社が虚偽の懲戒事由を離職票に記載すれば、ハローワークへの虚偽申告(雇用保険法上の問題)となるとともに、新たな名誉毀損の根拠にもなりえます。
ハローワークでの手続き時に離職理由に異議がある場合は、「異議あり」として申し出てください。ハローワークが会社に事実確認を行い、理由が変更される場合があります。また、懲戒解雇の場合は通常、給付制限(3か月)が課されますが、解雇が無効であれば「会社都合退職」として扱われ、給付制限なし・給付日数も優遇されます。ハローワークに対し解雇の不当性を申し出ることが重要です。
対応全体のタイムライン
| 時期 | 優先行動 |
|---|---|
| 解雇当日~3日以内 | 証拠保全(書類・電子データ・記憶の記録) |
| 1週間以内 | 弁護士への初回相談、労働基準監督署への相談記録 |
| 2週間以内 | 内容証明郵便の発送(弁護士経由)、解雇理由証明書の請求(労基法22条) |
| 1か月以内 | 告訴状の作成・提出、労働審判申立て(または訴訟提起)の方針決定 |
| 3か月以内 | 労働審判期日、並行して刑事捜査の進捗確認 |
| 6か月~1年 | 民事訴訟の本格審理、証人尋問、最終的な判決・和解交渉 |
手続きを進める上での注意事項
SNS・口コミへの書き込みは厳禁
冤罪への怒りから会社の行為をSNSに投稿したくなる気持ちは理解できますが、逆に名誉毀損や業務妨害で訴えられるリスクがあります。証拠を集める段階では、法的手続き以外の「報復行動」は避けてください。
会社との直接交渉には応じない
解雇後に会社側から「話し合いたい」と接触があった場合、弁護士なしで単独対応することは危険です。発言内容が後から別の形で使われる可能性があります。必ず「弁護士を通じて対応します」と告げてください。
時効に注意
不当解雇に基づく損害賠償請求権の消滅時効は原則3年(民法724条)、未払い賃金の請求権は3年(労基法115条)です。名誉毀損の刑事告訴の公訴時効は3年ですが、証拠が最も新鮮な今こそ行動すべきです。
よくある質問
Q1. 告訴状を警察に持って行っても受理してもらえないケースはありますか?
残念ながら、警察が労使関係の名誉毀損案件について受理を渋るケースは少なくありません。その場合は①検察庁(検察官告訴)への直接提出、②弁護士経由での告訴状提出、③告訴状を内容証明郵便で警察署長あてに郵送する方法が有効です。弁護士名義での提出は受理率が高まる実務的効果があります。
Q2. 刑事告訴が不起訴になった場合、民事の損害賠償請求はどうなりますか?
刑事と民事は独立した手続きです。刑事が不起訴でも、民事では「証拠の優越(より高い蓋然性)」という低いハードルで判断されるため、不起訴=民事も負けではありません。また不起訴となった捜査記録(不起訴理由通知書等)が民事の証拠として活用できる場合もあります。
Q3. 証拠が解雇通知書しかない場合でも請求できますか?
解雇通知書は核心的な証拠です。そこに記載された虚偽の事実が「公然と摘示された事実」として機能します。さらに「その事実が虚偽である」ことを示す反証(アリバイ・記録・証言等)を積み上げることで請求の基礎となります。証拠が限られている場合でも、弁護士への相談で証拠収集の方向性が見えてきます。
Q4. 弁護士費用が払えない場合はどうすればよいですか?
法テラス(日本司法支援センター)の審査を通過すれば、弁護士費用の立替制度(民事法律扶助)が利用できます。収入・資産要件があり、月収基準は単身者で約18万2,000円以下が目安です。また、成功報酬型で受任する弁護士(着手金0円)を探すことも選択肢です。労働事件は成果報酬型の扱いが比較的多い分野です。
Q5. 懲戒解雇の事実が転職先にバレると困るのですが、地位確認訴訟中はどう説明すればよいですか?
訴訟係属中は「解雇の効力を争っています」という事実を正直に説明することが基本です。虚偽の説明は後にリスクとなります。一方で、訴訟で解雇無効が確定すれば「懲戒解雇の事実」は法的に存在しなかったことになるため、その後は懲戒解雇を申告する義務はないとする見解が有力です。転職活動中の具体的な対処については弁護士に相談してください。
事実無根の懲戒解雇は、あなたの職と名誉を同時に奪う二重の侵害です。しかし法律は、解雇権濫用の無効・名誉毀損の刑事告訴・民事損害賠償という複数の武器をあなたに与えています。証拠が最も豊富な今この瞬間こそ、行動を始める最善のタイミングです。一人で抱え込まず、まず弁護士に相談し、冤罪を晰らす第一歩を踏み出してください。
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