「歩合制だから残業代はない」と会社に言われていませんか? それは法律上、完全に誤りです。日当+完全歩合制という給与体系でも、残業代の支払い義務は会社に存在します。計算方法が複雑なために「請求できない」と諦めてしまう労働者が多いのが現状ですが、労働基準法には明確な算出ルールがあり、正確な金額を計算して請求することが可能です。
このガイドでは、日当+完全歩合制における残業代の正確な計算方法・証拠収集の手順・労基署への申告ステップを、具体的な計算例とともに解説します。今まさに未払い問題に直面している方は、ぜひこのページの手順を最初のステップとして活用してください。
歩合制でも残業代が発生する法的根拠
労働基準法37条が定めるルール
歩合制・完全歩合制であっても、残業代(割増賃金)を支払う義務は一切免除されません。これは労働基準法第37条に明確に定められており、会社の就業規則や雇用契約書がどのような内容であっても、この法律に反する取り決めは無効となります(労基法第13条)。
労基法37条の骨子をまとめると、以下のとおりです。
| 時間帯 | 割増率 |
|---|---|
| 法定時間外労働(1日8時間・週40時間超) | 通常賃金の25%以上割増 |
| 深夜労働(22時〜翌5時) | 通常賃金の25%以上割増 |
| 法定休日労働 | 通常賃金の35%以上割増 |
| 時間外+深夜の重複 | 通常賃金の50%以上割増 |
ここで重要なのが「通常賃金」の定義です。歩合制の場合、残業代の計算に使う「1時間あたりの基礎単価」を正しく算出することが、請求金額を確定させるうえで最大のポイントになります。
出来高払い・歩合制への特別規定
労働基準法施行規則第19条第1項第6号は、出来高払い制(歩合制)労働者の割増賃金の計算基準を明示しています。
「出来高払い制その他の請負制によって定められた賃金については、その賃金の総額を当該賃金算定期間における総労働時間数で除した金額」を基礎として割増賃金を計算する。
つまり、1か月の歩合給総額を、その月の総労働時間(残業時間を含む)で割った金額が、残業代計算の基礎単価になります。この単価に0.25(法定時間外の割増分)を掛け、さらに残業時間数を掛けると、支払われるべき残業代が算出されます。
なお、日当(固定日額)部分については、後述のとおり別途「時給換算」のうえ、歩合給と合算して計算します。
日当+歩合制の残業代:正確な計算手順
計算の全体像を理解する
日当+完全歩合制の給与は、次の2つの要素から構成されています。
月の受け取り総額 = 日当(固定部分)の合計 + 歩合給(変動部分)の合計
残業代の計算基礎となる「1時間あたりの賃金単価」は、この2つを合算した総額を、その月の総労働時間で割って求めます。計算をステップに分解すると次のようになります。
ステップ1|月の賃金総額を確認する
給与明細または振込記録から、日当合計と歩合給合計の両方を確認します。交通費実費支給分・社会保険料控除前の支給総額(税引き前)を使います。
ステップ2|月の総労働時間を確認する
タイムカード・出勤簿・業務日報などから、その月の実際の総労働時間(通常時間+残業時間)を積み上げます。
ステップ3|1時間あたりの基礎単価を計算する
基礎単価(円/時間) = 月の賃金総額 ÷ 月の総労働時間
ステップ4|残業代(割増賃金)を計算する
法定時間外残業代 = 基礎単価 × 0.25 × 法定時間外労働時間数
歩合制の場合、通常時間分の賃金はすでに月の総額に含まれているため、残業代として追加支払いが必要なのは割増部分の25%(または35%・50%)のみとなります。これが「按分計算」と呼ばれる考え方の実質的な意味です。
具体的な計算例
以下の条件で計算してみましょう。
前提条件
- 雇用形態:日当制+完全歩合制の配送ドライバー
- ある月の日当合計:180,000円(日当9,000円×20日出勤)
- ある月の歩合給:80,000円
- 月の賃金総額:260,000円
- 所定労働時間:1日8時間、週5日
- その月の所定内労働時間:160時間(8時間×20日)
- その月の残業時間:30時間(法定時間外)
- 月の総労働時間:190時間(160時間+30時間)
ステップ3の計算
基礎単価 = 260,000円 ÷ 190時間 ≒ 1,368円/時間
ステップ4の計算
未払い残業代 = 1,368円 × 0.25 × 30時間 = 10,260円
つまり、この月だけで10,260円の残業代が支払われていなければなりません。これが12か月・3年分にわたって累積すると、請求総額は数十万〜百万円超になるケースも珍しくありません。
最低賃金との照合チェックを忘れずに
計算で求めた「基礎単価(1,368円/時間)」は、必ずその都道府県の最低賃金(時間額)と比較してください。基礎単価が最低賃金を下回っている場合は、最低賃金法違反が別途成立します。
例:東京都の最低賃金(2024年度)= 1,163円/時間
→ 1,368円 > 1,163円 のため最低賃金法違反はなし
→ ただし基礎単価が最低賃金を下回るケースでは
最低賃金額を基礎単価として残業代を再計算する
証拠収集:今すぐ動くべき7つのアクション
なぜ証拠収集が「最優先」なのか
残業代請求において、証拠の確保は請求の成否を左右します。会社側が「残業した事実がない」「記録がない」と主張した場合、労働者側が労働時間を立証する責任を負う場面があるからです。また、会社が労基署の調査を察知した後にタイムカードや給与台帳を「修正」するリスクもゼロではありません。
以下のリストを今日中に確認・実行してください。
証拠収集チェックリスト
□ 給与明細(直近3年分)をスマートフォンで撮影
□ 銀行口座への給与振込履歴をPDF・スクリーンショットで保存
□ タイムカード・打刻記録の写真撮影(原本に触れない)
□ 出勤簿・勤怠管理システムの画面をスクリーンショット
□ 業務日報・配送記録・営業報告書の保存
□ 残業指示・帰宅時間確認のメール・LINEのスクリーンショット
□ シフト表・作業スケジュール表の撮影
保存方法の鉄則
収集した証拠は、会社のデバイスや社内サーバーには絶対に保存しないでください。自身の個人端末に保存したうえで、以下のいずれか複数の場所にバックアップを取ります。
- 個人のGoogle Drive・OneDrive等のクラウドストレージ
- 自宅のUSBメモリまたはHDD
- 自分の個人メールアドレス宛に添付送信
- 信頼できる家族・知人のデバイスにコピー送信
タイムカードや記録がない場合の対処法
会社がタイムカードを導入していないケースは多くあります。その場合でも、以下の間接証拠を組み合わせることで労働時間を推定・立証できます。
- スマートフォンの位置情報履歴(業務中の移動ログ)
- 社用車・配送車のGPS記録(会社に開示請求)
- ICカード(Suica等)の乗車履歴
- 業務用スマートフォンの通話記録・メール送受信タイムスタンプ
- 自分で付けていた手帳・メモ帳の記録
- コンビニレシート・駐車券等の日時スタンプ入り領収書
これらを組み合わせて「自作タイムシート」を作成し、日ごとの出勤・退勤時刻と残業時間数を記録した一覧表を用意します。労基署への申告・弁護士相談時に非常に有効な資料になります。
未払い残業代の計算期間と消滅時効
2020年改正で請求できる期間が延長された
残業代請求権には消滅時効があります。時効を過ぎると法律上の請求権が消滅するため、「いつからいつまでの分を請求できるか」を正確に把握することは非常に重要です。
2020年4月1日施行の改正民法(および労働基準法改正)により、時効期間が変更されました。
| 賃金の発生日 | 消滅時効期間 |
|---|---|
| 2020年3月31日以前 | 2年 |
| 2020年4月1日以降 | 3年(当面の特例として3年) |
現時点(2025年)では、直近3年分(2022年以降発生分)の残業代を請求できます。ただし、時効は毎月の給与支払日から起算されるため、古い月分から順に時効が成立していきます。「もう少し待ってから請求しよう」と考えると、その間にも時効が進行し続けます。請求の意思があればできるだけ早く行動することが不可欠です。
時効を止める方法
内容証明郵便による残業代支払請求書の送付は、時効の「完成猶予(中断)」効果があります(民法第150条)。送付日から6か月間、時効の進行が止まります。弁護士や社労士に相談し、内容証明郵便を送ることを検討してください。
会社への請求手順:3つの段階
第1段階|社内での支払い請求
まず、会社(人事・総務担当または経営者)に対して、未払い残業代の支払いを直接求めます。この段階では口頭ではなく、書面(残業代支払請求書)を使うことが重要です。書面によって「いつ、何を請求したか」の記録が残り、後の労基署申告・訴訟で重要な証拠になります。
残業代支払請求書に記載すべき事項
1. 請求者の氏名・住所
2. 会社名・宛名(代表者名)
3. 請求の内容(未払い残業代の支払い)
4. 計算根拠(月別の残業時間数・基礎単価・割増率・金額)
5. 請求総額
6. 支払い期限(例:本書到着後14日以内)
7. 振込先口座情報
8. 日付・署名
請求書は普通郵便ではなく「内容証明郵便+配達証明」で送ることを強く推奨します。郵便局が内容と送付日時を公的に証明してくれるため、「受け取っていない」「そんな請求は知らない」という言い逃れを防げます。
第2段階|労働基準監督署への申告
会社が支払いを拒否した場合、または連絡を無視した場合は、会社の所在地を管轄する労働基準監督署(労基署)に申告します。
申告の手順
- 事前に電話で相談の予約を入れる(「労働相談をしたい」と伝えるだけでOK)
- 持参書類を準備する(後述のリスト参照)
- 申告書(労基署の窓口にある、または厚生労働省ウェブサイトからダウンロード可)を記入・提出
持参書類リスト
□ 労基署申告書(当日記入も可)
□ 雇用契約書または労働条件通知書
□ 給与明細(3年分が理想。少なくとも1年分)
□ 給与振込記録(通帳コピーまたは明細)
□ タイムカード・出勤簿のコピーまたは写真
□ 自作タイムシート(記録がない場合)
□ 残業代支払請求書の写し(会社に送付済みの場合)
□ 内容証明郵便の受領証(配達証明)
労基署は申告を受理すると、会社に対して立入調査・指導・是正勧告を行います。是正勧告が出れば、会社は法的に是正措置(未払い残業代の支払い)を求められます。なお、申告者の氏名は原則として会社に通知されませんが(労基法第104条第2項)、調査の過程で特定されるリスクがゼロではない点は理解しておいてください。
第3段階|法的手続き(少額訴訟・労働審判・訴訟)
労基署の指導後も会社が支払わない場合、または刑事罰の適用よりも確実な「金銭回収」を優先したい場合は、法的手続きに移行します。
| 手続き | 特徴 | 費用感 |
|---|---|---|
| 少額訴訟 | 60万円以下が対象、1回期日で判決、本人申立て可 | 数千円〜 |
| 労働審判 | 3回以内の期日で解決、弁護士なしでも可 | 数万円〜 |
| 通常訴訟 | 高額請求・複雑な事案向け、弁護士推奨 | 弁護士費用別途 |
弁護士費用については、成功報酬型(勝訴した場合のみ一定割合を払う)の弁護士事務所も多く、初期費用ゼロで依頼できるケースもあります。法テラス(日本司法支援センター)を通じると、収入要件を満たせば弁護士費用の立替制度も利用できます。
相談窓口と専門家への相談タイミング
主要な公的相談窓口
労働基準監督署(全国各地)
未払い賃金の申告・相談窓口。無料。平日日中のみ対応。各地の労基署では、給与計算に関する技術的なアドバイスも行っており、あなたの残業代計算が正確かどうかの確認も可能です。
総合労働相談コーナー(各都道府県労働局内)
労基署申告の前段階として、労働問題全般を無料相談できる。匿名相談も可。残業代請求前の「実際に請求できるか」判断に最適です。
労働局の「あっせん」制度
会社との話し合いに第三者の調停機関が入る行政ADR(裁判外紛争解決手続)。費用無料、弁護士なしで利用可。内容証明郵便後の交渉が難航した際の中間ステップとして機能します。
法テラス(日本司法支援センター)
電話:0570-078374。弁護士費用立替制度あり。収入・資産基準あり。年間3,000件以上の労働相談を受け付けており、月1回程度の月額返済で弁護士依頼が可能なケースもあります。
社会保険労務士(社労士)
給与計算・労務管理の専門家。残業代の計算確認や会社交渉のサポートを依頼できる。費用は事務所による。弁護士より相談料が安い傾向で、計算の技術的相談に適しています。
弁護士・社労士に相談すべきタイミング
以下のいずれかに当てはまる場合は、早期に専門家に相談することを強く推奨します。
- 請求金額が50万円以上になりそうな場合
- 会社が解雇・降格・嫌がらせなど報復的対応をとってきた場合
- 会社が給与台帳・タイムカードの開示を拒否している場合
- 消滅時効まで1〜2か月を切っている可能性がある場合
- 雇用契約書に「固定残業代込み」「歩合制のため残業代なし」などの問題条項がある場合
まずは法テラスの無料相談を活用し、専門家の見立てを確認したうえで、本格的なサポート依頼を検討することをお勧めします。
よくある質問(FAQ)
Q1. 「歩合制には残業代は出ない」と契約書に書いてあった場合はどうなりますか?
その条項は無効です。労働基準法第13条により、労基法の基準に達しない労働条件を定めた契約条項は、その部分に限り無効となります。契約書にどう書いてあっても、残業代の請求権は消滅しません。
Q2. 日当に「残業代込み」と言われています。これは有効ですか?
「日当に残業代が含まれる」という取り決めを「固定残業代制度」と言いますが、有効と認められるには厳格な要件があります。①残業代として支払われる金額が明確に区別されている、②実際の残業代相当額として計算上不足がない、③労働者が内容を認識している、の3点がすべて満たされる必要があります。これらの要件が不明確な場合、固定残業代制度は無効と判断され、残業代全額を別途請求できる可能性があります。
Q3. タイムカードがなく、労働時間を証明する書類がありません。請求できますか?
証明書類がなくても諦める必要はありません。前述のとおり、位置情報・通話記録・業務日報・手帳のメモ等、間接証拠を複数組み合わせることで、労働時間を「合理的に推定」できると認められたケースは多くあります。まず労基署や弁護士に相談し、手元の記録から何が証拠として使えるかを確認してください。
Q4. 会社がすでに退職しており、給与明細も手元にありません。請求できますか?
退職後でも時効が来ていなければ請求できます。給与明細については、会社は賃金台帳を5年間保存する義務(労基法第109条)があるため、開示請求が可能です。また、銀行の振込履歴は5〜10年程度遡って再発行を依頼できるケースが多く、これで支払い金額の確認ができます。
Q5. 残業代を請求したら解雇されそうで怖いです。
残業代請求を理由とする解雇・不利益扱いは労働基準法第104条第2項が禁止しており、それ自体が違法行為です。もし請求後に解雇・降格・嫌がらせ等があった場合は、残業代問題と同時に「不当解雇」「ハラスメント」としても申告・請求できます。証拠があればむしろ会社側のリスクが高まるため、泣き寝入りせず専門家に相談してください。
Q6. 歩合給の額が月によって大きく変わります。残業代の計算はどう対応しますか?
歩合給が変動する場合も、計算方法の原則は同じです。月ごとに「賃金総額÷総労働時間=基礎単価」を算出し、その月の残業時間に対して0.25を掛けます。月ごとに基礎単価が異なるため、1年分を月別に計算して合算することになります。Excelや表計算ソフトを活用すると効率的に集計できます。
まとめ:今すぐ動くべき3つのアクション
日当+完全歩合制であっても残業代は法律上必ず発生します。「歩合制だから仕方ない」「計算方法が複雑だから諦めた」という理由で請求を断念することは、あなたが当然受け取るべきお金を放棄することを意味します。
今日すぐ取り組むべきこと:
- 証拠の確保:給与明細・タイムカード・振込記録を今すぐスマートフォンで撮影し、個人のクラウドストレージに保存する
- 金額の試算:給与明細と残業時間の記録をもとに、本記事の計算式で請求可能額を概算する
- 相談の予約:管轄の労働基準監督署または法テラスに電話し、無料相談の予約を入れる
時効は今この瞬間も進んでいます。「来週から動こう」ではなく、今日を行動の起点にしてください。一人で抱え込まず、専門家や公的機関のサポートを積極的に活用することが、確実な解決への最短ルートです。
本記事は2025年時点の法令・制度に基づいて作成しています。個別の事案への適用については、必ず弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

