転職しようとした途端、会社から「秘密保持契約違反で損害賠償請求する」「転職先にも連絡した」と告げられた——そんな経験をしている方は少なくありません。このような行為は、単なる「会社の権利主張」ではなく、刑事犯罪に該当する可能性がある違法行為です。
本記事では、会社による脅迫的な損害賠償請求・転職先への直接連絡が、どの法律に違反するのかを具体的に解説し、証拠保全から警察への被害届・逆請求までの実務的な対抗手段を順を追ってお伝えします。まず「自分が守られている」という事実を理解し、冷静に行動しましょう。
会社が転職先に直接連絡する行為は複数の犯罪に該当する【法律解説】
脅迫罪(刑法222条)が成立する理由
刑法222条が定める脅迫罪は、「人の生命・身体・自由・名誉・財産に対して害を加える旨を告知して人を脅した」場合に成立し、2年以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。
ここで問題となるのは「自由」の侵害です。職業選択の自由は憲法22条が保障する基本的人権であり、転職する自由はこの「自由」に直接含まれます。転職の自由を侵害する言動は、個人の職業選択権を脅かす違法行為として認識されます。
「損害賠償請求する」という言葉は、一見すると権利行使の予告のように聞こえます。しかし、法的根拠が曖昧な状態で、転職を妨害する目的をもって伝える場合、それは「財産に対して害を加える旨の告知」に該当し、脅迫罪の構成要件を満たします。特に、転職先に対して直接連絡し、採用を取り消させるよう働きかける行為は、被害者の転職という「自由」に対する直接的な脅迫といえます。
業務妨害罪(刑法233条)として認定される理由
刑法233条の信用毀損罪・業務妨害罪は、「虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて人の業務を妨害した」場合に3年以下の懲役または50万円以下の罰金を定めています。
会社が転職先に「この人物は秘密保持契約に違反している」「損害賠償請求を検討している」などと連絡する行為は、次の2つの業務を同時に妨害します。
- 転職先企業の採用業務:正常な採用プロセスへの干渉
- あなた自身の転職活動という業務:内定・就業という経済活動の妨害
根拠のない秘密漏洩の主張を転職先に伝える行為は「偽計」に当たり、業務妨害罪の成立要件を充足する可能性が高いと考えられます。
名誉毀損罪(刑法230条)との関係
「この人は会社の機密を漏らした」「契約違反を犯している」などと事実(あるいは虚偽の事実)を転職先に告知する行為は、名誉毀損罪(刑法230条・3年以下の懲役または禁錮もしくは50万円以下の罰金)にも該当し得ます。たとえ事実であっても、公益目的がなく、専ら転職を妨害する目的で第三者に伝える場合には「公共の利益のためでない」として違法性が阻却されません。
不正競争防止法との関係性
会社が「営業秘密の持ち出し」を主張する場合、不正競争防止法も絡んできます。ただし同法が保護する「営業秘密」には厳格な定義があり(第2条第6項)、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3要件をすべて満たす必要があります。
多くの場合、会社が「秘密だ」と主張するだけでは法的保護の対象になりません。また、社員が業務を通じて身につけた一般的なスキルや業務知識は、そもそも不正競争防止法の保護対象外です。
今すぐできる行動: 会社からの連絡・メール・通知書のすべてを日時がわかる形でスクリーンショット・保存し、転職先に「前職から連絡が来ていないか確認してほしい」と丁寧に問い合わせましょう。
あなたの転職は完全に自由:競業避止契約・秘密保持契約の有効性の限界
「競業避止契約」が法的に有効となる4つの要件
競業避止義務(同業他社への転職禁止・同種事業の起業禁止)を定める契約は、退職後にも効力を持つように見えますが、日本の裁判所は非常に厳格な要件を課しており、ほとんどのケースで無効と判断されています。
最高裁判例および地裁・高裁の蓄積された判例法理によれば、競業避止契約が有効と認められるには以下の4要件をすべて満たす必要があります。
| 要件 | 具体的な判断基準 |
|---|---|
| 目的の正当性 | 保護すべき正当なビジネス上の利益が存在すること |
| 制限の必要性 | 当該労働者の職種・地位からして必要最小限であること |
| 内容・期間の合理性 | 禁止期間(原則2年以内)・地域・業種範囲が合理的であること |
| 対価の有無 | 退職金の上乗せ・秘密保持手当など相応の代償措置があること |
実務上、これら4要件を全て満たす契約は極めてまれです。特に、「一切の競合他社への転職を禁ずる」「退職後3年間は同業種に転職できない」「対価なし」といった内容は、職業選択の自由(憲法22条)を不当に制限するものとして民法90条の公序良俗違反で無効とされる可能性が高くなります。
なお「日本鴻池運搬事件」をはじめとする判例では、転職の自由を基本的人権として重視し、競業避止契約の有効性を厳しく制限する姿勢が確立されています。
秘密保持契約は「真の営業秘密」に限定される
秘密保持契約(NDA)についても同様です。会社が「秘密だ」と社内規程に記載しているだけでは、法的な保護を受けられません。不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるには、先述の3要件(秘密管理性・有用性・非公知性)を満たすことが必要です。
以下の情報は、たとえ社内で「機密」と扱われていても、法的保護の対象外となりやすい代表例です。
- 業務を通じて自然に習得した一般的なスキル・知識・経験
- 業界全体で広く知られている取引慣行・技術
- 社員であれば誰でもアクセスできる状態で管理されていた情報
- 公開特許・会社のウェブサイト・カタログ等で既に公開されている情報
また、転職先で「前職と似た業務」に就くこと自体は自由です。自分の頭にある知識・スキルを使って働くのは当然の権利であり、それを「秘密情報の流用」と主張することは権利濫用(民法1条3項)に当たります。
今すぐできる行動: 署名した競業避止契約・秘密保持契約のコピーを手元に用意し、「制限対象となる業種・期間・地域は具体的に何か」「対価は何か」を確認してください。曖昧・過大な制限であれば無効の可能性が高いです。
緊急対応の手順:被害を受けたその日からやること
証拠保全(最優先:受害当日中に実施)
脅迫的な行為への対抗において、証拠は命綱です。会社側が行為を否定したときに備え、受害当日中に以下をすべて実施してください。
保存すべき証拠の種類と方法
【メール・通知書】
□ 会社から届いたメールをスクリーンショット(日時・送信者が映るように)
□ 内容証明郵便・書面は原本を封筒ごと保管(開封後もテープで戻す)
□ PDF化してGoogleドライブ・Dropboxなど複数のクラウドに保存
【電話・口頭での脅迫】
□ 通話記録(スマホの発着信履歴をスクリーンショット)
□ 録音(通話中の録音、または会話直後にスマホのボイスメモへ内容を記録)
【転職先への連絡確認】
□ 転職先の人事担当者に「前職から連絡が来ていないか」確認し、メールで回答をもらう
□ 転職先が受け取った連絡内容のコピーをメール等で提供してもらう
【その他】
□ 社内チャット(Slack/Teams)のスクリーンショット
□ LINE・SMS・SNSメッセージ
証拠は1か所だけでなく、自宅PC・クラウド・USBメモリの最低3か所に分散保存することを強く推奨します。
転職先への誠実な状況報告(証拠保全の翌日中)
会社があなたの転職先に直接連絡している場合、転職先が困惑・不安を抱えている可能性があります。黙っていることが最悪の対応となるため、速やかに以下のアクションを取ってください。
- 転職先の人事担当者・直属の上長に連絡し、前職から連絡が届いた事実を認識しているか確認する
- 「前職の主張は法的根拠が乏しく、弁護士に相談のうえ対応しています」と冷静に伝える
- 必要であれば、弁護士からの受任通知書(後述)を転職先にも共有する
- 転職先が受けた連絡内容のコピーをメール等で提供してもらうよう丁重に依頼する
転職先企業もまた被害者となり得るため、共通の利益として連携できる関係と捉えることが重要です。
弁護士への相談(3日以内)
労働問題・刑事犯罪両面に精通した弁護士への相談は、できる限り早期に行ってください。
- 初回相談:多くの弁護士事務所は無料または低価格(5,000〜10,000円)で初回相談を受け付けています
- 法テラス(日本司法支援センター):収入要件を満たす方は無料法律相談・弁護士費用の立替制度を利用できます(0120-079-110)
- 弁護士費用の目安:受任通知書作成〜交渉で20〜50万円程度が一般的ですが、逆請求で回収できる可能性があります
今すぐできる行動: 法テラス(0120-079-110)または地域の弁護士会の「労働問題専門窓口」に電話し、最短での相談予約を入れましょう。
警察への被害届・告訴状の提出手順
どの警察署に行くべきか
脅迫罪・業務妨害罪・名誉毀損罪は刑事事件として警察に申告できます。管轄は原則として被害を受けた場所(あなたの住所地・勤務地)を管轄する警察署です。
被害届・告訴状に必要な記載事項
被害届・告訴状には以下を記載します。弁護士に作成を依頼することが最も確実ですが、自作も可能です。
1. 被害者(あなた)の氏名・住所・連絡先
2. 加害者(会社・担当者)の氏名・法人名・住所
3. 犯罪事実:いつ・どのような方法で・何をされたか(時系列で具体的に)
4. 該当すると思われる罪名(脅迫罪・業務妨害罪・名誉毀損罪等)
5. 証拠の一覧(メール・録音等)
6. 被害の経緯と現状
警察対応のポイント
警察が「民事事件だ」として受理を渋るケースもあります。その場合は以下の対応を取りましょう。
- 「受理しない」場合は「不受理の理由を書面で教えてください」と要求する(書面要求だけで対応が変わることが多い)
- 都道府県警の「警察本部」への相談も有効
- 弁護士に告訴状の作成・提出同行を依頼すると受理率が格段に上がる
今すぐできる行動: 証拠がそろった段階で(できれば弁護士と一緒に)最寄りの警察署刑事課に「刑事告訴の相談をしたい」と出向きましょう。事前電話予約も可能です。
逆請求・反撃のための法的手段
会社への損害賠償請求(逆請求)の根拠
会社による脅迫的な行為・転職先への不当な介入によってあなたに損害が生じた場合、民法709条(不法行為)に基づいて逆に損害賠償請求を行うことができます。請求できる損害の範囲は以下の通りです。
| 損害の種類 | 内容 | 請求可能な理由 |
|---|---|---|
| 精神的損害(慰謝料) | 転職活動中の精神的苦痛 | 脅迫・業務妨害による不法行為 |
| 転職機会の喪失による損害 | 内定取消・転職遅延による収入損失 | 業務妨害の直接的結果 |
| 弁護士費用 | 対抗のために要した費用 | 不法行為との因果関係 |
| その他実費 | 相談費・証拠収集費 | 同上 |
慰謝料の相場は事案によりますが、転職妨害が認定された場合で数十万円〜百万円以上を請求した事例も存在します。
内容証明郵便による警告書の送付
弁護士を通じた内容証明郵便(警告書)の送付は、費用対効果が高い有効な反撃手段です。
内容証明郵便に記載すべき主要事項:
- 「転職先への連絡が脅迫罪・業務妨害罪に該当する旨の法的警告」
- 「競業避止契約・秘密保持契約の有効性を争う意思表示」
- 「これ以上の妨害行為があれば刑事告訴・損害賠償請求を行う旨の予告」
- 「転職先への連絡を直ちに中止することの要求」
内容証明郵便は郵便局が差出・受取を証明するため、後日の裁判でも証拠として使用できます。費用は弁護士費用を含めて5〜15万円程度が目安です。
権利濫用による請求棄却の主張
万が一会社が本当に損害賠償請求訴訟を起こしてきた場合、以下の防御方針が有効です。
- 競業避止契約の無効主張:合理的範囲を超えた制限として民法90条(公序良俗違反)・民法1条3項(権利濫用)を主張
- 損害の不存在・不特定:会社は「具体的にいくらの損害が発生したか」を立証しなければならないが、多くのケースで立証困難
- 因果関係の不存在:仮に秘密を持ち出したとしても、転職先での活用による損害額の立証は極めて困難
過去の裁判例では、根拠の薄い損害賠償請求を会社が行った事案において、逆に権利濫用・不法行為として会社側が損害賠償を命じられた例もあります。
今すぐできる行動: 弁護士に「内容証明郵便による警告書の送付」を依頼し、「逆請求の見通し」を確認してください。多くの事案は内容証明の送付だけで会社側が態度を改めます。
主要な相談窓口と無料相談先一覧
迅速に動くことが被害拡大防止の鍵です。以下の窓口を活用してください。
| 相談先 | 連絡先 | 特徴・費用 |
|---|---|---|
| 法テラス(日本司法支援センター) | 0120-079-110 | 収入要件あり・無料相談・費用立替制度あり |
| 都道府県労働局(総合労働相談コーナー) | 各都道府県労働局 | 無料・平日対応・あっせん制度あり |
| 日本弁護士連合会 法律相談センター | 各都道府県弁護士会 | 30分5,500円が多い・専門弁護士紹介 |
| 警察(生活安全課・刑事課) | 最寄り警察署 | 脅迫罪・業務妨害罪の刑事相談 |
| 労働問題専門弁護士(私選) | 各弁護士事務所 | 初回無料が多い・迅速対応 |
平日に動けない方へ: 法テラスは夜間・土曜も相談窓口(電話)を開設しています。また多くの弁護士事務所でオンライン相談・土日対応が可能です。
手続きの全体フロー:行動チェックリスト
【Day 1:当日】
□ 証拠の完全保全(メール・録音・スクリーンショット)
□ 転職先への状況確認連絡
□ クラウドへの複数バックアップ
【Day 2〜3:3日以内】
□ 弁護士への相談予約(法テラスまたは弁護士会)
□ 転職先との連携・情報共有
【Day 4〜7:1週間以内】
□ 弁護士との初回相談実施
□ 内容証明郵便の作成・送付依頼
□ 被害届・告訴状の準備開始
【Day 8〜30:1か月以内】
□ 警察への被害届・告訴状提出
□ 逆請求(損害賠償請求)の方針確定
□ 必要に応じて労働審判・民事訴訟の準備
よくある質問
Q1. 競業避止契約書にサインしてしまいましたが、転職は諦めるしかないですか?
いいえ、諦める必要はありません。サインした事実があっても、競業避止契約が法的に有効かどうかは別問題です。合理的範囲を超えた制限(期間・地域・業種の過大な制限、対価なし等)は民法90条・民法1条3項により無効と判断されるケースが多数あります。弁護士に契約書を見せて有効性の判断を求めることが先決です。
Q2. 会社からの電話で「損害賠償請求する」と言われただけですが、証拠になりますか?
電話の通話録音があれば強力な証拠になります。通話後すぐにスマホのボイスメモへ「いつ・誰から・どんな内容を言われたか」を記録する方法も証拠として活用できます。また、発着信記録・通話時刻の記録も補助証拠になります。次回以降の通話は可能な限り録音してください(自分が当事者の通話録音は適法です)。
Q3. 転職先が内定を取り消してしまいました。会社に何を請求できますか?
内定取消が会社の妨害行為(転職先への不当な働きかけ)によるものであれば、①内定から転職完了までの期間の逸失利益(収入差額)、②精神的損害(慰謝料)、③弁護士費用、④転職活動の再実施にかかった費用を、民法709条(不法行為)に基づき請求できます。証拠が十分であれば、実際に請求が認容された判例もあります。早急に弁護士へ相談してください。
Q4. 会社が「弁護士名義」で内容証明を送ってきました。これは本当に訴えられますか?
弁護士名義の内容証明は脅しに見えますが、実際に訴訟になるかは別問題です。多くのケースで「牽制目的」の送付であり、訴訟コストを考えると実際の提訴には至らないケースが大半です。ただし無視は禁物です。自分も弁護士を立て、「競業避止契約の無効」「損害の不存在」「逆請求の意思」を明記した反論書を送付してください。弁護士対弁護士の構図になると、会社側も態度を軟化させることがほとんどです。
Q5. 既に転職先への就業が始まっています。今からでも対応できますか?
はい、就業開始後でも対応できます。むしろ就業が始まっているという事実は、「転職は既に実現している」ことを示す重要な事実であり、会社側の妨害行為の「現実的な損害」を主張しにくくします。会社がその後も嫌がらせを続けるなら、その行為について継続的に証拠を保全し、弁護士と連携して対応を続けてください。
まとめ:会社の脅迫に負けないための3原則
会社の不当な脅迫・転職妨害に直面したとき、最も重要なのは「自分には権利がある」という認識と、速やかな行動です。
- 転職の自由は憲法が保障する基本的人権であり、誰も奪えない
- 根拠のない脅迫・転職先への不当な介入は刑事犯罪に該当し得る
- 証拠保全・弁護士相談・警察への申告という手順を早期に実行することが最大の防御策
競業避止契約・秘密保持契約は、法的要件を満たさない限り無効であり、会社の主張の多くは法的根拠に乏しいものです。逆請求・刑事告訴という反撃手段を持ちながら、冷静かつ迅速に動いてください。
一人で抱え込まず、今日中に法テラス(0120-079-110)または弁護士会の相談窓口へ電話することから始めましょう。
本記事は一般的な法律情報の提供を目的とするものであり、個別の法律相談に代わるものではありません。具体的なケースについては、必ず資格を持つ弁護士にご相談ください。



