「訪問先への移動時間は給料に含まれない」と会社から一方的に言われていませんか?実は、会社から訪問先を指示されて移動している時間の多くは、法律上「労働時間」に該当します。移動時間をすべて除外された状態で残業代を計算されていれば、数十万円から場合によっては100万円以上の未払い残業代が発生している可能性があります。
本記事は、弁護士監修のもとで作成された営業職の移動時間に関する完全ガイドです。GPS履歴・営業報告メール・営業日報を使って移動時間の労働性を立証し、未払い残業代を全額請求する手順を、法的根拠とともに実務レベルで解説します。
営業職の移動時間が「労働時間」と認められる3つの条件
移動時間が労働時間に含まれる場合
法律上の「労働時間」とは、使用者(会社)の指揮命令下に置かれている時間を指します。最高裁判所昭和62年7月10日判決(三菱重工長崎造船所事件)で確立された基準であり、実際の作業がなくても、会社のコントロール下にあれば労働時間として扱われます。
営業職の移動時間が「労働時間に含まれる」と判断される主な条件は以下の3つです。
① 会社から訪問先(行き先)が指示・指定されている
「今日はA社→B社→C社の順番で回れ」という指示がある場合、その移動経路は業務として拘束されています。自分の意思で立ち寄り先を変えたり、途中で帰宅したりする自由がない状態は、典型的な指揮命令下にあたります。
② 帰社時刻や訪問完了時刻が管理されている
「17時までに3件訪問を終えて帰社すること」などの時間的拘束がある場合、移動中も会社の管理下にあります。厚生労働省通達(昭和63年3月14日基発150号)でも「外出先・帰社時間が指定される場合は労働時間に含める」と明記されています。
③ 移動中も業務ツールを使用可能な状態を求められている
会社支給のスマートフォンを常時オンにして連絡が取れる状態を求められている、移動中にメール返信や報告書作成を行っている、といった状況では、移動時間中も業務から切り離されていないと評価されます。
上記の3条件が揃えば、裁判でも労働性が認められやすくなります。
移動時間が労働時間に含まれない場合
一方、以下のような状況では労働時間と認められない可能性があります。
- 自宅から直行する「通勤時間」:会社と自宅の間の移動は、原則として通勤扱いです。ただし、自宅から直接顧客先に向かうよう会社が業務命令として指示していた場合は異なります。
- 完全に自由に行動できる時間:昼休みなど、どこに行っても何をしてもよい時間帯の移動は私的行動と見なされます。
- 個人的な用事のための移動:訪問の合間に銀行に寄るなど、純粋に私的な目的の移動は対象外です。
グレーゾーン(判断が難しいケース)
実務上もっとも問題になるのが「一部は業務、一部は私用」という混在パターンです。
たとえば、「訪問先は会社が指定しているが、どのルートで移動するかは自由」というケースでは、訪問先間の移動は労働時間と認められる可能性が高い一方、最後の訪問先から自宅への帰宅は通勤扱いになる場合があります。
また、「外出先での休憩時間」は原則労働時間外ですが、会社から「昼休みも電話対応せよ」と指示されていれば労働時間に組み込まれます。判断に迷う場合は後述の相談窓口に持ち込むことを強くお勧めします。
営業職の移動時間未払いを立証する5つの証拠と集め方
GPS履歴・スマートフォン位置情報(最強の証拠)
GPS記録は客観的な移動事実を示すため、裁判でも高い証明力を持ちます。「何時にどこにいたか」が第三者機関のデータとして残るため、会社側も否定しにくい証拠です。
今すぐできる保存方法:
- iPhoneの場合:「設定」→「プライバシーとセキュリティ」→「位置情報サービス」→「システムサービス」→「よく利用する場所」でルートを確認し、スクリーンショットを撮影
- Androidの場合:Googleアカウントにログインし、「Googleマップ」→「タイムライン」から日付別の移動記録を表示。各日付の記録をPDF形式でエクスポート(Googleマップアプリ→プロフィール写真→「タイムライン」→右上の「…」→「エクスポート」)
- 会社支給のスマートフォン:端末を返却する前に必ず記録を保存してください。返却後は取得不可能になります
- カーナビ・ETC利用記録:会社の社用車を使っている場合、カーナビの走行履歴やETCカード利用明細(ETCカード会社から取り寄せ可)も有力な証拠になります
営業報告メール・LINE・Slack履歴
移動中や訪問後に送信した報告メールは、その時刻に業務を行っていた直接的証拠になります。特に「○○社訪問完了しました。次に△△社に向かいます」といった内容は、移動が会社指示のものであることを示す強力な証拠となります。
保存方法:
- メールはPDF形式でエクスポートするか、印刷して保管
- LINEは画面をスクリーンショットし、日付・時刻・送受信者が見えることを確認
- Slackはメッセージを選択して「メッセージのリンクをコピー」し、スクリーンショットと合わせて保存
- 重要なのは送信時刻と内容の両方が記録されていることです
営業日報・訪問記録
営業日報は、会社側が「移動時間を業務として認識していた」ことを示す証拠になります。特に会社が定めたフォーマットで「訪問先・訪問時刻・移動手段」を記入していた場合、会社がその移動を業務として管理していたことが明らかになります。
入手・保存方法:
- 会社のシステム(グループウェア・営業支援ツール)にアクセスできるうちに、PDFまたはCSVでエクスポート
- 紙の日報は手元の控えをコピーして保管
- 上司が承認・押印した日報は特に有力(業務として会社が認定したことの証明)
勤務表(出勤簿)・給与明細
出勤簿(タイムカード等)は、出社・退社の時刻が記録されており、移動時間を含めた総労働時間を把握するための基準データになります。
労働者には出勤簿の開示を請求する権利があります。人事部または総務部に「労働契約法に基づく就業記録の開示請求」として書面で請求してください。
給与明細は必ず2年分以上確保してください。 未払い残業代の請求権は、2020年4月以降の分については3年(改正労働基準法第115条)、それ以前の分については2年の消滅時効があります。給与明細には基本給・固定残業手当・時間外手当の内訳が記載されており、何が支払われていないかを確認するための重要書類です。
証拠保全の注意点・やってはいけないこと
絶対にやってはいけないこと:
- 会社のサーバーや同僚のPCに無断でアクセスして記録を取得すること(不正アクセス禁止法違反)
- データを改ざん・加工すること(証拠の信用性が失われ、場合によっては刑事責任も)
- SNSに証拠画像を投稿すること(会社に察知され、記録の改ざん・削除が行われるリスク)
重要:証拠収集は5営業日以内を目安に行動してください。 退職が決まっていたり、会社との関係が悪化していたりする場合、会社側がシステムのアクセス権を停止したり記録を削除したりするリスクがあります。「まだ大丈夫」と思ったときに取り返しのつかない状況になることがあります。
訪問営業で移動時間の労働性を認めた重要判例3選
三菱重工長崎造船所事件(最高裁昭和62年7月10日)
この判決は、日本の「労働時間」の定義を確立した最重要判例です。最高裁は「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間は、たとえ実作業がなくても労働時間に該当する」と判示しました。
この「指揮命令下」という概念が、営業職の移動時間にも直接適用されます。会社から訪問先を指示され、その指示通りに移動している営業担当者は、移動中も指揮命令下にあると評価できます。
東京高裁平成17年判決(運送・外回り営業関連事例)
外回り営業担当者が訪問先間を移動する時間について、裁判所は「会社が訪問先と訪問順序を決定していた場合、その移動は業務遂行の一環であり労働時間に含まれる」と判断しています。
この判決のポイントは、「移動それ自体が営業活動と一体であり、移動中に自由な行動が許されていない」という事実認定です。あなたの状況に当てはめるならば、「上司から今日の訪問リストを渡され、その順番通りに回っていた」という事実を示すことが重要です。
大阪高裁平成18年判決(訪問販売員労働時間事件)
訪問販売員の事案で、裁判所は「会社が定めた訪問ルートに従って移動している時間は、会社の指揮下にある労働時間であり、この間の賃金を支払わないことは労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)に違反する」と認定しました。
この判決が示すのは、「移動しているだけ」であっても会社のルールに縛られている以上は労働時間であり、その時間分の賃金不払いは違法であるということです。
未払い残業代の金額を自分で計算する方法
時給(割増賃金の基礎単価)を計算する
未払い残業代の計算は、まず時給を正確に算出することから始めます。
月給制の場合の時給計算式:
基礎時給 = 月額基本給 ÷ 月平均所定労働時間数
月平均所定労働時間数 = (年間所定労働日数 × 1日の所定労働時間)÷ 12
計算例:
– 月給 30万円、年間所定労働日数 240日、1日8時間の場合
– 月平均所定労働時間 = (240日 × 8時間)÷ 12 = 160時間
– 基礎時給 = 300,000円 ÷ 160時間 = 1,875円
なお、「固定残業代(みなし残業手当)」が設定されている場合は計算が複雑になります。固定残業代がカバーする時間数を超えた分については追加請求が可能です。
割増賃金率を確認する
| 残業の種類 | 割増率 |
|---|---|
| 法定時間外労働(1日8時間・週40時間超) | 基礎時給の 25%増し以上 |
| 深夜労働(22時〜翌5時) | 基礎時給の 25%増し以上 |
| 法定時間外+深夜の両方 | 基礎時給の 50%増し以上 |
| 法定休日労働 | 基礎時給の 35%増し以上 |
| 月60時間超の時間外(中小企業は2023年4月〜適用) | 基礎時給の 50%増し以上 |
移動時間分の未払い残業代を試算する
試算の手順:
- 1日あたりの移動時間を記録から計算する(例:平均2時間)
- 月間営業日数を確認する(例:20日)
- 月間未払い移動時間を算出する(例:2時間×20日=40時間)
- そのうち法定時間外にあたる時間を特定する
- 割増賃金を計算する
具体的な試算例:
– 基礎時給1,875円
– 月40時間の移動時間が未払い
– すべて法定時間外(25%割増)として計算
– 未払い残業代 = 1,875円 × 1.25 × 40時間 = 93,750円/月
– 年間では約 112.5万円、2年分では約 225万円
未払い残業代の請求手順(ステップ別)
ステップ1:内容証明郵便による会社への請求
まずは会社に対して内容証明郵便で未払い残業代の支払いを請求します。内容証明郵便は「いつ・誰が・何を請求したか」が郵便局に記録されるため、時効の進行を一時的に止める(「催告」による6ヶ月の猶予)効果もあります。
内容証明郵便に記載すべき内容:
① 請求者の氏名・住所
② 会社名・代表者名・住所
③ 請求の趣旨(未払い残業代の支払い請求)
④ 請求金額の内訳(期間・移動時間数・単価・割増率)
⑤ 支払期限(通常は「本書面到達後14日以内」)
⑥ 応じない場合は労働基準監督署への申告・民事訴訟を行う旨の予告
内容証明郵便は郵便局の窓口またはe内容証明(Web上)から送れます。書き方が不安な場合は後述の相談窓口を利用してください。
ステップ2:労働基準監督署への申告
会社が支払いに応じない場合、所轄の労働基準監督署に申告します。申告は無料で、労働基準監督官が会社に対して是正勧告を行います。
申告の流れ:
- 会社所在地を管轄する労働基準監督署を確認(全国に321署)
- 「申告書」に事実関係と証拠を記載して持参または郵送
- 監督官との面談(状況説明・証拠の提出)
- 監督署から会社への調査・是正勧告
- 会社が是正に応じれば支払い実現
申告の強み: 費用がかからず、行政権限で会社に是正を求められます。ただし、監督署は行政機関であり、損害賠償請求の確定には至りません。
厚生労働省 総合労働相談コーナー(各都道府県労働局内)
電話:0120-811-610(平日9:00〜17:00)
ステップ3:労働審判・民事訴訟
申告しても会社が支払いに応じない場合や、より確実に全額回収したい場合は、労働審判(地方裁判所)または民事訴訟を選択します。
労働審判の特徴:
- 原則3回以内の審問で解決(迅速)
- 調停が成立しない場合は審判が下される
- 弁護士費用は成功報酬型が多く、費用リスクを抑えられる
- 未払い残業代に加えて付加金(同額の制裁金)を請求できる(労働基準法第114条)
付加金とは:
会社が故意・悪意をもって残業代を支払わなかった場合、裁判所は会社に対して未払い残業代と同額の付加金の支払いを命じることができます。つまり、未払い残業代の最大2倍の金額を回収できる可能性があります。
相談先と専門家の選び方
無料で利用できる公的相談窓口
| 相談窓口 | 電話番号 | 特徴 |
|---|---|---|
| 総合労働相談コーナー(全国) | 0120-811-610 | 平日9〜17時、無料 |
| 労働基準監督署 | 各地に設置 | 申告・是正勧告の権限あり |
| 法テラス(日本司法支援センター) | 0570-078374 | 弁護士費用の立替制度あり |
| 都道府県労働局・あっせん | 各県の労働局 | 無料・非公開でのあっせん |
弁護士・社会保険労務士の選び方
弁護士(代理人として請求できる):
- 「労働問題専門」または「残業代請求の実績多数」を明示している事務所を選ぶ
- 初回相談無料の事務所が多い
- 費用は「着手金0円+成功報酬制(回収額の20〜30%)」が一般的
- 回収できなければ費用は発生しないケースがほとんど
社会保険労務士(SR):
- 申告書の作成補助・交渉の補助は可能
- ただし、代理人として会社と直接交渉する権限は弁護士にしかありません
- 書類の整理・計算サポートに活用するのが適切
選ぶ際のチェックポイント:
– 「移動時間」「営業職」の残業代請求事例があるか
– 費用体系が明確か(成功報酬の割合・上限の有無)
– 初回相談で具体的な見通しを示してくれるか
請求を成功させるための注意点とよくある失敗
会社が使う「反論パターン」への備え
会社は移動時間の労働性を否定するためにさまざまな反論を用意しています。あらかじめ対策しておきましょう。
反論①「移動時間は休憩時間だ」
→ 対策:「移動中に上司から電話・メッセージがあった記録」「訪問時刻を指定する業務指示書」「移動ルートが会社によって決められていた証拠」で反証する。
反論②「営業手当・交通費として移動時間の対価を支払っている」
→ 対策:給与明細を精査し、「営業手当が時間外労働の対価として合理的な金額か」を確認する。単なる実費補填の交通費は残業代の代替にはなりません。
反論③「固定残業代(みなし残業)が含まれているから追加払い不要」
→ 対策:固定残業代が「何時間分のみなし」として合意されているかを確認。その時間数を超えた分は追加請求が可能。また、固定残業代の金額が基礎賃金の割増計算と合致しているかも確認する。
反論④「時効が成立している」
→ 対策:内容証明郵便による「催告」を行えば、送付後6ヶ月間は時効が進行しません(民法第150条)。その間に調停・訴訟を提起すれば時効は中断します。
タイミング別の行動優先度
- 在職中:証拠収集を優先し、会社との関係を極力悪化させないよう慎重に行動。退職後を見据えて記録を保全する。
- 退職直後:社内システムへのアクセスが失われる前に証拠を確保。退職から1週間が勝負。
- 退職から時間が経過:手元にある給与明細・メール・スマートフォンの履歴から再構成。GPS履歴はクラウドに残っている場合があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 営業手当があれば移動時間の残業代はもらえないのですか?
A. 営業手当があっても、それが「移動時間を含む時間外労働の対価として明示されていない限り」、別途残業代を請求できます。「営業手当=移動時間の対価」と主張するには、会社が雇用契約書・就業規則でその旨を明確に定めている必要があります。金額が著しく低い場合も「実態に合わない」として無効と判断されます。
Q2. 自宅から直接訪問先に直行する場合も移動時間は労働時間になりますか?
A. 「直行」の場合は、会社への通勤と同様に扱われることが多く、原則として労働時間外とされる傾向があります。ただし、会社が業務命令として直行を指示した場合や、直行先への到着時刻まで管理されていた場合は、労働時間に含まれると判断される可能性があります。判断が難しいケースなので、専門家に相談することをお勧めします。
Q3. 上司に「移動時間は労働時間じゃない」と言われたらどうすればいいですか?
A. 上司の発言は法律の解釈として誤っている可能性があります。労働時間かどうかは「会社の指揮命令下にあるかどうか」という法律上の基準で判断され、会社や上司が一方的に決めることはできません。その発言をメモしておき(日時・発言内容)、証拠として活用してください。
Q4. 請求できる過去の期間はどのくらいですか?
A. 2020年4月1日以降の未払い残業代については3年、それ以前の分については2年が消滅時効の期間です。現在進行中のケースであれば3年分を請求できます。ただし、時効は放置すると進行するため、早急に行動することが重要です。
Q5. 会社に申告したら報復されませんか?
A. 労働基準法第104条第2項は、「申告を理由とした解雇その他不利益な取扱い」を禁止しており、違反した会社は罰則の対象になります。万が一、申告後に不利益な扱いを受けた場合は、それ自体が新たな違法行為となるため、追加の請求・申告の根拠になります。申告と同時に、会社の対応もすべて記録に残しておきましょう。
まとめ:今日から始められる3つのアクション
移動時間の未払い残業代は、証拠さえ揃えば十分に請求が可能です。迷っている間にも時効は進行します。今日から以下の3つを実行してください。
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スマートフォンのGPS履歴(Googleタイムライン等)を今すぐ保存する:データが消える前に手元に確保することが最優先です。
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過去2〜3年分の給与明細と営業日報を一か所に集める:請求金額の試算と証拠整理に不可欠です。
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無料の労働相談窓口(0120-811-610)または弁護士の初回無料相談を予約する:個別の事情を踏まえた専門家のアドバイスを受けることで、請求の方向性が明確になります。
「移動しているだけ」でも、会社の指示に従っているならそれは立派な労働です。あなたの時間と労働には、正当な対価が支払われなければなりません。
迷わず、今日から行動を始めましょう。



