年俸制でも残業代は請求できる【月100時間超の実務手順】

年俸制でも残業代は請求できる【月100時間超の実務手順】 未払い残業代

「入社時に『年俸制なので残業代は出ない』と説明を受け、毎月100時間超の残業をしている方へ。その契約条件は労働基準法により無効です。会社がどのような説明をしていても、法律上の残業代支払い義務は消えません。この記事では、残業代を取り戻すための証拠収集・計算方法・申告手順を、実務に即した形で順番に解説します。今日から動ける具体的なアクションを中心に構成していますので、ぜひ最後まで読んでください。


「年俸制=残業代なし」が違法である理由

年俸制は「給与の計算方式」に過ぎない

多くの労働者が誤解しているのですが、年俸制は残業代を免除する制度ではありません。年俸制とは、年間の給与総額をあらかじめ決める「賃金の計算・支払い方法」のことであり、残業代の支払い義務を消滅させる法的根拠には一切なりません。

労働基準法第37条は、使用者が労働者に法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させた場合、25%以上の割増賃金を支払わなければならないと定めています。この規定は強行規定であり、労使間の合意があっても排除することはできません。

労働基準法第13条により、労基法の基準を下回る労働契約の部分は無効となり、その部分は労基法の基準が適用されます。つまり、「年俸制だから残業代なし」という雇用契約の条項は、この時点で法律上無効です。

❌ 会社の主張:「年俸制だから残業代は含まれている」
✓ 法律の事実:年俸額に「固定残業代」が含まれる場合でも、
        実際の残業時間がその想定時間を超えれば差額支払い義務あり
✓ 法律の事実:年俸制でも、法定時間超の残業には割増賃金の支払いが必須

「裁量労働制」と主張された場合の落とし穴

会社側がよく使う反論の一つが「裁量労働制だから残業代は発生しない」というものです。裁量労働制には確かに「みなし労働時間」という制度があり、実際の労働時間にかかわらず一定時間分の賃金のみ支払う仕組みです。しかし、この制度には非常に厳格な法定要件があります。

種別 根拠条文 対象業務の例 必要な手続き
専門業務型裁量労働制 労働基準法第38条の3 研究者・デザイナー・SE等19業種 労使協定の締結・届出
企画業務型裁量労働制 労働基準法第38条の4 企業の事業運営に関する企画・立案等 労使委員会の設置・決議・届出・本人同意

要件不備で裁量労働制が無効になるケース(よくある例):

  • 労使協定が締結されていない、または労働基準監督署への届出がない
  • 対象業務が法定の19業種に該当しない(専門業務型)
  • 労使委員会が適切に設置されていない(企画業務型)
  • 本人から個別の同意書を取得していない(企画業務型)
  • 協定・決議の有効期限が切れているのに更新されていない

これらの一つでも欠けていれば、裁量労働制の適用は全て無効となり、通常の残業代計算ルールが適用されます。月100時間超の残業を強いられているならば、「本当に有効な裁量労働制が適用されているか」を必ず確認してください。

月100時間超残業が持つ別の違法性

残業代の問題とは別に、月100時間超の残業それ自体が違法です。労働基準法第36条に基づく36協定(時間外・休日労働に関する協定)には上限規制があり、2019年の労基法改正により、月100時間未満・複数月平均80時間以下という絶対的上限が設けられました(労働基準法第36条第6項)。これを超えた場合、会社は罰則の対象となります。

また、月80時間超の時間外労働は「過労死ライン」として厚生労働省も認定しており、健康被害・精神疾患のリスクが著しく高い状態です。残業代請求と並行して、自身の健康保全を最優先事項として考えてください。


まず今日やること:証拠の保全

残業代請求において最大の壁は「立証」です。会社が残業の事実を否定した場合、労働者側に証明責任があります。在職中の今こそが証拠収集の最大のチャンスです。

最優先で保存すべき証拠リスト

今日中に実施してください。

【最優先:退社・出社時刻の記録】
□ タイムカード(全月分)をスマートフォンで撮影
□ 勤怠管理システムの画面をスクリーンショット保存
□ 入退館記録・セキュリティカードのログ(人事部に開示請求も可)

【次に優先:業務実態の記録】
□ 業務メールの送受信記録(深夜・早朝のタイムスタンプに注目)
□ Slack・Teams・Chatworkのメッセージ履歴のエクスポート
□ PCのログイン・ログアウト記録(IT部門に依頼可能な場合も)
□ 上司からの深夜・休日業務指示メッセージ

【賃金計算の根拠】
□ 給与明細(全月分・過去3年分は必須)
□ 雇用契約書・労働条件通知書のコピー
□ 就業規則・賃金規程のコピーまたは写真撮影

証拠が手元にない場合の対処法

タイムカードや勤怠システムへのアクセスが制限されている場合でも、諦める必要はありません。

自分で作れる記録(今からでも有効):

  • 日記・手帳への記録:毎日の出退勤時刻・業務内容をメモする。手書きでも有効
  • スマートフォンのGPS履歴:Googleタイムラインなどの位置情報が職場滞在時間の証拠になる
  • 交通系ICカードの履歴:駅の入出場記録が通勤時刻の証明になる(Suica・PASMOはウェブで照会可能)
  • 深夜タクシーの領収書:帰宅時刻の証拠として有効

開示請求で取得できる記録:

労働者には就業規則・賃金規程の閲覧権があります(労働基準法第106条)。また、個人情報保護法に基づき、自分の勤怠データの開示を会社に請求することも可能です。会社が拒否した場合は、その事実自体を記録しておいてください。


残業代の正確な計算方法

年俸制における時間給の逆算手順

年俸制の場合、まず年俸額から「1時間あたりの基礎時間給」を逆算します。

計算式:

基礎時間給 = 年俸額 ÷ 12ヶ月 ÷ 月平均所定労働時間

月平均所定労働時間の計算例(週5日・1日8時間の場合):
 (365日 ÷ 7日) × 週40時間 ÷ 12ヶ月 ≒ 173.8時間

例)年俸600万円の場合:
 6,000,000円 ÷ 12 ÷ 173.8時間 ≒ 2,876円/時間(基礎時間給)

注意点: 年俸に「固定残業代」が含まれていると会社が主張する場合、その金額・時間が労働契約に明確に記載されていることが要件です。記載がなければ固定残業代の主張は無効です。

割増賃金の計算

【時間外労働(月60時間以内)】
残業代 = 基礎時間給 × 1.25 × 残業時間数

【時間外労働(月60時間超・大企業の場合)】
残業代 = 基礎時間給 × 1.50 × 超過部分の時間数
※2023年4月から中小企業にも適用

【深夜労働(22時〜翌5時)】
深夜割増 = 基礎時間給 × 0.25 × 深夜労働時間数
※時間外と重複する場合は1.25+0.25=1.50倍

【休日労働(法定休日)】
休日割増 = 基礎時間給 × 1.35 × 休日労働時間数

月100時間超残業の具体的な計算例

条件:
 年俸600万円 / 月100時間残業(うち深夜20時間)/ 休日労働8時間
 基礎時間給:2,876円

時間外割増(60時間以内):
 2,876円 × 1.25 × 60時間 = 215,700円

時間外割増(60時間超):
 2,876円 × 1.50 × 40時間 = 172,560円

深夜割増(時間外と重複する25%のみ):
 2,876円 × 0.25 × 20時間 = 14,380円

休日割増:
 2,876円 × 1.35 × 8時間 = 31,061円

1ヶ月の未払い残業代合計:約433,701円
年間換算(12ヶ月):約520万円

この金額に加え、悪質なケースでは付加金(労働基準法第114条)として同額が追加支払い命令の対象となり得ます。

時効に注意:請求できる期間

未払い賃金の時効は以下の通りです。

発生時期 時効期間
2020年3月31日以前に発生した分 2年
2020年4月1日以降に発生した分 3年
将来的な改正後 5年(検討中)

今すぐ請求に動かなければ、毎月1ヶ月分の請求権が消滅し続けています。 時効を理由に請求できる金額が減る前に行動してください。


請求の進め方:4つのステップ

ステップ1:内容証明郵便による請求

まず会社に対して直接、未払い残業代の支払いを求めます。内容証明郵便を使うことで、「いつ・何を請求したか」を公的に証明できます。

記載すべき事項:

① 差出人(労働者)の氏名・住所
② 宛先(会社名・代表者名・住所)
③ 対象期間(具体的な年月)
④ 未払い残業代の具体的な金額(計算根拠を添付)
⑤ 支払い期限(通常は2週間以内)
⑥ 振込先口座
⑦ 裁量労働制適用の有効性に疑義がある旨(該当する場合)

内容証明郵便は郵便局の窓口またはe内容証明(オンラインサービス)で送付できます。費用は1,000〜2,000円程度です。

今すぐできるアクション: 日本郵便の「e内容証明」サービスにアクセスし、アカウントを作成してください(https://www.post.japanpost.jp/service/enaiyo/)。

ステップ2:労働基準監督署への申告

会社が支払いに応じない場合、または在職中で直接請求しにくい場合は、所轄の労働基準監督署に申告(申告書を提出)します。

手続きの流れ:

1. 証拠書類一式を持参または郵送
2. 「申告書」を窓口で入手・記入(または事前にダウンロード)
3. 担当の監督官が会社に対して調査・是正勧告を行う
4. 会社が応じない場合、送検(書類送検)の対象になることも

持参すべき書類:

  • 申告書(窓口で記入)
  • タイムカード・勤怠記録のコピー
  • 給与明細のコピー
  • 雇用契約書・労働条件通知書のコピー
  • 残業代の計算書(自分で作成したもので可)
  • 裁量労働制の労使協定コピー(会社から入手できていれば)

注意点: 労基署の監督官は多忙なため、申告から動きが出るまで数ヶ月かかることがあります。また、労基署は「刑事的な取締り」が主目的であり、民事的な損害賠償(未払い残業代の取り戻し)を直接命令する権限はありません。金銭の回収には別途民事的手続きが必要です。

ステップ3:労働審判の申立て

金銭的な回収を目指す場合、労働審判が最も実効的で迅速な手続きです。

項目 内容
申立先 会社所在地を管轄する地方裁判所
費用 申立手数料(請求額に応じた収入印紙)+郵便切手
期間 原則3回以内の期日で終結(概ね3〜6ヶ月)
弁護士 必須ではないが、複雑なケースでは強く推奨

申立書に記載する事項:

① 当事者の表示(申立人・相手方)
② 申立ての趣旨(請求金額)
③ 申立ての理由(残業の事実・計算根拠・年俸制の違法性)
④ 証拠の申出(証拠番号・内容)

労働審判では多くの場合、調停(和解)で解決します。判決まで至るケースは少なく、最終的には裁判官(労働審判官)と労働審判員2名が審判を下します。不服があれば2週間以内に異議申立てができ、その場合は通常の民事訴訟に移行します。

ステップ4:弁護士への相談(着手のタイミング)

弁護士への相談はできるだけ早い段階で行うことを推奨します。

弁護士を使うべき場面:

  • 未払い残業代が100万円を超える可能性がある
  • 会社から裁量労働制の有効性を強く主張されている
  • 証拠が不十分で立証に不安がある
  • 退職交渉・解雇問題も同時に抱えている
  • 会社から脅迫・報復的な行為を受けている

費用の目安(成功報酬型の場合):

着手金:0〜20万円(成功報酬型では0円のケースも多い)
報酬金:回収額の20〜30%程度
実費:収入印紙・郵便費・交通費等

法テラス(日本司法支援センター)を利用すれば、収入が一定基準以下の方は弁護士費用の立替制度を利用できます。まず無料相談から始めてください。


裁量労働制の無効化を主張する具体的手順

会社が「裁量労働制だから残業代なし」と主張する場合、その有効性を正面から争う必要があります。

確認すべき書類と入手方法

以下の書類の存在・内容を確認してください:

専門業務型裁量労働制の場合:
□ 労使協定書(会社の過半数代表または労働組合との協定)
□ 労働基準監督署への届出受理印のある協定書コピー
□ 対象業務の記載(法定19業種に該当するか)
□ みなし労働時間数の記載
□ 健康・福祉確保措置の記載

企画業務型裁量労働制の場合:
□ 労使委員会の設置・構成記録
□ 委員会の5分の4以上の多数による決議書
□ 労働基準監督署への決議届
□ 本人からの個別同意書(あなた自身のサイン)

就業規則の閲覧請求: 就業規則は労働基準法第106条により、労働者が閲覧できるよう周知が義務付けられています。閲覧を拒否された場合は、その事実を記録してください。

無効化の主張ポイント

主張①:対象業務の不該当
 「私の業務は法定19業種(または企画業務型の要件)に該当しない」

主張②:手続きの瑕疵
 「労使協定の締結・届出がなされていない」
 「企画業務型の本人同意書に私はサインしていない」

主張③:実態との乖離
 「業務の遂行方法について具体的な指示・管理を受けており、
  裁量がないため裁量労働制の実質的要件を満たさない」

裁判例では、業務に裁量がなく上司の指示で働いていた実態がある場合、裁量労働制の適用が否定されています。


相談先一覧と利用方法

公的機関(無料)

機関名 主な対応 連絡先
労働基準監督署 申告・是正勧告・送検 各都道府県の労働局に管轄署あり
総合労働相談コーナー 初期相談・あっせん 各都道府県労働局・ハローワーク内
法テラス 弁護士費用立替・無料法律相談 0570-078374
都道府県労働局 雇用環境・均等部 労働環境に関する相談 各都道府県に設置

労働者支援団体

  • 連合(日本労働組合総連合会)総合サポートダイヤル:0120-154-052
  • ユニオン(合同労組):個人でも加入でき、団体交渉権を使った交渉が可能
  • 過労死等防止対策推進センター(ストップ!過労死):月100時間超の健康被害相談に対応

弁護士・司法書士

  • 日本弁護士連合会の弁護士紹介サービス:03-3580-9898
  • 弁護士ドットコム:オンライン無料相談が可能
  • 司法書士:請求額が140万円以下であれば、司法書士が代理人として交渉可能

よくある質問

Q1. 在職中でも残業代を請求できますか?

できます。在職中の請求は法律上何ら問題ありません。ただし、会社との関係が悪化するリスクを考慮して、労基署への申告や弁護士・ユニオンを通じた交渉という形を取ることで、直接対決を避けながら請求することが可能です。

Q2. 固定残業代が設定されているのに、さらに請求できますか?

固定残業代を超える時間外労働があった場合、その差額分は請求できます。また、固定残業代自体が有効であるためには、①金額が明確に区分されていること、②みなし残業時間数が労働契約書に明示されていること、③実際の残業代との差額清算規定があること——これらの要件を満たす必要があります。要件不備なら固定残業代の主張自体が無効です。

Q3. 退職後でも請求できますか?

できます。時効(2020年4月以降発生分は3年)の範囲内であれば、退職後でも残業代請求権は消滅しません。退職後の方が会社側の圧力を受けにくく、請求しやすいというメリットもあります。

Q4. 証拠が少ない場合はどうすればよいですか?

ICカードの乗車履歴・スマートフォンのGPS記録・メールのタイムスタンプ・同僚の証言など、間接的な証拠でも組み合わせることで有効な立証が可能です。弁護士や労基署の監督官は少ない証拠からでも調査・交渉を進めてくれます。まず相談することが重要です。

Q5. 会社から「自己申告制だから残業は認められない」と言われました。

自己申告制の勤怠管理であっても、実態として残業していた事実があれば残業代は発生します。厚生労働省のガイドラインは「自己申告制の場合でも、使用者は実態と乖離していないか確認する義務がある」と明示しています。GPS記録・メール等で実態を立証できれば請求は十分可能です。

Q6. 訴訟になった場合、会社側の弁護士費用を負担させられますか?

日本の民事訴訟では原則として「弁護士費用は各自負担」です。ただし、不法行為(悪質な未払い)として認定された場合、弁護士費用の一部が損害として認められるケースもあります。また、付加金制度(労働基準法第114条)により、裁判所が認めた場合は未払い残業代と同額の付加金(ペナルティ)が会社に命じられます。


まとめ:今すぐ取るべき3つのアクション

月100時間超の残業を年俸制を理由に無償で行わせることは、労働基準法違反の違法行為です。「年俸制だから仕方ない」「裁量労働制と言われたから諦めた」という声をよく聞きますが、どちらも法的に無効な主張です。

今日中に実施すること:

✅ アクション1:証拠の保全
 タイムカード・勤怠記録・メール履歴をスマートフォンで撮影・エクスポートし、
 クラウドストレージに保存する

✅ アクション2:時効の確認
 過去3年分の給与明細を取り出し、月ごとの残業時間を記録した一覧表を作成する

✅ アクション3:無料相談の予約
 法テラス(0570-078374)または弁護士ドットコムで、
 今週中に無料法律相談の予約を入れる

時効は毎月進行しています。今動かなければ、取り戻せる金額は確実に減ります。 証拠収集という最初の一歩を、今日踏み出してください。あなたの労働は適正な対価を受け取る権利があり、その権利の行使に法的なリスクはありません。


本記事は2024年時点の法令・判例に基づいています。個別の事案については専門家(弁護士・社会保険労務士)にご相談ください。

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