「月給30万円・残業代20時間込み」と言われているのに、毎月40時間残業している——その超過20時間分は法律上、確実に未払い残業代です。
「固定残業代があるから残業代は出ない」という会社の説明は誤りです。固定残業代(みなし残業)はあくまで「設定時間まで」の残業代を前払いする制度であり、それを超えた時間の残業代は必ず別途支払う義務があります。
本記事では、差分残業代の正確な計算式・証拠収集の方法・請求手順をステップ形式でわかりやすく解説します。給与明細と電卓さえあれば、今日から動き出せます。
固定残業代(みなし残業)の仕組みと超過分が発生する理由
固定残業代に「上限時間」が存在する理由
固定残業代とは、「毎月〇時間分の残業代をあらかじめ給与に含める」という制度です。制度自体は違法ではありませんが、設定時間を超えた残業には、別途割増賃金を支払う義務が生じます(労働基準法第37条)。
労働基準法第37条は次のように定めています。
使用者が、労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
つまり、1時間の時間外労働に対しては通常賃金の1.25倍(月60時間超は1.50倍)の支払いが義務づけられています。この義務は固定残業代の設定時間を超えた瞬間から発生します。「うちは固定残業代があるから追加払いは不要」という主張は、法律上まったく通りません。
さらに労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)により、会社は支払うべき賃金の一部を留保することは禁止されています。超過分の残業代を支払わないことは、この条文にも違反します。
「手当型」と「組込型」で計算が変わる理由
固定残業代には主に2つの形式があります。
| 形式 | 給与明細の表示例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 手当型 | 基本給25万円+固定残業手当5万円 | 固定残業代が明確に分離されている |
| 組込型 | 月給30万円(残業代20時間込み) | 基本給の中に含まれている |
本記事が対象とするのは組込型(月給30万円・残業代20時間込み)のケースです。組込型は「いくらが基本給でいくらが残業代なのか」が曖昧になりやすく、会社側が差分の支払いを逃れようとするトラブルが多発しています。
組込型が有効とされるには、最高裁判例(医療法人社団康心会事件・最二判平成29年7月7日)の基準により、「基本給部分と残業代部分が明確に区分されていること」が必要です。区分が不明確な場合、固定残業代の合意自体が無効と判断され、月給30万円すべてが基本給とみなされ、残業代はすべて別途請求できることになります。
差分残業代の計算方法【実例で完全解説】
「1時間あたりの基本賃金」の正しい求め方
残業代計算の出発点は、1時間あたりの基本賃金(時給換算)を正確に算出することです。
組込型の月給から時給を計算する場合、まず固定残業代部分を除いた「基本給部分」を特定する必要があります。
ステップ1:基本給部分を算出する
組込型の給与から基本給部分を逆算する場合、以下の計算式を使用します。
基本給部分 = 月給 × 所定労働時間 ÷(所定労働時間 + 固定残業時間 × 1.25)
この式により、固定残業代が月給に含まれている場合でも、正確な基本給を割り出すことができます。
ステップ2:1時間あたりの基本賃金を計算する
時給 = 基本給部分 ÷ 月間所定労働時間
月間所定労働時間の計算式:
月間所定労働時間 =(年間労働日数 × 1日の所定労働時間)÷ 12
一般的な週5日・1日8時間勤務の場合:
(260日 × 8時間)÷ 12 ≒ 173.3時間
【実例】月給30万円・残業代20時間込み・実績40時間の計算
前提条件
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 月給(固定残業20時間込み) | 300,000円 |
| 固定残業時間 | 20時間 |
| 実際の残業時間 | 40時間 |
| 差分(未払い残業時間) | 20時間 |
| 所定労働時間(1日8時間・週5日) | 月173時間 |
【計算ステップ①】基本給部分を算出
基本給部分 = 300,000 × 173 ÷(173 + 20 × 1.25)
= 300,000 × 173 ÷(173 + 25)
= 300,000 × 173 ÷ 198
= 300,000 × 0.8737...
≒ 262,121円
【計算ステップ②】1時間あたりの基本賃金を算出
時給 = 262,121円 ÷ 173時間
≒ 1,515円
【計算ステップ③】超過1時間あたりの残業代を算出
超過残業代(時給) = 1,515円 × 1.25
= 1,894円
【計算ステップ④】差分20時間分の未払い残業代を算出
未払い残業代 = 1,894円 × 20時間
= 37,880円/月
→ 毎月約3万8,000円が未払いになっている計算です。
時効・さかのぼり請求できる金額の計算
残業代の請求権には時効があります。2020年4月1日以降に発生した残業代の時効は3年です(労働基準法第115条改正)。
最大回収額(概算) = 月間未払い残業代 × 36か月
= 37,880円 × 36か月
= 1,363,680円
さらに、付加金制度(労働基準法第114条)により、裁判を通じた場合は未払い額と同額の付加金(ペナルティ)を会社に請求できます。つまり理論上、最大で2,727,360円(約270万円)の回収が可能です。
⚠️ 時効は進行中です。 1か月放置するごとに約3万8,000円の請求権が消滅していきます。早期行動が最大の節約になります。
今すぐ始める証拠収集の手順
絶対に集めるべき一次証拠
証拠収集は今日から始めてください。会社がシステムのデータを消去・改ざんするリスクがあります。以下の証拠を優先的に確保しましょう。
① タイムカード・勤怠記録(最重要)
- クラウド勤怠システム(KING OF TIME、ジョブカンなど)→ 画面をスクリーンショット
- 紙のタイムカード → スマートフォンで撮影
- ICカード・指紋認証などの記録 → 会社の人事部門に「個人情報開示請求」を書面で行う
保存先は複数用意してください。
□ スマートフォンの写真フォルダ
□ PCのローカルフォルダ
□ 自分のGmailやiCloudに添付送信(タイムスタンプが証拠になる)
□ GoogleドライブまたはDropbox
② 給与明細
- 紙の明細 → スキャンまたは撮影して保存
- 電子明細 → PDF保存+スクリーンショット
- 「残業代20時間込み」と明記された雇用契約書・労働条件通知書も必ず保存
③ 業務の記録(補完証拠)
タイムカードだけでは不十分な場合、以下が補完証拠になります。
| 証拠の種類 | 収集方法 |
|---|---|
| 業務メール・チャット | 送受信時刻がわかるようにスクリーンショット |
| PC・スマホのログイン記録 | 設定画面から確認・撮影 |
| 会議・打刻の記録 | カレンダーアプリの記録をエクスポート |
| 上司からの深夜・休日連絡 | LINEやSlackのやりとりをスクリーンショット |
④ 自分で記録をつける「残業日誌」
今後の残業については、毎日以下の内容をメモしてください。
日付 | 出社時刻 | 退社時刻 | 業務内容(概要) | 上司の指示があれば記録
手書きのノートよりも、日時が自動記録されるスマートフォンのメモアプリ(Google Keep、Notionなど)が証拠として有効です。
会社に証拠を隠滅させないための対処法
「証拠を集めようとしたらタイムカードのデータが消えていた」というトラブルは実際に起きています。対策として、証拠収集の前に会社に請求の意図を伝えないことが原則です。
証拠が揃ってから、または弁護士に相談してから会社に連絡しましょう。
請求の進め方【ステップ別手順】
ステップ1:労働基準監督署への申告(無料・匿名可)
最初の相談先として最も手軽なのが労働基準監督署(労基署)です。
- 費用: 無料
- 匿名性: 申告者の氏名を会社に明かさないよう要請できる
- 強制力: 監督官が会社に立入調査・是正勧告を行う権限を持つ
持参するもの:
□ 雇用契約書または労働条件通知書
□ 給与明細(直近6か月〜3年分)
□ タイムカードのコピーまたはスクリーンショット
□ 残業の経緯をまとめたメモ(時系列)
労基署への申告は「解決」ではなく「行政指導のきっかけ」です。金銭の回収まで進めるには、次のステップが必要になる場合があります。
ステップ2:会社への内容証明郵便による請求
労基署への申告と並行して、または先行して、内容証明郵便で会社に差分残業代の支払いを請求します。
内容証明郵便が重要な理由は2つあります。
- 時効の完成猶予:内容証明郵便による催告から6か月間、時効の完成が猶予されます(民法第150条)
- 請求の証明:「いつ・いくら・何を請求したか」が法的に証明されます
内容証明郵便に記載すべき内容:
① 送付日・宛先・差出人
② 雇用期間・雇用条件(月給30万円・残業代20時間込み)
③ 実際の残業時間(タイムカード等の記録に基づく)
④ 計算式と未払い金額
⑤ 支払い期限(通常は2週間以内)
⑥ 振込先口座
⑦ 期限内に支払いがない場合は法的手段を取る旨
内容証明郵便は郵便局の窓口またはe内容証明(電子内容証明)サービスから送付できます。
ステップ3:労働局のあっせん・ADR(無料の裁判外紛争解決)
会社が任意の支払いに応じない場合、都道府県労働局の紛争調整委員会によるあっせん(ADR)を申し立てる方法があります。
- 費用: 無料
- 期間: 申立てから約2〜3か月
- 強制力: 会社があっせんを拒否することも可能(強制力はない)
- メリット: 弁護士なしでも利用できる、訴訟より迅速
ステップ4:弁護士への依頼・労働審判・訴訟
会社が支払いを拒否し続ける場合、弁護士に依頼して労働審判または通常訴訟を起こすことが最終手段です。
労働審判の特徴:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 費用 | 申立手数料(数千円〜)+弁護士費用(成功報酬型が多い) |
| 期間 | 申立てから約3か月(原則3回の期日で終結) |
| 強制力 | 審判に強制力あり(会社が異議申立てをすれば訴訟に移行) |
| 回収率 | 弁護士依頼ありのほうが大幅に高い |
残業代請求の弁護士費用は完全成功報酬型(回収できた場合のみ費用発生)の事務所も多く、初期費用ゼロで依頼できるケースがあります。法テラスを利用すれば費用の立替制度も利用できます。
固定残業代が無効になるケース
以下の条件を満たさない場合、固定残業代の合意自体が無効と判断され、月給30万円の全額が基本給とみなされ、残業代はすべて別途請求できる可能性があります。
| 無効となる条件 | 具体例 |
|---|---|
| 固定残業代と基本給の区分が不明確 | 「月給30万円(諸手当含む)」のみの記載 |
| 固定残業代の時間数・金額の明示がない | 「残業込み」とだけ記載されている |
| 固定残業代が実際の割増賃金を下回る | 設定金額が計算上の残業代より少ない |
| 雇用契約書や賃金規程に記載がない | 口頭での説明のみ |
自分の雇用契約書を確認し、上記に当てはまる記載があれば、固定残業代なし・全額追加請求の方針で弁護士に相談することをおすすめします。
差分残業代を請求するときの注意点と落とし穴
「固定残業代があるから残業はいくらでもさせていい」は違法
会社側が「固定残業代があるから追加はない」と主張するのは法律の誤解、あるいは意図的な誤魔化しです。繰り返しになりますが、固定残業代は「設定時間まで」の残業代の前払いに過ぎません。
月60時間を超える残業は1.5倍計算になる
残業時間が月60時間を超えた分については、割増率が1.25倍から1.50倍に引き上げられます(労働基準法第37条第1項ただし書き・中小企業も2023年4月から適用)。60時間を超えている月がある場合は、その部分を分けて計算してください。
60時間以下の部分 → 時給 × 1.25
60時間超の部分 → 時給 × 1.50
管理職・裁量労働制は別途確認が必要
「管理職だから残業代は出ない」という説明を受けている場合も、名ばかり管理職(実態として部下の管理権限や労働時間の自由裁量がない)であれば残業代請求が可能です。裁量労働制についても、適用の手続きが適正でなければ無効となります。いずれも弁護士への確認を強くおすすめします。
請求する前に退職する必要はない
残業代請求は、在職中でも退職後でも可能です。在職中に請求することを恐れる方も多いですが、請求を理由とした解雇・降格・嫌がらせは「不当解雇」「ハラスメント」として別途違法となります。会社が報復してきた場合は、その事実も証拠として保存してください。
よくある質問
Q1. 雇用契約書に「固定残業代に超過分は含まれる」と書いてあったら請求できませんか?
請求できます。労働基準法の割増賃金規定は強行法規(当事者が合意しても無効にできない規定)であり、労働者に不利な特約は無効です(労基法第13条)。「超過分も含む」という合意は法律上効力を持ちません。
Q2. タイムカードがなく、証拠がほとんどない場合はどうすればいいですか?
タイムカードがなくても請求は可能です。業務メール・チャットの送受信時刻、PCのログイン記録、入退館記録、上司からの業務連絡記録などが代替証拠になります。また、労働者側が「これだけ残業した」と主張した場合、会社側が反証する義務を負うという裁判例も存在します。まずは手元にある証拠を弁護士に見せて相談してください。
Q3. 固定残業代の時間数が契約書に書いていない場合はどうなりますか?
時間数の明示がない固定残業代は、最高裁の基準(区分明確性の要件)を満たさず、固定残業代の合意が無効と判断される可能性が高いです。この場合、月給の全額が基本給となり、すべての残業時間について別途残業代を請求できます。
Q4. 会社が「残業は自分の判断でやったこと」と言っています。どう対処しますか?
残業が「会社の指示または黙示の承認のもとで行われた」ことを示せれば請求できます。上司からの業務連絡・メール・深夜帯の作業指示などが有効な証拠です。また、会社が残業の事実を知りながら止めなかった場合も「黙示の指示」と判断されることがあります。
Q5. 時効が迫っています。今から弁護士に相談しても間に合いますか?
間に合う可能性が高いです。まず内容証明郵便を送ることで時効の完成を6か月猶予できます。その後、弁護士を通じて労働審判や訴訟を提起すれば時効が中断されます。「時効が近い」と感じた時点で、すぐに弁護士か労働基準監督署に連絡してください。
まとめ:今日からできるアクションチェックリスト
固定残業代の超過分は、放置するほど時効によって請求権が消えていきます。以下のチェックリストで、今日から動き出しましょう。
【今日やること】
□ タイムカード・勤怠記録をスクリーンショット・撮影して保存
□ 給与明細(直近3年分)を複製して保存
□ 雇用契約書・労働条件通知書をスキャンして保存
□ 自分の状況に合わせた差分残業代を計算してみる
【1週間以内】
□ 業務メール・チャット履歴など補完証拠を収集
□ 証拠をクラウドと物理媒体の両方に保存
□ 最寄りの労働基準監督署に相談予約を入れる
【1か月以内】
□ 弁護士(無料相談)に差分額と請求方針を相談
□ 内容証明郵便で会社に差分残業代の支払いを請求
□ 必要に応じて労働局あっせんまたは労働審判の申立てを検討
あなたが正当に働いた時間の対価を受け取ることは、法律が保障する権利です。「会社に言いにくい」「証拠が少ない」と感じていても、専門家に相談することで解決の道は必ず開けます。一人で抱え込まず、今日から一歩踏み出してください。
残業代トラブルは、弁護士や労働基準監督署への相談で大幅に有利に進むケースがほとんどです。無料相談窓口を活用し、あなたの正当な権利を守ることから始めましょう。

