営業の移動時間は労働時間?未払い残業代の請求方法

営業の移動時間は労働時間?未払い残業代の請求方法 未払い残業代

「外回りの移動時間は労働時間に含まない」と会社に告げられ、給与から一方的に除外されている——そんな状況に置かれている営業職の方は少なくありません。しかし、この会社の対応は法律上、違法である可能性が高いです。

本記事では、営業職の移動時間が労働時間に該当するかどうかの判断基準を最高裁判例・厚生労働省基準に基づいて解説し、未払い残業代を取り戻すための証拠収集・請求手順まで実務レベルで説明します。


「外回り移動時間は労働時間に含まない」は本当に合法なのか

「会社がそう決めた」は法的根拠にならない

「うちの会社では外回りの移動時間は業務時間に含めないことになっている」——この説明を上司や人事部門から受けた方は多いでしょう。しかし、就業規則や会社慣行による一方的な取り決めは、労働基準法に反する場合は無効です。

労働基準法第13条は「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分については無効とし、この法律で定める基準による」と明記しています。つまり、会社が就業規則で「移動時間は労働時間外」と定めていても、実態として労働時間に該当するならば、その規定は法律上の効力を持ちません。

また、労働契約法第12条も同様に、就業規則の基準を下回る労働契約の条項を無効とし、就業規則の基準が適用されるとしています。さらに、就業規則自体が労働基準法の基準を下回ることは許されません。

経営者の主観的判断・慣行・社内ルールは、労働基準法の定める「労働時間」の法的定義を覆すことができないのです。

今すぐできるアクション
「移動時間は含まない」と言われたら、「その根拠となる就業規則の条文を見せてください」と書面で請求しましょう。根拠を文書で示せない会社は、法的に不利な立場に立たされます。


通勤時間とは何が違う?混同しやすい2つの区別

会社側がよく持ち出す論理が「通勤時間も給与の対象外だから、移動時間も同じ」という比較です。しかし、この論理には重大な誤りがあります。

通勤時間と営業職の外回り移動時間は、法的性質が根本的に異なります。

比較項目 通勤時間 営業職の外回り移動時間
出発点 自宅(労働者が選択) 会社・前の訪問先(使用者が指定)
目的地 会社(固定) 訪問先(使用者が指示)
指示の有無 使用者の指揮命令なし 使用者の業務指示に基づく
自由度 経路・手段を自由に選択可能 業務目的のためにルート拘束される場合が多い
法的性質 原則として労働時間外 原則として労働時間に該当

最高裁判所の判断基準(三菱重工業長崎造船所事件・1999年)によれば、労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」です。営業所から取引先への移動中、あなたは会社の指示に従って業務のために移動しており、その間は使用者の指揮命令下にあります。自宅から会社へ向かう通勤とは、根本的に異なる状況です。


法律と判例から見る「営業職の移動時間」の労働性判断基準

最高裁が示した「指揮命令下」の意味

労働時間の判断において最重要となるのが、「使用者の指揮命令下に置かれているかどうか」という基準です(労働基準法第32条)。

最高裁判所は1999年の三菱重工業長崎造船所事件において、労働時間の定義を次のように明確にしました。

「労働基準法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決まるものではない」

この判示のポイントは2点です。

  1. 客観的な事実関係で判断される(会社の主張・規則は関係ない)
  2. 「指揮命令下」かどうかが唯一の基準(自由に行動できたかどうかは副次的要素)

営業職の外回り移動は、上司から「今日は○○社、△△社、□□社を回ってきてください」と指示された業務命令に従って行われます。この移動中、労働者は私的な目的で立ち寄ることは原則として許されず、会社の業務目的のために時間を拘束されています。これはまさに「指揮命令下」の状態です。


3つの重要裁判例が示す営業移動時間の労働性

丹波屋事件が示した「業務必要性」の基準

丹波屋事件では、使用者の指示に基づいて業務に必要とされる移動であれば、その時間は労働時間に該当するという原則が示されました。

労働時間として認められた移動の類型:
✓ 営業所から取引先への往復移動時間
✓ 複数の顧客先を巡回する際の訪問先間の移動時間
✓ 会社が指定したルートでの営業活動中の移動時間

この判例の重要性は、「移動そのものが業務命令の一部である」という考え方を法的に確立した点にあります。

日新火災海上保険事件が示した「80%以上認定」の実態

東京地裁で争われた日新火災海上保険事件では、営業職員の外回り移動時間の具体的な類型ごとに労働時間性が判断されました。

労働時間と認定された移動の類型:
① 営業所から最初の訪問先までの移動時間 → 労働時間に該当
② 訪問先から次の訪問先への移動時間    → 労働時間に該当
③ 最後の訪問先から営業所への帰路時間   → 労働時間に該当
   ※通勤時間と区別可能な場合に限る

結果:営業職員の移動時間の80%以上が労働時間として認定

この判決で特に重要なのは、「最後の訪問先から営業所への帰路時間」も労働時間に含まれうるという点です。多くの会社はここを「帰宅=通勤時間」として除外しようとしますが、裁判所はそれを認めませんでした。

アコム事件が示した「移動の自由度」と労働時間性

アコム事件(東京高裁)では、「経路を自由に選択できる移動」であっても、使用者の支配下で実施される移動は労働時間に該当するという判断が示されました。

重要ポイント:
・「どのルートで行ってもよい」という裁量があっても労働時間
・営業ノルマの達成と移動時間の関連性が判断の鍵
・移動の目的・指示の有無が、経路の自由度より重要

会社が「移動ルートは自由だから労働時間外」と主張するケースがありますが、この判例はその主張を退けています。


労働時間に「なる場合」と「ならない場合」の実務判断基準

厚生労働省の通達(基発第0325第1号等)と上記判例を総合すると、以下の基準で判断できます。

労働時間に該当する移動(残業代請求の対象)

  • 会社(営業所)から最初の訪問先への移動
  • 訪問先から次の訪問先への移動(訪問先間移動)
  • 最後の訪問先から会社(営業所)への帰路(通勤部分を除く)
  • 上司の指示・業務日報で記録された移動時間
  • 会社支給の交通費が支給されている移動時間

労働時間に該当しない移動(残業代請求の対象外)

  • 自宅から会社(営業所)までの通勤時間
  • 直行直帰の場合の自宅から最初の訪問先まで(通勤時間相当分)
  • 業務と無関係な私的な立ち寄り時間

今すぐできるアクション
自分の移動時間が上記のどのパターンに当たるか確認し、「労働時間に該当する移動」のリストを作成してみましょう。業務日報・訪問記録があれば、それを参照して一覧化してください。


直行直帰の場合はどう扱われるか

直行直帰(自宅から直接訪問先へ行き、自宅へ直接帰る)の場合は、通勤時間との区別をどう扱うかが問題になります。この点については、以下の考え方が実務上の基準となっています。

直行直帰時の労働時間の考え方

【直行の場合】
自宅 → 最初の訪問先
↑この移動時間は「通勤時間相当」として除外されることが多い
(ただし、通常の通勤時間を超える部分は労働時間に該当する可能性)

【直帰の場合】
最後の訪問先 → 自宅
↑この移動時間も同様に「通勤時間相当」として扱われる場合がある
(ただし、通常の通勤時間を超える部分は労働時間に該当しうる)

【訪問先間の移動は常に労働時間】
訪問先A → 訪問先B → 訪問先C(すべて労働時間に該当)

重要なのは、「通勤時間を超えた移動時間」の部分は直行直帰であっても労働時間として請求できるという点です。たとえば、通常の通勤が30分のところ、直行で遠方の取引先まで2時間かかった場合、差分の1時間30分は労働時間に該当する可能性があります。


証拠収集の実践:残業代請求を成功させる記録の集め方

必ず集めるべき証拠と保存方法

未払い残業代の請求において、証拠の有無が勝敗を大きく左右します。以下の証拠を今すぐ収集・保存してください。

第一優先:移動時間を証明する記録

証拠の種類 具体的な内容 入手方法
業務日報・訪問報告書 訪問先・訪問時刻・移動記録 自分のコピーを保存、社内システムのスクリーンショット
スケジュール帳・手帳 訪問先の記録、移動メモ 原本保管または写真撮影
GPS記録(スマートフォン) Googleマップのタイムライン機能 アプリのエクスポート機能で保存
交通系ICカードの利用履歴 SuicaやPASMOの利用記録 駅窓口またはアプリで取得(履歴は最大26週分程度)
社用車の走行記録 走行距離・時間の記録 会社への開示請求(後述)
会社のメール・チャット 訪問指示・ルート指定の記録 スクリーンショットを個人端末に保存

第二優先:給与・労働時間の記録

証拠の種類 具体的な内容
給与明細書 支払われた金額・控除内容の確認
タイムカード・勤怠記録 出退勤時刻(コピーまたは写真撮影)
雇用契約書・労働条件通知書 所定労働時間・賃金の取り決め
就業規則 「移動時間除外」の規定があるか確認

今すぐできるアクション
スマートフォンの「Google マップ」→「タイムライン」機能を開いてください。過去の移動履歴が時刻付きで記録されている場合があります。これは裁判でも証拠として使用された実績があります。今すぐ確認し、データをバックアップしましょう。


未払い残業代の計算方法

請求金額を自分で試算することで、交渉時の根拠になります。

計算式:

【1時間あたりの賃金】
= 月給 ÷ 月の所定労働時間
(例:月給30万円 ÷ 160時間 = 1,875円/時間)

【割増賃金率】
・法定時間内残業(所定外・法定内):25%以上
・法定時間外残業(週40時間超):25%以上(月60時間超は50%以上)
・深夜労働(22時〜5時):25%以上
・休日労働:35%以上

【未払い残業代の計算例】
1日の除外移動時間:2時間
月20日勤務 × 2時間 = 月40時間の未払い
1,875円 × 1.25 × 40時間 = 93,750円/月
年間:93,750円 × 12ヶ月 = 1,125,000円

【請求可能な期間(時効)】
・2020年4月以降の未払い分:3年以内(改正労基法)
・それ以前の分:2年以内
※時効が迫っている場合は早急に行動が必要

未払い残業代の請求手順:ステップ別完全マニュアル

ステップ1:社内での申告(内部交渉)

まず、証拠を整理した上で社内での解決を試みます。

  1. 人事部門・労務担当への書面申告
  2. 口頭ではなく、必ず書面(メール可)で申告する
  3. 「移動時間が労働時間に該当すると考えるため、給与計算の見直しを求める」と明記
  4. 申告した日付・相手を記録する

  5. 会社の回答を書面で求める

  6. 「除外の法的根拠を書面で提示してください」と求める
  7. 回答を拒否・無視された場合、それ自体が証拠になる

書面申告の文例
「私は営業職として日常的に外回り業務に従事しておりますが、訪問先間の移動時間が労働時間から除外されていることを確認しました。この取り扱いは労働基準法第32条に照らし、法的根拠を欠く可能性があると考えます。貴社の法的根拠をご提示いただくとともに、給与計算の見直しをご検討くださいますようお願い申し上げます。」


ステップ2:労働基準監督署への申告

社内交渉が不調に終わった場合、または会社が無視した場合は、労働基準監督署(労基署)に申告します。

申告の手順

① 最寄りの労働基準監督署を確認する
  → 厚生労働省ウェブサイトの「労働基準監督署の所在地」から検索

② 申告に必要な書類を準備する
  ・申告書(労基署に様式あり)
  ・証拠資料一式(業務日報、給与明細、GPS記録など)
  ・未払い残業代の試算表

③ 相談・申告窓口に出向く
  → 「未払い賃金」「時間外労働」として申告する

④ 是正勧告の発動を求める
  → 労基署が調査を行い、違反が認められれば会社に是正勧告
  → 会社は是正勧告に従う義務がある

労基署申告のメリット・デメリット

項目 内容
費用 無料
強制力 是正勧告(行政指導)→ 刑事告訴も可能
限界 個別の未払い金の支払い命令まではできない場合がある
補完手段 弁護士・労働審判と組み合わせて活用

ステップ3:労働審判・民事訴訟

未払い残業代を確実に取り戻すには、法的手続きが最も強力です。

労働審判(推奨)

特徴:
・申立てから原則3回の期日で終結(迅速)
・裁判官と労働審判員2名で審理
・話し合いによる解決(調停)を優先

メリット:
・通常訴訟より迅速(3〜6ヶ月程度)
・費用が比較的安価
・審判に不服があれば異議申立てで訴訟に移行可能

申立て先:
・管轄の地方裁判所(会社所在地または勤務地を管轄するもの)

内容証明郵便の活用

法的手続きの前に、内容証明郵便で未払い残業代の支払いを請求することで、時効の中断(更新)効果があります。弁護士に依頼して送付することが最も効果的です。


相談先と費用の目安

無料で相談できる窓口

相談先 電話番号 特徴
労働基準監督署 0120-811-610(労働条件相談ホットライン) 法令違反の申告、是正勧告
総合労働相談コーナー 都道府県労働局内に設置 あっせん(調停)手続き
法テラス(日本司法支援センター) 0570-078374 弁護士費用の立替制度あり
弁護士会の法律相談 各都道府県弁護士会 初回相談無料の場合が多い
労働組合・ユニオン 地域ユニオンに加入して交渉 団体交渉権で会社に圧力

弁護士に依頼する場合の費用

【一般的な費用体系(成功報酬型)】
・着手金:0〜10万円程度(成功報酬型は0円のケースも)
・報酬金:回収額の15〜30%程度
・実費:収入印紙代、交通費など

【弁護士費用特約(任意保険)】
自動車保険や火災保険に「弁護士費用特約」が付いている場合、
弁護士費用を保険でカバーできる場合があります。
まず加入している保険を確認してください。

【未払い賃金立替払制度】
会社が倒産した場合に限り、労働者健康安全機構が
未払い賃金の一部を立て替える制度があります。

時効と早急に行動すべき理由

未払い残業代には時効があります。

【時効期間】
・2020年4月1日以降に発生した未払い賃金:3年(改正労基法第115条)
・2020年3月31日以前に発生した未払い賃金:2年

【付加金(制裁的割増金)】
裁判所は使用者に対し、未払い残業代と同額の「付加金」の支払いを
命じることができます(労働基準法第114条)。
つまり、理論上は未払い分の最大2倍を請求できる可能性があります。
※付加金の請求にも2年の時効があります

時効が迫っている場合は、内容証明郵便を送付することで時効の完成を6ヶ月間猶予できます(民法第150条)。今すぐ行動することが最も重要です。


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よくある質問(FAQ)

Q1. 会社の就業規則に「移動時間は労働時間に含まない」と明記されていますが、それでも請求できますか?

はい、請求できます。就業規則の規定が労働基準法の基準を下回る場合、その部分は無効です(労働基準法第13条)。裁判所は就業規則の記載ではなく、実態として使用者の指揮命令下にあったかどうかで判断します。

Q2. 「みなし労働時間制」が適用されている場合はどうなりますか?

営業職には「事業場外みなし労働時間制」が適用されることがあります(労働基準法第38条の2)。ただし、この制度が適用されるのは「労働時間を算定しがたい場合」に限られます。会社が業務日報・GPS・スケジュール管理などで移動時間を把握している場合、みなし労働時間制の適用は認められず、実労働時間で計算した残業代を請求できます。

Q3. 証拠がほとんど残っていない場合でも請求できますか?

証拠が少なくても諦める必要はありません。労働審判・裁判においては、使用者(会社)側に賃金台帳・タイムカード等の証拠提出義務があります(労働基準法第109条、民事訴訟法の文書提出命令)。弁護士を通じて会社に記録の開示を求めることが有効です。また、自身の記憶・手帳・メール等をもとに再現した記録も証拠として使用できます。

Q4. 会社に報復(解雇・降格)されるのが怖くて申告できません。

労働基準法第104条第2項は、申告を理由とする解雇・不利益取り扱いを明示的に禁止しており、これに違反した場合は刑事罰(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象です。万一不利益な扱いを受けた場合は、それ自体をさらなる請求・申告の根拠とすることができます。まずは労基署や弁護士に匿名で相談することも可能です。

Q5. 退職した後でも未払い残業代を請求できますか?

はい、退職後も時効期間内であれば請求できます。退職によって請求権は消滅しません。在職中より退職後の方が交渉しやすいケースも多く、退職後に請求して解決する事例は珍しくありません。


相談フォーム

未払い残業代の請求について、弁護士への無料相談も可能です。 以下の「相談フォーム」から詳細をお伝えいただければ、労働問題の専門家より回答いたします。


まとめ:営業の移動時間は「労働時間」として請求できる

本記事の要点を整理します。

チェック項目 確認内容
✅ 法的根拠 就業規則・会社慣行は労基法に勝てない
✅ 判断基準 「使用者の指揮命令下」にあれば労働時間
✅ 請求対象 訪問先間移動・営業所↔訪問先の移動が中心
✅ 証拠収集 GPS・業務日報・ICカード履歴を今すぐ保存
✅ 請求先 労基署→労働審判→民事訴訟の順に段階的に
✅ 時効 2020年以降は3年。今すぐ行動が必要

「会社がそう言っているから仕方ない」と諦める必要はありません。 法律はあなたの側にあります。まずは証拠の収集と記録の整理から始め、必要に応じて労基署・弁護士・ユニオンに相談してください。


⚠️ 免責事項

本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別の法律相談ではありません。具体的な対応については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。また、法令は改正される場合がありますので、最新情報を厚生労働省・裁判所等の公式情報でご確認ください。

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