労災申請中に給与停止と言われたら【違法・対応手順】

労災申請中に給与停止と言われたら【違法・対応手順】 労働災害申請

労災申請を進めようとしたとき、会社から「健康保険で治療するなら給与は出さない」と言われた——そんな状況に置かれているなら、まず知っておいてほしいことがあります。それは法律違反です。

この記事では、会社のその発言がなぜ違法なのかを法的根拠とともに明示したうえで、証拠の集め方・労働基準監督署への申告手順・内容証明郵便の送り方まで、今日から実際に動ける対応策をステップごとに解説します。「どこに相談すればいいかわからない」「証拠が取れるか不安」という方でも、この記事を読み終えれば次の一手が明確になります。


「健康保険を使うなら給与なし」は違法——その法的根拠

法律条文 内容 会社の主張との関係
労基法104条 労災申告を理由とした不利益取扱いの禁止 給与停止は明らかな違反
労基法19条 療養期間中の解雇制限・不利益取扱いの禁止 給与支給義務を明記
労基法27条 使用者の賃金支払い義務 保険種別に関わらず支給義務あり
労災保険法12条 業務災害・通勤災害の定義と補償 会社が給与を減らす理由にはならない

労基法104条——労災申告を理由とした不利益取扱いの禁止

労働基準法104条は、次のことを明確に定めています。

労働者が行政機関に対して労働基準法違反の事実を申告したことを理由として、使用者は解雇その他の不利益な取扱いをしてはならない。

「給与を払わない」という行為は、申告を取り下げさせようとする典型的な報復行為であり、この条文が禁じる「不利益取扱い」に直接該当します。違反した使用者には30万円以下の罰金が科される可能性があります(労基法120条)。

重要なのは、「申告しようとしている段階」であっても保護が及ぶと解釈されている点です。申請手続きを始めた直後に給与停止を告げられた場合でも、保護の対象になります。

労基法19条——療養期間中の解雇制限・不利益取扱いの禁止

労働基準法19条は、業務上の負傷・疾病で療養中の期間とその後30日間は解雇を禁止しています。

給与停止は解雇そのものではありませんが、実質的に労働者の生活基盤を破壊する行為であり、判例上も「解雇に準じる不利益取扱い」として違法性が認められています。療養期間中に会社が一方的に給与を打ち切る法的根拠はどこにも存在しません。

労基法27条と賃金支払い義務

労働基準法27条は、使用者が労働者に対して出来高払い制その他の請負制による賃金しか支払わない場合でも、一定の保障額を支払う義務があることを定めています。さらに一般論として、雇用契約が継続している以上、会社は賃金支払い義務を負い続けます。

「健康保険を使ったから」「労災申請中だから」という理由は、賃金支払い義務を免除する法的根拠になりません。会社の言い分に法律上の根拠は一切ない、と断言できます。

なぜ会社はこんな主張をするのか

会社がこうした発言をする背景には、大きく2つの誤解または意図的な圧力があります。

誤解パターン:「労災と健康保険は同時に使えないから、健保を使うなら労災申請はいらない。労災申請しないなら我々が補償する必要はない」という誤った論理です。確かに、同一の傷病に労災保険と健康保険を重複して使うことはできません。しかしそれは「どちらを使うか」の手続きの問題であり、使用する保険制度に関わらず、給与の支払い義務は別途発生します。

意図的な圧力パターン:労災申請が認定されると会社の労災保険料率が上がる(メリット制)ことを恐れ、申請を取り下げさせようとする意図的な報復です。この場合、法的責任はより重くなります。


今すぐ動く——証拠保全の具体的手順

報復的待遇への対応で最も重要なのは、「言った・言わない」にならないための証拠固めです。感情的に抗議するより先に、証拠を確保することを最優先にしてください。

発言を記録に残す

口頭で「健康保険を使うなら給与は出さない」と言われた場合、その直後に次のようなメール・LINEを上司または人事担当者に送ってください。


送信例(メール文面)

件名:本日の面談内容の確認について

○○様

本日○月○日、面談において「健康保険での治療を選択した場合、給与の支払いを行わない」旨のご指示をいただいたと理解しております。

重要な労働条件に関する内容のため、書面にてご確認いただけますでしょうか。

よろしくお願いいたします。


このメールを送る目的は「書面での回答を得ること」ですが、それ以上に「記録として残すこと」にあります。返信がなかったとしても、あなたが送信したメール自体が証拠になります。送信日時のスクリーンショットも必ず保存してください。

会社のシステムに記録が残るメールアドレスではなく、自分の個人メールアドレス宛てに同内容をCC送信しておくか、Gmailなど退職後もアクセスできる環境に転送保存することも有効です。

集めておくべき書類・記録一覧

以下のものを今すぐ確保・保存してください。

書類・記録 入手先・方法
問題の発言が記録されたメール・LINE スクリーンショット+クラウド保存
給与明細(過去6ヶ月分) 自分で保管しているものをスキャン
賃金台帳のコピー 総務・人事に「閲覧請求」(労基法108条により閲覧権あり)
就業規則・給与規定 社内イントラ・人事に請求(労基法106条により開示義務あり)
労災申請を開始した記録 申請書の控え・受付証明
医師の診断書・就労不可証明 主治医に依頼
業務上の傷病であることを示す記録 業務日報・業務メール・シフト表など

録音に関する注意点

面談が予想される場合、スマートフォンの録音アプリで記録することは日本の法律上、自分が会話に参加している限り違法ではありません(いわゆる「秘密録音」は、第三者の会話を無断録音した場合に問題となります)。

録音する際は、会話の冒頭で「○月○日、○○との面談」と小声で日時を確認する発言をしておくと、後の証拠性が高まります。


医師との連携——診断書と就労不可証明の取得

証拠保全と並行して、医師との連携を進めてください。

まず伝えるべきこと:主治医に「現在労災申請の手続きを進めている」ことを明確に伝えてください。医師はこの事実を認識したうえで、診断書や就労不可証明を作成する必要があります。

取得すべき書類
診断書:傷病名・療養期間・業務との因果関係について記載されたもの
就労不可証明書:療養中であることを証明し、給与請求の根拠として使用できます

これらの書類は、後述する労基署への申告・内容証明郵便の送付・裁判での請求において、いずれも重要な証拠になります。取得後はコピーを複数保管し、原本は自宅で保管してください。


労働基準監督署への申告手順

証拠がある程度集まったら、労働基準監督署(労基署)への「不利益取扱い申告」を行います。これは労災申請とは別の手続きであり、同時進行が可能です。

申告前に電話相談を活用する

いきなり申告書を持参することに不安がある場合、まず電話相談から始めてください。

  • 労働条件相談ほっとライン:0120-811-610(平日17時〜22時、土日祝10時〜17時)※通話料無料
  • 管轄の労働基準監督署:会社の所在地を管轄する労基署に直接電話

電話相談では「具体的な申告名」を決めなくても構いません。「こういう状況なのだが、どの手続きを取ればよいか」と状況を説明するだけで、担当者が整理してくれます。

管轄の労基署を調べる方法

厚生労働省のウェブサイト(https://www.mhlw.go.jp/)または各都道府県労働局のサイトで「労働基準監督署 所在地検索」と入力すれば、会社の住所から管轄署を確認できます。

申告当日に持参するもの

  • 証拠書類一式(メール印刷・LINE画面・給与明細など)
  • 診断書・就労不可証明
  • 申告内容をまとめたメモ(時系列順に書いておくと担当者に伝わりやすい)
  • 労災申請書の控え(申請済みの場合)

申告書に記載する内容

申告書には以下を具体的に記載します。

  1. 不利益取扱いが発生した日時・場所・発言者の役職と氏名
  2. 発言の具体的内容(できる限り一字一句)
  3. その後の給与支払い状況(振り込まれたか、止まったか)
  4. 証拠の種類と内容(「○月○日付メールあり」など)
  5. 求める措置(給与支払い再開・再発防止措置の指導など)

申告後、労基署は会社への調査・是正勧告を行います。是正勧告は行政指導であり強制力はありませんが、多くの会社にとって十分な抑止力になります。勧告を無視した場合は送検・罰則適用の対象になります。


内容証明郵便の送り方——給与請求と不利益取扱い通告

労基署への申告と並行して、会社に対する内容証明郵便の送付を行います。これにより「法的に正式な請求を行った」という事実が記録され、後の法的手続きで重要な証拠になります。

内容証明郵便とは

内容証明郵便とは、「いつ・誰が・どんな内容の文書を送ったか」を郵便局が証明する制度です。受け取った会社は「そんな通知は来ていない」とは言えなくなります。

文面の構成

内容証明郵便には以下の内容を盛り込みます。


通知書(例文)

○○株式会社
代表取締役 ○○○○ 殿

私は○月○日より業務上の傷病により療養中の者です。

貴社担当者○○より、「健康保険を使用して治療する場合は給与を支払わない」旨の通告を受けました。しかしながら、この通告は以下の法令に反する違法なものです。

①労働基準法第104条(労災申告者への不利益取扱いの禁止)
②雇用契約に基づく賃金支払い義務の継続
③労働基準法第19条(療養期間中の不利益取扱いの禁止)

つきましては、本書到達後5日以内に、○月分給与○○円全額をご指定口座へ振り込むよう請求いたします。

また、当該通告の撤回と再発防止措置の実施を求めます。

なお、本件については労働基準監督署への申告を行っており、法的措置を含めたあらゆる手段を検討しています。

令和○年○月○日
住所・氏名・連絡先


内容証明郵便は、郵便局の窓口またはe内容証明(電子内容証明サービス)で送付できます。文書は同じ内容のものを3部作成し、1部は自分の控えとして保管します。

弁護士・社労士への依頼を検討するタイミング

内容証明郵便の送付後も給与支払いが再開されない場合や、会社が申告書を握りつぶそうとする動きを見せた場合は、専門家への依頼を検討してください。

  • 弁護士:未払い給与の少額訴訟(60万円以下の場合)・労働審判の申し立て
  • 社会保険労務士(特定社労士):労働局のあっせん手続きの代理

多くの弁護士が初回相談無料で対応しており、法テラス(0570-078374)を通じれば費用の立替制度も利用できます。


健康保険と労災保険の関係——よくある誤解を整理する

「健康保険を使うなら給与は出さない」という会社の発言は、健康保険と労災保険の関係を悪用した圧力です。ここで正確な知識を整理しておきます。

業務上の傷病に健康保険は使えない

原則として、業務上の傷病には健康保険を使用できません(健康保険法55条)。業務上の傷病には労災保険が適用されます。

つまり会社の言う「健康保険で治療するなら」という前提自体、業務上の傷病であれば本来成立しないのです。会社が「健保で処理してほしい」と言っている場合、それ自体が労災隠しの疑いがあります。

通勤災害の場合は状況が異なる

通勤途中のケガ(通勤災害)の場合も、労災保険(通勤災害)が適用されます。健康保険との選択は認められていません。

健康保険を誤って使用した場合の対処

すでに健康保険証を使って受診してしまった場合でも、後から労災に切り替えることができます。手順は以下のとおりです。

  1. 健康保険組合(または協会けんぽ)に「労災に切り替えたい」と連絡する
  2. 支払い済みの健康保険負担分を返還する
  3. 労災保険の療養補償給付として改めて請求する

医療機関への連絡も必要です。かかりつけの病院の窓口に「労災への切り替えをしたい」と相談すれば、多くの場合対応してもらえます。


報復的待遇のパターンと対応の早見表

会社から受ける報復的待遇は、給与停止だけではありません。よくあるパターンと対応方法を一覧で確認してください。

報復行為のパターン 該当する法令 対応手順
給与の停止・削減 労基法104条・27条 証拠保全→労基署申告→内容証明
退職勧奨・解雇 労基法19条・104条 即日、労基署・弁護士に相談
配置転換・降格 労基法104条 辞令書を証拠保存→申告
有給休暇の取得拒否 労基法39条・104条 書面で申請→拒否を記録→申告
会社による労災申請妨害 労災保険法12条の2の2 直接、労基署に申告可能
ハラスメント・嫌がらせ言動 パワハラ防止法 録音・記録→労基署・都道府県労働局

どのパターンであっても、「記録する→相談する→申告する」の順序は共通しています。感情的な直接対決より、証拠を積み上げてから行政機関や法的手続きに委ねることが最も効果的です。


給与が実際に止まった場合の対処——未払い給与の請求方法

「言われただけ」ではなく、実際に給与の振り込みが止まった場合は、さらに強い対応が必要です。

即座に取るべき行動

Step 1:給与が振り込まれなかった事実を記録します。通帳・振込明細をスクリーンショットまたは印刷して保存してください。

Step 2:会社に対して書面(メール可)で「○月分給与が未払いであることを確認する」旨を送付し、支払期日を明示して請求します。

Step 3:翌日または翌々日には労基署に「賃金不払い」として申告します。これは労基法24条(賃金の全額払い原則)違反であり、労基署は直ちに調査に入ることができます。

未払い給与の時効

未払い賃金の請求権は、発生から3年以内(労基法115条。2020年4月以降の賃金に適用)です。退職後であっても請求できますので、時間が経っていても諦めないでください。

少額訴訟・労働審判の活用

未払い給与が60万円以下の場合、少額訴訟(裁判所)を弁護士なしで自分で申し立てることができます。手続きは比較的シンプルで、1回の期日で判決が出ることが多く、費用も数千円程度です。

60万円を超える場合や、より複雑な紛争については労働審判が有効です。労働審判は通常3回以内の期日で終了し、会社との和解や審判による解決が期待できます。


相談窓口と支援機関——どこに連絡すればいいか

状況別に活用できる相談窓口をまとめます。

今すぐ電話できる窓口

窓口名 電話番号 対応時間
労働条件相談ほっとライン 0120-811-610 平日17〜22時、土日祝10〜17時(無料)
労働基準監督署(全国共通) 各署の直通番号 平日8:30〜17:15
法テラス(法律扶助) 0570-078374 平日9〜21時、土9〜17時
総合労働相談コーナー(各都道府県労働局) 各局の番号 平日8:30〜17:15
労働組合(ユニオン) 地域ユニオンに問い合わせ 窓口による

状況別のおすすめ相談先

給与がまだ止まっていないが、脅された段階
→ まず「労働条件相談ほっとライン」に電話。状況を整理してから労基署へ。

給与が実際に止まった
→ 即日、管轄の労基署に「賃金不払い」として申告。同日に弁護士相談も予約。

退職を迫られている・解雇を通告された
→ 弁護士または地域ユニオン(合同労組)に今すぐ連絡。解雇通知書は受け取り拒否せず証拠として保存。

会社が労災申請書を受け取らない・妨害している
→ 労基署に「労災申請の妨害」として直接申告。労働者は会社を経由せず、直接労基署に申請書を提出できます(労災保険法12条の2の2)。


よくある質問

Q1. 会社に「労災ではなく健保で処理してくれ」と言われたら、従わなければなりませんか?

従う必要はありません。業務上の傷病に健康保険を使うことは、健康保険法上も原則として認められていません(健康保険法55条)。会社の指示は法的根拠のない要求であり、「労災保険で申請します」と明確に伝えてください。この要求自体が「労災隠し」にあたる可能性があり、会社は労基署の調査対象になりえます。

Q2. 証拠が口頭の発言だけで、メールやLINEが残っていない場合はどうすればよいですか?

記事内で紹介した「確認メール」を送ることで、これから証拠を作ることができます。また、口頭の発言を文書化した「覚書」(日時・場所・発言内容・発言者名を記載したもの)も証拠として有効です。さらに、同じ発言を聞いた同僚がいれば、証言(陳述書)をもらえないか相談してみてください。

Q3. 労基署に申告すると、会社に「チクった」とわかってしまいますか?

労基署が調査に入る場合、会社に調査の事実は知らせますが、「誰が申告したか」を明かす義務はありません。ただし申告内容によっては、申告者が推測される場合もあります。匿名での相談も受け付けていますが、匿名の場合は申告としての効力が弱まることがあります。弁護士を通じて申告する方法も有効です。

Q4. 労災申請が認定されなかった場合、給与請求はどうなりますか?

労災の認定と給与請求権は別の問題です。労災が認定されなかった場合でも、雇用契約に基づく賃金支払い義務は継続します。また、労災非認定の場合は健康保険(傷病手当金)の請求に切り替えることができます。傷病手当金は、標準報酬日額の3分の2相当を最長1年6ヶ月受給できます。

Q5. 退職後でも未払い給与を請求できますか?

できます。前述のとおり、未払い賃金の請求権は発生から3年間有効です(2020年4月以降発生分)。退職後であっても、給与明細・通帳・メールなどの証拠が残っていれば請求手続きを進められます。退職後の請求は、労基署への申告・少額訴訟・労働審判のいずれも利用可能です。

Q6. 会社が「給与を出さないのは就業規則に基づく」と言ってきた場合は?

就業規則に何が書かれていても、労働基準法の定める基準を下回る部分は無効です(労基法92条)。「労災申請を理由とした給与停止」を定めた就業規則の条項があったとしても、労基法104条に反する部分は法律上無効です。就業規則のコピーを取得したうえで、弁護士または労基署に確認してください。


まとめ——今日から動ける3つのアクション

「健康保険を使うなら給与は出さない」という会社の発言は、労働基準法104条(不利益取扱い禁止)・19条(療養中の解雇制限)・賃金支払い義務の3つの観点から明確に違法です。

この状況で今日から取るべき行動を、優先順位順に整理します。

アクション1(今日中):発言の内容を文書化・記録する。確認メールを送り、給与明細・就業規則・診断書を保存する。

アクション2(今週中):「労働条件相談ほっとライン(0120-811-610)」に電話して状況を相談し、管轄の労基署への申告内容を整理する。

アクション3(1〜2週間以内):労基署に「不利益取扱い申告」を提出し、内容証明郵便で会社に給与支払いを正式請求する。

一人で抱え込まず、行政機関・専門家の力を借りることが解決への最短ルートです。あなたには法律に守られた権利があります。その権利を行使することをためらわないでください。

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