移動時間は労働時間?営業職の未払い残業代請求【立証方法】

移動時間は労働時間?営業職の未払い残業代請求【立証方法】 未払い残業代

「移動時間は給与に含まれている」と会社に言われた瞬間、多くの営業職の方が「そういうものか」と諦めてしまいます。しかしこの一言は、法的にまったく根拠のない説明です。

労働基準法は、労使の合意や就業規則よりも優先される強行規定です。移動時間が労働時間に該当する場合、会社がどのように給与体系を説明しようとも、割増賃金の請求権は消滅しません。この記事では、営業職の移動時間が労働時間として認められる法的基準・証拠の集め方・具体的な請求手順を実務レベルで解説します。


「移動時間は給与に含まれている」は法的に通用するのか

労働基準法が定める「最低基準」とは何か

労働基準法第13条は、「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効」と定めています。これは強行規定と呼ばれ、会社と労働者がどのような契約を結んでいても、法律の基準を下回る部分は自動的に無効になることを意味します。

具体的に何が問題かというと、次の構造です。

  • 労働基準法第32条:1日8時間・週40時間を超えた労働には、第37条に基づく割増賃金(残業代)の支払いが義務づけられる
  • 移動時間が「労働時間」に該当するならば、その時間分の割増賃金は法律上当然に発生する
  • 会社が「給与に含まれている」「手当で対応している」と説明しても、法律の基準を満たさなければ賃金未払いとなる

つまり「含まれている」という会社の説明は、法的義務を果たすための適切な論拠にはなりません。移動時間の労働時間性が認められる限り、残業代の請求権はそのまま存続します。

今すぐできるアクション: 会社から「移動時間は給与に含まれている」と言われた際は、その発言の日時・場所・発言者を手帳やスマートフォンのメモアプリに記録しておきましょう。後の請求手続きで会社側の認識を示す証拠になります。


「固定給に含まれている」「手当に含まれている」も同じ問題

会社側が使う論法は複数あります。代表的なものを整理します。

論法①:「基本給に移動時間分が織り込まれている」

基本給の中に移動時間の対価が含まれているという説明です。しかし、この場合でも「移動時間に対応する割増賃金部分がいくらか」が明確に区分されていなければ、固定残業代の有効要件を満たさず、法的に無効となります。

論法②:「営業手当・職務手当で対応している」

職能手当や営業手当を支払い、その中に移動時間分を含めるという説明です。最高裁判所(テックジャパン事件・2012年)や労働判例の積み重ねから、固定残業代が有効とされるためには、①通常賃金部分と残業代部分が明確に区別されており、②実際の時間外労働に対する法定割増賃金を上回っていることが必要です。この要件を満たさない手当の設定は、残業代の支払い義務を免除しません。

論法③:「就業規則に移動時間は労働時間に含まないと書いてある」

就業規則の記載があっても、労働基準法第13条により、法律の基準を下回る部分は無効です。就業規則の記載は、法律の強行規定に反する限り効力を持ちません。


営業職の移動時間が「労働時間」と認められる4つの法的基準

1995年の三菱重工長崎造船事件(最高裁第一小法廷)は、「労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」であると判示しました。この判断枠組みは現在まで一貫して適用されており、移動時間の労働時間性もこの基準で判断されます。

以下の4要素に自分の状況を当てはめてみてください。


①使用者の指示で移動経路・手段が決まっている

会社から「今日はA社→B社→C社の順で回ってください」と指示されている、あるいは会社指定の営業車・リースカーを使用することが義務づけられているケースです。

  • 上司が訪問先の順序・スケジュールを承認している
  • カーナビの記録や社用車の鍵の貸し出し記録がある
  • 「この順番で回れ」という指示がLINE・メール・口頭で出ている
  • 経費精算のためにルートを報告することが義務づけられている

これらが当てはまる場合、移動の経路・手段は「使用者の指示」によるものであり、労働時間性の根拠になります。

今すぐできるアクション: 上司からの訪問先指示メール・LINEのスクリーンショットを保存してください。メッセージアプリの場合、退職後はアクセスできなくなる可能性があるため、早めの保存が重要です。


②業務遂行に不可欠な移動である

訪問営業・外回り営業において、顧客先への移動は業務そのものの一部です。単に「通勤」とは性質が異なります。

  • 自宅から直接顧客先へ向かう「直行直帰」のケース
  • 会社事務所から顧客先への移動
  • 複数の顧客を1日で回るルート営業

特に直行直帰の場合、自宅から最初の顧客先までの移動は「通勤」ではなく「業務上の移動」として扱われます。なぜなら、通勤とは「自宅と事業場の間の往復」ですが、直行直帰は会社が業務のために設定したルートへの移動だからです。裁判例(東京地裁等)でも、直行直帰時の移動時間を労働時間と認める判断が積み重なっています。


③移動を拒否・中断できない状態にある

労働時間性の核心は「使用者の指揮命令下」にあることです。移動中に自由な時間を過ごせない、個人的な用事に使えないという実態が重要です。

  • 移動中も携帯電話で上司からの連絡を受けなければならない
  • 移動中に資料確認・顧客対応の電話をしている
  • 移動のルートや到着時刻を会社が管理している
  • 途中で寄り道・私的行動が禁止されている

これらが当てはまれば、移動時間は「自由に利用できる時間」ではなく「会社の管理下にある時間」です。

今すぐできるアクション: 移動中に上司や顧客からかかってきた電話の着信履歴を保存してください。スマートフォンの通話記録は証拠として活用できます。


④移動時間が記録・管理されている

会社が移動時間を把握・管理している事実そのものが、労働時間性の証拠になります。

  • 会社支給スマートフォンのGPS機能が常時オンになっている
  • 日報に移動時間・訪問先を記載することが義務づけられている
  • 経費精算システムに移動ルート・交通費を入力している
  • 社用車の走行記録・ETC履歴が管理されている

会社が「移動時間は労働時間ではない」と言いながら、実際には移動状況を管理しているという矛盾は、労働時間性を認めさせる強力な根拠になります。


事業場外みなし労働時間制との関係

営業職に対して事業場外みなし労働時間制(労働基準法第38条の2)を適用している会社があります。この制度は「事業場外で業務に従事した場合、所定労働時間を労働したとみなす」ものです。しかし、この制度が適用されるためには「労働時間の算定が困難であること」が前提条件です。

スマートフォンやGPSで常時位置情報を把握されている、日報で行動を管理されている、上司から随時指示を受けているといった実態があれば、この制度の適用要件を満たさないと判断される可能性が高いです。

実際、近年の裁判例ではGPSや日報による管理が行われていた営業職について、事業場外みなし労働時間制の適用を否定し、実労働時間に基づく残業代請求を認めるものが増えています(阪急トラベルサポート事件・最高裁2014年など)。

今すぐできるアクション: 会社から事業場外みなし労働時間制の適用を告知された書面(労働契約書・就業規則など)を確認し、コピーを手元に保管してください。


証拠の集め方:今日から始める記録術

未払い残業代の請求では、実際の労働時間を立証する証拠が勝負を決めます。以下の証拠を体系的に収集・保管してください。

記録すべき6項目

毎日、必ず以下を記録します。

【日次記録テンプレート】
日付:
出発時刻(自宅 or 事務所):
訪問先①(企業名・住所): 到着時刻: 退出時刻:
訪問先②(企業名・住所): 到着時刻: 退出時刻:
訪問先③(企業名・住所): 到着時刻: 退出時刻:
帰社 or 帰宅時刻:
移動合計時間:
特記事項(上司からの指示内容など):

記録はその日のうちに作成してください。後日まとめて作成したものは証拠価値が下がります。スマートフォンのメモアプリにタイムスタンプ付きで記録するか、紙の手帳に毎日記入する方法が有効です。


収集すべき客観的証拠

証拠の種類 内容 入手方法
タイムカード・出退勤記録 会社の打刻記録 会社への開示請求・写真撮影
GPS・位置情報記録 スマートフォンの移動履歴 Google マップのタイムライン等
日報・業務報告書 訪問先・行動記録 コピーを手元に保管
経費精算記録 交通費・ガソリン代の申請記録 申請データのスクリーンショット
メール・LINEの指示内容 上司からの訪問先指示 スクリーンショット保存
ETC・高速道路利用記録 移動ルートの証明 ETCマイレージサービスで確認
社用車走行記録 走行距離・ルート 会社への開示請求

スマートフォンのGPS記録について:

AndroidのGoogleマップ「タイムライン」機能は、日時・移動経路・滞在時間を自動記録します。iPhoneでも「ヘルスケア」アプリや「マップ」の履歴が利用できます。これらは非常に強力な証拠となるため、今すぐ設定を確認し、記録が残るようにしておいてください。

今すぐできるアクション:

  1. スマートフォンのGPS記録設定をオンにし、過去の記録をスクリーンショットで保存
  2. 直近3か月分の日報・経費精算データのコピーを自宅に保管
  3. 上司からの指示メール・LINEをすべてスクリーンショット保存

残業代の時効に注意

労働基準法の改正により、2020年4月1日以降に発生した残業代の消滅時効は3年です(改正前は2年)。ただし、2020年3月31日以前に発生した分については2年の時効が適用されます。

時効の起算点は「賃金支払日」ですので、支払日から3年以内であれば請求できます。時効が迫っている場合は、内容証明郵便の送付や労働審判の申立てによって時効を中断(更新)することが重要です。証拠収集と並行して、できるだけ早く行動を開始してください。


未払い残業代の具体的な請求手順

ステップ1:未払い額を計算する

残業代の計算式は以下のとおりです。

【残業代計算式】
1時間あたりの基礎賃金 × 割増率 × 時間外労働時間数 = 未払い残業代

【割増率】
・法定時間外労働(1日8時間・週40時間超):25%以上
・深夜労働(22時〜翌5時):25%以上
・法定時間外 + 深夜:50%以上
・月60時間超の時間外労働:50%以上

【基礎賃金の計算】
月給制の場合:月額賃金 ÷ 月平均所定労働時間数
(月平均所定労働時間数 = 年間所定労働時間 ÷ 12)

例として、月給25万円・所定労働時間が月160時間の場合、1時間あたりの基礎賃金は1,562円です。移動時間が毎日2時間(月20日として月40時間)であれば、月の未払い残業代は1,562円 × 1.25 × 40時間 = 約78,100円になります。


ステップ2:会社へ任意請求(内容証明郵便)

計算した未払い残業代を会社に請求します。内容証明郵便を使うことで、請求した事実・日時が公的に証明され、時効の更新にもなります。

内容証明郵便に記載する内容:

  1. 労働基準法第37条に基づく割増賃金の請求である旨
  2. 請求対象期間(例:2022年4月〜2025年3月)
  3. 計算根拠(基礎賃金・移動時間・割増率)
  4. 請求金額の合計
  5. 支払期限(内容証明到着後14日以内など)
  6. 支払先口座情報

内容証明郵便は郵便局の窓口または「e内容証明」(日本郵便の公式サービス)から送付できます。


ステップ3:労働基準監督署への申告

会社が任意の支払いに応じない場合は、労働基準監督署(労基署)に申告します。

申告の流れ:

  1. 事業所の所在地を管轄する労働基準監督署を確認(厚生労働省ウェブサイトで検索可能)
  2. 「申告書」を記入して窓口または郵送で提出
  3. 労基署が調査を開始し、法令違反が認められれば会社に是正勧告・指導を行う

労基署申告の注意点:

労基署は労働基準法違反を取り締まる行政機関であり、民事上の金銭請求を代行するわけではありません。是正勧告によって会社が支払いに応じることが多いですが、強制執行権限はないため、会社が応じない場合は民事手続きに移行する必要があります。

今すぐできるアクション: 管轄の労働基準監督署の電話番号を調べ、相談時間(平日の開庁時間)を確認しておきましょう。厚生労働省の「労働基準監督署の所在地」ページで検索できます。


ステップ4:労働審判・民事訴訟

会社が支払いを拒否する場合は、裁判所を通じた手続きを利用します。

労働審判(最も実用的な手続き):

  • 地方裁判所に申立て
  • 原則3回以内の期日で審理(迅速解決が特徴)
  • 裁判官1名+労働審判員2名で構成
  • 解決率は約70〜80%
  • 申立て費用:収入印紙代(請求金額に応じて数千円〜数万円)

付加金の請求(重要):

労働基準法第114条により、残業代未払いの場合、裁判所は未払い額と同額の付加金の支払いを命じることができます。つまり、本来の残業代の最大2倍の金額を請求できます。


ステップ5:弁護士・社会保険労務士への相談

残業代請求は、専門家のサポートを受けることで成功率と回収額が大きく変わります。

弁護士への相談が特に有効な場面:

  • 請求金額が大きい(目安として50万円以上)
  • 会社が支払いを強く拒否している
  • 事業場外みなし労働時間制の適用が争点になっている
  • 労働審判・訴訟を提起したい

多くの弁護士事務所では成功報酬型(回収額の一定割合を報酬とする形式)での受任が可能です。初期費用がかからないため、費用面での心配は少ないといえます。

社会保険労務士(社労士)への相談が有効な場面:

  • まず証拠の整理・計算をしたい
  • 労基署申告の前にアドバイスを受けたい
  • 費用を抑えて相談したい

会社が使う反論パターンと対処法

会社側から反論が出ることを想定しておきましょう。主な反論と、それに対する法的な対処法を整理します。

反論①:「事業場外みなし労働時間制を適用しているから残業代は不要」

GPS・日報・上司の常時連絡など「労働時間の算定が困難」でない実態を証拠で示すことで、みなし制の適用要件を否定できます。

反論②:「移動時間は休憩時間に当たる」

移動中に上司への報告・顧客への電話対応などの業務を行っていた事実を記録・通話履歴で示すことで反論できます。業務を行っている時間は休憩時間ではありません。

反論③:「直行直帰の移動は通勤にすぎない」

会社の指示でルート・訪問先が決まっており、業務の一環として移動していることを、指示内容のメール・日報で証明します。

反論④:「残業代の時効が成立している」

時効の主張は会社側がすることができますが、内容証明郵便の送付・労働審判の申立てにより時効を更新することができます。早期に行動することが重要です。


よくある質問

Q1. 移動時間が労働時間に含まれるかどうか、自分で判断できますか?

4つの判断基準(使用者の指示・業務遂行性・代替不可性・時間管理)のうち複数が当てはまる場合、労働時間に該当する可能性が高いといえます。ただし、最終的な判断は具体的な事実関係によります。無料の労働相談窓口(労基署・弁護士初回無料相談)を利用して、専門家に確認することをお勧めします。

Q2. 「移動時間は労働時間ではない」と就業規則に明記されていた場合はどうなりますか?

就業規則の記載があっても、労働基準法第13条により法律の基準を下回る部分は無効です。実態として労働時間に該当するならば、就業規則の記載に関係なく残業代の請求権は発生します。

Q3. 既に退職した会社への請求は可能ですか?

退職後も消滅時効(3年)の範囲内であれば請求できます。退職は請求権に影響しません。ただし、証拠(日報・メールなど)を退職前に確保しておくことが重要です。

Q4. 会社に相談したら報復・嫌がらせを受けないか心配です。

労働基準法第104条は、労働者が労基署に申告したことを理由とする不利益取扱い(解雇・降格など)を禁止しています。また、労働契約法第16条は解雇権の濫用を禁止しています。万一不利益な扱いを受けた場合は、その事実を記録し、追加の法的措置を取ることが可能です。

Q5. 小額の未払い残業代でも請求できますか?

金額の大小に関わらず請求権は存在します。少額の場合は「少額訴訟」(60万円以下が対象)を利用する選択肢もあります。ただし費用対効果を考慮し、弁護士や社労士に相談して手続きを選択することをお勧めします。

Q6. 証拠がほとんどない場合でも請求できますか?

証拠が乏しい場合でも、会社側が出退勤記録やGPSデータを保有している可能性があります。弁護士を通じた証拠開示(文書提出命令など)を活用することで、会社保有の証拠を引き出せる場合があります。また、今この瞬間から記録を開始することで、今後分の証拠は確実に蓄積できます。


まとめ:移動時間の未払い残業代請求で取るべき行動

営業職の移動時間が労働時間に該当するかは、「使用者の指揮命令下にあるかどうか」という一点で判断されます。会社が「給与に含まれている」「手当で対応している」と説明しても、法律の基準を満たさない限り残業代の請求権は消えません。

今日から取るべき行動をまとめます:

  1. 即日:スマートフォンのGPS記録設定を確認・保存する
  2. 即日:上司からの指示メール・LINEをスクリーンショット保存する
  3. 今日から毎日:出発時刻・訪問先・移動時間・帰宅時刻を記録する
  4. 今週中:過去の日報・経費精算記録のコピーを確保する
  5. 今月中:労働基準監督署または弁護士に相談し、請求金額の計算を行う
  6. 時効に注意:賃金支払日から3年以内に行動を起こす

証拠収集と専門家への相談を早期に組み合わせることが、未払い残業代を回収するうえで最も有効な戦略です。一人で抱え込まず、今日最初の一歩を踏み出してください。

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