解雇通知を受けたその日に、会社から「返却物があるから給与は払えない」と告げられたとしたら、あなたはどう対応しますか?
結論から言います。これは労働基準法違反です。
返却物の有無にかかわらず、会社にはあなたに給与を全額支払う義務があります。返却物を理由に給与を止めることは、法律が明確に禁じている行為であり、刑事罰の対象にもなりえます。
この記事では、解雇当日から使える証拠収集の方法、内容証明の書き方、労働基準監督署への申告手順まで、今すぐ実行できる対応手順を完全解説します。
返却物を理由に給与を凍結するのは労働基準法違反である
労働基準法24条が定める「全額払いの原則」とは
労働基準法24条1項は、賃金の支払いについて次のように定めています。
「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」
この条文が意味することは明確です。会社は、いかなる理由があっても、労働者が働いた対価である賃金を全額・現金で・本人に直接支払わなければなりません。
賃金から控除できるのは、法律に定められた項目のみです。具体的には、所得税・住民税・社会保険料・雇用保険料、そして労使協定(36協定や賃金控除協定)で定めたものに限られます。「返却物を返していないから」という理由は、この控除の対象に一切該当しません。
つまり、会社が「パソコンを返してくれるまで給与は払わない」「社員証がないと支払えない」などと言う行為は、それ自体が労働基準法24条違反という違法行為です。
返却物と給与は「法的に無関係」な別の問題である
会社が主張する「返却物と引き換えに給与を払う」という論理は、法律的に成立しません。
民法533条は「同時履行の抗弁権」を定めています。これは、双方が同じ契約から生じた義務を負う場合に、相手が履行するまで自分の義務の履行を拒否できる権利です。しかし、労働契約から生じる「給与支払義務」と、物品の返却は、まったく異なる法律関係から生じるものです。
| 会社の義務(給与支払) | 労働者の義務(物品返却) |
|---|---|
| 労働契約・労基法から発生 | 物品管理規定・不当利得返還から発生 |
| 所定支払日が期限 | 退職時または要求時が期限 |
| 法律で優先的に保護 | 別途交渉・請求が必要 |
同時履行の抗弁権は、これらの「別々の法律関係」には適用されません。最高裁判例も含め、司法は一貫して「給与は全額・無条件に支払われなければならない」という立場を取っています。
返却物があるなら、会社は給与を支払ったうえで、別途返却を求める手続きを取る必要があります。それが日本の法律のルールです。
違反した会社が受ける制裁とは
労働基準法24条に違反した場合、会社(使用者)には30万円以下の罰金(労基法120条)が科せられます。悪質な場合は刑事告発の対象にもなります。
また、支払いが遅延した賃金には、年3%(2020年民法改正後)の遅延損害金が発生します。未払いが長引けば長引くほど、会社が支払うべき金額は増え続けます。
解雇当日から始める証拠収集の具体的な手順
違法な給与凍結に対抗するためには、証拠が命綱です。「言った・言わない」の争いにならないよう、当日からすぐに記録を始めてください。
録音・記録を今すぐ開始する
解雇通知を受けた場面、給与凍結を告げられた場面は、必ず録音してください。日本では自分が会話の当事者である場合の録音は合法です(第三者の会話を無断で録音するケースとは異なります)。
録音すべき内容
- 「返却物があるから給与を払えない」という会社側の発言
- 凍結の理由・金額・対象期間についての説明
- 解雇の理由・解雇予告手当の説明(またはその拒否)
スマートフォンのボイスメモアプリで問題ありません。ただし、録音が始まっているかどうか事前に確認し、バッテリー残量にも注意してください。録音できなかった場合は、会議が終わった直後に、日時・場所・発言内容・同席者を手書きメモしてください。このメモは後の証拠として有効です。
必ず入手・保存すべき書類一覧
解雇当日および翌日以降、以下の書類を確実に手元に残してください。
| 書類名 | 入手方法 | 重要度 |
|---|---|---|
| 解雇通知書 | 会社に発行を求める(口頭のみなら録音) | ★★★ |
| 給与明細(直近3ヶ月分) | 手元にある分・社内システムからDL | ★★★ |
| 雇用契約書 | 手元にある分 | ★★★ |
| 就業規則 | 会社に複写を求める(法的に開示義務あり) | ★★ |
| タイムカード・勤怠記録 | 社内システムからDLまたは写真撮影 | ★★ |
| 返却物に関するやり取りのメール・チャット | スクリーンショット保存 | ★★ |
| 給与凍結を告げるメール・書面 | 受信したものを保存 | ★★★ |
特に雇用契約書と給与明細は、給与の金額・支払日・支払い条件を証明するための核心的証拠です。社内システムにアクセスできるうちに必ずダウンロードしておきましょう。退職処理が進むとアクセスできなくなることがあります。
会社へのメール・チャットで「要求の記録」を残す
面談での録音・メモに加えて、文字として残るチャネルでも給与支払いの要求を行ってください。メールやチャットは、送受信の日時が自動記録されるため、後の証拠として非常に強力です。
送るべきメールの例(当日中)
件名:給与支払いに関するご要求
〇〇株式会社 人事部 〇〇様
本日、解雇通知を受けました。
その際、「返却物があるため給与の支払いができない」との説明を受けましたが、
給与は労働基準法第24条の全額払いの原則に基づき、
所定支払日に全額支払われる権利があります。
返却物への対応は別途行いますが、
給与については〔次回支払日〕に全額お支払いいただくよう正式に要求します。
支払いがない場合は、法的手続きを取らざるを得ません。
〔氏名〕
〔送信日時〕
このメールへの返信内容も、会社の態度を示す証拠になります。返信がない場合も「送付した記録」として保存しておいてください。
内容証明郵便の書き方と送付手順
証拠収集と並行して、内容証明郵便による給与支払い請求書を送付してください。内容証明は「いつ・誰が・何を送ったか」を郵便局が証明してくれる郵便形式で、法的手続きにおいて「請求した事実」を明確に証明できます。
内容証明を送る意味と法的効果
内容証明を送付することには、次の効果があります。
① 時効の進行を止める(催告)
賃金請求権の消滅時効は3年(2020年民法改正後)です。内容証明を送ることで「催告」が成立し、6ヶ月間時効の完成が猶予されます。
② 会社に法的プレッシャーをかける
内容証明が届くことで、会社は「この問題は法的手続きに発展する」と認識します。任意の支払いに応じるケースも少なくありません。
③ 後の労働審判・訴訟における証拠になる
「いつ請求したか」「会社がどう対応したか」を客観的に証明できます。
内容証明の基本的な書式ルール
内容証明郵便には以下の書式規定があります。
- 用紙はA4またはB5
- 1行の文字数:横書きの場合 1行26字以内
- 1ページの行数:1ページ26行以内
- 同じ内容のものを3部作成(郵便局保管用・自分の控え用・相手方送付用)
- 差出人・受取人の住所・氏名を明記
実際に使える内容証明文例
以下は、そのまま使用・参考にできる文例です。会社名・氏名・金額・日付を実際のものに置き換えてください。
内容証明(賃金支払催告書)文例
賃金支払催告書
〒○○○-○○○○
○○県○○市○○町○-○
○○株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
私は、貴社に対し、以下のとおり賃金の支払いを催告します。
第1 催告の趣旨
貴社は、令和○年○月○日、私に対して解雇通知を交付しました。
その際、「返却物が未返還であるため給与を支払えない」との説明をしましたが、
これは労働基準法第24条第1項が定める賃金全額払いの原則に違反する違法な行為です。
第2 未払い賃金の内容
・対象期間:令和○年○月○日〜令和○年○月○日
・未払い賃金額:金○○○,○○○円
・本来の支払日:令和○年○月○日
第3 解雇予告手当(該当する場合)
・貴社は30日以上前の予告なく解雇通知をしたため、
労働基準法第20条に基づく解雇予告手当(金○○○,○○○円)の支払い義務があります。
第4 要求事項
上記金額の合計○○○,○○○円を、本書到達後7日以内に、
私名義の下記口座に振り込むよう催告します。
振込先
金融機関名:○○銀行 ○○支店
口座種別:普通
口座番号:○○○○○○○
口座名義:○○ ○○
期限内にお支払いいただけない場合は、労働基準監督署への申告、
労働審判の申立て、その他法的手続きを取らざるを得ません。
なお、支払いが遅れた期間については、民法所定の遅延損害金を請求します。
令和○年○月○日
〒○○○-○○○○
○○県○○市○○町○-○
○○ ○○ 印
電話:○○○-○○○○-○○○○
内容証明の送付方法
- 上記の文書を同じ内容で3部印刷する
- 近くの郵便局(ゆうゆう窓口のある局が確実)の窓口に持参する
- 「内容証明郵便で送りたい」と伝える
- 配達証明も一緒に付ける(「配達証明付き内容証明」を指定。相手に届いた証拠が残る)
- 料金の目安:基本料金+内容証明料金(440円)+配達証明(320円)程度
e内容証明(電子内容証明)を使う方法もあります。
郵便局のWebサービス「e内容証明」を使えば、Wordで作成した文書をオンラインから送付できます。窓口に行く時間がない場合や夜間・休日に対応したい場合に便利です。
労働基準監督署への申告手順
内容証明と並行して、所轄の労働基準監督署(労基署)への申告を行いましょう。労基署は使用者への調査・指導・是正勧告を行う行政機関であり、労働者は無料で申告・相談ができます。
申告の前に準備するもの
- 解雇通知書(またはその写真・録音)
- 給与明細(直近3ヶ月分)
- 雇用契約書
- 給与凍結を告げられた際のメモ・録音
- 内容証明の控え(送付済みの場合)
- 会社の所在地・代表者名(登記情報)
申告の流れ
Step 1:所轄労基署に電話で連絡する
「今日(昨日)解雇通知を受け、給与支払いを拒否されました。労働基準法違反として相談・申告したい」と伝えてください。受付時間は平日8時30分〜17時15分が基本です。混雑する場合がありますので、開庁直後(午前中早め)に電話するのが確実です。
所轄の労基署は、会社の住所地を管轄するハローワークまたは厚生労働省のWebサイト(「労働基準監督署 所在地」で検索)で確認できます。
Step 2:来署または書面で「申告書」を提出する
電話での相談後、担当者から来署を促されることがあります。来署の際は上記の書類一式を持参してください。書面(申告書)の様式は、労基署窓口でもらえます。
Step 3:調査・是正勧告
申告を受けた労基署は、会社に対して任意の調査を行います。違反が認められれば、会社に対して是正勧告書を交付し、支払いを促します。是正勧告は強制力を持ちませんが、多くの場合これで会社が支払いに応じます。
「総合労働相談コーナー」も活用する
各都道府県労働局には総合労働相談コーナーが設置されています。解雇・賃金・ハラスメントなど労働問題全般を無料で相談でき、あっせん(労使間の仲介)を申請することも可能です。
また、法テラス(日本司法支援センター)に電話(0570-078374)すれば、弁護士への相談窓口や費用の立替制度を案内してもらえます。
支払いが遅れた場合のエスカレーション手順
内容証明を送付し、労基署に申告しても会社が支払いに応じない場合は、法的手続きへ移行します。
少額訴訟(給与額が60万円以下の場合)
給与の未払い額が60万円以下であれば、少額訴訟を利用できます。
- 申立先:相手方(会社)の所在地を管轄する簡易裁判所
- 費用:訴訟費用は数千円程度(1万円以内が多い)
- 期間:原則1回の審理で判決が出る(1〜2ヶ月程度)
- 弁護士不要:本人申立が可能
少額訴訟は手続きが比較的簡単で、給与額が少額の場合に最も素早く解決できる手段です。裁判所の窓口でも手続きの案内をしてもらえます。
労働審判
給与未払いに加え、解雇の有効性も争いたい場合には労働審判が適しています。
- 申立先:相手方(会社)の所在地を管轄する地方裁判所
- 費用:申立手数料(数千円〜数万円。請求額による)
- 期間:原則3回以内の期日で解決(約2〜3ヶ月)
- 弁護士:代理人弁護士を立てることを強く推奨
労働審判は、通常の民事訴訟より迅速かつ柔軟な解決が期待でき、多くのケースで和解(調停)による解決になります。
賃金仮払い仮処分
解雇の有効性を争いながら、生活費確保のために給与の仮払いを裁判所に命じてもらう手続きです。本案訴訟に先行して申し立てることができ、裁判所が認めれば会社は仮払いを余儀なくされます。費用は弁護士費用を含めると高額になるため、弁護士との相談が不可欠です。
返却物への対応:給与支払いとは切り離して行う
会社が求める返却物(パソコン、社員証、制服、健康保険証など)への対応は、給与受け取りとは完全に切り離して行ってください。
返却物を持っているのは事実であり、最終的には返す必要があります。ただし、それは給与を全額受け取った後で構いません。
返却物対応の正しい手順
- 返却物の一覧をリスト化し、手元にあるものを確認する
- 内容証明や口頭で「給与支払い後に返却する」と明示しておく
- 実際の返却は、会社が指定する方法(持参・郵送)で行い、受領書またはその写真を必ず保存する
- 郵送の場合は簡易書留または追跡可能な配送方法を使い、送付記録を残す
健康保険証は退職後は使用できませんので、早急に返却し、国民健康保険や任意継続の手続きを行ってください。ただし、給与支払いとは無関係に返却できるものから先に返却していく姿勢を示すことで、「悪意はない」という姿勢を記録として残すこともできます。
相談窓口まとめ
今すぐ相談・申告できる機関を整理します。
| 機関名 | 電話番号 | 対応内容 | 費用 |
|---|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 会社所在地の管轄署(厚生労働省HPで検索) | 給与未払いの申告・是正勧告 | 無料 |
| 総合労働相談コーナー | 各都道府県労働局(厚生労働省HPで検索) | 解雇・給与全般の相談・あっせん | 無料 |
| 労働局(総合労働相談) | 0120-811-610(労働条件相談ほっとライン) | 平日17〜22時・土日10〜17時対応 | 無料 |
| 法テラス | 0570-078374 | 弁護士相談の紹介・費用立替 | 無料(審査あり) |
| 弁護士会(各都道府県) | 各県弁護士会(Webで検索) | 労働問題専門弁護士の紹介 | 相談料あり(初回無料も) |
| 社会保険労務士会 | 各都道府県社労士会(Webで検索) | 労働問題の専門相談 | 相談料あり(無料相談あり) |
よくある質問(FAQ)
Q1. 「返却物が返ってきたら給与を払う」と言われましたが、それは合法ですか?
違法です。労働基準法24条は、賃金を「全額」かつ「所定の支払日に」支払うことを義務付けています。返却物の返還を給与支払いの条件にすることはできません。
Q2. 給与の支払い日はいつまでに払ってもらう必要がありますか?
雇用契約書または就業規則に定められた「給与支払日」が期限です。その日を過ぎれば支払遅延となり、遅延損害金が発生します。ただし、退職時の最終給与については、請求があれば退職日から7日以内に支払う義務があります(労働基準法23条)。
Q3. 解雇予告手当も請求できますか?
はい。30日以上前の予告なしに解雇された場合、会社は「解雇予告手当」(平均賃金の30日分)を支払う義務があります(労基法20条)。解雇当日に突然通知された場合は、まずこれを確認してください。
Q4. 内容証明は自分で書けますか?弁護士に頼まないといけませんか?
本記事の文例を参考にすれば、ご自身で作成できます。ただし、請求額が大きい場合や解雇の有効性も争いたい場合は、弁護士に相談したうえで作成することを強く推奨します。弁護士名義で送付することで、より強いプレッシャーを与えられる場合もあります。
Q5. 会社が労基署の指導を無視した場合はどうなりますか?
労基署の是正勧告は行政指導であり、強制力はありません。無視された場合は、検察庁への告発(労基法違反での刑事告発)や、少額訴訟・労働審判などの司法手続きに移行することを検討してください。
Q6. 給与凍結から時効までの期間はどのくらいですか?
2020年の民法改正を受け、2020年4月1日以降に発生した賃金請求権の消滅時効は3年です(経過措置として、当面は3年に統一)。ただし、できる限り早期に請求手続きを取ることが得策です。
Q7. 会社が「返却物の損害賠償と相殺する」と言ってきた場合はどうすればよいですか?
労働基準法24条は一方的な相殺を原則禁止しています。相殺が認められるのは、労働者本人が書面で同意した場合などごく限定的な状況に限られます。会社が一方的に「損害賠償と相殺する」と主張しても、それに同意する必要はありません。弁護士または労基署に相談してください。
まとめ:解雇当日にやるべきことチェックリスト
記事の内容を、当日から実行できる行動リストとして整理します。
解雇当日(最優先)
– [ ] 面談の内容を録音する(スマホのボイスメモで可)
– [ ] 解雇通知書の発行を求め、受け取る
– [ ] 給与明細・雇用契約書・タイムカードを保存する
– [ ] 会社にメール/チャットで「給与全額支払いを要求する」旨を送付する
– [ ] 録音できなかった場合は、発言内容を手書きメモにまとめる
翌日〜3日以内
– [ ] 所轄の労働基準監督署に電話で相談・申告を行う
– [ ] 内容証明郵便(賃金支払催告書)を作成・送付する(配達証明付き)
1週間以内に支払いがない場合
– [ ] 労働審判または少額訴訟の手続きを確認する
– [ ] 弁護士・法テラスに相談する
給与を止めることは、会社にはできません。あなたには受け取る権利があり、それを守るための法律と機関が存在します。
今この瞬間が最も重要です。躊躇せず、本記事で紹介した相談窓口に電話を入れてください。労働基準監督署の相談は完全無料で、秘密は守られます。また、法テラスならば経済状況によって弁護士相談の費用が立て替えられます。一人で抱え込まず、今日から動き出してください。

