「営業準備の時間は仕事じゃない」「顧客開拓は自己研鑽だから残業にならない」——そう言われ、残業代を支払ってもらえていませんか?
営業職に特有のこの問題は、労働基準法上の「労働時間」の定義を正しく理解すれば、多くのケースで未払い残業代として請求できます。本記事では、準備時間・顧客開拓時間の労働性の判定基準から、証拠の集め方・請求の手順まで、今日から動ける実務ガイドを提供します。
営業職の「準備時間」が労働時間に含まれる理由
法律が定める「労働時間」の正確な定義
労働基準法32条は、使用者が労働者を働かせることのできる時間の上限(1日8時間・週40時間)を定めています。そして最高裁判所は、「労働時間」とは何かについて明確な基準を示しています。
「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」
——最高裁判所判決(三菱重工長崎造船所事件・1997年)
この定義でとくに重要なのは、「実際に作業しているかどうか」ではなく、「使用者の指揮命令下にあるかどうか」が判断基準だという点です。
つまり、次の問いに「YES」と答えられる時間は、原則として労働時間です。
- 会社(上司)の指示・命令に基づいて行っている行為か?
- その活動を断れば、業務上の不利益が生じるか(実質的強制性があるか)?
- 会社の業務目的のために行っている行為か?
三菱重工事件の判示が営業職にも直接適用される
三菱重工長崎造船所事件の最高裁判決(最高裁一小判決1997年4月2日)は、就業規則上の始業・終業時刻の前後に行う「準備・片付け行為」を労働時間と認定した画期的な判例です。
同判決は、「準備行為が労働契約上の役務提供と不可分一体をなすと認められるとき」には労働時間に含まれると判示しました。
営業職への置き換えで考えると、以下のような行為が「役務提供と不可分一体」に該当します。
| 準備行為の例 | 労働時間に該当する理由 |
|---|---|
| 訪問前の提案資料の印刷・確認 | 上司の指示があり、行わなければ営業活動自体が成立しない |
| 顧客情報のCRMシステムへの入力 | 会社のデータ管理方針に基づく義務的作業 |
| 翌日の訪問ルート計画の作成 | 会社が管理する営業計画と一体の業務 |
| 営業ツール(タブレット・カタログ)の整備 | 会社支給の業務ツールを業務遂行のために整備する行為 |
「成果主義だから時間管理しない」は違法な免罪符にならない
会社側がよく持ち出す主張に「営業は成果で評価するから、時間の管理は各自に任せている」というものがあります。しかし、これは法的に通用しません。
労働基準法37条は、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた時間について、割増賃金(残業代)の支払いを義務付けています。この義務は成果主義・歩合制であっても免除されません(最高裁・高知放送事件等)。
成果主義・歩合制であっても、残業代はゼロにはなりません。固定給の部分または最低保障額を基礎として、法定時間外の割増賃金(25%以上)を上乗せで支払う義務が使用者には生じます。
営業職で労働時間に含まれる活動・含まれない活動の具体例
確実に労働時間に含まれる7つの活動
以下の活動は、判例・厚生労働省の行政解釈(通達)に照らして、労働時間に算入されるべき性質を持ちます。
① 顧客開拓のための訪問準備(上司指示下)
訪問リストの作成、アポイントメントの取得、提案書・見積書の作成が上司の業務指示のもとで行われている場合、それらはすべて労働時間です。「訪問件数ノルマ」「開拓エリアの指定」がある時点で、顧客開拓活動は指揮命令下にあると判断されます。
② 営業資料・提案資料の作成
プレゼンテーション資料、提案書、見積書の作成は業務上の必須行為であり、会社に帰属する成果物の作成です。自宅や帰社後に行った場合でも、それが業務上必要なものであれば労働時間として計上できます。
③ 営業戦略会議・朝礼・ミーティング
参加が事実上義務付けられているミーティング・会議・朝礼は、参加しなければ業務上の支障が生じるため、明確に労働時間に含まれます。「任意参加」と呼ばれていても、欠席すると上司から叱責される・評価が下がるなどの実態があれば「実質的強制」として労働時間に算入されます。
④ 顧客データの入力・営業日報の作成
CRMシステムへの入力、日報・週報・月報の作成は、会社の管理体制を維持するための業務行為です。「終業後に入力するように」と指示されている場合、その時間は残業として取り扱われなければなりません。
⑤ 会社が指定したルートでの移動時間
会社が訪問先・訪問順・営業エリアを指定している場合の移動時間は、労働時間に含まれます。具体的には以下のケースです。
- 会社から顧客先への移動(直行の場合も、会社への出勤に代わる移動のため労働時間)
- 会社の指示する営業エリア内での顧客間移動
- 帰社を命じられている場合の最終訪問先から会社への移動
⑥ 電話営業・メール対応(指示下)
「1日○件コールする」「問い合わせには当日中に返信する」などの指示がある場合、その電話・メール対応は指揮命令下の業務です。
⑦ 顧客クレーム対応
クレームへの対応は業務の継続であり、時間帯にかかわらず労働時間として扱われます。夜間や休日にクレーム対応の連絡を強いられている場合、その時間も残業代の対象となります。
グレーゾーン判断の活動(裁判例で争点になる)
これらは状況によって判断が分かれるケースです。「実質的強制性があるか」という軸で自分の状況と照らし合わせてください。
移動中のビジネス書学習・スキルアップ
会社が研修資料を配布し「移動中に読んでおくように」と指示した場合や、読まないと会議で叱責される実態があれば、労働時間に算入できる可能性があります。完全に自発的な学習であれば対象外です。
帰宅後・休日の提案資料作成
会社の業務用PCで、業務メールでのやりとりを伴いながら作成している場合は、労働時間の証拠として扱いやすくなります。翌朝提出を求められていた場合も同様です。一方、自己判断で「より良い提案をしたい」と行った場合は、判断が分かれます。
テレワーク中の待機時間
チャットやメールにすぐ反応することを求められ、実際に自由に行動できない状態であれば「手待ち時間」として労働時間に含まれます(労働基準法上、使用者の指示でいつでも業務に従事できる状態にある時間は手待ち時間として労働時間)。
業界人脈の構築・異業種交流会
会社から参加を明示的・暗黙的に求められている場合(参加費を会社が負担する、活動報告が求められる等)は労働時間と主張できます。純粋に自発的な人脈形成は対象外です。
明確に労働時間に含まれない活動
以下は、会社の指揮命令から独立した行為であるため、労働時間には含まれません。
- 会社の指示なしに自発的に行う私的な学習(業界書籍の独学など)
- 通勤時間(ただし、会社から通勤中の業務対応を指示されている場合は例外)
- 昼休みや休憩時間中の自由な私的行動(実際に自由が保障されている場合)
- プライベートな知人への自発的な営業活動(会社の指示・報告義務なし)
判断の核心:「断ったらどうなるか」を自問する
「その行為をしなかったら、業務上の不利益(叱責・評価低下・ノルマ未達の責任追及)が生じるか」——YESなら、それは指揮命令下の行為です。
新規営業準備・顧客開拓時間の労働性を判定する具体的チェック
自分の状況が労働時間に該当するかを確認するために、以下のチェックリストを使ってください。
労働時間該当性の判定チェックリスト
指揮命令性の確認(1つでも該当すれば該当可能性が高い)
- [ ] 上司から「〇〇の準備をしておくように」と口頭・メールで指示されたことがある
- [ ] 営業計画・訪問先リストを上司が確認・承認する仕組みがある
- [ ] 準備が不十分だと上司から指導・叱責を受けたことがある
- [ ] 会社のシステム(CRM・グループウェア)を使って業務を行っている
- [ ] 業務指示がメール・チャットのログとして残っている
実質的強制性の確認
- [ ] ミーティング・朝礼に出ないと不利益が生じる(または欠席を許されない雰囲気がある)
- [ ] 顧客開拓件数・訪問件数のノルマが設定されている
- [ ] 日報・週報の提出が義務付けられており、準備時間を要する
- [ ] 残業(準備活動を含む)をしないと翌日のノルマが達成できない構造になっている
時間の把握状況の確認
- [ ] 会社がタイムカード・出退勤システムで勤務時間を管理している
- [ ] PCのログイン・ログアウト記録が残っている
- [ ] 業務用スマートフォンの通話履歴・メール送受信記録がある
2つ以上チェックが入った場合、弁護士・労働基準監督署への相談を強くおすすめします。
未払い残業代の計算方法
基本的な計算式
未払い残業代の計算は、以下の手順で行います。
ステップ1:1時間あたりの基礎賃金を算出する
月給(基本給+諸手当※)÷ 1か月の所定労働時間 = 1時間あたりの基礎賃金
※ 家族手当・通勤手当・住宅手当など、法定の除外手当は除く
ステップ2:割増率を確認する
| 残業の種類 | 割増率 |
|---|---|
| 法定時間外(月60時間以下) | 25%以上 |
| 法定時間外(月60時間超) | 50%以上(中小企業は2023年4月から適用) |
| 法定休日労働 | 35%以上 |
| 深夜労働(22時〜5時) | 25%以上(時間外と重複する場合は50%以上) |
ステップ3:未払い残業代の総額を計算する
1時間あたりの基礎賃金 × 割増率 × 残業時間数 = 1か月の未払い残業代
これを対象月数分合計する
計算例
月給30万円(家族手当・通勤手当を除いた額)、所定労働時間160時間の営業職が、毎月40時間の準備時間・顧客開拓時間が未払いになっていた場合:
- 基礎賃金:300,000円 ÷ 160時間 = 1,875円/時間
- 1か月の未払い残業代:1,875円 × 1.25 × 40時間 = 93,750円
- 2年分の合計:93,750円 × 24か月 = 2,250,000円
時効について:残業代の請求期限は3年(2020年4月以降に発生した残業代)
2020年4月1日以降に発生した残業代の消滅時効は3年です(労働基準法115条改正)。それ以前の残業代は2年が時効です。「もう請求できないかも」とあきらめる前に、まず専門家に確認することをおすすめします。
証拠の集め方と保全方法
請求を成功させるうえで最も重要なのが証拠の確保です。会社が記録を改ざん・廃棄する前に、以下のものを集めてください。
優先度が高い証拠
業務記録・時間記録
- タイムカード・出退勤システムの打刻記録(紙・スクリーンショット)
- 業務用PC・会社システムのログイン・ログアウト時刻の記録
- メール・チャット(Slack・Teamsなど)の送受信履歴(時刻が記録される)
- 営業日報・週報・月報のコピーまたはスクリーンショット
- 顧客訪問記録・訪問報告書のコピー
指揮命令を示す記録
- 上司からの業務指示メール・チャットメッセージのスクリーンショット
- ノルマ・目標を記載した書類(目標管理シート等)
- 「残業申請しなくていい」「準備は労働時間に入らない」などの発言を記録した音声・メモ
- 就業規則・給与明細・雇用契約書のコピー
自分で記録する日誌
既存の記録が不十分な場合は、今日から業務日誌をつけてください。毎日の実際の業務開始時刻・終了時刻、行った業務の内容を手書きまたはデジタルでメモします。継続的な記録は、裁判・交渉の場で有力な証拠として扱われます。
証拠収集の注意点
- 会社のシステムから入手する場合:私物のスマートフォンで画面を撮影する方法が現実的です
- コピーをとる際:就業規則・給与明細等、自分に渡される書類は必ず手元に保管してください
- USB・メールで転送する場合:会社の情報管理規定との兼ね合いがあるため、弁護士に相談のうえ進めるのが安全です
申告・請求の手順と相談先
相談先の選び方
労働基準監督署(無料)
所轄の労働基準監督署に申告すると、監督官が会社に対して是正指導・立ち入り調査を行います。費用はかかりませんが、個人への支払いを直接命じることはなく、あくまで行政指導にとどまります。「まず会社に是正を求めたい」「費用をかけずに動きたい」場合に適しています。
手順:
1. 自分の会社を管轄する労働基準監督署を確認する(厚生労働省ウェブサイトで検索可能)
2. 証拠(時間記録・給与明細等)を持参して窓口に相談
3. 申告書を提出する(申告者の秘密は保護される)
都道府県労働局・あっせん制度(無料)
労働局の「個別労働紛争あっせん」制度を利用すると、第三者のあっせん委員が間に入り、会社との話し合いを促進します。弁護士費用不要で和解的解決を目指せます。
弁護士・社会保険労務士への依頼(費用が発生するが最も強力)
未払い残業代の請求は、弁護士(または認定司法書士)に依頼することで、内容証明郵便による請求・労働審判・訴訟という法的手段をとれます。多くの弁護士が成功報酬型(回収額の一定割合)で受任するため、初期費用ゼロでスタートできるケースもあります。
| 相談先 | 費用 | 強制力 | 適したケース |
|---|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 無料 | 行政指導まで | 会社に是正を求めたい・費用をかけたくない |
| 労働局あっせん | 無料 | なし(話し合い) | 穏便に解決したい・在職中 |
| 弁護士 | 成功報酬型が多い | 強制執行まで可 | 金額が大きい・会社が応じない・退職後 |
請求の手順(弁護士に依頼する場合)
- 証拠を整理して弁護士に相談(多くの事務所が初回相談無料)
- 未払い残業代の計算・請求額の確定
- 内容証明郵便で会社に支払いを請求(2週間〜1か月の回答期限を設定)
- 会社が応じない場合→労働審判(3回以内の期日で解決が多い)または訴訟
- 認容判決・審判が確定→強制執行(会社の銀行口座等への差し押さえ)
今すぐできるアクション:3ステップ
- 今日:手元にある給与明細・雇用契約書・就業規則をスキャンまたは写真で保存する
- 今週中:業務日誌をつけ始める。日付・業務開始・終了時刻・業務内容を毎日記録する
- 今月中:労働基準監督署か弁護士事務所に無料相談の予約を入れる
会社が「みなし労働時間制だから残業代は不要」と主張する場合の対処法
営業職では「事業場外みなし労働時間制」(労働基準法38条の2)が適用されているケースがあります。会社がこれを根拠に残業代支払いを拒否する場合、以下の点を確認してください。
事業場外みなし労働時間制が適法に適用されるための要件
- 労働者が事業場外で業務を行っていること
- 労働時間を算定することが困難であること
この「算定困難」の要件がポイントです。会社が以下の手段で労働時間を把握・管理している場合、みなし制は適法に機能しません。
- 携帯電話・スマートフォンで随時連絡がとれる状態にある(頻繁に連絡を求める)
- 訪問先・行動予定を会社に報告させている
- GPSや業務システムで位置・活動状況を把握している
- 出勤・退勤の打刻管理をしている
これらの実態がある場合、みなし制の適用は無効として争えます(最高裁・阪急トラベルサポート事件2014年など参照)。「みなしだから残業代なし」という会社の主張を鵜呑みにせず、必ず専門家に確認してください。
よくある質問
Q1. 「営業は成果主義だから残業代は出ない」と言われています。本当ですか?
いいえ、違います。成果主義・歩合制であっても、使用者は法定時間外労働に対して割増賃金を支払う義務があります(労働基準法37条)。歩合給が支払われている場合でも、残業分の割増部分(少なくとも25%分)は別途支払われなければなりません(最高裁・高知放送事件参照)。
Q2. 営業日報をつけていないので、残業時間の証拠がありません。それでも請求できますか?
証拠が少ない状態でも請求を諦める必要はありません。メール・チャットの送受信時刻、スマートフォンの通話記録、ICカードの入退館記録など、時刻が確認できる記録を組み合わせて主張できます。また、今から業務日誌をつけることも重要です。弁護士が証拠を評価したうえで、請求可能な範囲を判断してくれます。
Q3. 在職中でも請求できますか?報復が怖いです。
在職中でも請求は可能ですが、解雇・降格等の不利益取扱いを心配する方も多いです。まず労働局のあっせん制度を活用する、または弁護士を通じて交渉するなど、直接対決を避けた手段から始めることができます。なお、残業代請求を理由とした解雇・不利益取扱いは労働基準法・労働契約法上違法であり、それ自体が損害賠償請求の対象となります。
Q4. 3年以上前の残業代は請求できませんか?
2020年3月31日以前に発生した残業代の消滅時効は2年です。2020年4月1日以降に発生した分は3年です。時効が完成した残業代は原則として請求できませんが、時効の起算点(いつから時効が始まるか)についても確認が必要なケースがあります。「もう時効かも」と自己判断せず、弁護士に確認してください。
Q5. みなし残業(固定残業代)が設定されていますが、それ以上の残業代は請求できますか?
はい、できます。固定残業代(みなし残業代)は、あらかじめ一定時間分の残業代を固定額で支払う制度ですが、実際の残業時間が固定残業代に相当する時間数を超えた場合、超過分の割増賃金を別途支払う義務があります。また、固定残業代の設定が「何時間分の残業代か」が不明確な場合、その固定残業代自体が無効となり、全額を請求できるケースもあります。
まとめ:「準備時間・顧客開拓」は多くの場合、労働時間です
本記事の要点を整理します。
- 労働時間の判断基準は「使用者の指揮命令下にあるか否か」(三菱重工事件・最高裁)
- 上司の指示・ノルマ・報告義務を伴う準備時間・顧客開拓活動は、法的に労働時間に含まれる
- 成果主義・みなし労働時間制を理由に残業代を払わないことは、多くの場合違法
- 残業代の消滅時効は3年(2020年4月以降発生分)なので、早めの行動が重要
- 証拠は今日から集め始め、労働基準監督署・弁護士への相談を早期に行う
「自分の会社は特別なケース」「証拠が足りないから無理」と諦める前に、まず専門家に話を聞いてもらってください。初回無料相談を実施している弁護士・社労士事務所は多く、あなたの状況が請求に値するかどうかを客観的に判断してもらうことができます。
あなたの労働の対価を、正当に受け取ることは権利です。今日から行動を始めましょう。



