「月給30万円に残業代は全て含まれている」と会社から一方的に告げられ、どれだけ残業しても追加の支払いがない——そんな状況に置かれていませんか。
結論から言えば、会社が一方的に「月給に残業代込み」と決めた場合、多くのケースで違法です。ただし「みなし残業代(固定残業代)」という制度自体は一定の条件のもとで法律上認められているため、「自分のケースが違法かどうか」を正確に判断した上で行動することが重要です。
この記事では、違法性の判定チェックポイント・計算根拠の開示請求方法・差分金額の正確な計算式・労基署への申告手順まで、今すぐ実践できる手順をすべて解説します。
「月給に残業代込み」は本当に合法なのか?違法判定の3つのチェックポイント
| 判定項目 | 合法(みなし残業代)の条件 | 違法となるケース |
|---|---|---|
| 事前の合意 | 採用時に労働契約書で明記・労働者が同意 | 一方的通告・口頭のみ・同意なし |
| 計算根拠の明示 | 時給×時間数の計算式を明確に開示 | 根拠が曖昧・計算方法の説明拒否 |
| 最低賃金との比較 | 月給÷所定労働時間≧最低賃金 | 最低賃金を下回る時給水準 |
| 超過分の支払い | みなし時間超過分は追加支払い | どれだけ残業しても追加なし |
| 賃金控除 | 給与明細に固定残業代を区分記載 | 基本給に混在・別途記載なし |
みなし残業代(固定残業代)が「有効」になる4条件
「月給に残業代を含む」という仕組みは、「みなし残業代(固定残業代)」と呼ばれ、それ自体は法律で完全に禁止されているわけではありません。ただし、以下の4つの条件をすべて満たした場合に限り、裁判所や行政は有効と認めています(労働基準法37条、最高裁平成6年6月13日判決ほか)。
条件1:基本給との金額分離・明記
給与明細や労働契約書上に「基本給〇〇円」「時間外手当(固定)〇〇円」と明確に分けて記載されていること。「月給30万円の中に含む」という曖昧な記載では条件を満たしません。
条件2:何時間分の残業代かの明示
「月40時間分の時間外労働に相当する」など、みなし残業代がカバーする時間数が明記されていること。時間数が不明な場合は有効性が認められません。
条件3:労働者の書面による同意
雇用契約書・労働条件通知書等の書面に記載され、労働者が内容を理解した上で同意していること。会社が口頭や社内メールで「一方的に通告」するだけでは、この条件を満たしません。
条件4:みなし時間を超えた場合の追加払い義務
実際の残業時間がみなし時間数を超えた月は、超過分の割増賃金を必ず追加で支払わなければなりません(労働基準法37条)。これを一切支払っていない会社は、どれほど契約書が整っていても違法となります。
あなたの会社の「一方的通告」が違法になる理由
上記4条件のうち、1つでも欠けていれば、その「みなし残業代」の取り決めは無効です。無効となった場合の法的効果は明確です——「残業代をゼロとみなして、実際に働いた時間外労働の全額を会社に請求できる」状態になります。
以下のチェックリストで、あなたの状況を確認してください。
| チェック項目 | あてはまる場合の判定 |
|---|---|
| 給与明細に固定残業代の金額が独立して記載されていない | 🔴 違法の可能性が高い |
| 何時間分かの明示が一切ない | 🔴 違法の可能性が高い |
| 雇用契約書に残業代込みの記載がなく口頭・メールのみ | 🔴 違法の可能性が高い |
| 実際の残業がどれだけ多くても追加払いがない | 🔴 必ず違法 |
| 実質的な時給が最低賃金を下回る | 🔴 最低賃金法4条違反 |
「月給30万円に残業代は全て含む」と一方的に通告されたというケースは、少なくとも条件3(書面による合意)を欠いており、通常は条件1・2も満たしていないため、違法と判断される可能性が非常に高い状況です。
今すぐできるアクション: 手元にある雇用契約書・労働条件通知書・給与明細を確認し、「固定残業代○円(○時間分)」という記載があるかどうかを確認してください。記載がなければ違法性を示す重要な根拠になります。
証拠収集の手順——申告前に必ず揃えるべき書類
証拠なき請求は交渉力を著しく弱めます。会社と対峙する前に、以下の証拠を体系的に収集してください。
残業時間を証明する記録
優先度の高い証拠(客観性が高いもの)
- タイムカードのコピー・写真撮影:出退勤時刻が記録されている場合は毎月の記録を撮影・コピーしておく。会社が廃棄・改ざんする前に確保することが重要です。
- PCのログオン・ログオフ記録:IT部門に問い合わせるか、画面ショットで保存。時間外のメール送受信ログも有効です。
- 入退館記録・セキュリティカードのログ:施設管理部門に開示を求める。
- 業務メールの送受信時刻:深夜・休日に送受信されたメールは残業の証拠になります。受信ボックスをPDF等で保存してください。
補完的な証拠(客観性は低いが補強になるもの)
- 自筆の勤務記録(日誌・手帳):日々の出退勤時刻と業務内容を書き留めたもの。今からでも遅くないので記録を開始してください。
- 同僚とのチャット・LINEで仕事の話をした時刻:業務指示・報告のやり取りが残っていれば保存。
賃金の不払いを証明する書類
- 過去2〜3年分の給与明細(全月分):固定残業代の記載の有無・金額の変遷を確認するために必要です。手元にない場合は「賃金台帳の開示請求」(後述)で入手できます。
- 雇用契約書・労働条件通知書:残業代込みの記載があるか、あるいは全く記載がないかを確認します。
- 就業規則(労働時間・賃金規定のページ):10人以上の事業所は就業規則の作成・周知が義務であり(労働基準法89条)、労働者は閲覧を求める権利があります。
今すぐできるアクション: スマートフォンでタイムカードを毎日撮影する習慣をつけてください。また、業務メールは個人の外部メールアドレスに転送するか、スクリーンショットで日付・時刻が見える形で保存してください。
計算根拠の開示請求——会社に「いくら分の残業代を含む」と言わせる方法
開示請求の法的根拠
労働者には、自分の賃金がどのように計算されているかを確認する権利があります。具体的には以下の法律が根拠となります。
- 労働基準法108条:使用者は賃金台帳を作成し保存しなければならない
- 労働基準法109条:賃金台帳等の重要書類は3年間保存義務がある
- 労働契約法4条:使用者は労働契約の内容を労働者に理解させるよう説明義務がある
これらを根拠として、会社に対して「賃金の計算根拠の説明と関連書類の開示」を正式に求めることができます。
計算根拠の開示請求書——記載例
以下のような文書を作成し、会社(人事・総務部門)に提出してください。内容証明郵便で送ると記録が残り効果的ですが、まず社内提出でも構いません。
賃金計算根拠の開示請求書(記載例)
令和○年○月○日
株式会社○○○○
代表取締役 ○○○○ 殿
氏名:○○○○ ㊞
賃金計算根拠の開示請求書
私は、貴社より「月給30万円に残業代は全て含まれる」との説明を受けておりますが、
労働基準法37条に基づく割増賃金の計算根拠について説明を受けておりません。
つきましては、以下の情報を書面にて開示くださいますよう請求いたします。
1. 月給中、固定残業代として支払われている金額(円)
2. 上記固定残業代が何時間分の時間外労働に相当するかの算出根拠
3. 実際の残業時間が固定時間数を超えた場合の追加支払いの有無と計算方法
4. 基本給の月所定労働時間あたりの単価計算式
5. 過去3年分の賃金台帳(写し)
開示期限:本書到達後14日以内
なお、開示がない場合は、労働基準監督署への申告を含む法的手段を検討いたします。
以上
今すぐできるアクション: 上記の開示請求書を作成し、総務・人事部門に提出してください。提出日と提出先を記録しておき、可能であれば受取確認のサインをもらうか、メールでも同内容を送付して記録を残してください。
未払い残業代の正確な計算式——差分をいくら請求できるか
基本的な計算の流れ
未払い残業代の計算は、以下のステップで行います。
ステップ1:1時間あたりの基礎賃金を計算する
みなし残業代が無効な場合、月給全額が基礎賃金となります。
1時間あたりの基礎賃金 = 月給 ÷ 月所定労働時間数
月所定労働時間数は一般的に以下の方法で算出します。
月所定労働時間数 = (365日 − 年間休日数) × 1日の所定労働時間 ÷ 12ヶ月
例:年間休日120日、1日8時間勤務の場合
→ (365 − 120)× 8 ÷ 12 = 163.3時間
ステップ2:時間外労働の割増賃金単価を計算する
| 労働の種類 | 割増率 | 計算式 |
|---|---|---|
| 時間外労働(月60時間以下) | 1.25倍 | 基礎賃金時給 × 1.25 |
| 時間外労働(月60時間超・大企業) | 1.50倍 | 基礎賃金時給 × 1.50 |
| 深夜労働(22時〜翌5時) | +0.25倍 | 基礎賃金時給 × 0.25を加算 |
| 休日労働(法定休日) | 1.35倍 | 基礎賃金時給 × 1.35 |
ステップ3:実際の時間外労働時間を集計する
タイムカード・出退勤記録から、月ごとの時間外労働時間(所定労働時間を超えた部分)を集計します。深夜・休日は別途カウントしてください。
ステップ4:月ごとの差分を計算する
月の未払い残業代 = 時間外時間数 × 基礎賃金時給 × 割増率
みなし残業代が契約上有効である場合(4条件を全て満たしている場合)は、固定残業代の「みなし時間数」を超えた分のみが差分となります。
具体的な計算例
- 月給:30万円
- 月所定労働時間:163時間(年休120日・8時間勤務)
- 実際の残業時間:60時間(全て60時間以下の時間外、深夜なし)
- みなし残業代:無効(一方的通告のため)
基礎賃金時給 = 300,000円 ÷ 163時間 ≒ 1,840円
未払い残業代 = 60時間 × 1,840円 × 1.25 = 138,000円(この月分)
この計算を、記録がある過去の全月分について行い、合計額が請求できる差分になります。
今すぐできるアクション: Excelやスプレッドシートを使って、月ごとの実際の残業時間・深夜労働時間・休日労働時間を一覧表に整理してください。この表が後の申告・交渉の核心的な証拠になります。
請求の時効——いつまでさかのぼれるか
未払い残業代の請求権には時効があります。
- 労働基準法115条の改正(2020年4月施行)により、賃金請求権の時効は段階的に延長されています。
- 2020年4月以降に発生した未払い賃金:時効3年
- 2020年3月以前に発生した未払い賃金:時効2年
現時点(2024年)においては、過去3年分の未払い残業代を請求できます。1日でも早く行動することで、時効によって消滅する金額を最小化できます。
なお、会社への内容証明郵便による請求書の送付、または労基署への申告によって、時効の進行を止める(中断・更新)効果があります。
労働基準監督署への申告手順
申告前の準備
労基署への申告は、以下の書類を用意した上で行うと手続きがスムーズです。
- 申告書(様式):労基署窓口またはハローワークで入手可能。または「労働基準法違反申告書」と書いた自由書式でも受理されます。
- 証拠書類一式:タイムカードのコピー・給与明細・雇用契約書・前述の開示請求書とその回答(または無回答の事実)
- 計算書:上述の方法で算出した月別未払い残業代の一覧表
- 会社の基本情報:会社名・住所・代表者名・労働者数・業種
申告の流れ
① 管轄の労働基準監督署を確認する
会社の所在地(本社または実際に働いている事業所)を管轄する労基署に申告します。厚生労働省のウェブサイト(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/location.html)で管轄署を検索できます。
② 窓口または郵送で申告書を提出する
窓口申告の場合は証拠書類一式を持参してください。郵送でも申告可能です。匿名での申告も法律上は認められていますが、氏名を明かした申告のほうが調査が進みやすい傾向があります。
③ 監督官による調査と是正勧告
申告を受けた労基署は、会社に対して立入調査や帳簿確認を行い、違反が認められた場合は是正勧告書を発行します。是正勧告に従わない場合、使用者は労働基準法120条により30万円以下の罰金、悪質な場合は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(同法119条)の対象となります。
④ 会社からの支払い交渉または民事請求へ
是正勧告後、会社が支払いに応じた場合は解決です。応じない場合は、労働審判(簡易・迅速な裁判所手続き)や民事訴訟による回収に進みます。弁護士・社会保険労務士への相談もこの段階で有効です。
今すぐできるアクション: 管轄の労基署の電話番号を調べ、「未払い残業代について相談したい」と電話相談から始めてください。匿名で状況を説明するだけでも、担当官から具体的なアドバイスをもらえます。
内容証明郵便による直接請求——申告と並行して使う方法
会社に対して直接未払い残業代の支払いを求める場合、内容証明郵便による請求書送付が効果的です。内容証明郵便は、「いつ・どんな内容の文書を送ったか」を郵便局が証明してくれる制度であり、後の法的手続きで重要な証拠になります。
内容証明に記載すべき主な事項
- 未払い残業代の総額と算出根拠(月別の計算式)
- 支払期限(通常は「本書到達後14日以内」)
- 支払期限内に支払わない場合の対応(労働審判・訴訟等)
- 振込先口座
内容証明郵便は郵便局の窓口で差し出せます(電子内容証明:e内容証明のオンライン利用も可)。弁護士に依頼して弁護士名義で送付すると、会社側の対応がより迅速になるケースが多くあります。
相談窓口と専門家の活用
一人で対応することに不安がある場合は、以下の相談窓口・専門家を活用してください。
| 相談先 | 特徴 | 費用 |
|---|---|---|
| 労働基準監督署 | 法的強制力あり。申告・是正勧告が可能 | 無料 |
| 労働局 総合労働相談コーナー | あっせん制度(話し合いの仲介)を利用できる | 無料 |
| 法テラス(日本司法支援センター) | 弁護士費用の立替制度あり。収入要件有り | 実質無料〜 |
| 弁護士(労働問題専門) | 交渉・訴訟まで一貫対応。成功報酬型が多い | 成功報酬型が一般的 |
| 社会保険労務士 | 給与計算・証拠整理の専門知識が高い | 相談料は事務所による |
| 労働組合(合同労組・ユニオン) | 組合として会社と団体交渉できる | 組合費のみ |
未払い残業代は、弁護士に依頼した場合に成功報酬型(回収額の20〜30%程度) で対応してもらえるケースが多く、費用倒れのリスクが低い分野です。まず無料相談を活用してください。
よくある質問
Q1. 会社が「うちはみなし残業制なので問題ない」と言い張る場合はどうすれば?
みなし残業制(固定残業代制度)が有効かどうかは、会社の主張ではなく法律の要件で決まります。前述の4条件(金額の分離記載・時間数の明示・書面による合意・超過分の追加払い)を全て満たしているかどうかを確認してください。会社が「問題ない」と言うだけで根拠を示さない場合は、計算根拠の開示請求書(本記事掲載のひな型)を提出し、回答を求めてください。それでも開示がない場合は、労基署への申告に進む段階です。
Q2. タイムカードが存在しない・廃棄されていた場合、証拠はどう集めればよいですか?
タイムカードがなくても、メールの送受信履歴・入退館記録・社内チャットログ・自筆の勤務記録など複数の証拠を組み合わせることで、裁判所・労基署でも残業時間の立証が認められるケースは多くあります。また、使用者には賃金台帳・出勤簿を3年間保存する義務があるため(労働基準法109条)、「廃棄した」と言われた場合は、その事実自体が会社側に不利な事情となります。
Q3. 会社に請求したら解雇されそうで怖いのですが。
残業代の請求を理由とした解雇・不利益取扱いは、労働基準法104条2項(申告を理由とした解雇の禁止)および労働契約法16条(解雇権濫用法理)により無効です。万が一解雇された場合は、それ自体を別の違法行為として追及できます。不安が大きい場合は、匿名での労基署相談や弁護士・ユニオンへの相談から始め、身分を守りながら行動する方法を専門家とともに検討してください。
Q4. 差分の金額が少額だと相手にされませんか?
金額の大小に関わらず、労基署への申告は受け付けられます。また、月々の差分が少額でも過去3年分を合計すると相当の金額になることが多く、弁護士が対応可能な案件規模になるケースは珍しくありません。法テラスを通じた弁護士相談(無料)で、費用対効果を含めた方針を確認することをお勧めします。
Q5. 開示請求書を出したら会社から圧力をかけられました。どうすれば?
記録を残すことが最優先です。圧力の内容(日時・場所・発言内容・相手の氏名)をすぐにメモし、ICレコーダーやスマートフォンでの録音も有効です。こうした使用者による妨害行為は労働基準法104条2項違反となる場合があり、新たな申告事由になります。すぐに労基署の総合労働相談コーナーまたは弁護士に状況を報告してください。
まとめ——今日から始める3つの行動
「月給に残業代込み」と一方的に言われた状況は、法的に見て多くの場合違法であり、過去3年分の差分を取り返す権利があります。難しく感じるかもしれませんが、行動の順番はシンプルです。
- 今日: タイムカードを撮影し、給与明細・雇用契約書を手元に集める
- 今週中: 本記事の計算式を使って差分金額を試算し、開示請求書を作成・提出する
- 来週以降: 会社の回答を確認し、応じない場合は労基署へ申告または弁護士に相談する
時効は日々進行しています。証拠が消える前に、今すぐ第一歩を踏み出してください。



